自身の事について、そしてこれかの事について…。
とある一室。
グリフィン本部の上階に存在するであろうこの部屋には、自分と立派な髭を蓄え、まるで熊の様な体格をもった大男と対峙していた。護衛はおらず、居るのは自分と彼の二人だけ。
アンジェロと呼ばれる悪魔を倒した後、独房から逃げ出した事が原因であの場にいた戦術人形達に銃を突きつけられる形となってしまい、再度独房に放り込まれる所に待ったをかけた者がいた。
その者こそが、今自分の目の前にいる男、民間軍事会社 G&K社 社長のべレゾヴィッチ・クルーガーだ。
―人間の代わりに戦術人形を導入しようと考え、発案し、それを現実にした第一人者。今この世界が辛うじてやっていけてるのも、この男のおかげってやつだな。この男が居なかったら人間はとっくに鉄血の連中に滅ぼされている。
だろうな。
「こうして見ると若いな。いくつだ?」
沈黙に包まれた空間にて、椅子に腰かけたクルーガーがそう言ってきた。
しかし年齢か。この身になった事が原因なのか、歳を取るという感覚が無い。放浪の旅も気ままにやっていた事もあり、あれからどれだけ経っているのかさえ分からないのだ。
だが聞かれた以上は答えるべきだろうが、あえてそこは悪戯を仕掛けてみるとしよう。
「いくつに見える?」
「質問に対し質問で返すのは良くないと思うが?」
「何でも簡単に答えるつもりはないという事だ」
「成程。それなりには警戒しているみたいだな」
「何事も疑ってかかるのが癖みたいなものでな」
一体何を考えているのか。
こちらの歳を聞いた所で何もないと思うが…用心する事には変わりないか。
「…そうだな。22くらいか?」
「はずれだな。こう見えても19だ」
嘘ではない。あの時、死に掛けた時が19歳だったからな。
それから歳を取った感覚がないのだから魔の力というのは恐ろしいものだ。最も自らその道へと選んだ訳なので、仕方ない事なのだ。
「19か。思ったより若いのだな」
「ああ。…それで?護衛もつけず、歳の話をしに来た訳ではあるまい。何を考えている」
ほんの少しだけ睨みを効かせるが、この程度で怯える様な男ではない。
何もないと言わんばかりに彼は話しかけてきた。
「単刀直入に聞く。…君は何者だ」
「只の放浪者だが?」
「それで通用するとでも?」
だろうな。只の放浪者だったら、わざわざ社長が出向く筈がない。他の誰かに任せれば良い話だ。
恐らくこちらが今までやってきた事は既にこの男は知っている。
それを知っていながら聞いてくるのだから、答えによってはこの先も変わってくるだろう。
「…信じるとは思えないが」
「それを判断するのはこちらだ」
「…」
どうする?
―言うだけ言ってみたらどうだ?言葉で駄目なら…
駄目なら?
―俺達が悪魔という証拠を見せるしかないだろうな。
悪魔という証拠か。
…その証拠を示せるものとすれば………一つしかない。
一番分かりやすく、手っ取り早い手段が。
「…悪魔。それがお前が気になっている俺の正体だ」
「悪魔か。にしては随分と人に似るのだな」
「書物で描かれる様なものではないとは言っておこう」
「では、その証拠を見せたまえ。君が悪魔という証拠をな」
やはりそうなるか。
だが蒼が予期していた通りになったのは助かる。
それで一蹴されていたらどうなっていた事やらか。頭の狂った放浪者という汚名がついていたかも知れない。
「いいだろう。だが条件がある」
「言ってみたまえ」
「こちらが悪魔という事を知る証人がもう一人欲しい。証人が一人だけでは信憑性に欠けるからな。それと此処より広い部屋で物が置かれていないのが好ましい。」
例えそれが社長だとしても。
その事を伝えるとクルーガーは腕を組み、考える素振りを見せた。
数秒程度でそれは解け、少し待ってほしいと言うとコートのポケットから携帯端末を取り出し、誰かに連絡をかけ始めた。
「へリアンか?私だ。…すまないが、演習場の一つを空けてほしい。…あぁ、例の彼の事でな。……何?彼女達も来ているのか。…分かった、彼女達も連れてきてくれ。私も彼と直ぐに向かう。では後で」
へリアンと呼ばれる人物との連絡を終えたクルーガーは椅子から立ち上がった。
続く様に自分も立ち上がる。
「ついてきたまえ」
「了解」
部屋を後にするクルーガーの後を追う様に自分も部屋を後にする。
そう言えば、彼女達と言っていたが…彼女達とは一体誰なのだろうか。
もしかすれば、自分を知る者達かも知れないと思いつつエレベーターに乗り、演習場がある階へと降りる。その間、クルーガーとの会話が一切無く、互いに無言を貫くだけだった。
