中忍選抜試験の呼び出しがあってしばらく。カカシも担当上忍として今までつきっきりで教え子に教授していたわけで、久しぶりの休暇とあいなった。
たまの休日をどう過ごそうと考えていたところ、やっかいな奴に声をかけられてしまった。
「ようカカシ、お前も今空いているだろう? たまには同期と飲みに行くのはどうだ?」
永遠のライバルを自負するガイに、遠回しに断ろうと努力したがその甲斐も空しく結局場末の居酒屋に連れ去られてしまう。
既にアポをとっていたのだろう。アスマと紅は席についていた。隣同士並ぶ二人に冷やかしの言葉をかけてやろうとしたがすぐにそれは諦めた。
二人はおそらく今の自分も浮かべているだろう疲弊しきった顔をしていたからだ。おそらく同じようにガイに連れてこられたのだろう。
最初は教え子の話をちびちびしていたが、酒が入るにつれ話も盛り上がってくる。愚痴や恋話、噂話と話が広がり始めた。
「ねぇ知ってる?」
今まで聞き役に徹してきた紅が投げかけた言葉なだけに、周囲の注目は引き寄せられた。
アスマは既に大分きているようで、言葉の内容に反応したというよりは、声に反応して首を捻ったというのが正しいだろうが今は重要なことじゃない。
「今回の中忍試験が終わった後の話なんだけど、お目付け役が次期火影候補を内々に人事審査するらしいわよ」
さすがに酒を吹きそうになった。急いでアスマを確認したが、軽い鼾をかいているようでほっとする。
三代目火影の息子であり、控えめに言ってあまり父親と良好な関係ではないアスマにこの手の話題は昔からタブーと話が決まっているからである。
そんな批判的な内心が態度に出ていたのであろう。
「大丈夫よ。念のためにアスマの酒の中に睡眠薬を入れておいたから」
そういうことが問題なのではない。
新たに生じた問題について軽く考えながらも、カカシは当たり障りのない忠告に留めておいた。
「酒の肴にするには重すぎる話題だな。火影様への背信行為と捉えかねられないぞ」
「それにどこでその情報を?」
ガイの疑問も最もだった。冗談でこんなことを言うような忍ではない。
「ちょっとした筋のね。まるっきり的外れな情報だということは無いと思うわ」
「本当なのか?」
口では疑いながらも薄々それは事実だろうと得心がいった。三代目火影はその名の通り、里を守り命を落とした四代目火影の代わりに今も臨時で務めているに過ぎない。かつてプロフェッサーと言われた実力の持ち主だが、高齢により年々動きを悪くしている。各国への牽制となる中忍試験を終える節目で新しく火影を置こうという流れもそう間違っていない。問題は……
「問題は誰がということなのだけど……カカシ、あなたなんてどう?」
「冗談でしょ」
冗談でも勘弁して欲しいというのが本心だ。夕日の言葉を真に受けている隣の暑苦しい男の意識をなんとかそらしたい。
「もっとふさわしい人がいるでしょ。……伝説の三忍がね」
「確かに。今現在三忍が里を留守にしていることを除けば御三方しかおるまい」
大国の隠れ里である木の葉隠れの里でさえ、近年は人材不足に悩まされている。里を背負う長である火影候補ならばいわんやである。
他にも里にいるものと限定して話し合っても、実力、策謀、知名度、カリスマ。どれかが不足しているものがほとんど。いよいよお互いの口が開かなく
なってくる頃には大分時間が遅くなってしまっていた。さすがにお開きという空気が漂ってきたところで、
「そういえば! まだいたわね」
紅がその名の通り、頬を赤らめて声を出す。酔いというだけではないようだ。
「藍染 惣右介さんがいらっしゃるじゃない!」
「…………ああ」
別段、心当たりがないといえば嘘になる。カカシも先ほどの候補で一度は思い浮かべたものの、候補から消えた人物だ。
「しかし、悪くいうわけではないが――」
「――忍として実力がふさわしくないと?」
当たり障りのない程度の表現で収めようとした苦労を察して欲しい。
藍染 惣右介
幻術を得意としている夕日のようなスペシャリストには一つ、二つと劣るものの、幻術を中心にした忍で、忍術、体術はそこそこなレベルで習得している。器用貧乏なタイプでその分、バランスをとるために小隊があと一人足りないといった場面で採用されることが多い。
