災厄とも言われるそれに立ち向かうのは悪魔の血を流す二人の男だった。
ギルヴァがザ・ディスペア・エンボディードの復活を目の当たりにしている一方。
フードゥル、グリフォンと共にニーズヘッグを討った代理人は先に行ったギルヴァ達の後を追いかけようと考えていた。だがフードゥルやグリフォンが言っていた様に、ザ・ディスペア・エンボディードは魔界の覇王であり、非常に強力な悪魔。自分が行った所で返って足手纏いになるではないかと言った思いとそれでも助けに行きたいといった思いが胸の中で渦巻いていた。
それが顔に出ていたのか、彼女の後ろで控えていたフードゥルが諭す。
「気持ちは分からぬでない。だが、止めておくがいい。今、貴公でしか成せぬ事を全うするがよい」
「…ええ、分かっています」
ギルヴァやブレイクの様に悪魔の血を流す者ではない。彼女は人形なのだ。
その事実はどう足掻こうと覆される事はない。
それでも自分が加勢出来ぬ事に代理人は奥歯を嚙み締めた。やるせない思いが胸中で重しとなって襲い掛かる。
だがフードゥルに言われた様に、今、自分でしかできない事を成すべきだと自身に言い聞かせる。
「一度バンへと戻りましょう。ここに居るよりはまだマシでしょうから」
いつ、どのタイミングで悪魔が出てきてもおかしくないだろう。ここで長々居るよりかはマシな判断と言えた。
代理人がそう告げた事に、フードゥルもグリフォンも頷き同意する。
「!」
踵を返し大聖堂を後にしようとした時、フードゥルの耳が何かを聞きとったのかピクリと反応し、瞬時にそちらへと振り向いた。
彼が向く先はギルヴァ達が向かっていた廊下への入り口。しかしそこには誰もいない。
だがフードゥルは感じ取っていた。廊下近くの壁で身を潜ませている者が居る事に。
悪魔ではない。その気配はどちらかというと人形に似ていた。
何故人形が?と疑問に思うフードゥルであるが、警戒を強めたまま、そこにいる者へと呼びかける。
「居るのは分かっている。出てくるがよい」
フードゥルの声が大聖堂内に響き渡る。
それを耳にした代理人もグリフォンも彼が向いている方向へ振り向き身構える。
訪れる沈黙。過ぎていく時間。静寂のみが支配する空間で両者は動かない。
しぶれを切らしたのか、フードゥルが動き出そうとした時だった。隠れていた人形が自ら姿を現し、ゆっくりと代理人達へと歩み寄り始めた。
靴底の当たる音が反響する。窓から差し込まれる月明かりの下で彼女…WA2000は足を止める。
代理人達を見てやはりといった表情を浮かべる。そして思う。彼が言った通りだったと。
「メイドに狼に鳥…。正直半信半疑だったけど…これは信用せざるを得ないわね」
安心したのか、WA2000はその場に座り込んでしまう。
その様子に彼女が敵ではないと判断した代理人はWA2000の傍に近寄り、手を差し出す。
「事情は後で聞きましょう。一先ずは我々と共にここを離れる事を提案しますが?」
「本当にあの代理人?…でも、そうね。私もこんな所に長居したくないわ。肩貸してもらっていいかしら」
「ええ」
差し出された手に自身の手を伸ばし、握るWA2000。
それを引き寄せ、彼女に肩を貸す代理人。フードゥルは二人の護衛に当たり、グリフォンは周囲の偵察に出る。
そしてゆっくりとした足取りで大聖堂を出ようとした瞬間であった。
大聖堂全体に轟音が響き始める。地震ではない。別の何かによるもの。原因は分からぬものの代理人達は急いで大聖堂から飛び出し、急いでバンへと乗り込む。
そんな中、フードゥルとグリフォンは感じ取っていた。地面の下から感じる圧倒的な何かを。
空気全体が揺れる様な何か。それが誰のものかだと言わなくても分かっていた。
二人は顔を見合わせ、頷く。ここに居ては危険だとバンの運転手である代理人に伝えようとした次の瞬間であった。
まるで爆発したかの様な破砕音が街全体に響いた。
「「「「!?」」」」
バンの中に居た全員が驚愕の表情を浮かべ、その音のなった方を振り向く。
大聖堂から突き破る様に舞い上がっている土埃。その中から何かが飛び出る。
「あれは何…!?」
そう漏らしたのはWA2000だった。彼女の目に映るそれははっきり言ってこの世の物とは思えぬ何かだった。
体からは燃え盛る炎の様な輝きを放ち、背から生えた翼を羽ばたかせ何かを探しているのか首を振り周りを見回しながら滞空している。
この町に来て彼女も何度も悪魔と遭遇しているが、上空で滞空しているそれは見た事もなかった。
それもその筈であろう。その悪魔は今の今まで眠っていたのだから。
(よもや目覚めてしまうとは…。その威光は一度封印されても尚、輝きを放つか)
WA2000の傍でザ・ディスペア・エンボディードの姿を目の当たりしたフードゥルは全身がビリビリとした感覚に襲われながらも、胸の内で呟いていた。
自分やグリフォンではあれを仕留める事をできない。力に差があり過ぎるのだ。やるせない思いを残しつつもフードゥルは代理人に言った様に自分で成せる事に専念する。今はそれしか出来ないのだ