クルーガーと共に演習場に到着すると、そこには赤い制服姿で片眼鏡を付けた女性と見覚えのあるメンバーが待っていた。メンバーの一人がクルーガーと共に歩み寄ってくる自分に気付き、笑顔で走り寄ってきた。
「ギルヴァ~!」
「おっと…」
飛びついてきた彼女をしっかり受け止める。
ヘリの中で少ししか会話もしていないというのに随分と懐かれたものだ。
抱き着かれつつも彼女の後ろで立っていた三人…UMP45、HK416、Gr G11に手を上げて挨拶する。
代表してUMP45が手を振り返してくれた。そして自分は抱きついてきたUMP9に話かける。
「二週間ぶりだな。元気にしてたか?」
「うん!ギルヴァも元気そうだね」
「それなりにはな。それで?どうして本部に」
「任務の報告でね。にしてもびっくりしたよ。私達が来た時、本部の窓ガラスが全部割れたんだもん」
「あ~…」
あの時…アンジェロとの戦いで、お互いに魔力を惜しまず戦っていたからな。攻撃がぶつかった際に起きた衝撃波で全て割ってしまったのは申し訳なく思っている。だが仕方ないといえば仕方ないのだ。
あれぐらいしないと勝てる相手ではなかったのだから。
―良く言うぜ。余裕だったくせによ。
―うむ。我からしても余裕そうに見えたぞ。それに途中で遊んでいたではないか。
蒼と此処には居ないフードゥルには看破されていたみたいだな…。
因みにフードゥルはアンジェロとの戦い以降、姿を消している。最もこの場には居ないだけだが。
アンジェロとの戦い以降、フードゥルは武器の姿から狼の姿へと戻っており、本部のどこかをうろついているらしい。只、こちらの会話は聞こえるみたいだ。
蒼が言うには本来であれば一度武器になれば元の姿に戻る事は出来ないらしい。だが彼は難なく戻る事をやってのけてしまっており、その事には蒼も驚いている様子だった。
どうやって戻れたのか聞いてみると「気合いで」との事。…それで良いのだろうか。
「取りあえず離れてもらえるか。少ししなくてはならない事があってな」
「?」
不思議そうな表情を浮かべながらも彼女は離れる。
それを確認すると、皆からそれなりの距離を開け、クルーガーともう一人の女性に声を掛ける。
「準備は良いか?クルーガーに…えっと…」
「へリアントスだ。効率の観点から今後はへリアンと呼んでくれて構わない」
「了解した。じゃあ…始めるぞ」
その事に二人は頷いたので、同意と判断。
目を伏せて、集中する。
やり方は変わらない。あの時と同じ。
只、引き金を引くだけ。
「ッ!」
内包していた魔を一気に解放する。解放された魔力は光となって体を包み、数秒足らずで消え去っていった。
顔を上げ、二人と彼女達の方へと向く。照明によって映し出された自身の影を見てみると、異形の何かの影がそこに映っている。悪魔と鬼が合わさったかの様な魔人化時の姿が。
こちらの今の姿を見て、クルーガーもへリアンも目を見開いていた。
無理もない。見た目が人間だった奴が、悪魔へと姿を変えたのだから。
―まさかこんな形でデビルトリガーを引く事になるとはな。
仕方あるまい。証拠を見せろと言われた上、一番分かりやすい方法がこれしか思いつかなかった。
「これは一体…」
「彼が悪魔という事は本当の様だな」
「悪魔ですか…」
「あぁ。本人がそう言ったのでな。証拠を提示する様に言ったら本当に証拠を見せてくるとはな」
「これで満足か?」
ノイズが掛かった声で、話している二人に割って入るかの様に問いかける。
「あぁ。証拠を見させてもらった、その姿も解いてくれても構わない」
「そうさせてもらう」
クルーガーから許可が下りたので魔人化を解除。
すると彼がこちらに歩み寄ってきて、とんでもない事を言ってきた。
「ギルヴァと言ったか。…君さえ良ければうちに属さないか?」
「唐突だな」
突然の勧誘。
その事に若干だが警戒心を示す。こんな人外を勧誘しようなど彼の考えが分からない。
だが答えは既に決まっていた。
「だが…その申し出は断らせてもらう」
「理由を聞いても?」
「指揮官より前線に出て戦う方が性に合っている…それだけの事だ」
「こちらとしては好き勝手に暴れられても困るのだがな」
「それが本音か?」
「いや、他にもある。君の戦いは以前から報告に上がっていた。そして彼女達…404小隊と共に戦い、敵勢力を単身で壊滅させた事もな。彼女達を助けてくれた事には感謝しているが、同時に君には危機感を感じている」
「その力がいつか自分達に向くかも知れない…という事か」
「そうだ」
―成る程なぁ。そりゃ敵勢力を単身で壊滅できる奴がいたら危機感は覚えるか。味方からすれば頼もしいが、敵からすれば恐怖でしかない。いつか敵になってしまう前にこっちに引き込んでしまおうという訳か。
―しかし主は指揮官とやらになる気はないだろう?どうするつもりだ?
