船の船倉部は見る影も無くなるほどに荒れ果てていた。
巨体を誇るソレは数多の手が、数多の指が嵐の如く暴れ、自身の縄張りに入った愚かな獲物を水底に引き込もうとする。
一見すれば無造作。
しかしあらゆる角度から、死角を狙い、逃げ道を絶つ様に触手が振るわれ、相手を貫かんとする槍の様な一撃が繰り出され、相手に近づかれぬように触手を自身を守る盾として、そして体から毒を放ちながら自身を覆うと言った戦法はジョカトグゥルムという悪魔が決して低級悪魔では無いと指し示していた。
だが、幾ら大型の悪魔と言えどこの四人を狙ったのは間違っていた。
白夜叉と言われる装備を纏ったアイソマーがジョカトグゥルムが有する触手を再生不可能なまでに至らせる程の強烈な一撃を浴びせ、女体部分が怯んだ所を見逃すことなくストライクEと呼ばれる戦闘用デバイスを纏うM4とブレイズレイブンと呼ばれる戦闘用デバイスを纏ったグリフォーネが強烈な銃撃と剣撃を与える。
この状況からして分かる通り、デビルハンターであるギルヴァが手出ししなくても、三人は大型悪魔相手に上手く立ち回れている様であった。
―おーおー…派手にやってんなぁ。こりゃ俺たちの仕事なくなるんじゃねぇかな
「アレがそう容易く狩れる相手だと思うか?」
―いんや、全く。確かにあの嬢ちゃんらの攻撃は凄まじい。触手は一本使えなくしたし、怯んだ所を目掛けて銃撃やら剣撃を与えている。傍から見れば優勢に見える…だがな──
―その程度でやられる様なら、悪魔なんてモンはとっくの昔に滅んでるだろうさ―
蒼の言葉通り、あれだけの攻撃を受けていたにも関わらずジョカトグゥルムは動き出した。
展開していた全ての触手を一気に動かし、何とジョカトグゥルムは自身さえも潰しかねないにも関わらず、傍にいた三人へと目掛けて全ての触手を振り上げ、圧殺しようとしていた。
迫りくるそれは触手と言うより壁そのもの。
その場から離脱しなければ、一撃で葬られ、ジョカトグゥルムの餌へと成り果ててしまうだろう。
それが分かっているからこそ、三人は後退しようとするもジョカトグゥルムは口から毒を吐いて三人が逃げ出すのを許さない。
その間にも壁はすぐそこまで迫り寄ってきていた。
「不味い…!」
外からでは分からないものの、M4の表情は険しかった。
両手に持つ二丁の銃ではこの触手を貫けない。だがストレージにある武装を取り出す暇もない。
両掌や両爪先、踵裏に内蔵に内蔵されたアンカーランチャーを使って場を離れようとしても、ほぼ逃げ道がなくなっている。
「こ、のっ…!」
「や、ろうっ!」
ブレイズレイブンを纏い、刀の形をした単分子カッターを構えたグリフォーネと薙刀を携えたアイソマーが逃げ道を作ろうと触手へと斬りかかる。
しかし刃がその触手を完全に斬り落とす事は叶わず触手の中ほどで止まってしまい、グリフォーネは苦悶の表情を浮かべ、対するアイソマーは驚愕の表情を浮かべた。
(さっきは行けた筈…!何故!?)
