戦況は圧されていた。岩忍との戦闘で次々に簡易的な医療所に怪我人が運ばれてくる。腸が腹部から零れだすのを片手で押さえながら満身創痍の状態でやってくる者、重度の火傷で男女の区別すらつかなくなってしまった者。綱手の考案した指南書に従いトリアージしていく。怒号や苦痛の声に負けないよう、声が飛び交う医療所は第二の戦場だった。
「よく来てくれた。さぁ奥へ」
現地に到着すると直ぐに白衣とマスクを着けた医療忍者が有無を言わさず奥へ連れていく。直接土の上に建てられたテントは急造の感が否めない。通路の両脇に個室に分けられた手術室を抜けていくと、怪我人が雑魚寝になった大きなテントに案内される。痛ましい怪我に耐えかねて口の端から漏れる声が時折テントの中で合わさり、一つの波を形成する。悲惨な状況だった。
「君にはここで怪我人の治療をお願いしたい」
それだけ告げ、そのまま別の患者のもとに足を運ぼうとする医療忍者を藍染は引き留めた。
「確か今回の任務は敵の足止めとのことでしたが……」
医療忍者の男はくたびれた顔を更に渋く歪ませる。
「……本来なら上忍の君に頼むことではないのは重々承知している。しかし、人手が足りない。我々も既に二日間睡眠もとっていないんだ。どうか手を貸してくれ」
男の瞼の上は濃い隈が残り、ふらついて足元も覚束ない。会話をする間にも奥から男を呼ぶ女性の声も聞こえる。男は少しイラついたようにそれに相槌を返した。現場の人員不足は藍染の予想以上に悲惨なものだった。
「事情は分かりました。しかしそれはここの指揮官に許可をとってからにしていただきたい。――少しでいいのであなたも一緒に付き添ってもらえれば説得も上手くと考えているのですが……どうでしょうか?」
まだ到着の挨拶すらしていない上に、本部の場所さえ知らない藍染には渡りに船だった。
「――案内しよう」
そういうことになった。
司令部は医療所の2kmほど離れた位置にあった。怪我人の安静を考慮してある程度安全な開けた場所という条件が該当する地は多くない。必然守りやすさから司令部と近い距離に医療所が敷設されたと医療忍者の男、コウエンは語る。尤もな話だと藍染も頷いた。
「ここが司令部のテントだ」
深緑の天幕が張られたテントには数人の忍が机で会議している様子だった。声音から内容はヒートアップしているかのように思われた。しかし、コウエンも忙しい身、いつまでもテントの前で立ちっぱなしでいるわけにもいかず藍染は声を張った。
「会議中失礼いたします。私は上忍として本日こちらに到着しました藍染 惣右介といいます。まず司令官に挨拶をと参りました」
「……入れ」
声の主に従い天幕の端を持ち上げて入る。続いてコウエンも藍染にならって踏み入った。
「話には聞いていたが、本当に上忍になっていたとはな」
鎖帷子で出来た頭巾を被った目力の強い男が藍染を睨みつけた。入り口から一番奥の中央の席に腰かけているところからその男が司令官のようだった。藍染に向けられる視線には疑念や苛立ち等のおおよそ好意的とは思えない負の意思が含まれていることを、チャクラ感知などする必要もないほどハッキリと感じ取れた。
(このチャクラ量と、見覚えのある面影。千手の本家の血筋か……)
「火影様をいったいどんな手で騙したかは知らんが、私は騙されんぞ。どこの馬の骨かも分からん血を取り入れた千手の面汚しが残した異物だ。母親譲りで人を誑し込むのだけは上手いようだがな」
司令部に張り詰めた空気が流れる。男の視線と藍染の視線がしばらくの間ぶつかりあって――藍染は困ったように笑い視線を先に逸らした。
「……まぁ良い。今はお前に構っている暇などないのだ。話は以上か? ならば指示があるまで待機しておけ」
「少し、お待ちを!」
医療忍者のコウエンが慌てて声を上げた。
「何かね?」
「医療忍者の不足は前日訴えたとおりです。しかし、状況は一向に改善しておりません」
「それについては説明したはずだ。前回の襲撃で医療忍者が亡くなった件は里に報告している」
「彼がっ! ……いや、失礼。こちらの藍染殿が医療忍術を使えるとのことでしたので、是非協力していただきたいのですが」
司令官は少し迷ったように顎に手を当てる。藍染を医療所につけるメリット、そしてそれによって発生する戦力不足のデメリットを数秒で鑑みた後。ゆっくりと口を開いた。
「いいだろう」
「それではっ」
「――緊急時の場合は前線に出てもらうという条件付きでだ。それでいいなら許可しよう」
否やはなかった。
