世界と断たれた異界の海を漂う船での戦闘が各所で起き、そして無事勝利を収めていく中でシーナから増援として送られたセイレーン、ソルシエール、シャリテもこの船の中に侵入していた。
ギルヴァらが通った道を辿るように暗い廊下を歩いていく中、セイレーンはこの船に入った瞬間にこの船の正体を見抜いていた。
(この気配…やはり我が同胞の…)
何故このような事にと思う彼女だが、心当たりが無い訳ではなかった。
(…)
それは遠い遠い話。
悪魔としての生き方を、同胞を、全てを捨てて誰にも知られる事無く人界へと降り立ち、人として生きる事を選択した一人の悪魔がいた。
事あるごとに起きる戦争、変わりゆく時代、世界が今に至るまでの長い年月…何百年という間に起きたその日の些細な出来事を胸の内で感じながら悪魔は生き続けてきた。
そしてある日を境にその悪魔は知ってしまう。
同胞が自身を残して、全滅してしまった事を。その遺体のいくつかが人界に流れてしまった事を。
何故全滅してしまったのか?その理由は未だに分からない。
日常は分からないままの日々へ。
時間は分からないだけで流れていく。
胸の内は分からないという感情だけで埋め尽くされる。
知りたくても知る事が出来ず。
捨てた故郷へ戻りたくても魔界へと戻る道は、伝説の魔剣士によって閉ざされてしまった為に戻れない。
だがそれでも何かをしなくてならない。
悩みに悩んだ果てその悪魔が取った行動は荒れ果てた世界へと旅に出る事であった。
その目的はただ一つ。人界に流れ着いてしまったという同胞の遺体を回収して弔う。
たったそれだけの為に悪魔…魔界において最初期にセイレーンという存在を確立し、セイレーンという種族を誕生させた最初の悪魔は世界を旅してきたのだ。
己が得意とする歌を封じ、それらを楽器へと変異させ奏でる事によって攻撃手段とし、それを行使することで危機を切り抜け、この力だけでは生き残る事が出来ないと分かった時は我流でありながらも剣術を覚え、時には静かに曲を奏でる事で明日に怯える人々に一時期的な安らぎを与えてきた。
そんな旅を続けてまた一人、また一人と同胞の遺体を見つけ弔い、そして同胞の遺体が最後の一人となった時、セイレーンは身を寄せていた廃れた教会で遠くから聞こえた痛みに苦しむ非業の少女達の声を聴く。
そして向かったのはタリン。そこから彼女の運命は変わり始めた。
あの場にいたグリフィンの指揮官…数体の悪魔を使役し、時を司る魔具を手に戦場へと出る彼女の影に潜み協力関係を築き上げる事で最後の一人である同胞の遺体の行方を知れるかもしれないという思いはあった。
(…罰か、或いは呪いか。そのどちらだったとしても私が成すべき事は変わらない)
そして偶然にもこの島にして、この船から同胞らの気配を感じ取った。
それも何らかの理由で死したはずの同胞らの気配と死んだと思われ人界に流れ着いたとされる同胞の遺体の気配をだ。
(全てが明らかになった時、私の旅も終わる)
終わりは近い。その結末が迎える時も。
どれ程歩いたか、どれ程の時間が過ぎていったか。
何年、何十年と続いた長い長い旅路が終える。
それを感じ取りながらセイレーンは静かに足を止めた。
「セイレーン?」
「どうかしたのかい?」
廊下を抜けて誰も利用しなくなったカジノに来た時、セイレーンが足を止めた事に気づいたのか先を歩いていたシャリテとソルシエールが足を止め声をかける。
だがセイレーンは反応しようとはしない。
首を傾げる二人だが、目を伏せ立ち尽くすセイレーンは同胞らのいる場所を探知しようしていた。
この船の正体。それは既に死したセイレーンらの残留思念が形と成したもの。
その成したモノがあの世とこの世の狭間にある世界の海を漂っていた。
外の世界から来た得物を誘い込み、迷い込んだ獲物は彼岸に送り込まれ黄泉の住民へとなってしまうか、或いは送られる前にセイレーンらの残留思念が形を成した船によってその命を奪われるか。
悪魔にとって人間の血は力の源。
だからこそ何も疑わない。何故ならそれが当たり前なのだから。
だからこそ持つ感情もない。何故ならそれが普通なのだから。
だからこそ機械の様に繰り返す。何故ならそれが生前の習慣なのだから。
それ故かセイレーンの残留思念は無造作に自身の気配とこの船を操る主の気配を放っていた。
それを逆探知する事で主がいる場所を探ろうとしていた。
(…船の奥。いえ、もっと奥…)
船内は魔術によって空間そのものが捻じ曲げられている。
その船体から想像できない程に空間は大きく広げられており、まるで自身の元にたどり着くのを拒むように迷宮と化している。
