報酬を受け取りに指揮官がいる執務室に訪れたギルヴァ。
彼女から報酬を受け取り、そのまま去ろうする彼だが…
M4A1の救出作戦から翌日。
グリフィンからこちらへと送られた報酬を取りに自分はナギサ指揮官がいる執務室へと来ていた。
「はい。グリフィンからギルヴァさん宛の報酬」
「ああ。ありがとう」
紙で梱包された小包を受け取り、礼を伝える。
そのまま店に戻ろうかと思ったが、代理人は私用で外しており、フードゥルはどこかをうろついている。
このまま戻った所で店で本を読むしかない。そこでも思い付いたのはここS-10地区前線基地を統べる指揮官、ナギサ指揮官と交流するのに良い機会かも知れぬと判断した。
ここに来てからはというものの彼女と話す機会は多くなかった。社長命令とはいえ、こんな怪しさの塊みたいな存在を置かせてもらっているんだ。疑問を持っても可笑しくないので、ついでがてらそれを解消するのも良い機会だろう。
「ナギサ指揮官」
「ん?どうしたの?」
「良かったら少し話さないか。交流という点を含めてな。無論そちら忙しくなかったらの話だが…」
見る限り書斎にはそこまで書類がある様には見えないが…だが他の仕事もあると思うと無理強いはできない。
彼女が無理だと言えばそれは折れるしかない。
「良いよ。私もギルヴァさんとお話したかったから」
「そうか…。だが仕事は良いのか?無理ならば日を改めるが…」
「ふふっ。ギルヴァさんは優しいね。今は仕事はこれ位だから心配しなくても大丈夫だよ」
そう言いながら彼女は持っていたペンを机の上に置く。
そのまま椅子から立ち上がると、ソファーに腰掛けた。続く様に自分も腰掛ける。
「こうして面と向かって話すのは久しぶりかな」
「そうだな。置かせてもらっているに関わらず中々姿を見せずにすまないな」
「大丈夫!ギルヴァさんにはお店があるし、私は指揮官という立場があるからね。仕方ないよ」
「気遣いに感謝する」
すると彼女の視線が自分が来ているコートへと向けられている事に気付く。
そんなに気になるだろうか…?取り敢えず聞いてみるとしよう。
「このコートが気になるか?」
「え?あ~…うん、ちょっとね。青い刺繡が綺麗だなぁと思って。誰かからの貰い物?」
「ああ。母がくれたものだ」
19歳になった時に母がくれたもの。
この青い刺繡も母が自ら施したものだ。この世界において一つしかなく、大事な宝物だ。
元々は母が着ていたものだったのだが…小さい頃の自分はこのコートに包まって寝る事があるほど、気に入っていた。
「へぇ~、お母さんからなんだ。じゃあこの青い刺繡もお母さんが?」
「そうだ。誕生日プレゼントとしてあげる予定だったのか、俺が寝ている時にだけ作業していたと言っていた」
貰うまで気付かなかったがな、と締めくくる。
念の為、これが遺作になったという事は言わないでおく。
そこで話題を変える為、前々から気になっていたことを指揮官へと尋ねる。
「そう言えば指揮官は日系人だったりするか?」
「え?どうしてそう思ったの?」
「そうだな…名前がそれらしいと思ったのが一つだが…。何よりも顔立ちがな」
「ほえー、良く気づいたね。うん、ギルヴァさんの言う通りで私は日系人。父も母も日系人」
この時代において、滅亡したとされる日本人の血が流れる者はそう多くない。
だが居ないという訳ではない。彼女の様に両親から受け継いだという事もあるのだ。
そして放浪している時に、様々な漢字が記されている単語帳みたいなものを読んでいた時があった事もあり、前々からそうでないのかとは思っていた。
「因みに私の名前は漢字で書くとこう書くんだよ」
そう言いながら彼女は書斎から白紙の紙をペンを手に取り、自分の名前を漢字で書き始めた。
少しした後でそれを見せてきた。そこには漢字でこう記されている。
「椎名 渚。…これが指揮官の名前を漢字で書いたものか」
「うん、そうだよ。今は漢字ではなく敢えてカタカナで表記しているけどね」
「それは何故?」
「読めなかったりする方もいるかなぁ~とか…まぁその場の雰囲気かな」
「随分と適当だな」
「だ、だって…色々緊張してたし…初めの頃は良くわかってなかったからさ…」
両手の人差し指をツンツンとぶつけながら、赤面する指揮官。
確かに初めての事には緊張が付きまとうものだ。それに彼女は若い。あまり深く追及するのは止めておくとしよう。
流石に恥ずかしいのか指揮官はそれはともかく!と話題を変えてきた。
「ギ、ギルヴァさんってファミリーネームは無いの?」
「ファミリーネームか…」
いつかは聞かれると思った。
旅をしている時も、便利屋としている時も一貫して「ギルヴァ」としか名乗っていない。