到着後、一日と半日ぶっ続けでの医療業務にあたり、ようやく藍染にも束の間の休息を得ることが出来た。気怠さを感じるが、一周してハイになって眠気を感じることが無くなった戦友たちと輪を組んで互いを労う。
医療忍者のトップであるコウエンからコーヒーの入ったカップを受け取ると、手に伝わる温もりに感謝しながら飲み込んだ。戦場にまともな甘味などありはしない。薄くとも、酸味が効すぎていたとしても今飲んだコーヒーに勝るものなどないだろう。
「全くあの時の君ときたら」
「もぅ、それは言わない約束でしょコウエンさん」
助手が疲れからか、いささか強すぎる勢いでコウエンの肩を叩いて丸眼鏡が地へと落ちる。それを藍染が指の先でキャッチして本人の下へ返した。軽く礼を言いながら受け取った丸眼鏡をかけなおした彼は自身に向けられている視線に気づく。
「どうしたんだい藍染上忍?」
「……失礼ですが、私のことをご存知でしたか?」
まだ司令部に挨拶に行ってもいない男を医療所で働かせようとしたり、上忍だと気づいていたりと藍染のことを前から知っているとしか思えなかった。治療中はひっきりなしに怪我人の手当に時間を追われていた為、聞く機会を失っていたのだ。
前へ膨らんだ腹をポンポンと叩くと、コウエンは口を開いた。
「それは……君は色々と有名だからね」
ゆっくりと言葉を選んでいるようだった。さもありなん、藍染にもいくつか心当たりがあった。
「木の葉病院で研修中の男がなかなか才覚のある男だとね」
「私も病院で働いている友人から藍染上忍の話を聞きました。誰を相手にしても態度を変えることのない
「それは――身に余るお言葉ですね」
未だ藍染としての高みに至っていない身からしてはどんな称賛も身に余る言葉に違いない。紛れもない本心だったが、過ぎた謙遜は嫌味だと忠告された。コウエンの眼差しは人生の先輩として真摯な温情に満ちていた。
「それと……あまり
「ナゲシとは?」
「ここの司令官のことだよ。千手
「何分一族の集まりには呼ばれないもので、どこかで見た覚えがあったので千手の本家筋だとは思っていたのですが――」
「――それはすまなかった。私の配慮不足だったな。あれでも同期でね」
その瞼に刻まれた皺から若く見積もっても40~50代にしか見えないコウエンと同期だという
「この場所の前に司令部が襲撃を受けてね。幸いなことに医療所には被害が及ばなかったものの、司令部では結構な死傷者が出てしまって、その責任の重圧に圧されているのだろう。ただでさえ状況はあまり良くない。君に対しての態度は酷いものだったが、普段は厳しくとも優しい男だ。それを酌量してやってくれ」
「私は
藍染は微笑んだ。その場にいる者がホッと落ち着くような笑顔だった。
「君は出来た男だな」
しばしの休憩を挟んで再び医療所へ足を運ぶ。怪我人の中には歩行できない者も多く、食事の補助、尿や便の処理、床ずれの防止の為に体の向きを変える等の仕事に終わりはない。
それらに加えて戦場から運ばれる怪我人の緊急手術にも駆り出される。更にその穴を埋めるためにまた別の誰かが他の人員の仕事を負う。肉体的な疲れは言わずもがな、精神的な疲労が無視できないところまで医療忍者に広がっていた。
その中でも比較的動ける藍染はひっきりなしにあらゆるヘルプに回されることになり、つい半刻前に疲労で倒れた医療忍者の受け持っていた患者の前にいた。
「調子はどうですかキミさん。まだ頭は痛いかな?」
30代の翡翠色の瞳が特徴的な女性が、痛ましげな頭に巻かれた包帯を痒そうに指先で擦る。それを手で制した。手術の後で痒いのは知っているが、一度掻き始めると余計痒くなってしまう。
「わかってはいるけぢょね。すごくかゆいのよせんせい」
どこかはっきりとしない滑舌で女性は答えた。起爆札が頭部の近くで爆発したらしく、顔には酷い火傷と聴覚機能をほとんど失う大怪我を負ったが、もともと読唇術が得意だったらしくこちらが何を言っているかは見て判断できるらしい。
彼女自身が話す分に関してはまだまだ練習中とのことだったが、ゆっくり話す分には会話に支障は無いレベルだ。
顔のほとんどを包帯で覆われているため、包帯の隙間から覗く瞳から感情を読むのは難しいが、声色だけでも感じるものがある。普通は自身の状況に絶望して暗くなりがちなのだが、彼女からはそのような空気を感じない。
もともと明るい性格か、いや、おそらく精神安定の為にそのように振舞って自身を騙しているのだろう。戦地の極限状態での人間にはよくある逃避行動だ。
(哀れなことだ。…………いや、いったいどちらが?)
