第1話「玉座」
「ふ〜、今日の業務もこれで終わり。ご苦労さん」
「お疲れ様です、提督」
とある鎮守府の執務室。1日の仕事を終えた大槻提督は座りっぱなしで凝った体をググっと伸ばす。
「大淀、明日はワシは有給を取るから後は頼んだぞ」
「はぁ…有給の件は事前に伺っているので大丈夫ですが、明日は何かあるのですか?」
「ククク、秘密だ」
ふと問いかける大淀に大槻提督はのらりと避ける。
「……………………………………」
そして少し開いた執務室の扉から何者かがその様子を覗いていた。
――――――――――――――――――――――
「奴は絶対に怪しい!!」
鎮守府内の戦艦寮の一室で正規空母アークロイヤルは険しい表情とともにバン!と、机を叩きつける。
同じイギリス艦の戦艦ウォースパイトはその様子に少々呆れている。
「……なにがですかアークロイヤル?」
答えは容易に想像できるがウォースパイトは一応聞いてみる。
ウォースパイトの質問にアークロイヤルは待ってましたとばかりにまくしたてる。
「決まっている!2ヶ月前からこの鎮守府に着任している提督、大槻のことだ!!奴は何もない平日に休みを取り、どこかに行っている!私達に隠れてとんでもない悪事を働いているに違いない!!!」
「……アークロイヤル、あなたの想像力の豊かさは素晴らしいわ。だけど裏付けも確証も無しに決めつけるのは判断が早すぎないかしら?」
またか、と心の中でため息をつくウォースパイト。誇り高く、そして実力も申し分の無い同国の仲間のアークロイヤル。だが今の提督が着任してから彼を目の敵にしており、ウォースパイトの部屋で酒を飲みながら彼の愚痴をのたまうのが習慣となっている。
元々この鎮守府には別の提督がいたのだが戦果が乏しい期間があまりにも続いていたため、大本営は代わりの提督をこの鎮守府に派遣した。それが現提督、大槻である。
人の良い笑顔を常に浮かべた恰幅の良い中年男性で、その見た目に違わず温和かつ朗らかで周囲への思いやりを絶やさないため突然の人事異動で困惑していた艦娘達と打ち解けるのもさほど時間がかからなかった。
そしてわずか2ヶ月で数々の海域の奪還、鬼級・姫級深海棲艦複数体の討伐に成功するなど前提督が居た頃では考えられない程の成果を叩き出しているのだ。
そんな非の打ち所の無いような人物だが、アークロイヤルは前提督と仲が良かったためか入れ替わりで来た大槻を信用しておらず、口を開けばやれ陰謀だ、奴は侵略者だとのたまう。まるで、いや、子供が駄々をこねている様そのものだ、とウォースパイトは常々思う。
「アークロイヤル、あなたと前の提督の仲が良かったのは知ってるし、突然の人事異動に納得がいかないのも分かるわ。だけど今の提督はこの鎮守府の皆に優しくしてくれるし、彼が打ち立てた戦果も申し分ない。それなのに彼を悪党呼ばわりするのはどうかと思うわよ?」
「グッ……確かに何の裏付けも無しに決めつけるのは女王陛下の名を貶めてしまう」
「でしょう?それに彼には真ん丸なお顔と団子鼻のかわいさがあるもの。悪者のはずがないわ」
「そ、そうか…?」
紅茶を一口飲み、うんうんと頷くウォースパイト。彼女とはそれなりに付き合いの長いアークロイヤルだが、未だに男の趣味は理解できない。
「ともかく、だ!明日大槻は有休を取ると耳にした。奴の動向を監視し、悪行を阻止してやるつもりだ!」
「悪行って……普通に休むだけでしょう?それにその言いぶりだとあなたも明日仕事を休むみたいだけど有休は取ってあるの?」
「無論、今から取りに行く!」
「は?」
「待ってろ大槻!女王陛下の名に懸けて貴様の化けの皮をはがしてやる!」
そう言い放つなりすぐさま部屋を飛び出したアークロイヤル。開いた口が閉まらないウォースパイトは開いたままの扉を見つめ、そういえばあの子は昔から抜けているところがあったなぁと思い返していた。無論、この後アークロイヤルが自室に帰ろうとする大淀にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。
――――――――――――――――――――――
翌日、東京都港区新橋。ビルが立ち並び、サラリーマンがせわしなく動くこの街に大槻は来ていた。