カカシもかつて任務で組んだことがあるので知っているが、上忍としていたって普通な腕前だった。上忍であるゆえに優秀なのは間違いないが、中心で活躍するのには決め手に欠ける。
それだけなら、特に火影候補の話題にも出るような人物ではなかったが、彼の生まれがいささか不幸であったのだろう。
「二代目火影の千手 扉間様のお孫という重すぎるネームバリューを背負えるとは残念ながら思えないな」
元々そんなに本気ではなかったのだろう。夕日も溜息で肯定の意を表した。
忍の世界は血筋が重要だ。うちは、日向の血継限界。
奈良、山中、秋道、油目等の一族秘伝から分かるように親から子へと遺伝する要素が強い。
現にカカシも父親が『木の葉の白い牙』と他里から呼ばれるほどの人物であったせいか、いらない怨みややっかみを受けた経験もある。
二代目火影の孫といえば、その期待や視線はカカシ以上のものだろう。同じ境遇の、二代目の兄である初代火影様の孫の綱手様は、名も知れた三忍のため、そのような目にはあってないはずだが……近くで比較される人物がいるというのもきつい。
家名を千手では無く、母方の藍染を名乗っているのもそのようなわけだろう。
かつて見た、甘いマスクで、白い歯を見せて笑う彼の心中を考えるとぞっとする。
「っと、ここらでお開きにしようか。あまりこういう噂話は好きじゃないしね」
暗くなりかけた雰囲気を晴らすために手を叩いて、ふらつくガイに手を貸す。残りの二人は言うだけ野暮というものだろう。
さすがに深夜ということもあり、外に人の姿はない。満月が近いせいか、夜目の利く忍にとって視界は良好。
――視線を感じた。それはこちらを窺うような、じとっとした体温の籠ったものではない。もしそうであれば、体が自然に反応して敵対的行動をとってしまっていただろう。
……まるで月? 月がこの世の綺麗な部分も、汚い部分も平等に照らすかのような
――いや、そんな聞こえのよいものでは断じてない。視線を感じるということは意思ある存在だということ。全く、こちらを脅威とも思ってないのだが、こちらが感じる圧力は尋常じゃない。箱庭に住む一匹の蟻にたまたま目が行ったというところか。
そんな化け物が里にいるのか……
背筋からじとっと嫌な汗が流れてくる。この視線はそんな無感情な一瞥で上忍を身じろぎ一つさせない。謎の人物が里に仇なす者であることは間違いないだろう。
「カカシ。どうかしたのか?」
ガイの声で先程までの圧力は消え去り、まるで夢でも見ていたかのように周囲の音が戻ってくる。ガイは全く気付いていない。酒に酔ってるとはいえカカシのライバルを自称する男があれほどの圧力に気づかないはずがない。
本当にあれは夢だったのか……?
ふと首の後ろを手で触ってみると、汗と鳥肌でひどく気持ち悪かった。
少年は天才だった。しかし、それ故に孤独だった。
幼少の頃から忍びの両親の動きがハッキリと見えた。忍術を見て直ぐにそれが自身でも簡単に出来ることだと、やるまでもなく理解できていた。
ただの子供なら強がりで済んだだろうが、『歩く』という動きを誰が意図して失敗できるだろう? 体の四肢を順番通りに右腕、左足、左腕、右足と角度とベクトルを意識的に動かす人などいないように、少年にとってそれは意識してまでやるまでもないことだった。
少年は自身が異端児とも理解していたので実際にやって見せることは無かったが、そういった経験は人格形成に、特に少年期には大きな影響を与える。
自身が他の誰よりも優秀であるという優越感は他人を軽視し、ひいては軽蔑、驕り、傲慢へと繋がる。残念ながら少年の周りには自身と競えるほどの才能を持ったライバルや、驕りを正してくれる周囲の大人はいない。
異端児たる自身が浮いた存在になりかねないという理由で幼少期こそ大人しくしているが、自身の才能を適切に理解できる環境が周囲にあると判断したならば、自身の有り余る才能に溺れて俗物となるか? はたまた魔王になるか?
(名前も惣右介だし、これはOSRヨン様ロールプレイしかねぇな!)
どちらでもなかった。