こればかりはアイソマーも分からない事であったが、悪魔にも魔力を保有する者も存在する。
それは今相対しているジョカトグゥルムもその例外ではない。
先ほどまでは通ったであろうアイソマーの斬撃も攻撃を受け続けた事により激怒したジョカトグゥルムの魔力量が増大し触手も魔力によって強化された事が一撃で斬り落とせなかった原因であった。
「一撃で駄目だったとしても!」
原理は分からずとも一撃では触手を完全に斬り落とせないと理解するとアイソマーは触手へと向かって次々と斬撃を叩きこんでいく。
一撃で無理だったとしても、何度か攻撃を与えれば斬り落とせると判断した為である。
だがそれでも触手は斬り落とせない。アイソマーの顔に焦りが浮かんだ時。
「落雷注意だ」
「え?」
驚きの声を上げるアイソマーの頭上を駆け抜けるは金色の一閃。
闇を切り裂き、触手の壁を裂き、轟音と共に雷光はまるで濁流の様にジョカトグゥルムの女体部分に向かって迸った。
周囲に眩い黄金の光が咲き誇り、巨体を誇る悪魔は落雷により身体が痺れ、まともに動かす事が出来なくなる。
突如として起きた光景に呆然とする三人。
そしてその視線が向く先にはいるのは、愛刀の無銘ではなく雷光を放ち続ける籠手と具足『フードゥル』を装備したギルヴァただ一人。
彼の視線は雷の一撃で動けずにいるジョカトグゥルへと向けられていた。
「い、一撃で…?」
「うっそぉ…」
たった一撃であの悪魔を黙らせた。
その事実にM4もグリフォーネも驚きを隠せない。
「おまけにあの触手を全部斬ってるし…。いや、斬ったというより裂いたというのが正しいのかな」
本体と別れた触手を興味深そうに見つめながらアイソマーはあの雷撃が斬ったのではなく裂いたのだとそう判断する。
そしてその答えは彼女の知らない所で当たっていると言えた。
雷撃鋼『フードゥル』の持つ雷は性質の異なる様々な雷を発生させる事が可能で八種類の雷を発生させることが出来る。
その特徴は日本の神話時代から伝わる雷神、八柱から連なる黄泉国の神から来ているらしく、それを参考に魔帝は八種類の雷を操る悪魔を考え、生み出したのがフードゥルである。
最も2000年以上経った今、それの特徴を知る者はフードゥルを生み出した魔帝と本人であるフードゥルと、その使用者であるギルヴァ以外いないのだが。
それはさておき。
雷撃をまともに受けたジョカトグゥルムであったがまだ戦意喪失はしていなかった。
目の前に立つギルヴァを食らおうとしてその口を大きく開き女体部分を勢いよく伸ばした。
「…」
だがギルヴァは焦る事無く、エアトリックでその場から離脱。
ジョカトグゥルムの攻撃は外れ、生まれた一瞬の隙を見逃さなかったM4がギルヴァと入れ替わる様にして、ジョカトグゥルムの前に飛び出す。
宙で側転しつつ両手に携えた二丁の銃『ビームライフルショーティー』をジョカトグゥルムへと向けた。
「この距離なら…!」
二丁の銃がまるで曲を奏でるが如く、次々とその銃口からビームを吐き出した。
射程こそは短いが連射性能は高い。ましてやそれが二丁となれば、銃口から吐き出される光線は最早光の嵐へと姿を変える。
襲い掛かる弾幕。寸分狂わずの射撃は的確にジョカトグゥルムのダメージを負わせる。
これだけでも十分と言えるが、M4は更なる攻撃を繰り出す。
スラスターを吹かし態勢を変え、そこから体が捻り回転しながら銃撃を浴びせる。
踊るように、そして華麗に銃撃を浴びせるその姿は本当にM4がやっているのかと思いたいが、本当に彼女がそれをやっているのだから疑う余地はないだろう。
「これだけやれば…!」
悪魔だって長々と攻撃を受ける様な相手ではない。
それが分かっていたからこそM4は攻撃を中断し、アンカーランチャーを射出。
先端が後方の壁へと突き刺さると、まるでサーカスのブランコの様に慣性に従い後退しつつ攻撃を与え、ジョカトグゥルムと距離を取る。
近くまで居た筈の得物が離れた事により、ジョカトグゥルムは叫んでその怒りを露わにしM4へ追撃を仕掛けようとした。
だがこの時、ジョカトグゥルムは気付かなかった。
悪魔を仕留めんと迫る二つの影に。
(狙うはただ一つ)
両肩、腰部に備えられたスラスターから噴き出すはプラズマ化した推進剤。
それまるで焔を宿した光の羽のようで、それを纏いながら
そしてその隣で青き侍と共に駆け抜けるは白き存在。
(それ以外は要らない)
両腕を多関節機構の付いた爪付きの戦闘用義手、両脚を爪などの近接武器が付けられた獣脚型の戦闘義足にし、胴部などの各所に装甲を取り付けられた近接特化エース仕様装備というその姿は何処か鎌倉武士を彷彿とさせ、携えた薙刀は凄まじいまでの切れ味を有する。
顔を般若の面で隠し、白き装甲を纏いジョカトグゥルムへと迫るその姿は正しく『白夜叉』というのが正しいだろう。
((だから…ッ!))
