Devils front line   作:白黒モンブラン

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─ゴミ掃除はお手の物─


Act210 February 14th Revenge 18

病院内が戦場へと変わる数十分前。

願いを託されたナギサは、Aliceにその願いを叶えるにはどうすればいいのかを尋ねていた。

託されたとは言え、言葉でその悪事を世間に広めた所で何ら意味がない事くらいは年若いナギサでも分かる事である。

つまりは世間が動くほどの決定的な何かがなくてはならなかった。

 

「まずはこの階よりも下にある階層。サーバールームに向かって下さい。そこに私が秘密裏に使用している端末が一つあります」

 

「その中に情報が?」

 

「はい。マルセル・インバランドがこれまで行ってきた悪行及びあの者達が企てた計画の全容などの情報を収めています。ただ問題が一つだけあります」

 

「それは?」

 

「外部に持ち出す為に情報を記憶媒体に移さないといけないのです。記憶媒体自体はサーバールームにあります。あとは端末に接続さえ出来れば、私の方で何とか出来ます」

 

「分かった。行ってくる」

 

マルセルへと復讐する為、計画を阻止する為、全てを終わらせる為、ナギサはすぐさま行動を起こした。

駆け足でAliceと一緒にいた部屋を出ていくとエレベーターへと乗り込み、そのまま下の階へと降りる。

存在しないとされる地下二階に到達し、エレベーターへと降りると無数に並べられた端末がナギサを出迎える。

全て同じ。色も形も何もかも。ファンが回る音ですらナギサには同じように聞こえた。

その中からAliceが秘密裏に使用している端末を探さなくてはならなかった。

 

「骨が折れそうだね…」

 

周りを見渡しながらナギサはそう呟くと足を進める。

すると部屋に備え付けられたスピーカーからAliceの声が届く。

 

『安心してください。私が案内しますので』

 

「それじゃお願い。で、端末はどこにあるの?」

 

『貴女から見て左。四列目の最後方の端末が私が秘密裏に使用している端末です』

 

「…四列目の最後方……あれね」

 

Aliceが秘密裏に使用している端末を見つけると、傍に置いてあった記憶媒体をUSBポートへと差し込むナギサ。

記憶媒に内蔵されているライトが灯るとAliceの声が届く。

 

『接続を確認。後は私にお任せ下さい』

 

「どれくらい掛かりそう?」

 

『量が量ですので一時間くらいはかかるかと。その間は退屈になるでしょうが、お休みになっていて…』

 

そこでAliceの言葉が途切れた。

どうしたのかと思いナギサはAliceへと呼びかける。

 

「Alice?」

 

『…すいません、ナギサ。一度私の所へと戻ってきてはくれませんか。説明はそこでします』

 

声からその雰囲気を察したナギサ。

分かったと答えると彼女はその場を後にした。

 

 

Aliceのいる部屋にナギサが戻ってくると、先ほどまでなかった物が姿を現していた。

巨大なモニターらしきものがAliceの周囲を囲むかのように展開されており、そこには院内の様子と見取り図が表示されていた。

物々しい雰囲気を感じ取ったナギサは気を入れ直し銃を握り直す中、どこから取り出したのかコンソールパネルを操作していたAliceが口を開いた。

 

「敵の数は約50。装備など全員がバラバラである事から恐らく傭兵でしょう。雇い主は不明ですが…ここを狙ってきたとするのであれば…」

 

「マルセルか、例の連中?」

 

「恐らくは。それと先ほど入手した情報ですが、グリフィンがここに急行しています。所属は…S10地区前線基地の部隊ですね。しかし何故あの基地の部隊が動き出したのでしょうか?管轄地区ではない筈なんですが…」

 

今になって行動起こしているグリフィンの情報を聞き、ナギサは指を顎に当てつつ思い返す。

グリフィンを最初に見たあの時を。

 

(S10地区前線基地の部隊…もしかして、B.Jの屋敷に居たのもあそこなのかな…)

 

遠くから見ただけであるので確証は持てない。

同時にナギサは疑問を覚えた。

 

(何でその基地の部隊が今回の一件に関わってるんだろう…。警察の手では負えないから警察がグリフィンに協力を求めた、と思ったけど…)

 

幾度もなく浮かび上がってくる謎。

それらは混ざり合い、そして絡み合い、答えを遠ざけていく。

いくら模索しようとしても、十代半ばに過ぎない彼女にはその答えに到達するのは難しい。

 

(考えた所で意味ない…。どのみちこのままやっていけば、どうせ…)

 