しかし初代セイレーンの意識はまるで導かれているように迷うことなく駆け抜けていく。
前を立ちふさがるモノなど無い。答えを知っているように意識は奥へと向かう。
(……捉えた)
意識が迷宮から広い空間へと出た時、彼女は確信した。
そこにこの船を操る主がいる事に。
主がいる部屋を探知し、ゆっくりとその目を開くセイレーン。
その様子を見ていたソルシエールが心配そうに声をかける。
「大丈夫かい?」
「ええ、ご心配には及びません」
何処からともなく彼女が愛用する特徴的な形をしたバイオリンを取り出し、奏で始めるセイレーン。
響き渡るは音色。音の一つ一つが情景を表し、彼女は美しくも儚い幻想を彷彿とさせる曲で散り散りとなった者達が此処にへとたどり着く為の道を作り始める。
船内を支配していた闇が光に塗りつぶされ、迷宮と化した船内はセイレーンが奏でる音によって歪んだ空間は彼女の意思を体現するように姿を変えていく。
「これは…!?」
「空間を書き換えているんだ。どうやら彼女はこの船の正体を見抜いているらしい」
驚きを覚えるシャリテの隣でソルシエールは冷静に状況を説明しながら、しかしと呟く。
作り上げられていくこの空間をゆっくりと見渡す。そして気付く。
今広がりつつあるこの光景はセイレーンにとって大事な光景であると。
(その大事な光景が教会とはね…)
姿を露わにするその空間はソルシエールが言ったように確かに大きく広がった教会であった。
並んだ複数のステンドグラスから入り込む光によって教会全体が神聖な雰囲気に包まれる中でこの空間の中央で儚げにバイオリンを奏でるセイレーン。
その姿は美しいという言葉だけでは片付けられない何かを感じさせるものがあって、そしてその音楽は迷宮とした船にて散り散りとなった彼らをこの空間へと誘うものとソルシエールがそれに気付いたのはこの直後であった。
ゼーレと名乗った少女と共に行動していたシリエジオは離れ離れとなってしまった仲間たちを探して移動していた。
だが迷宮と化した船内は扉一つ超える度に別の空間へと飛ばされてしまう仕組みになっているらしく、シリエジオはそれに気づいていた。
にも関わらず移動しているのは止まっていた所で意味がないと判断した為である。
「ん…?」
闇に包まれた長い廊下を歩いてた時、ふとゼーレが足を止めた。
「ゼーレ?どうかしましたか?」
彼女が足を止めた事により、シリエジオも足を止め声をかける。
「どこからか音楽が…。気のせい…?」
「音楽、ですか?」
今この場で聞こえるのは船体が軋む音と廊下を駆け抜ける風の音のみ。
それ以外聞こえないのだが、ゼーレにはどこかで曲が流れている音が聞こえているらしい。
彼女だけにしか聞こえていないのだろうかと思いながらもシリエジオは目を伏せ耳を澄ませる。
意識を集中させ、耳に入ってくる雑音だけを電脳を用いて取り除く。
それがほんの僅か数秒経った時、彼女の耳に何処かでバイオリンの奏でる音が入って来た。
(セイレーン?)
バイオリンでシリエジオの頭に浮かんだのはシーナの影の中に棲み付いている悪魔『セイレーン』だった。
もしこれがセイレーンによるものでは自分たちを呼んでいるものであればそこへと向かわなくてはならない。
だが船内は扉一つ超える度に何処か別の空間へと飛ばされる状態にある。
上手く合流できるだろうかと思うも移動しない訳には行かない。
「この音が鳴っている発生源へと向かいます。ゼーレ、くれぐれも私と離れないように」
「うん…!」
必ずたどり着く。
そんな思いを胸にシリエジオは廊下の奥に存在していた扉へと歩み寄りドアノブを握る。
ゆっくりとドアノブを捻り扉を開く。
その先に広がるはまた別の空間か、或いは何度も見た暗闇に包まれた長い廊下か。
だがその予想を裏切るようにして二人を迎えたのは、暖かな光と神々しさに包まれた教会でバイオリンを弾くセイレーンの姿と──
「シリエジオ!?」
「無事だったんですね!」
ブラウ・ローゼ隊のメンバーでありシリエジオにとって後輩に当たるソルシエールとシャリテであった。
二人へと歩み寄ろうとするシリエジオ。
その時、隣に立っていたゼーレがセイレーンを見て、ふと呟いた。
「…
微かに聞こえた声。
それを決して聞き逃さなかったシリエジオは足を止め、ゼーレへと顔を向ける。
「今、なんと…?」
「え、あ…その…」
顔をそむけるゼーレ。
どうやら言いにくい話である事はその様子からしても、シリエジオの目からしても明白であった。
その証拠に彼女の小さな体は何かに怯えているように震えていた。
(い、言わなきゃ…!この人はずっと待っていてくれたから…!)
