目覚めてから数日後。
ナギサはあの時起きた全てを事件を担当する事になった刑事から聞いた。
ハルオとシズクの死、自宅の全焼、焼け跡から見つかった二人の遺体は損傷が激しく、もはや本人かどうかすれ分からない。
事件として扱う事となった本件は警察組織の威信をかけて調査に当たるとの事
子供でしかないナギサにとっては、何かできる事などない。ただ任せるほかなかった。
「…」
怪我も完治したのだが精神的な傷により、時折不安定な状態に陥る事が多々ある為、現在もナギサは病院のベットの上で過ごしていた。
そして今日は友人であるアリシアがお見舞いにやってくる為、ほんのわずかに機嫌は良い。
とは言え何かをする訳でもなく、彼女はジッと外を見つめているだけであった。
外では風が吹いており、浮かび上がった雲が青空を漂う。
ただそれを見つめるだけ。何か思い出す、考えるという気は今のナギサにはなかった。
心に大きな穴が空いた様な…激しい痛みと言わなくてもチクリと疼く痛みを感じていると、病室の扉のノックする音がナギサの耳に届き視線を窓から扉を向けた。
ゆっくりと開かれる扉。そしてそこに立っていたのは─
「シーナちゃん!」
見舞いに来てくれたアリシアであった。
久しぶり会えた事により感極まったのか、アリシアはナギサの傍へと駆け寄り抱きしめた。
突然の事に一瞬呆然とするナギサであったが、そっとアリシアの背中に両腕を回し抱きしめ返す。
「…ずっと心配してて、わたし…わたし…!」
「うん…ありがとう、アリシアちゃん。来てくれてすごく嬉しい」
だが以前の様な元気さはナギサにはなかった。
両親を殺された。そんな事があっただから、何時もの様に居られる訳がなかった。
「アリシアちゃん、一人で来たの?」
「ううん。先生が連れてきてくれたの」
「先生が?」
うん、と頷きアリシアが後ろを向くと二人の元に歩み寄ってくる女性が一人。
プラチナブロンドの髪、凛とした顔立ち、すらりとした体格。
その人物こそ二人の言う先生であり、所属するクラスの担任を務める女性教師 カデーノ・ババラである。
時に優しく、時に厳しく。ある意味先生というよりかは「親」みたいな人物。クラスの子供達に好かれ、優れた美貌の持ち主である事から男性教師たちからの人気は非常に高い。その反面一部の女性教師からは妬まれているのだが、本人は全く気にする事もなく堂々しており、それどころか「何か言いたい事があれば直接おっしゃってください」と強気な姿勢を見せた程である。
「久しぶりですね、シーナさん。体調はどうですか?」
「…わからない。でもたまに苦しくなったりすることがあって」
「そう、ですか…」
悲し気な表情を見せるカデーノだったが、首を傾げ見つめてくるナギサを見てすぐさま笑みを浮かべた。
近くにあった椅子を傍に寄せると隣にアリシアを座らせ、彼女は学校で起きた事を話し始めた。
皆がナギサの事を心配している事、学校であった行事など、アリシアも交えながらナギサはその一時を楽しんだ。
その時だけは彼女の表情にも笑みが浮かんでいた。
楽しい一時もあっという間に過ぎてしまう。
カデーノは仕事がある為学校に戻らなくてはならず、アリシアも親が迎えに来た為病室を去っていき、再びナギサは病室に一人残された。
ひと眠りしようと体をベットに預けようとした時、病室のドアが開く音がした。
カデーノか、アリシアのどちらかが忘れ物をしたのだろうかと視線をそちらへと向けるナギサであったが、そこに立っていた人物を見て、そうではないという事に悟った。
立っていたのは黒いスーツを身に纏い、その上からコートを羽織った男性。ビジネスケースを下げており、どこかの会社の人間と言った風貌であった。
普通であれば誰しもがその者に警戒するだろう。何故なら無愛想な表情を浮かべているのだから。
だがナギサはその男を見て、怯えるといった様子は見せなかった。寧ろここに居る事に驚いている様子であった。
「リツおじさん?」
