─それは彼女を動かす燃料─
硝煙と血、そして酒の香りが入り混じった店内で私は震えた腕で銃を向けてくる男をじっと見つめた。
撃とうと思えば撃てた筈だというのに私を呼び止めた男は何故かすぐさま撃とうとはしなかった。
その事が気掛かりだった。
「な、何なんだよ…お前は…!?何が目的で…!」
あからさまにこの惨状に狼狽えている様子。
問いかける声は震えている。
「変な事聞くね?こんな事やってたら何が目的なんて分かると思うけど」
この裏の世界では何が起きても可笑しくない。
いくら新入りとは言えそれぐらいは分かっていると思っていたが、彼はそうでもないようだ。
だが銃を突き付けられている以上は黙って撃たれるつもりない。マテバの弾倉を取り出すと薬莢を捨て、素早く弾丸を込め弾倉を戻すと銃口を男へ向けた。
「…ッ」
「撃ち合いを望むならそれでもいい。だけど一つ聞いていい?」
「な、何だよ」
「どうして撃たなかった?わざわざ声を上げなくても後ろから撃とうと思えば撃てた筈」
「…それは」
紙幣を見せた時の反応と言い、この反応と言い…違和感を覚えずにはいられず、つい尋ねてしまう。
その事を問われた時、男の表情が暗くなり構えていた銃も何故か下ろし始めた。
「…妹を思い出しちまったんだ」
「…妹さんを?」
「ああ…。歳は14、病気持ちで今は病院に入院してるんだ…」
「私と同い年か…。それで?病気で苦しんでいる妹さんがいる貴方は何をしているの?」
何となくだが想像はつく。
だが想像でしかない為、決めつける訳にはいかない。
私は銃を突き付けたまま男の反応を待った。
暫くして男は呟く様に口を開いた。
「…金がいるんだ」
思った通りだった。
病気を患っている妹の為に、治療費を稼ごうとしているのだろう。
しかし何故ギャング組織に入ろうと考えたのかは分からない。
手っ取り早く稼げると踏んだのだろうか。
「だから組織に?」
その問いに男は小さく頷く。
家族思いなのは良いが、手段が宜しくない。
確かに金は稼げるかもしれない。だがその代償は人生そのものだ。
兄が人の人生をめちゃくちゃにしてまで治療費を稼いだと妹が聞けばどんな反応するのか。
決して良い気などしないだろう。寧ろ責任を感じてしまう。
「そう…」
それは駄目だ。この男にも、そして妹さんのためにも。
それに男には私の様になってはいけない。まだ踏み込んでいない内に回れ右させる必要がある。
「…今の内に逃げなさい。どうせ入ったばかりなんでしょ?」
「で、でもそれじゃあ、金が!」
「普通に過ごしている人の命を奪ったり、人生を滅茶苦茶して得た金が良いと?なにふり構っていられないのは分かるけど、少し周りを見たら?貴方が犯罪に手を染めたって聞いたら妹さん…いいえ、貴方の家族が悲しむ。そんな姿を見たいの?」
私にはもう家族が居ない。
復讐に走ろうとする私を止める家族も、叱ってくれる家族も、悲しんでくれる家族も…。
誰一人とていないのだ。
だから今の私がある。復讐に囚われた負け犬へと化した私が。
だけど彼は違う。家族がいるのだ。暖かく迎えてくれる人たちがいるのだ。
「日雇いでの仕事だけど、そういった求人を見かけたりする。高いとは言えないけど、少なくとも犯罪に手を染めるよりかはマシ。…だから行きなさい。妹さん、家族を泣かせる奴になる前にとっととここから逃げ出しなさい。それでもというのであれば…」
向けていたマテバの撃鉄を起こし、引き金に指をかける。
「足でも撃ち抜いて、強引に止めさせるから」
「…!」
「選んで。真っ当な道に戻るか。それとも痛い思いしてから真っ当な道に戻るか。悩む時間なんて与えない。すぐに答えて」
強引ではあるが、これが良い方法だと思いたい。
正直彼を撃ちたくはない。妹さんに恨まれたくないので。
「……分かった。戻るよ…家族を悲しませたくはない」
「良い返事が聞けて良かった。それと一つ聞いていい?」
「何だ?」
「ボスは今何処にいるか分かる?」
正直な所、ボスの居場所は分かっていない。
この地区で活動しているという事だけは知っているのだが、明確な場所はまだ分かっていない。
協力者がその情報を仕入れるまで待つという事も出来るだろうが、さっさと行動したい方だ。
入って間もない彼に聞いた所で意味はないと思うが聞かないよりはまだマシと言えた。
「ボスならここからを離れ大通りを抜けた先の屋敷にいる。聞いた話だとボスは普段からそこから出てくる事ないらしい」
「成程…うん、ありがとう」
「…ああ」
握っていた銃がその手から落ちると男はゆっくりと後ろへと振り向き、外へと歩き出していった。
その背を見届けると私は裏方の方へと向かった。
彼が真っ当な道へと戻る事、そして病気を患っている妹さんが元気になる事を祈って。
裏方にはギャングの死体は転がっており、私は動かなくなったバーテンの傍に落ちていた鍵を手に取った。
恐らくだが、この隠し通路の壁面に備え付けられた扉の鍵だと思われる。