自身が知る事を、自身の生い立ちを、自身という存在を明かさなくてはならない時が来る。
それはゼーレも分かっていたのだろう。
そして彼女は意を決した様に顔をシリエジオへと向けドレスの裾を強く握りしめながら震える口を開いた。
「皆が来たら…は、話をさせて…」
「…分かりました」
そういうのであれば今、問い詰める必要はない。
だが震える彼女に傍に立ってはいけない理由はない。
シリエジオはゼーレへと歩み寄り、身を屈めると彼女の頭にそっと手を置いた。
「大丈夫ですよ。貴女の話を聞いて私たちがゼーレの敵になる事はないと思いますから」
「…うん」
その言葉に小さく頷くゼーレであるが、不安げな表情は未だ浮かんだまま。
そこにソルシエールとシャリテが歩み寄り、ゼーレの事を尋ねてきた為、シリエジオは他のメンバーが集うまでの間に二人にゼーレの事を紹介するのであった。
セイレーンが一曲分を引き終えた時、作り上げられた教会には散り散りとなっていた全員が集結していた。
髑髏の騎士によって分断された後、遭遇した悪魔を撃退し他のメンバーと合流する為に船内を彷徨っていた事が告げられた後、この船の正体、騒動を引き起こしている存在などについての話が持ち上がり、ギルヴァが髑髏の騎士に正体について説明した後、船の正体と船が漂っているこの世界について、そして自身の事についてセイレーンが説明した。
自身が知る全てを語った後、訪れたのは静寂。
無理もない。ただの幽霊船ではないと分かってはいても、この船が居る場所自体が誰が異世界だと気付くだろうか。
「そしてこの船を操る存在についてですが…恐らくそれは私以外のもう一人のセイレーンでしょう」
彼女から告げられた台詞に何人かが驚きの表情を見せる。
「ち、ちょっと待って。君以外のセイレーンは全滅した筈じゃなかった?」
「ええ。その認識は間違ってはいませんよ、ソルシエール」
「じゃあ尚のこと理解できない。君以外の、そのセイレーンはどうやって蘇ったというのさ?」
「それに関しては私の口からではなく…」
セイレーンの視線が、シリエジオの隣に立つゼーレへと向けられる。
それに釣られるようにギルヴァ以外の全員の視線が彼女へと向けられた。
視線が集中した事により一瞬肩を跳ね上げるゼーレであったが、シリエジオがそっと背中に手を回し落ち着かせ、それを見たセイレーンは微笑みながらゼーレへと伝える。
「貴女の口から説明していただけますか?ゼーレ」
「う、うん」
訪れた説明の時。
震えそうになる体を何とか抑えて、目を伏せながら深く深呼吸するゼーレ。
その姿に誰も急かすような真似はしなかった。
寧ろそれがゼーレにとっては良い方向に働いたのだろう。
意を決した様に伏せていた目が開かれ、彼女は語り出した。
「わ、私はお母様によって生み出された存在…そしてお母様を蘇らせた一人…」
ぽつぽつと彼女は静かに語る。
ゼーレ…本来の名はゼーレン・レットゥング。
その名は後から名付けられた名前であり元々は肉体を持たない霊的な存在で、この世界『狭間』と呼ばれる世界にて自身と同じ存在…姉妹と呼ばれる存在と共に静かに過ごしていた。
ある日、静かに過ごしていた彼女達の所に『お母様』と呼ばれる人物が現れ、特殊な力で肉体を持たぬゼーレやその姉妹を肉体を持つ存在として誕生させたそうだ。
肉体を持つ存在として確立されたのは良かったのだが、対する『お母様』は力を全て使ってしまった事により、まるでやせ細った老婆の様な姿になってしまった。
どうしようと迷い焦った時、『お母様』は彼女達にこうお願いした。
『ここに流れてくる"力"を持った魂を集めてくれたら私は元の姿に戻れて、貴女達を愛してあげられる』
"力"を持った魂。
それがどういったものかは詳しく語らなかったが、ゼーレ達は自分たちの為に頑張ってくれたお母様の為に、何よりも愛してもらう為に疑いもせず、この狭間に流れてくる"力"を持った魂を集め始めた。
肉体を復活させるには相当の数が必要だったらしく、ゼーレ達が『お母様』を蘇らせるにはかなりの時間を要した。