それどころか、ナギサはその人物の事を知っていた。
「久しぶりだね、ナギサ」
ナギサの傍に歩み寄り、そっと彼女の頭に手を置く男はシーナ・リツ。
ハルオの兄であり、仕事柄各地を転々としており多忙な身なのだが休みが取れた時には必ずといっていい程ハルオとシズクが経営するカフェに姿を出している。
ナギサも何度かリツと話した事がありそれなりに懐いていた。
今回姿を見せたのも、ハルオとシズクの訃報の知らせ、何より一人残されたナギサが病院で入院しているという話を聞き、態々仕事を後回しにして飛んできた程である。
「警察の人から話を聞いた。…大丈夫かい」
その問いにナギサは首を横に振った。
大丈夫な訳がなかった。無理をしてアリシアやカデーノの前では気丈にふるまっていた。
心配かけまいと。ただその一心で。
「そうか。…辛かったね」
そういってナギサを抱きしめるリツ。
そしてリツは彼女にある提案をした。
「そうだ。ナギサ、僕の所に来ないかい?」
「おじさんの所?」
「そうだ。実は来月から隣の町で仕事する事になってね。今までみたいに色々回る必要がなくなったんだ」
「そうなの?」
うん、と頷くリツ。
その提案をしたのもナギサを思っての事だった。
この町で過ごし、この町で両親を失った。ここで過ごしていくとなれば失った事を思い出してしまい辛い思いをしてしまうのではとリツは思っていた。
ならば町を外れ、落ち着くまで自分の元で過ごした方がナギサの為になるのではと考え提案したのだ。
「ただ僕の所に来るとなると、お友達とは一緒の学校に行けなくなる」
「もう会えなくなるの…?」
しまった、とリツは先程の発現を悔やんだ。
会えなくなるという事は今のナギサには禁句にも等しいからだ。
それを失念していた事に対して言葉に気を付けろとリツはそう自身に言い聞かせた。
「いや、そういう訳じゃないよ。毎日とはいかないけど、お休みの日とかにお互いの予定が合えば会える。隣の町に行ったからといって二度と会えないという訳じゃないさ」
「ほんと?」
「ああ、本当さ」
この町に居るのは辛い。でも友達を離れるのも辛い。
その二つがナギサの中でせめぎ合い、悩ませる。
「分かった。…叔父さんの所に行く」
だがわりと早い段階で彼女は答えを出した。
後日、ハルオとシズクの告別式が済んだと同時にナギサは病院を退院。
帰るべき家は全焼した事、そして彼女は叔父に引き取られる事になり隣町に引っ越す事に。
そして引っ越し当日にはナギサは友人であるアリシアに見送られながら数年過ごした町を去っていった。
ナギサが町を去ったその日の夜。
灯り一つない部屋。
そんな真っ暗闇に等しい部屋の中でその者は懐から携帯電話を取り出し、耳に当てた。
携帯電話越しから響くコール音。一回、二回、三回、四回…と続いた時、相手は漸く電話に応じ、その者はイラついた様子で話しかけた。
「遅いわよ。何をやってるの」
『ったく…あんたかよ。全くさっきまで良い気分だったのによぉ…シラケちまったじゃねぇか』
「知った事じゃないわ。それに今はあんたの事なんてどうでも良いのよ。……あれはどういうつもり?言った筈よね?派手にやり過ぎるなと」
『あー…アレか。そりゃあ悪かったなぁ~?なにぶんこっちも溜まってたんでな』
下品な笑い声を上げる男に堪忍袋の緒が切れたのか女は声を荒げる。
「ふざけないで!!あんたたちのせいで警察が四六時中嗅ぎまわってるのよ!!今まで幾ら払ったと思ってるの!?」
『あー、はいはい、叫ぶな叫ぶな。五月蠅いったらありゃしねぇ。…ったく、こっちだってな、金を貰っている以上はやる事はやってやるさ。ただな、一々命令口調で言われたらこっちで我慢出来ねぇんだ。今回はその腹いせだ。次も同じ事をして欲しくなければ、そのうざったい命令口調を直すんだな』
「ちっ…ただの雇われの分際で。まぁ分かったわ、直すから。それで良いわね?」