そして大槻から少し離れた商業ビルの角から隠れて大槻を見る人物がいた。
「クッ…大淀め、あんなに怒ることも無いだろうに…」
アークロイヤルである。昨夜の攻防の末、とても嫌そうな顔の大淀から有休を取ることに成功したアークロイヤルはニット帽にサングラス、マスクにコートと定番な変装をして大槻の後を追う。彼女からすれば正体がバレる心配の無い目立たない格好であるが、周りからすれば目立ちに目立っているので、すれ違う通行人から不審な目を送られていることにアークロイヤルは気付かない。
「それにしても…大槻のあの格好は何だ?」
花屋の店頭に並ぶ花に身を隠しながら先を歩く大槻の格好に疑念を持つ。いつもの白い軍服とは打って変わったピッシリとしたスーツ。軍服時の姿もそうだが、スーツ姿の大槻はどこかの企業の重役のように威厳がある。
だがアークロイヤルは解せない。
「なぜ休みの日にスーツを着ている?」
そう、有休を取った大槻にとっては今日は休みのはずなのに私服ではなくスーツを着ている。まるでこれから何かの仕事に臨むように。
「はっ…!なるほど、そういうことか…」
あることに気付いたアークロイヤルは怒りに顔を染め上げ、ギリリと歯軋りをする。
『
「それ以外考えられない!ただ遊びに行くのなら私服で構わないはず!軍部の任務ならわざわざ休みを取る必要も無い!奴は黒だ!!」
「……だが、今捕まえても奴の巧みな話術で逃げられてしまう。奴がスパイと取引する現場を取り押さえなければならない……それまで奴を泳がせる」
花屋の店主の迷惑そうな視線も気にせずに、アークロイヤルは決意を固めた、その時である。
ガラガラ、ピシャッ
アークロイヤルの少し先にいた大槻は木製の引き戸を開け、ある建物に入っていった。
突然の出来事に面食らったアークロイヤルは急いで大槻が入った建物まで駆け寄る。そして建物の全容を見て驚愕した。
「なっ…なんだとぉ……!?」
なんと、そこは立ち食い蕎麦屋だった。スマホでその店を調べると食べログ3.2、サラリーマン御用達の普通の店である。
「なぜこんな店に…いや、今は昼時。昼食を取りにこの店に入ったと考えればおかしくない………」
そう言い聞かせ、心を落ち着かせたアークロイヤルはガララ、と立ち食い蕎麦屋の戸を開け放つ。
―――そこは戦場だった。
「いらっしゃいませーーー!!!」
「大将!山菜そばまだ!?」
「はいよ!山菜そばお待ち!はい!お兄ちゃんなに!?」
「山かけ!」
「大将!こっちまだ!?」
「あいよ!」
ひっきりなしにサラリーマンの注文が飛び交う店内。せわしなくそばを作り続ける蕎麦屋の大将。
アークロイヤルは目の前の光景に圧倒された。それは戦艦棲鬼率いる深海棲艦の艦隊との激戦を思い出す。
種類は違えど、同じ戦場に自身は立っているのだと思い知らされる。
だがカウンター近くのテーブル席にてゆったりとおしぼりで顔を拭く大槻の姿を発見し、現実へと引き戻される。
(そうだ、私の使命は大槻の監視……それだけは忘れてはいけない)
大槻の姿が見えるように、後方のテーブル席に座るアークロイヤル。
ちょうどその時、大槻はすみません、と店員を呼んだ。
「はい!ご注文は!?」
「えっと…それぞれ単品で……『
「は…はい……」
「それとあとは………」
「 生 ビ ー ル ひ と つ………以 上 で ! 」
(はぁっ!?)
大槻の注文にアークロイヤルを含む店にいる者全てが大槻の方を振り向いたが、当の大槻はどこ行く風とばかりに涼しい顔をしている。
「お、お客さんそばは……」
「ああ、そばは………『
思い出したかのようにそばを注文する大槻だが、周りはざわつくばかりだ。
惣菜をつまみに酒を飲み、メインであるはずのそばはシメ扱い。立ち食い蕎麦屋で本来起こりえないありえない注文。だがこの男、大槻は平然とやってのけたのだ。
(ますます分からない……なぜ立ち食い蕎麦屋で、酒をメインとした注文の取り方を…いや、そもそも酒が飲みたいだけなら昼からでも開いている居酒屋にでも行けばいいのに、よりにもよってなぜ立ち食い蕎麦屋で……?)
そうこう考えているうちに戸惑いの色を隠せない店員がビールを運んできた。
大槻は待ってましたとばかりにビールジョッキの取っ手を掴み、そして……!!