フードゥルの言う通り、俺は指揮官とやらになるつもりはない。
あの時、彼女とした約束がある以上それを破るつもりもない。向こうもいつかその時が来る事を待っているのだからな。
「先も言った様に自分は前線で戦う方が向いている。故に指揮官になるつもりはない。だが、前々から考えていた事がある」
「何かね」
「便利屋を開こうと思っていてな。グリフィンに着く訳ではないが、協力関係で良いのならそちらとの敵対はしないと約束する。また戦力として必要ならば報酬さえ払ってもらえれば幾らでも力を貸す。どうだ?」
「ふむ…。少し待ってくれるか」
「あぁ、構わない」
そう言って彼はへリアンと話し始めた。
直ぐに答えは出る事は無いと思いつつ、腕を組んで待っていると404小隊のメンバーが寄ってきた。
「グリフィンにつく気はないのね?」
あの時の会話が聞こえていたらしく、416がそう言ってきた。
いつの間にか寝ていたG11を引きずった状態で。
それ以前にこの状態でも寝ているとは…どれだけ寝たいのやらか。
「ああ。デスクワークよりは現場派なのでな」
「でしょうね。…にしても便利屋、ね」
「ん?何か言ったか?」
「いいえ、何も」
最後に何か言っていたとは思うのだが…気のせいだろうか。
するとへリアンと話を終えたのか、クルーガーが歩み寄ってきた。意外と早く答えが出たな。
「良いだろう…君の出す条件に乗ろう」
良い答えがもらえた事に、小さく口角を吊り上げる。
てっきり断られると思っていたのだがな。
「だがこちらの要求も呑んでもらう」
「それは?」
「便利屋といえど店がなければ意味がない。物件に関してはこちらが用意する分、こちらが指定する地区で店を開業してもらう。また別の地区からの指揮官から依頼を受けてもらう場合もある」
「と言っても余りふざけた内容だったら断るぞ」
「それは構わない。客を選ぶのも店を上手く切り盛りしていく方法の一つだ。で、どうだ?」
聞く分に悪くないか。二人はどう思う?
―異議なし。まぁ何かあれば敵対するぞとでも脅しておけばいい
―右に同じく。
悪魔らしい意見だことで。
「良いだろう。交渉成立だ」
「決まりだな」
互いに握手を交わす。
その後、今日はここの予備用部屋を休む様に言われ、明後日には指定の地区に向かう様に指示された。
部屋への案内は404小隊に頼み、部屋へと移動。
その後、部屋の前で分かれ、今日一日は柔らかいベットで眠れると思っていた。
そう…思っていた。
夜。部屋にて。
「言ったよね?あの時…貴方の事が知りたくてたまらないって」
彼女…UMP45の顔がすぐそこにある。
そして今この状態をいうのか。簡単だ。
―Foooo!ハハッ!まさかお前が押し倒されているなんてよ!
そう。妙にテンションが高い蒼が言った様に。
今自分はへ部屋を訪ねてきたUMP45にベットへと押し倒されている。
「ねぇ…?ギルヴァ…」
耳元で甘い声で囁かれる。
背筋に何かゾクゾクしたものが駆け抜けていく。
「貴方の事…ぜーんぶ…お・し・え・て?」
…どうしてこうなった?
後、一話か二話で一章が終了かな。
さて…お店の名前どうしたもんかねぇ…