『それでいい。しっかしあんたも相当だな。今回狙ったガキ…あんたが受け持つクラスにいるやつだろ?甘い顔してやる事はやってんなぁ?』
その事を指摘されるも女は表情一つ変えない。
寧ろどうでも良いと言われんばかりに平然としていた。
「ガキの世話なんか嫌いだわ。騒いでばっかだし小汚いし。…私が居るのはお金の為。精々利用させてもらうだけよ。…それよりも暫くは身を潜めている事ね。良いのは居るけどそれはまた落ち着いた時に伝えるから」
『あいよ。暫く休暇でも取らせてもらうさ』
そこで通話が途切れる。
携帯をベットへと放り投げると女は窓の前に立ち、外を眺めた。
「ええ、そう…」
女の表情が歪む。
「ガキどもは丁度良い資金源にしか思ってないわ」
誰かに対して告げるかの様に、女…カデーノ・ババラは歪んだ笑みを浮かべた。
住んでいた町を引っ越してから二年が経過し、ナギサは十歳になっていた。
近くの学校に通いながら叔父であるリツと共に小さな一軒家で暮らしていた。
友人であるアリシアとは手紙での交流を続けており週に必ず一回はやってくる彼女からの手紙を楽しみにする。
時折フラッシュバックを引き起こし、錯乱しようになる時もあるがリツの支え、またかかりつけの病院から処方される精神安定剤を使う事で落ち着かせる。
そんな日々を過ごしているある日の事。
「忘れ物?」
休日にも関わらず仕事に出向いたリツから電話がかかり、彼からの台詞にオウム返しの様に問うナギサ。
『うん。ほら、朝少しバタバタしてただろう?それで大事な仕事道具の一つを忘れてしまってね。悪いけど持ってきてくれないかな?』
「いいけど…何処にあるの?」
『僕の部屋かな。多分机の上に置いてると思うんだ。黒いケースの中に入れてあるけど、ケースごと持ってきてくれると嬉しいな』
「分かった。待ち合わせ場所はスーツ屋さんの前で良い?」
スーツ屋はリツが働いている職場である。
ナギサも何度か店の前を通った事があった為、待ち合わせ場所としては分かりやすい場所と言えた。
『そうだね、そこにしようか。それじゃあお願いね』
「うん」
受話器を元の位置へ戻すとナギサは二階あるリツの部屋へと歩き出した。
忘れ物をするなんて珍しいと思いながらナギサはリツの部屋に足を踏み入れる。
リツの部屋は仕事の書類やら、ビジネス本やらで散乱しており、ゴミ屋敷とは言えずともお世辞にも綺麗とは言い切れない。
また部屋主であるリツは掃除が苦手である為、普段はナギサが部屋の掃除を担当している。
つい二、三日前に掃除した筈の部屋の惨状を見てナギサは呆れた様にため息を付く。
「後で文句言わないとね…」
待ち合わせ場所でその事を伝えようと決めると、ナギサは書斎の上にあった黒いケースを見つける。
それを手に取り、部屋を去ろうとした時、ある物を見つけ彼女は足を止めた。
「これは…」
足元に転がっていた物を拾い上げるナギサ。
それはこの家の中にある部屋のどれかの鍵であった。掃除を担当している事もあって、ナギサはどこの部屋の鍵かは知っている。
別段入ってはいけないと言われてないものの、自ら入ろうとは思わない部屋が一つだけある。
手にしている鍵はそこの部屋だろうと判断し今居る部屋から立ち去ろうとするもの幼さ故か気になってしまい、ナギサの中で好奇心が沸いてしまった。
リツの職場まではそう遠くない。
少しだけ見ていいだろうと思い、ナギサは二階の廊下の奥にある例の部屋を近づくと、手にした鍵で開錠し扉を開いた。
そしてそこに広がった光景にナギサは目を見開き、足を止めた。
「なに、これ…」
そこにあったのはガンキャビネットに納められた複数の銃。壁には周辺の地図が貼られており、何かの情報が直接の地図に記され、それどころか誰かの写真が複数貼られている。
「叔父さんって一体…」
何の為にこれが存在するのかなどナギサが知る筈もない。だがこの秘密の部屋を作り上げたのは他ならぬリツである事は明白であり、リツに対する疑問の声が上がったのは無理のない事であった。