「かぁ~~!沁みるぅ~~~!!」
一気にビールを飲み干し、その美味さに顔を綻ばせる大槻。
美味そうにビールを飲む姿にアークロイヤルは思わずゴクリ、と生唾を飲み込む。
「うっ……」
「こんな昼から……」
カウンターでそばをすすっていたサラリーマン達は箸を止め、羨ましそうに大槻を見つめるばかりだ。
「オ…オレも生ビールひとつ……!」
「バカッ!まだまだあるんだぞ!外回り…!」
「うっ…ですが……」
大槻につられビールを注文しようとする若いサラリーマンを叱る上司らしきサラリーマン。
そう、彼らは仕事の合間にそばを食ってるに過ぎない。酒を飲んだ状態で午後の仕事に向かうなど言語道断。ありえない!
だがそんなことは露知らず、
「おかわりっ……!生…大ジョッキで……!!」
大槻の非情なるおかわり宣言。しかしサラリーマン達に飲酒は許されず、悔しそうにそばをすするしかない。
(クッ……そういうことか、悪魔め……!!)
ただひとり、アークロイヤルは大槻の行動の真意に気付いた。
大槻はただビールを飲んでいるのではない。
『
(秀逸なのはあのスーツ……!もし大槻が私服であれば、周りからはロクに仕事もなく平日昼間から飲んだくれる落伍者…そう見えるだろう……だが、どうだ…?スーツを着た途端、大槻はまるで重役…!昼間から酒を飲んでも許される権力者だ……!!)
大槻の進撃は止まらない!
揚げたてのかき揚げをザクッと食らい、温玉ほうれん草をひとつまみし、それらを大ジョッキビールで一気に流し込む!
「くぅ~~!生おかわり!」
2度目のビールおかわり。もはやアークロイヤルは大槻の一挙一動に目を離せない。
(……もはや奴の座っている席は………ただのテーブル席ではない…!)
君臨した!この店の中で…唯一酒が飲める地位………玉座に……!
「あ、あのぉ~~」
隣から声が聞こえる。アークロイヤルは声がした方を振り向くと、そこにはペンと伝票を持った店員がいた。
「ご注文は何に……」
そう言われてハッと気付くアークロイヤル。そういえばこの店に入ってからまだ注文をしていなかった。
パパッと適当なそばを注文しよう。そう思いアークロイヤルは口を開く。
「あのテーブル席に座っている男と同じものを頼む」
「え?」
アークロイヤルは自身の口から発せられた言葉が信じられなかった。
自分は適当なそばを頼むつもりだった。だが実際はどうだ?大槻と全く同じものを頼んでしまった。
まさか望んでいるというのか……昼間からの飲酒…豪遊を………
(いやいやいや!そんなはしたないこと、アークロイヤル級1番艦正規空母のこの私がしてはならない……!!女王陛下の顔に泥を塗る背徳的行為だ……!!)
必死に自分に言い聞かせ、注文を取り消そうとするアークロイヤルだが店員は既に厨房の大将に注文を伝達しており、もう巻き直しが効かない。
そして数分後、アークロイヤルが座るテーブルにはコロッケとかき揚げ、温玉付きほうれん草の小鉢、そして………大ジョッキのビール!
「………………………………」
目の前のフルコースにただただ言葉を失うアークロイヤル。
外はサクサク、中はホクホクのコロッケ、カラッと揚がったかき揚げに口の中を優しく包む温玉ほうれん草、そして黄金色に輝く大ジョッキビール!
「………ゴクッ」
再び生唾を飲み込むアークロイヤル。今この瞬間は、今まで食べたどんなものよりも美味しそうに見える。
だが食べてはならない。飲んではならない。それすなわち背徳。
しかしアークロイヤルの意思とは裏腹に彼女の右手はビールジョッキを掴み、口元へとジョッキを持ち上げる。
(やめろ!私の右手……クッ、屈してなるものか…!この身と魂は女王陛下に捧げている!ビールなんかに絶対に負けない……!!)
――――――――――――――――――――――
「……………それで、夕方までそのお店でお酒を飲んでたら先に出た提督がタクシーで鎮守府に帰った、と…。」
「私は悪くない…!あのビールが悪いんアイタタタタ……頭が痛い………」
翌日の鎮守府。食堂のテーブルで呆れながら報告を聞くウォースパイトと二日酔いに苦しむアークロイヤル。
あの後アークロイヤルは日が暮れるまで飲み続け、べろべろに酔いつぶれたところを大将にタクシーを呼んでもらい鎮守府へ帰還することが出来た。
「クッ…大槻め…!今回は卑劣な罠にかかったが、次こそは貴様の悪行を止めてみせアイタタタ………」
「いや、自業自得でしょ…?」
ウォースパイトの淡々としたツッコミが食堂の雑踏に消える。
こんな感じでボチボチやります。
よろしければ読んだ感想をお願いします。
-
とても面白かった
-
面白かった
-
普通
-
つまらない
-
とてもつまらない