時には中々集められない事を謝って、時には他愛のない話をして、時には優しく頭を撫でて貰って、時には名前を付けてもらって。
そうして時間をかけて集めた"力"を持った魂が『お母様』を復活させる為の数に達すると、ゼーレは姉妹ら全員でその事を報告しに行った。
その報告を受け『お母様』は大層喜び、そして最後のお願いをした。
『ありがとう。それじゃあ──』
──死んでくれる?──
放たれた言葉を聞き返す間もなく、それは惨劇となってゼーレの目の間で起きた。
響き渡ったのは姉妹の悲鳴。
助けを求める声はその大きな闇の中で響いた咀嚼音によってかき消され、何故だと問う声は鋭いナニカによって体を切り裂かれる音によって消えていく。
地面に付着する血糊が生々しく響き渡り、泣き叫ぶ声は反響する。
切り裂かれ、食われ、逃げ惑い、そして消えていく姉妹達。
切り裂き、食らい、追い詰め、姉妹達を消していく『お母様』。
目を反らしたくなる様な現実を直視しこの時になってゼーレは理解した。
─『お母様』は私達を愛する気もなく、最初から利用して殺すつもりだったんだ─
それを理解し最後の一人となってしまったゼーレはその場から逃げ出し、その時から存在していた幽霊船へと逃げ込んだ。
どうにかしなくてはならない。そう思った矢先でゼーレは船内にあった『とある棺桶』を発見。
後にそれが『お母様』を止める術になると確信し行動していたのだが、時間は過ぎていく度に『お母様』は力をつけていき、そして自分では立ち向かう事すら無謀と思える強力な悪魔が迷い込んでいた。
力を持たないゼーレからすれば、それは絶望でしかなかったのだが偶然にもこの船が餌を求めるように現世にこの船への入り口を開いたことにより状況は一転。
彷徨う悪魔達を倒してもらう為に、『お母様』を倒してもらう為に強烈な気配を放って呼び寄せたのがギルヴァ達であった。
後に増援としてやって来た初代セイレーンに対してお母様と口にしたのは、彼女が『お母様』と同じ気配を放っていたらしく、ついそう言ってしまったのだとか。
「わ、私が知っているのは、これだけ…」
ゼーレが説明し終えると再び沈黙が訪れる。
『お母様』と呼ばれる存在、伝説の魔剣士 スパーダの弟子であり姿を豹変させた魔剣士『モデウス』…倒さなくてはならない敵が二体といて、それも強力な敵となればその沈黙が訪れるのも無理もないと言える。
誰しもがどうすべきかと迷った時、この男は動き出す。
「親の方は任せる。こちらはアレを始末する」
そう言って出入口だと思われる扉へと歩き出すギルヴァ。
扉付近の壁に背を預け、腕を組みつつ彼は口を開く。
「シリエジオ、ネージュはこちらに来てもらうが、お前はそっちは任せるぞ」
「仰せのままに。…生きて帰ったら貴方とネージュの二人と一緒に今夜の一杯は付き合ってくださいね?」
「良いだろう」
シリエジオが『お母様』を、ギルヴァとネージュは『モデウス』を相手にする。
セイレーンとゼーレはシリエジオ側である事は確定しており、ソルシエールとシャリテもシリエジオの方に就く様子であった。
だがその他の面々は少々迷っている様子らしく、それを見てギルヴァが口を開いた。
「少しでも生き残れる方を選ぶと良い」
激しい戦いになるのは誰もが理解している。
だが生き残れる確率が高い方を選ぶように言ったのはギルヴァなりの気遣いだったりもする。
最もそれに気づいたのが何人いるかは分からないが。
ともあれどちらを相手にするかの時間及び試験者 支援型による治療及び補給と各々の準備の時間が訪れたのは言うまでもなかった。
仕事疲れで執筆が遅れる、PCの不調で執筆が遅れる……もう大変だわ
まぁ、それは兎も角。
今回の話で分かる通り、ラスボス『お母様』戦と裏ボス『モデウス』戦のどちらかを選ぶ分岐を描かせてもらいました。
どうするかは参加者側で決めてください。
次回はラスボス『お母様』戦を描きます。
その次に裏ボス『モデウス』戦を描きます。
投稿はかなり遅くなりますが、何卒お付き合いの程よろしくお願いいたします。
では次回