政治家マルセル・インバランド及び元軍人達によって世界の裏側で行われてきた計画「ペインキラー」。
曰くそれは人間としての価値を人形から取り戻すための計画だと。
裏で動いている何かの正体を明かし、目の前で金属製の椅子に腰かけ目を包帯で覆い隠した少女Aliceは私に告げた。
この計画を公の場に公表にしてほしいと。
「どういう事?」
正直そんな事を言ってくるとは思ってもみなかった。
態々私に頼まなくても、彼女ならできると思う。
「言葉通りでございます。先ほど私が話した事をこの世界に広めてほしいのです」
「それは分かった。でも何で私に頼むのかが分からない。それだけ情報を知り得ているのなら、態々頼むなんてせず貴女が世界に発信すればいいんじゃない?」
私が彼女が話した情報を世界に広めた所で誰も信じはしないだろう。
大方十四歳の子供が考えたただの妄想に過ぎないと一蹴されるのオチだ。
私より聡明であろうAliceがそれを分からないとは思えない。
「…それが出来ないのです」
微笑んだままであるが、その言葉は何処となく悲しげだった。
首を傾げる私にAliceは言葉を続ける。
「その理由は……まぁ、直に見てもらった方が分かりやすいですね。…シーナさん、私の後ろへと来てください。その理由がお分かりになると思いますので」
そこに一体何があるのだろうかと疑問に思いながら、私は椅子に腰かけたままのAliceの後ろへと回り込む。
そしてAliceの言う理由とやらの正体を目にした。
「なに、これ…」
それを見て私の中で怖気が走った。
それほどまでにAliceが見せたそれが異様だったから。
「ケーブル…?何でそんな物が首の後ろに突き刺さっているの…?」
声を震わせながらはAliceの首の後ろに刺さったケーブルの先をたどった。
そして行き着いたのは、彼女は初めてこの部屋に訪れた時に見たあの大きな装置だった。
Aliceはこの装置を繋がっている。
その事実を理解してしまうと得体の知れない何かがを襲った。
突然のそれについ力が抜けてしまい握っていた銃を落としそうになる。
何とか手に力を入れ持ち直した時、Aliceが口を開いた。
「これが先ほど言った動けない理由…。私は後ろにある装置と繋がれており、ケーブルの端子は私の神経と繋がっています。まぁ言ってしまえば私はこの精神病院全体を統括、管理する機構であり、生体端末なのです」
「いつからこの状態なの…?」
「さぁ?数える事すらやめたので覚えていませんね。ここに居ると時間の概念すら忘れてしまいますから」
そのセリフは既に受け入れている様子で、何処か諦めている様子だった。
それを感じ取りつつもあえて問うことはしなかった。
だが同時に己の中で燃え盛っていた怒りの炎を更に激しくなっているのを感じた。
襲っていた何かを燃える何かで振り払い、Painekillerを握る手に力を入れる。
「…長い間ここに居て、その間私はそれを聞き、そして感じてきた。人の…本当の恐ろしさというのを」
呟く様に彼女は口を開いた。
私はただAliceの言葉に耳を傾けるのみ。
「彼らは言った。こんな私でも役に立てると。盲目である私ですが誰かの為に役に立てるのであればという思いから彼らの協力した。だから手術にも何ら疑問を抱くことはなかった。…しかし私に与えられた役目は人として外れた行いの片棒を担がせる事で、そして計画の駒として人である事を奪われてしまった者達を管理する事でした。死なぬように管理し、そしてあの者達が元には戻れない事、只々見ている事しかできない非力な自身を何度も嘆いた」
だんだんとその声には怒気が交える。
それに気づきながらも聞き役に徹し続ける。
「悪夢、といった方が良いんでしょうね。私にとっても、そしてあの者達にとっても。…だから私はこんな馬鹿げた計画を止める事にしました。組織の人間に気付かれるように細心の注意を払いながら行動し、いつか来るべきその時の為に備えてきたんです。動けない私に代わって、この事を世に知らしめてくれる存在が私の元に現れるその時を」
「それが今であり、そして代わりの存在が私という訳ね…」
その言葉にAliceは静かに頷いた。
「だから私は貴女にお願いしたい」
動く事が叶わない身なのは分かる。
「どうか私を、そしてあの者達を─」
装置と彼女を繋ぐケーブルを引き抜けば、起きる事はただ一つ。
確実な『死』のみ。
「この悪夢から─」
今の彼女では希望には成り得ない事は言わなくても分かる。
故に託すのだろう。
「目覚めさせてくれませんか」
悪夢から目覚める術を。
全てを終わらせるための最初で最後の希望を。
一方、精神病院前で支柱を盾に身を隠していたヴェルデはこの場が異様な雰囲気に包まれている事に疑問を覚えていた。