答えを手繰り寄せる事が出来ないのであれば、向こうが勝手にやってくるのを待つだけの事。

今、シーナ・ナギサにやれることは立ちふさがる敵を殺すだけなのだから。

逆を言えばそれだけしかないとも言えるのだが。

 

「…それにここに籠っていた所でいずれ見つかるでしょう。雇い主がマルセル・インバランドか、或いは組織の者であれば奴らは貴女を狙い、そしてここに訪れる。そうなれば全てがおしまいです…」

 

「敵を一人も来させる事無く、そして一人残らず始末したらいい、という事よね?」

 

「…はい。現状を打開するにはそれしかないでしょう」

 

「そう。…なら私が片付けてくるよ」

 

何の躊躇いもなく告げるとナギサは踵を返し、上へと上がるエレベーターへと向かって歩き出した。

死んでしまうかも知れない。

だと言うのにそれに対する恐れを感じさせない彼女にAliceは叫んだ。

 

「本気で言っているんですか!?相手は傭兵!それも五十人!!一人で行くなんて無謀過ぎます!」

 

「それがどうしたの?どのみちこの方法しかない。だから貴女は出来るだけ早く情報を記憶媒体に移すように努力して。今はお互いにやれることをやる。それしかないから」

 

「…だとしても…ッ!」

 

行かせたくない。

Aliceの中でそんな思いが芽生えていた。

それもそのはずで、敵は武装した傭兵五十人。それをたった一人で相手取ろうなど自殺行為に等しい。

ナギサを失えば、目的を果たせなくなる。

それだけは避けなくてはならない。

だから行かせたくない。しかし行かせなくては死ぬのは自分たち。

二つの思いがぶつかり合い、Aliceは葛藤する。

迷っている時間は無いに等しい。だからこそAliceは決めなくてならなかった。

 

「…武器を用意します」

 

出した答えはナギサを戦場に送り込む事。

苦渋の選択。だがもうこれしかないのだから。

顔を下ろし唇を噛みしめながらAliceはコンソールパネルを操作。

すると白く彩られた壁から空気の抜ける音が響き渡り、何かの駆動音とともに白く彩られた壁が横へとスライドしていった。

そして白く彩られた壁は姿を変え、ナギサを出迎えたのは大量の銃器が並んだウエポンラックだった。

それらを見たナギサを無言のまま歩み寄り自身が扱えそうな銃を探していく。

 

「!」

 

ふと、彼女の目にある銃が目に留まる。

形こそは水平二連装ショットガン。だが改造が施されているのか銃身下部に細長い弾倉らしきものが備え付けられていた。

かつてリツと居た時に様々な銃を見てきたナギサだったが、その銃は初めて見る銃であった。

とは言え扱い方は直感的に理解できたのか、彼女は慣れた手つきで操作していく。

 

(…成る程、排莢した後に銃身を元に戻したら散弾が再装填される仕組みになっているのね)

 

重さはそこまで感じられない。

自身でも扱えると判断した彼女は改造が施されたショットガンとMP5用のマガジンと遊園地でアリシアに渡したM92Fの代わりとしてM950Aを手に取り、閃光手榴弾をいくつか取っていくとAliceに何も告げることなく上へと繋がるエレベーターへと向かうのであった。

 

 

