「シーナちゃん…ッ!」
冷たく、そして自らその手を血に染めてしまった私にアリシアが抱きしめてきた。
感動の再会ではあり、私も彼女を抱きしめ返してあげたい。
だけど出来なかった。
ここまでに至るまで何人も殺した。
被害者である彼女をこんな薄汚れた私が抱きしめるなど許される筈もないのだから。
しかし強引に突き放すなど出来る筈もない。
どうしたら良いだろうかと悩んだ時、耳に付けていた通信機からヴェルデの声が飛び込んできた。
『ナギサ!そっちはどうかな!?』
通信越しから聞こえる銃声。
園内では狙撃で援護してくれていたけど、今では連射音が聞こえる。
敵から奪ったのを使用していると見ていい。
抱きついたままのアリシアをそっと離し、通信機のマイクへと向かって話しかける。
「人質を見つけた!人数は十人くらい!」
『あのリストだとここに捕まっている人質の人数は十人ぴったりの筈!』
明確な数が告げられると、私は部屋に居た人質の数を数えていく。
そしてヴェルデが言っていた通り、十人全員居る事を確認すると私は再び通信機へと声を飛ばす。
「十人ぴったりいる!」
『了解!裏口で合流しよう!僕もそっちに移動するから!』
「分かった!」
通信を切り、私は不安そうに見つめてくるアリシアへと顔を向ける。
急いでここから出なくてはならないが、流石に下着姿のままなのは良くない。
「アリシア、少し待ってて。着れそうな服があるか見てみる。それと私の事を彼女達にも説明しててくれる」
「う、うん!分かった!」
辺りを見回す。
囚われた人を入れる牢屋があって、その周囲には聖書みたいなのが置かれたボロボロの机が一つ。そして部屋の隅の方にロッカーが幾らか並んでいる。
中に何が入っているかは分からないが、直接目にしなければ分からないというもの。
今立っている位置からロッカーへと歩み寄り、幾らかある内の一つのロッカーの扉を開く。
「これは…」
ロッカーの中にあったのは、あの信者たちが着ていたものとは全く異なるデザインの衣服。
恐らくであるが囚われていた彼女達の内の一人の服装だろう。
どうやらこのカルト教団はご親切にも捕まえた彼女達の衣服を保管していたそうだ。
何の為に置いていたのかは分からない。だがこれで衣服の件は解決したと判断していい。
その事を伝える為、再びアリシアの元へ戻ると説明を終えたのか、彼女が戻ってきた私に気付き歩み寄ってきた。
「どう?あったかな?」
「ええ。そこのロッカーに着ていた服が収納されてたから着替えてきて。急いで此処を出ないと」
「わ、分かった」
アリシアが動き出すと周りの者達もお互いに顔を見合わせ、そして頷くと後に続く。
全員がロッカーへと向かって行くのを見届けると私は出入口付近でOTs-14を構えたまま周囲の警戒を務める。
全員が着替え終えたら、ここから出る。
当然信者たちは逃がしてはくれないだろう。
「…」
神経をとがらせ、意識を周囲に張り巡らせる。
遠くから銃声が聞こえるだけ。今の所信者たちが歩み寄ってくる気配はない。
だからといって警戒を緩めない。彼女達を逃がす為にも…。
「あ、あの…」
「!」
後ろから声をかけられたので張りつめていた神経を緩め声の、主の方へと振り向く。
そこに居たのはアリシアではない。しかしそこにいた私服に身を纏った人物に私は違和感を覚えた。
初めて会った筈なのに、そうではない…何処かで会っただろうか?
「えっと…何か?」
「あ、えっと…助けてくれた事にお礼を言いたくて…」
「まだお礼を言うには早いと思うけど…」
牢屋から出しただけでは助けたとは言わない。
このホテルから脱出して、信頼できる者に預けた時に助けたという話になる。
「それより…何処かで会った?初めて見たという気がしないの」
「えっ……もしかしてテレビとか見ない?」
「テレビ…?」
その言葉が出てくるという事はテレビとかに出ているという事なのだろうか。
そしてこの年齢からして…アイドルなのだろうか。
ん?待って。アイドル…?