青い侍と白夜叉がすぐそこまでに来ている事に気付くジョカトグゥルム。
だが気付くには遅すぎると言え、ジョカトグゥルムが迎撃態勢を取る前に二人は地面がめり込む程に勢いで飛び上がった。
侍の持つ刀の鯉口が切られると鍔と鞘の間からは淡い銀色の刃が僅かに姿を晒され、白夜叉が構えた薙刀の刃が悪魔を死を告げる為に静かに輝きを放つ。
狙う一点、ただ一つ。
それ以外はいらない。確実に仕留める為であれば、そこ以外狙う必要がない。
「…!?」
首を獲らんと得物を携え迫る二人の姿。
その姿に、ジョカトグゥルムは恐怖というのも覚えた。
否…無意識の内に覚えてしまっていた。
悪魔であるジョカトグゥルムには芽生えたその感情が何なのか分からない。
だがそれを"恐怖"と知るには時間が無さすぎた。
何故ならば──
「その…!」
「首を…!」
二人の鬼がジョカトグゥルムの眼前で、その首へと目掛けて既に得物を抜き放っていたのだから。
「「置いて逝けええええッッッ!!!!!」」
風を、音を、全てを置き去りにして放たれるは裂帛の一撃。
鋭き二振りの刃は魔力によって強化されたジョカトグゥルムの首に容易く喰らいつき、一閃。
身体を別れた頭が空を舞い、断たれた体からは鮮血が吹き上がり、雨となって降り注ぐ。
頭を失った巨体の悪魔は断末魔すら上げる事も許さないまま地面へと崩れ落ちていき、肉体が静かに塵となってこの世から消え去っていく。
そして消え去る悪魔の最期の姿を背に地に降り立つは二人の鬼。
刃に付いた血を払い落とし、静かに息を吐いて構えを解く。
見事悪魔を斬った二人の元へと戦闘用デバイスを解除したM4が駆け寄り、褒め称える。
あんな化け物を相手にして見事勝ったのだから、無理もない。
M4に褒め称えられ、何処か恥ずかしそうにする二人のその様子を遠くから見つめていたギルヴァはフードゥルを解除する。
だがその表情は、その雰囲気は警戒を解いておらず、彼はそっと後ろへと振り向いた。
そこに広がるは暗闇。その暗闇の中で歩み寄ってくる何かがあった。
その気配に気付いた三人は即座に身構え、ギルヴァはジッと歩み寄ってくるそれを見つめる。
「良くやるものだ。そこだけは誉めてやろう」
暗闇の奥から姿を現すは、二振りの大剣を携えた純白の彫像の様な悪魔であった。
ジョカトグゥルムとは違い、高い知能を有するのか、M4らにも分かる言葉で先ほどの戦闘を湛えた。
だがその雰囲気は決して仲間になりに来たと言い難く、四人に対して静かに殺気を放っていた。
「…」
無銘の鍔に親指を押し当てようとするギルヴァ。
その時、蒼が彼に待ったと声をかけ、彼の行動を制した。
―悪いが俺に任せてくれねぇか。アレとは知り合いでね
(…良いだろう)
蒼自ら出る。
であれば自身の出番はないと判断し、ギルヴァは蒼が憑依したドッペルゲンガーを展開。
純白の悪魔を見据えると蒼は軽く首を振った後ギルヴァの前に立った。
その手にはティアが持つ大剣『レプリカント』と同じ形をした魔力で錬成された大剣。
それはタリンでの作戦で幻影が蒼の記憶を勝手に覗き込み作った二振りの大剣。その内一つはティアへ、そしてもう一つは蒼が有しており、何処から引っ張り出してきたのか、それを軽々と肩に担ぐ。
「久しぶりだな、バアル。俺の事、覚えてんだろ?」
「その声…まさか!?」
「ああ。そのまさかさ」
担いでいた大剣を振り下ろし、構える蒼。
本来の姿ではないとは言え、その姿は彼が魔界の魔剣士であると頷ける程の説得力があった。
「
本来の世界から隔絶された世界の海を漂う幽霊船で、その戦いは静かに幕を開こうとしていた。
因みにこちらでは描いてはおりませんが、ジョカトグゥルムの持つ触手の一つをアイソマーちゃんがぶった切ってくれた模様です。
という訳でジョカトグゥルム戦はこれにて終了です。
M4、グリフォーネ、アイソマーの扱い、こんな感じで良かったんやろうか…。
次回は…蒼対バアル。
魔剣士対魔剣士の戦い。ついでに髑髏の騎士の正体についても判明します。
ではでは次回ノシノシ