「…」
並んだ扉の前に立ち、鍵穴に鍵を差し捻る。すると難なく扉の鍵は開いた。
スライド式なのだろう。取っ手を握り、横へとスライドさせる。そしてそこに広がっていたのは寒い空間にも関わらず、まるで奴隷の様な扱いをされた子供たちの姿があった。
しかしどういう事だろうか?この場に居る子供達は全員少女だ。
「…だれ?」
扉の付近で立っていた子供が私に声をかけてきた。
まともな食事すら与えられていないのか、痩せこけている。
「ちょっとした通りすがりだよ」
正義の味方です、と名乗る気など全くもってない。
取り敢えず子供達がここに居る事は分かった。しかしこのまま子供達を連れて行動は出来ない。
牢屋から先を出れば、死体が転がっているのだ。流石にそんなものを見せる訳には行かない。
ならば私から警察に連絡する必要があるだろう。
「ちょっと待っててね?お巡りさん呼んでくるから」
その台詞に子供が頷くと私は表へと向かう。壁に備え付けられた電話機の前に立ち、受話器を手にとってから通貨を一枚入れる。
そのまま警察に繋がる番号を押してから受話器を耳に当てた。
響くコール音。それが二回程続いた時、警察は出たので相手の反応を待つ事もなく伝える。
「警察ね?S09地区、第三番通り、暗黒街で店を構えるバーに警察と救急車を数台向かわせて」
『ちょ、ちょっと待て!いきなりなにを…!』
「バーの中には行方不明だった子供たちがいるから早めにね。それじゃあ」
捲し立てる様に警察に場所を伝えると受話器を元に戻す。
さて、警察が来る前にここから出ていく必要がある。
子供達に何も言わず去るのは少しばかり気が引けるが、私にも成さなくてはならない目的がある。
後は警察に任せるとしよう。子供達が無事親の元に戻れる事を祈って。
バーを出て三十分程歩いただろうか。
彼が言っていた通り、G.Sの屋敷があった。その近くに来た時、ある物を見て私は近場にあった木に身を寄せた。
本来であれば正面から入っていきたい所であったが、そうもいかなかった。
銃を携えた綺麗な女性達、赤い制服を着た男、正門前に群がるかのように集った装甲車の側面に見覚えのあるロゴマークは描かれていた。
「…グリフィン」
何故グリフィンがと思いたいが、G.Sが率いるギャング組織は警察でも手を焼く様な組織だ。
それ故にグリフィンに協力を求めたと判断していい。
しかし困った事になった。このままグリフィンに任せてしまえば、こちらの目的が果たせなくなる。
そればかりは私としても困る。奴らを殺すのは私の役目だ。グリフィンに任せる気などない。
「表が無理なら…」
裏から行くしかない。
幸いというべきか、作戦自体は開始していない。出来るだけ早く裏口に向かう必要がある。
身を寄せていた木から離れると一気に駆け出す。
冷たい雪の上を白い息を吐きながら駆け抜ける。どうやら警備はそこまで硬くない。寧ろ温い。
外からネズミが近寄った所で気付きはしない。
逆を言えば屋敷内は獣で沢山という事だ。自動小銃やら散弾銃とかいったパーティークラッカーを携えた獣たちが今か今かと戦いを待ちわびているに違いない。
「あった…」
大きく迂回する形になってしまったが屋敷の裏口に到達。
向こうはまだ行動を起こしていない。息を整えながらその内に背負っていたバックからMP5を取り出す。
弾倉を差し込み、コッキングレバーを元の位置へと戻す。
準備を整えた。だが私の作戦は強いて言えば"作戦ナシ"だ。
映画や漫画の様に都合よく行く訳がない。規則もなければ必殺技や呪文がある訳でもない。
信じるのは運だけ。でなければこんな事をやってはいられない。
だから神経を研ぎ澄ますかしかない。一秒でも、一分でも、一時間でも出来るだけ長く。
「不用心ね」
運の良い事に裏口は開いていた。
音を立てずに中へと侵入する。裏口の鍵を閉めると私は歩き出す。
雇い主にたどり着くにはまずG.Sから情報を聞き出さなくてはならない。道中余計なものが行く手を阻むだろうが、知った事ではない。
逃がした彼を除き、この組織に属する連中の犯罪履歴は電話帳並みに分厚い。それも一冊どころか四冊ほど積み上がる。
「!」
どこからか銃声が聞こえた。作戦が始まったのだろう。
グリフィンか私。リーダーを仕留めるのはどちらになるかは分からない。
ただ分かる事は一つだけある。
この屋敷からギャング共が生きて出る事はないだろう。
次回はG.Sの屋敷にてグリフィンも交えて銃撃戦。
ここでナギサの愛用するリボルバー、ちょっと紹介。
:マテバ2006M
若かりしナギサが愛用するリボルバー。
銃身に【Paine killer】と言葉が刻まれている。
誰かを殺す度に彼女の心が傷つく。だからそれを抑えるものが必要だった。
鎮痛剤…その名を与えられた銃を握っている時だけ彼女の心の痛みは安らぐ。
そうしなくては主の心が壊れてしまう事を知っているから。