誰かには聞かれるとは思っていたが、それが今の様だ。
「そうだな。俺にはファミリーネームはない。加えて言うなら、このギルヴァという名前も本来の名前ではない」
「え…?ど、どういう事…?」
「そもそも親の顔を知らん。故に自分の名前が何だったのかすら知らない」
「でもさっき母って…」
「拾われたんだ。戦術人形から民間用人形にチェンジした人形にな。ギルヴァと名乗り始めたのもその人と出会った時からだ。二つ思い付いた名前の内を一つをな」
「…その…ごめんなさい」
こうなるとは思わなかったのだろう。
彼女は悲しさと気まずさを交えた表情で謝ってきた。
手を上げて、問題ないと返す。
執務室全体に沈黙が訪れる。このままでは気まずいのもあるが、落ち込んでいる指揮官に話しかける。
「それでも母に拾われた時はとても嬉しかった。優しく抱きしめて、頭を撫でてくれた。母がこのコートをくれた時は尚更嬉しかったな」
「お母さんの事、大好きなんだね」
「ああ。今の俺があるのは母が居てからこそだ。出会ってなければ俺はここにいない」
だがその母も…妹のカエデも…俺の目の前で命を落とした。
そっと右手を開き、手の平を見つめる。最後に二人の手を握ったのは何時だっただろうか。
晴れ晴れした日?それとも夕焼けの空が見える日?否…最後に握ったのは二人の亡骸を見つけた時だ。
あの時の自分は暴走していた。だが二人を見つけた時だけ自分自身を取り戻せた。動かなくなり冷たくなった二人の手をしっかりと握った。まるで自分はここに居るよと言わんばかりに安心させるように。
思えばあの時だけ蒼の声は聞こえなかったな…。
―俺も気付かなかったのさ。まさかそこだけは覚えているんだな。
ああ。そこだけ、ではあるがな。
「ギルヴァさん?どうしたの?」
少し思い耽り過ぎたか、心配そうに指揮官が声を掛けてくる。
何でもないと伝え、ソファーから立ち上がる。
「そろそろお暇する。話せて良かった、渚指揮官」
「うん、私も。暇があったらまた来てね」
「お互いの都合が合えばと言いたいが…善処しよう。では…」
「あ、待って!最後に聞かせて」
ドアノブを捻ろうとした瞬間、指揮官が尋ねてきた。
最後に聞きたい事はとは何だろうか。
「二つ思い付いたの内の一つの名前を使う様になった。それがギルヴァという名前なんだよね?」
「そうだが…」
「じゃあ、思い付いたもう一つの名前は何だったの?」
もう一つの名前か。
思い付いたのは良いものの、何となく自分には合わないと思って選ばなかった名前だ。
まぁ教えても問題ないだろう。
「ヴァージル。自分には合わないと思って使わなかった名前だ」
「ヴァージル、か…。あ、それと!話は思い切り変わるけど、鉄血の動きで一つ伝えておくことが」
「思い切り変わったな。それで?」
「以前ギルヴァさんが撃退した鉄血のハイエンドモデル、処刑人を覚えている?」
「ああ、覚えている」
95式を助けに行くときに戦ったハイエンドモデルだったな。
あの時はバットで星にしてやったが…今頃どうしているのやらか。
まぁそれを知る由はないが。
「実はね、へリアンさんから教えてもらったんだけど。昨日の救出作戦で救出してもらったM4A1。彼女、鉄血のハイエンドモデルにも追われていたみたい」
「それが処刑人だと?」
「うん。もしかしたら別のハイエンドモデルと合流している可能性があるかも知れない。その場合、またギルヴァさんに出てきてもらうかも知れないから伝えておこうと思って」
「そうか…了解した。情報に感謝する」
ドアを開き、執務室から出る。
店へと続く廊下を歩きながら、指揮官から伝えられた情報を思い返す。
―ハイエンドモデルが二体、か…。これはまた随分と騒がしいパーティーになりそうだな?
「パーティーと言える程の物かどうかは分からんがな。だがどちらにせよ呼ばれる事は間違いないだろう」
〈また会えますか?〉
昨日の彼女の台詞が脳内で再生される。
どうやら…
「思ったより早く会えるかも知れんぞ、M4A1」
ここに居ない彼女へと向けて静かに呟いた。
ギルヴァの過去に触れました。
と言っても愛用のコートと名前だけでありますが…。
あと指揮官の事もね。
あ、それと。
無課金系指揮官様作「何でも屋アクロス」とコラボさせていただきました!
あちらの作品でうちのギルヴァさん登場してますよ~。
また作品もとても面白いので是非是非読んでみてください!
そしてコラボさせていただきました無課金系指揮官様。
この場をお借りしてお礼を述べたいと思います。
本当にありがとうございます!
ではでは次回お会いしましょうノシ