最初の攻撃の後、ナギサが病院内に向かっていったのは良いもののそれ以降一向に攻撃が飛んでこないという状況が続いていたからである。
最初こそは狙撃手が潜んでいるのではないかと睨み、わざと揺さぶりをかける様な事をしてみたヴェルデであったが、それでも攻撃が飛んでこなかったのでこの普通ではない状況を疑問に思い、どうしたものかと思い始めたのが今からほんの数分前の事である。
しかしてヴェルデはこの異様な状況が何を意味しているのか分かっていた。
「全く…」
呆れた表情を浮かべながら、彼女は損失したL96A1とSPAS-12の代わりとしてあの遊園地から持ち出してきた銃『AR-57』に弾倉を差し込むと軽く息を吐いた。
降りしきる雪の中、ゆらりと白い息が舞い上がり暗闇の中へと消えていく。
そして目つきを変えると彼女は大声で叫んだ。
「出てくるなら出てきたらどうだい!それとも愛する
誰へと向かって叫んだのか。
その声は肌に冷たく突き刺さる風の音をかき消すかのようにその場に響いた。
するとその声に反応するように、暗闇の向こうからいくつかの影が現れる。
それを見てヴェルデは笑みを浮かべた後、静かに呟いた。
「六人しかいないけど…あの出で立ちは流石に間違える訳がないよねぇ…」
その影は実に特徴的な形をしていると言えた。
そしてその形はヴェルデとって見覚えがあり過ぎるものであった。
暗闇の奥から姿を現すは六人の少女達。
ライフル、ショットガン、サブマシンガンなど手にしている物は違えど一貫していえる事は全員が武装している事。
何より六人全員がメイド服を身に纏っている事であろう。
現れた彼女たちを目にしてヴェルデはゆっくりと身を隠していた壁から離れ、前に立つ。
するとライフルを手にしたメイドが口を開いた。
「これはこれは…何処か見た事のある顔だと思いましたが…。ご主人様に拾われていながら勝手に逃げ出した野良犬でしたか」
穏やかの笑み。
しかしてヴェルデを見つめるその瞳は優しいものではなかった。
対するヴェルデは肩をすくめるといつもの調子で答える。
「その節は世話になったね。お陰様で良い職場に就く事が出来たから」
「…ご主人様にお世話になっておきながら、良くそのような事が言えますわね」
「それがどこか問題でも?主を選ぶのだって悪いことじゃない。寧ろあんな救う価値のない奴を崇拝し、良く躾されたペットの様になんでも言う事の君たちの神経を疑いたい所だけど」
自身らが崇拝するご主人様を侮辱された事に、メイドら全員がヴェルデを睨んだ。
だが彼女がそれで臆する事はなく、その代わりにと手にしていた銃を突きつけた。
先ほどの柔らかい雰囲気から一転。私兵として戦い続けた事によって培われた殺気が彼女から放たれ、メイドらへと向けられる。
「見た所、六人しかいない訳だけど…他はどうしたのさ。君たちだけが出て、残りがお留守番という訳じゃないんだろう?」
「当たり前でしょう?でなくてはご主人様が大枚をはたいて行われた計画が無駄になりますから」
「けいか─」
そう言いかけた瞬間、精神病院から無数の銃声が響き渡るのがヴェルデの耳に届いた。
それに驚きつつもヴェルデは振り返らなかった。
一方で彼女は気付きつつあった。
「狙いは僕じゃなさそうだね」
「ええ。貴女の事など二の次。狙いは…」
「彼女か…」
ここに居る六人のメイド。
そして院内にいるメイドら。
それら全ては院内にいるナギサを狙っている。
(面倒な事になってきたね…)
薄っすらとであるがヴェルデの顔に焦りが浮かぶ。
だがメイドの一人…戦斧を構えたメイドが無邪気な笑みを浮かべながら告げた台詞によってヴェルデの表情は焦りから苦しいものへと変わる事となる。
「でもでも~私たちだけじゃ面白くないからさ。ご主人様がみんなを誘ってくれたんだよね~。それもさっき言ったように大枚をはたいてさ!」
「みんなを誘った…?」
怪訝な表情を浮かべるヴェルデに対し戦斧を手にしたメイドは大腕振りながら答える。
「そう!みんな!お金さえ払ったら戦ってくれる人たち、何と五十人!!すっごいパーティーになると思わない?」
「ッ!…面倒な事をしてくれたもんだね…!」
「ア八ッ♪ご主人様が殺せっていう奴がどんな奴かは知らないけどさぁ…」
表情が歪む。
確実に笑っているなのに笑っていない。
寧ろ狂気すら感じさせる笑み。
「ご主人様に歯向かった奴が生きて帰れる訳がないじゃん」
先ほどまでの無邪気さはどこへ消えたのか。
ひどく冷たく、抑揚のない声が彼女から飛び出す。
「ちっ…」
最悪な状況になっている。
それに対しヴェルデは舌打ちする。
(ナギサ…)
院内から響いてくる止む事を知らない銃声をその背で受け止めつつ、ヴェルデは彼女の名を己の内でつぶやく。
だが彼女は気付かなかった。院内では起きている戦闘はメイドらが想像しているものとは違う展開を迎えていることに。