上へと上がっていくエレベーター。

狭い箱舟の中はナギサは戦闘準備を進めていた。

持っている武器に弾を込め、最後に改造が施された水平二連装ショットガン『マンバ-12sg』に弾倉を差し込むとナギサは静かに息を吐き、瞳を伏せた。

一度も停止することなく上がっていくエレベーター。あと数十秒でもすれば敵で溢れかえったエントランスホールに到達するであろう。

死ぬ事に対する恐怖がない訳ではない。しかしてそれを上回るかのように復讐の炎は燃え盛る。

まるでナギサの中に存在する死の恐怖をかき消すかのように。

エレベーターがエントランスホールに到達する音が彼女の耳に届く。

それと同時にナギサは伏せていた瞳を開いた。

右手にはショットガン。左手には閃光手榴弾。

エレベーターの扉がゆっくりと開いていく。

まるで処刑台へと誘うかのように、彼女に映る光景全てがスローモーションとなって流れていく。

少しずつ開いていく扉の向こうから見えるのは武装し待ち構えている傭兵達の姿。

待ち構えていることなど分かっていた。だからこそナギサは冷静でいられた。

ほんのわずかに開いた扉の隙間から既に安全装置を外した閃光手榴弾を敵集団へと放り込む。

彼女の手から離れる閃光手榴弾。固く軽い音が地面で響き渡り、それはバウンドすると武器を構えていた傭兵達の真ん中にへと飛び込んでいく。

強烈な光と音に目と耳をやられないようにエレベーターの端の方へと移動し、その二つを塞ぐナギサ。

そして次の瞬間、劈く様な音と視界を奪う閃光がエントランスホール内を駆け抜けた。

次の瞬間、断末魔が響き渡った。

劈く音に耳をやられ、強烈な閃光を目をやられた男たちが手にしていた武器を手放し紙面をのたうち回る。

そこにエレベーターから黒い何かが飛び出す。

頬を伝う微量の血。なびく黒髪と黒いコート。

人の姿をしたソレは手にしたショットガンを無防備な状態を晒す傭兵達へと向けて発砲した。

銃声。そして二つの銃身から同時にはじき出される散弾が男たちの肉体を貫く。

ぐしゃりと鈍く生々しい音と共に人間だったナニカが転がり、中身が周囲にぶちまける。

 

「…」

 

転がった死体に目もくれることなく、彼女は駆け出す。

マンバ-12sgの銃身を折り、排莢。素早く銃身を元に戻し再装填。

すかさず動きが止まっている傭兵らへと引き金を引き散弾をばらまく。

一人、また一人と死体が出来上がり、大理石風のタイルはまるでキャンパスのごとく臓物と赤黒い血によって赤く染め上げられる。

 

「こっちだ!こっちに居るぞ!!」

 

「あのガキは俺の獲物だ!報酬は全部頂くぜ!!」

 

「ざけんな!テメェにくれてやるかよッ!!」

 

戦闘の音を聞きつけ、エントランスホールに集まり出す傭兵達。

殺意剥き出しにして集まった傭兵達を冷めた瞳を見つめると既に弾が切れたマンバ-12sgを投げ捨てナギサは復讐を始めた時から使ってきたMP5を手に取る。

それと同時に恐ろしいまでの銃撃の嵐がナギサに襲い掛かる。

それでも彼女の表情に変化は訪れない。その場から飛び退き、近くの壁を盾代わりにしつつ反撃していく。

 

「がっ…!」

 

そして傭兵の一人がナギサからの反撃を受け頭から血を吹き出しながら地面に伏せ動かなくなる。

 

「ちっ!一人やられたぞ!!」

 

「知るかよ!ライバルが一人いなくなったと思えばいい!!」

 

しかし周りからすればたかだか一人減ったところでどうでもいい話なのだ。

傭兵らは笑みを浮かべ、殺意を剥き出しにして銃の引き金をhき続ける。

数で勝っており、そしてたかが一人の少女だけを殺すという簡単な依頼。

これさえ終われば多額の報酬が入ってくるのだから、この場から引くことはしないだろう。

 

「さぁ…始めましょうか」

 

「うん!ご主人様に逆らう愚か者をぶっ殺してあげないとね!」

 

「フフッ…あー楽しみだわぁ…。どんな声を聞かせてくれるのかしら」

 

そしてその戦場に似つかわしくないメイドの格好をした者達六人が傭兵らに混じってナギサに攻撃を仕掛ける。

このままやっていけばいずれ勝ちはやってくると誰しもが確信していた。

だがその確信が怪しくなったのは戦闘が始まって一時間ほど経過した時だった。

耳を塞ぎたくなるほどに煩く響いていた銃声は気づけば少なくなり、その異常が際立つようになっていた。

 

「ど、どうなっている…?」

 

この一時間で生き残っていたのだろう。

大口径リボルバーを構えていた男がその異常に対して声を震わせながら疑問を口にした。

明らかに人が減った気がしてならないのだ。

それどころか残っているのが自分だけではないか思わせるほど院内は静けさを保っているのだ。

一人の少女にここまでやられたという事実は傭兵のプライドが認めない。

だがそんなプライドはすぐに捨てるべきだったと男はこの直後に知る事となる。

 

「!」

 

後ろから何かが忍び寄るナニカ。

長らく傭兵を務めていた勘が男に忍び寄る危機を知らせる。

弾は先ほど再装填したばかり。故に反撃は出来る。

だが体が言う事を聞かない。ナニカによって体を固定されたかのように動けない。

言うなれば金縛りに遭ったかのように動かなかった。

 

「ッ!!」

 

だが男は何とかしてそれを気力で振り払い、リボルバーの撃鉄を起こすと同時に振り向いた。

だがその行動は無意味と言わんばかりに振り向いた男の顔面には一丁のリボルバーの銃口が突きつけられていた。

そこに居たのは黒いコートを羽織り、頬に付いた血を拭うことなく冷たい瞳で見つめてくる少女の姿。

既に勝負が付いている事を察すると男は苦笑いを浮かべながら銃を下ろした。

 