「もしかして…」
アイドルという言葉に引っ掛かりを覚え、頭の中にある記憶の棚を開いて行く内に私は目の前に彼女が誰なのかを思い出した。
「ユキノ・マイデラ?」
「そう!良かったぁ…思い出してくれて」
ユキノ・マイデラ。
今を輝くアイドル。可愛さよりも美しさ寄り、歌唱力、ダンスは素晴らしいの一言に尽きる。
そう言えばニュース速報で行方不明になったと言っていたか。
何かのテレビに出ている姿や歌声を聞いた事もあったからか、覚えがあったのだろう。
まさか今を輝く人物がここにいたとは驚きを覚える。
「ごめんなさい。私、テレビはニュースか天気予報ぐらいしか見ないから」
「そうなんだ…」
「ええ。それよりも怪我とかしてない?」
「うん、大丈夫。でも…」
そこでユキノの口が閉じられる。
よく見れば体が小さく震えていた。
無理もない。突然拉致されて、こんな所に長い間囚われていたのだから。
「無理に言わなくても良いよ。怖い思いしたんだね…無事でよかった」
「うん…」
ユキノの歳は私よりも三つほど上だが、そんな事はどうでもいい。
私はそっと彼女の頭に手を置き、撫でた。
安心させる言葉が思いつかなかったが、これが代わりだ。
「シーナちゃん…皆、着替え終えたよ」
通っていた学校の制服に身を包んだアリシアが歩み寄ってくる。
彼女が言った通り、全員自身の服へと着替えていた。
「分かった」
着替えは終わった。後は裏口へと向かいヴェルデと合流しなくてはならない。
全員に行こうと伝えようとした時、この部屋に備え付けられていた固定電話が突如として鳴り響いた。
突然のそれに全員が驚き、私は固定電話の元へと歩み寄り受話器を耳に当てた。
「こちら犯行現場」
冗談でも言うようなセリフでもないだろう。
だが冗談を言っていなければ私も気が狂いそうになっているのも事実。
そんな冗談に電話をしてきた相手はまともに対応する気などなく、叫んだ。
『私は北分署副署長のアーバム・メッセーラだ!武装を解除し、降伏しろ!』
その台詞は私達に対してか、あるいはカルト教団に対してか。
どちらかは分からない。
だが…
「初めまして、アーバムさん」
どうせなら相手してもいいだろう。
「今あいつらの説得をしている所。反抗している奴らもそれなりにいるけど、何人かは死ぬ程反省してるみたいよ?もうしませんって泣きながら言ってたから」
『どういう事だ!?それよりもお前は誰だ!!』
私は誰だ、か…。
そのまま名乗ってやってもいいが、それはそれで面白くない。
どうせならカッコつけた名前を教えるのも悪くないだろう。
「ペイン。そう覚えてくれるとありがたいかな、副署長さん?」
言いたい事を伝えると私は受話器を元の位置に戻す。
さて…ここから出るとしようか。
銃声は鳴りやまない。
それどころか爆発音や破砕音まで聞こえてくる始末。
「急げ!供物を逃がすなぁッ!!」
「異教徒め!お前は救われはしない!地獄に落ちろぉッ!!」
そんな中でナギサは壁から身を出し、叫びながら襲い掛かってくる信者たちに向かって銃の引き金を引いた。
雷は轟き、雨は激化する。
OTs-14から放たれる銃弾が信者達の身を穿つも銃撃戦の音を聞きつけたのか次々と信者たちが駆けつけてくる。
ナギサは撃つのを躊躇わない。何故なら自身の後ろにはアリシアが、ユキノが…捕まっていた彼女達がいるのだから。鳴りやまぬ銃声を目をぎゅっと閉じ手で耳を塞ぎ、恐怖で体を震わせる彼女達がいるのだから。
「…」
弾丸が吐き出され、薬莢が次々と飛び出ては地面で跳ねて踊る。
出来の悪い円舞曲を踊る様に。そして
体に開いた穴。広がる血潮。一人の少女が一呼吸をついた時には、死体の山が出来上がりつつあった。
「くそっ…悪魔め!よくも我が同胞を…!」
頬に付着した血を拭い、OTs-14に新たな弾倉を差し込むナギサを壁越しで睨みつける信者。
今撃とうと思えば、出来るだろう。だがその信者には出来なかった。
戦意喪失した訳ではない。その証拠に銃を握る手の力は緩んでいない。
だが信者の体は気付かぬ内に震えており、そして冷や汗が流れていた。
「…く、くそっ…」
信者は理解していた。
"アレ"には勝てない。
震える体は動かない。だがその時、信者にとっては救世主とも言える人物が後ろかからやってきた。
「恐れてはなりません」
透き通るような女性の声。
その声を耳にし信者が振り返るとその表情は喜びへと変わる。
「我が主…!」
修道服に身を包み、長く伸ばされた赤い髪を揺らしながらその者は盾と火炎放射器を携え歩み寄る。
「立ち向かいましょう。この炎は悪魔を退ける聖なる火。そして神は私達を守って下さっているのですから」
火炎放射器から炎が迸る。
全てを焼き尽くさんと言わんばかりに炎は建物に燃え移っていく。
その光景を見てナギサは小さく舌打ちしながらも銃を構える。
「悪魔よ。聖なる火にその身を焼かれるが良い」
修道女は火炎放射器と盾を構える。
その表情は何処か儚げでありながら、その身から殺気を放つ。
相手はやる気。そしてこのカルト教団を纏めるボスだと察するとナギサは修道女を睨みつける。
「悪いけどバーベキューは好きじゃないの」
その呟きと同時にバーベキュー会場へと移り変わろうとしているホテル内でナギサは銃の引き金を引いた。