「……どうやら経過に問題はなさそうだね。安静に」
「も、もういttっやうの?」
か細い声で引き留めるキミ。藍染は安心させるために両手を握った。小さな手ながらも、確かに鍛えられたくノ一であることが刻まれた傷跡からハッキリと分かる。戦うための訓練を受けた人間ですらこのような状況に陥ってしまう。
戦争とは……ミナトの言う真の意味での平和とは……
「ろうしたのせんせい?」
気づけば心配そうにこちらを見つめる翡翠色の瞳。
「これから先の患者さんのことを少し考えていたんだ。前の担当医からたくさん人を紹介してもらったからね」
「そう……」
「また見に来るから安心しなさい。約束しよう」
「や・く・そ・く」
「ああ、約束だ」
一週間。新たな医療忍者が戦地に派遣されるまでそれだけの時間が過ぎた。それだけの時間を今いる人員で凌いだとも言う。
助かった命も多いが、救いきれなかった命もある。とはいえ、命のかかる大事な任務だとは分かってはいても、あの時医療所のサポートを受けたことを少し後悔する程度には悲惨な環境が藍染を待ち構えていた。
ある事情から医療忍者としての身を引いたが、三忍の綱手を筆頭に医療に身を置く者への敬意の念を深める。
新たな医療忍者の上げるまだまだやる気に満ちた声を聴きながら、休憩用のテントで大きなイビキに挟まれてコーヒーを啜った。
そんな休息を邪魔するように外から一人こちらへ向かってくるのが足音で分かった。何日もの徹夜で精神が疲弊し、チャクラ感知が普段より鋭くなったり、ぼやけたりと不安定な状況が、気づくのを遅らせた。
「藍染上忍! お休みのところ申し訳ありません。司令部からお呼びがっ――」
寝ている医療忍者を起こさないように人差し指を顔の前に立てて、その場から離れる。その場に残ったコーヒーのカップから白い湯気がフワフワと左右に揺れながら立ち上っていた。
「それで、指令官が負傷したということですか」
司令部に着いて説明を受けるに、どうやらそういうことらしかった。前線での士気高揚の為に出向した際、千手
「それで指揮官の治療の為に呼んだのですか?」
「いや。そうではありません」
奈良一族の参謀が言った。今まで司令官を支えてきた立役者だ。
「俺は中忍だ」
突然の言葉に疑問が浮かぶ。上忍の絶対数は少なく、現に戦地で戦う者の多くは中忍を隊長とする下忍だ。参謀である奈良家の男が上忍ではなく中忍であることに特に不思議に思うことはなかった。
「そして、この場にいる者も皆」
司令部にいる5人ばかりの人員も頷く。
「戦地にいる者も皆」
さすがにここまで来ると話も読めてきた。
「上忍のあなたなら指揮権が移行しても問題ないでしょう」
「……私は特別緩和策で上忍になった身です。指揮経験もありません」
「問題はそこではないのですよ藍染
物分かりの悪い子供に言い聞かせるかのように男は
「前回の司令部の襲撃から相手はこちらの頭を優先的に狙っている。全体の士気の為にも我々には率いてくれる上忍が必要なのです。勿論私たちもしっかり補助しますので」
しかし、奈良家の男の横にはサングラスをかけた手の先まで隠れるほどの袖の長い長身の男がいた。微かに聞こえる羽音。特徴的な外見。虫を操る木の葉の一族、油女一族と見てまず間違いないだろう。サングラスで光の反射が直接網膜に映されているか判別しにくい上に、虫そのものには知性がほとんどない為『鏡花水月』の効果は薄いと見える。
(現時点で動くには拙速か……)
「分かりました。代理の指揮官でよろしければ私が」
「そう言ってくださると信じていました藍染上忍。いや藍染指揮官」
GRは名作。誰か二次創作を書いてください! お願いします。銀鈴さんのブロマイドあげるから!