「ったく…ここまでかよ」

 

諦めに似たセリフを口にし手にしていたリボルバーを手放すと男は壁に背を預け、羽織っているジャケットの懐へと手を伸ばす。

その行動が彼女にとっては怪しく感じたのだろう。突きつけている銃の撃鉄を起こされる。

 

「安心してくれ。死ぬ前の一服するだけさ」

 

そういって男はジャケットの懐から煙草を取り出し、それを彼女に見せる。

反撃する様子はないと判断したのか、男に突きつけられていた銃が静かに下ろされる。

銃が下ろされると男はポケットからライターを取り出し、咥えている煙草に火を灯し味わうと上へと紫煙を吐いた。

そして彼女…ナギサが手にしている一丁のリボルバーを見ると笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「マテバか。死ぬ前の傭兵が言うのも何だが、少しばかり趣が過ぎねぇか?」

 

「…」

 

だが最初から会話をするつもりはないのか、ナギサは答えない。

訪れる静寂。

数秒か、或いは数分か。静寂を破るように男は話しかけた。

 

「そういやメイドの格好したお嬢ちゃんが六人ほど院内に居た筈だが…どうした?」

 

「全員殺した。一人だけ嗜虐心と被虐心両方を持った変態みたいだったから、落ちてたショットガンを口に突っ込んでから黙らせたけど」

 

「はっ…。見た目に反してエグイ事をしやがる。人間の皮を変わった悪魔かよ」

 

「かもね」

 

ゆらゆらと紫煙が上っていく。

男が煙草を吸い終えるまでほんの少しだけ時間がかかるだろう。

死ぬ前の一服を味わう男に対し、ナギサは何故か手にしていたPainekillerをホルスターに収め、男に背を向けるとそのまま歩き出した。

 

「…撃たねぇのか?」

 

「死にたいなら撃つけど」

 

男の問いにナギサはホルスターに収めたPainekillerのグリップに手をかける。

かちりと撃鉄が起こされる音が小さく鳴ると男は煙草を咥えたまま両手を上げ降参のポーズをとった。

 

「まだ生きていたいんでね…。一服終えたら適当におさらばさせえてもらうさ」

 

「そうした方が良い。……待たせている人を泣かせては駄目だよ」

 

それと、ナギサは前置きを口にするとPainekillerを抜き男に笑みを浮かべながら告げた。

 

「趣が過ぎるって言ってたけど私から言わせれば…」

 

「言わせれば?」

 

「ロマンに罪はないのよ」

 

この状況で言う様な事かと男は思った。

先ほどまでやりあっていたというのに似つかわしくない雰囲気に彼は小さく笑った。

院内に小さく響く男の笑い声。男が笑っている内にナギサは静かに歩き出した。

去っていくその背を見つめながら、男は指にはめている指輪を見つめる。

空いた手でそれを撫でながら、小さく呟く。

 

「…待たせている人を泣かせては駄目、か。だから撃たなかったのかね?」

 

その問いに答える者はいない。

彼女が去っていった方向を見つめた後、男は立ち上がり外へ歩き出した。

 

「…確かにそうだよな。アイツが腹痛めて生んだ娘らを…先に逝っちまったアイツと俺の間に出来た娘らを泣かせちまったら父親として駄目だよなぁ…」

 

その呟きは誰にも聞こえない。

男は愛用しているリボルバーを回収しホルスターに差し込むと静かにその場から去っていくのであった。

血と硝煙が入り混じる空間に煙草の残り香だけを残していって…。

 

 

 

「戻ったよ」

 

まるでそこには苦労なんてなかったと淡々とした口調で掃除を終えたナギサがAliceの元へと戻った。

羽織っているコートに血が付いている事すら気にしていないその様子だった。

 

「…その様ですね。貴女が戦っている間、こちらのデータの移行が完了しました。後は貴女が記憶媒体を持ち出し、私がこの病院を爆破するだけです」

 

「爆破って…正気?」

 

「正気ですとも。元よりそのつもりでしたので」

 

「……寂しくなるね」

 

ふと出た言葉。

それはナギサの本心だった。

動く事が出来ずに只々何もない空間で生きてきた少女、Alice。

もし彼女は普通に生きられたら…。

もっと別の形で会いたかった。友達になりたかった。

そんな思いを抱いていたからこそ、ナギサの口からそんな言葉が出たのだ。

 