その一方でディスペアは自身が探している何かを見つけたのか、ある方向へと飛び去る。
それを追う様に土埃からは蒼と赤の二つが飛び出し、飛翔していく。
魔人化したギルヴァとブレイクだと気付いたフードゥルは二人に向けて託す。
(主、そしてブレイク。…後は貴公らに任せた…)
上空を飛翔するギルヴァとブレイク。
二人の視線の先には、前を行くディスペアの姿がある。フェーンベルツを飛び出し、あの悪魔を何をしようとしているのか、彼らには皆目見当が付かなかった。だが見当が付かなくても討たなければならない。
お互いに顔を見合わせ、頷く二人。ギルヴァは無銘の柄を握り、ブレイクは背に背負ったリベリオンを握る。
そして勢い良く翼は羽ばたかせ、ディスペアとの距離を詰めると同時に攻撃を繰り出した。
「!」
後ろからの攻撃に咄嗟に反応し、両腕の大剣で攻撃を受け止めるディスペア。
ぶつかった際に起きた衝撃破により彼らの周りにあった雲が消し飛ぶ。彼らの間で火花が散り、スパークが奔る。
押し込もうとする二人。対するディスペアも攻撃を押し込む。
上空での鍔迫り合い。苦笑いを浮かべながらもブレイクが口を開く。
「やれやれ…メインイベントには相応しい相手だなッ!そう思うだろ!」
「そうかも…なッ!!」」
自ら後方へ下がり、ディスペアの体勢を崩すギルヴァ。
そこにブレイクが攻撃を押し返し、空いた隙を突きリベリオンでディスペアの頭へ目掛けて振り下ろす。
が、刃が迫った途端、ディスペアは透過するかのように姿を消した。攻撃は空振りに終わり、そして姿を消したはずのディスペアがブレイクの後ろから現れる。
「はッ!」
二人の間に割って入るかの様にギルヴァがディスペアへ攻撃を仕掛ける。
一撃目は避けられるが、休む間も与える事無く胴へ目掛けて二撃目を繰り出す。両手が大剣と化しているディスペアは攻撃を難なくいなしていき、また姿を消し、今度は二人から離れた位置に現れる。
手に光を集め、翼を介して光弾を放つ。襲い掛かるそれに二人はその場から後退しつつ、追いかけてくる光弾の嵐を掻い潜る。だが思った以上に誘導性能が高いのか光弾は追ってくる。
舌を打ちつつギルヴァはカリギュラを展開し、掃射。ブレイクにも迫っている光弾も撃ち落していく。
一方ブレイクはディスペアにへと突撃。今度は鉄球の様な大きさの光弾がディスペアから発射。ギリギリの所で回避しつつ、リベリオンの突きによる突進技「スティンガー」を見舞う。
空中であろうとその一撃は重い。攻撃を大剣で防いだディスペアであるが、反動が大きかったのか弾き飛ばされる。追撃に入るブレイク。対するディスペアは左腕を大剣から鞭を変形しブレイクの足元へ目掛けて飛ばす。
「うおっと!?」
巻き付く鞭。そのまま引っ張られそうになる所にギルヴァがやらせないと言わんばかりに鞭を一刀両断し、鞭の上へと乗っかる。それを足場にして走り出すギルヴァ。幻影刀を自身の右左に複数展開し、連続射出。
空いている右腕の大剣でそれを弾き落そうとするディスペアであるが、ブレイクが二丁の拳銃で魔力を込めた弾丸を連射しそれを妨害。そして叩きつけるかの様に足を踏み込み、ギルヴァは無銘の鯉口を切った。
踏み込んだと同時に蒼き残像が駆け抜け、無数の真空刃が繰り出される。
ディスペアの体に幻影刀が突き刺さり左腕を切り刻み、後ろへ回り込みつつ背の翼を右へと一閃。
左翼が斬り落とされ片翼と片腕だけとなるディスペアにブレイクが接近。分が悪いと感じたのかディスペアはその場から後退するが、彼らはそれを追う。
高速移動しながらぶつかっては離れるを繰り返す。身に傷を負いつつも二人は魔界の覇王と討つ為に止まらない。また上空で激闘が繰り広げられているなど地表にいる人たちは露程思わないだろう。
「落ちなッ!」
掛け声と共にブレイクがリベリオンを振り下ろす。攻撃は防がれるものの地面へと叩き落そうとリベリオンを押し込むブレイク。魔人化は圧倒的な力を擁するが、持続時間は決して長くはない。フェーンベルツを飛び出してからそれなりに時間は経過しており、直感的ではあるがこの姿が解かれると感じていた。
「ぬおおおおッ!!!」
気迫のある雄叫びをあげるブレイク。
「はああぁぁ…!はあッ!!!」
体を素早く回転させて満月を描きながらディスペアに迫るギルヴァ。
そして勢い良くディスペアの顔面に踵落としを叩き込み下へと弾き飛ばす。
強烈な一撃によりディスペアは下へと急降下。
このまま追撃を仕掛けようとする二人だが魔人化の持続可能が終わりをつげ、彼らは元の姿へと戻ってしまう。
だからといって二人は諦めた訳ではない。魔人化状態でない関わらず、ディスペアを追う。
人知らず始まった世界の存亡をかけた戦い。その終幕は確実に迫りつつあった。
次回覇王〈後編〉。
さてお次はどういう風にしていくかな…。
多分やらないって言っていたあれも…やっぱりやってみるかな…。