「…ええ。短い間でしたが、貴女に出会えた事を嬉しく思います」

 

ナギサから出た言葉がどこか悲しげだったのを感じ取ったAliceもまたどこか悲しげであった。

分かっていた事だった。

それでも別れは辛いもの。それも二度と会う事の出来ない別れとなれば尚更。

 

「…そして一つだけお願いを叶えて頂けないでしょうか」

 

「なにかな」

 

「…抱きしめては頂けませんか?人の温もりを最後に感じたのです」

 

「…うん、分かった」

 

お願いを叶える為、ナギサはAliceの傍に歩み寄る。

そして彼女はそっと腕を伸ばし、優しくAliceを抱きしめ、Aliceもまたナギサの背に腕を回した。

お互いの体温を感じあう中、Aliceが口を開く。

 

「…ありがとうございました。これで私の役目を終える事ができそうです」

 

「…貴女の事、忘れないから」

 

「私もあっちに逝っても貴女の事を忘れませんから…。どうかお元気で」

 

「うん…。さようなら、Alice」

 

抱きしめていた腕が解かれ、ナギサはゆっくりと離れる。

そして彼女は後ろへと振り向き、そのまま記憶媒体を回収する為に部屋の出口へと向かっていった。

去っていくその姿をAliceはジッと見つめる。

黒いコートを揺らめかせながら去っていく姿は段々と暗闇の奥へと消えていく。

そして彼女が完全に姿を消すとAliceはコンソールパネルを操作し、スイッチを押した。

すると部屋全体が赤く点滅し始め、危機を知らせるサイレンが鳴り響く。

そしてAliceの目に前には中空ディスプレイが表示され、爆発までの時間が表示されていた。

 

『当施設の破棄が決定されました。自爆装置の起動を確認。職員は速やかに退避してください。繰り返します…』

 

アナウンスが院内全体に響く。

同じ事を繰り返すも、院内から脱出しようとしているものはごくわずか。

そしてAliceは自身の役目を終えたのか、コンソールパネルから手を放し背もたれに背を預けた。

数分もすればここは消失する。

 

「さようなら、ナギサ」

 

振動し始める施設。

Aliceは最後に人の温かさを感じさせてくれた彼女は静かに別れを告げる。

死の恐怖はない。むしろ生きていく事が地獄だった。

 

(…もっと別の形で会いたかったなぁ…)

 

こんな形になってしまった事にAliceは悲しさを覚える。

別の形で会う事があれば、こんな悲しい思いはしなくて済んだ筈なのだから。

でもどうにもならない。これがAliceに与えられた運命なのだ。

残酷で無慈悲で、それで悲しみだけ残る別れという運命。

だけど、と彼女は思う。

死ぬ事は求めていた。それは自分自身が望んでいた事。

だがナギサは違う。

 

(死して尚、貴女に役に立てる事が出来るのであれば…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Aliceは願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の魂は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初で最後の希望を託した彼女がどうか無事でいられることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女と共に」

 

 

 

 

 

 

 

 

無数に傷ついたその小さな体とその心を癒す担い手になれることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

アナウンスが院内を駆け抜ける。

同時にナギサも記録媒体を回収し、急いで外への脱出を目指していた。

エレベーターを降り、エントランスホールを駆け抜ける。

死体を避けている暇はない。体力を消耗する形になりかねないが、飛び越えながら駆けていく。

 

『自爆まで十秒…』

 

足が重たくなる。

それでもナギサは走るのを止めない。

今ここで足を止めて死ねばAliceの願いもマルセル・インバランドに対する復讐も成せなくなるから。

 

「あと少し…!」

 

出口に近づく。

ドアに体当たりする形で突き破り、外へと飛び出る。

偶然にもヴェルデが因縁深いメイド六人らとの決着を辛うじて終えた所であり、内部に入ったナギサの身を案じて内部に向かおうしているところであった。

 

「え!?はっ!?ナギサ!?」

 

「ヴェルデ、ここから離れて!もうすぐ自爆する!!」

 

「えええっ!?」

 

驚くヴェルデに飛びつくナギサ。

次の瞬間、精神病院が爆発。炎に包まれた。

煌々と燃え盛る炎。夜空を照らすように燃え盛る。

それはこの病院で捕らわれていた者達を弔う炎であり、建物は墓標だろう。

崩れ行くそれをナギサは只々見つめるのであった。




多分次でナギサちゃんの過去編は終わりかな。
ナギサちゃんの過去編が終了したら、息抜きコラボするつもりです。
息抜きコラボはぼのぼのするので…。

では次回ノシ
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