オサレ腹黒ヨン様忍者   作:パンツ大好きマン

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 今回長いです。誤字修正の指摘いつも感謝しています。


指揮官×戦場

 

 

「第3部隊はろ―C方向へ前進。第5部隊はほ―F方向へ敵を引きつけつつ後退。第7部隊はほ―Eで潜伏待機。第5部隊が敵を連れて待機場所を通過後、後方より襲撃。そのタイミングで第5部隊も転進。第7部隊と挟撃せよ」

 

『第3部隊了解』

 

『第5部隊了解』

 

『第7部隊も了解です』

 

 藍染は指示を山中一族の忍に伝えて、各部隊との連携をとる。

 

 山中一族は奈良一族、秋道一族との連携を組む一族として有名だ。一族のみに伝わる秘伝忍術として術者の意識を飛ばして相手の精神を乗っ取ったり、精神を乱して同士討ちをさせたり等の精神エネルギーの割合が多く含まれた陰遁の性質変化を利用した術を使う。

 

 術の発動中は無防備になることも多く、その隙をカバーする為に戦闘部隊で重用されていたのだが、現時点ではそのカバーするための人員すら惜しく、部隊全員の伝令役として司令部へ引き抜いた。

 

 当初はそこに据えているだけの指揮官を参謀は望んでいたようだが、やるからには中途半端は藍染の望むところではない。部隊の構成員と配置場所を把握し、油女一族に索敵と味方部隊の誘導を、山中一族に部隊の連絡を任せることにした。

 

 

「しかし、あまり多くの虫を索敵に割く訳にはいかない。なぜなら司令部の守りが手薄になるからだ。それに広範囲の索敵は術者からの制御を外れる虫もいるため現実的ではないだろう」

 

 油女一族の男が言う。今までの襲撃は運よく撃退出来ているが、次もそうだという都合の良い考えは持っていない。統率のとれなくなった部隊の行く末は等しく無残なものだ。

 

「それは理解しています。……敵索敵部隊に寄壊蟲の雌を付着させれば話が早いのですが」

 

 油女一族は様々な虫を状況において使い分けるのだが、主に戦闘に使うのが『寄壊蟲』と呼ばれる虫だ。チャクラを対価に契約しているのは他の虫と一緒だが、彼らはそのチャクラを餌として、あるいはそれ以上に執拗に敵対者のチャクラを喰らう。体術に忍術にチャクラを多量に纏う忍は彼らにとって絶好の馳走なのだ。それゆえにチャクラを感知する、嗅ぐことに特化している虫。特に『寄壊蟲』の雄は同種の雌の薄い匂いすらも感知することが出来るほど優れている。その雌を敵の索敵部隊につけることが出来れば敵全体の大まかな居場所を、それこそ敵の本拠地すら突き止めることすら可能だが……

 

「藍染指揮官、それが出来れば苦労しない。そもそも索敵能力を持っているがゆえに近づくことすら難しい」

 

「その通りだ。こちらが敵を索敵できるということは相手も同じと考えたほうがいい」

 

「……確かにその通りです。今のは忘れて下さい。……索敵は主に犬塚家の忍犬に任せます。油女中忍は引き続き本部の周囲の索敵と、味方部隊の援護をお願いします」

 

 

 

 そうして指揮官としての一日が始まったのだ。

 

 

 部隊数は14部隊。小隊編成は4名。総勢56名の戦力としては心もとない。それに司令部で働く人員、医療忍者、備蓄の管理などの必要な人員などを含めて80名程。それらをまとめ上げるのが仕事だ。

 

『索敵班より指揮官へ』

 

「どうぞ」

 

『うちの忍犬が北西より三つの匂いが近づいていると言っている。ここはへ―Ⅾ地点だ』

 

「了解しました。第3部隊……は別件がありましたね。遊撃が可能な部隊はありますか?」

 

「第2部隊と第8部隊が確か空いていたはずです」

 

「ありがとう奈良中忍」

 

「どういたしまして藍染指揮官」

 

 奈良中忍の最初の頃のつっけんどんな対応も減り、少しは見直されたかと思うと緩みかけた気を藍染は入れなおす。自身の拙い指揮をカバーしてくれている奈良中忍の期待を裏切るような心の持ちようは礼を失いかねない。

 

「では第2部隊が索敵班と合流して敵を迎撃。第8部隊はその場で待機。緊急事態に備えて互いの忍具の確認に努めること」

 

『第2部隊了解』

 

『第8部隊! 了解しました!』

 

 思いのほか戦況は良くなりつつある。圧されていた戦線は拮抗状態とまではいかないものの盛り返すだけの勢いを感じる。山中中忍の秘伝忍術で部隊と連携がとりやすくなり、敵部隊の索敵と状況指示が噛み合って一部隊ずつ岩隠れの忍を潰し続けていた。

 

 しかし、

 

 

「敵の部隊の数が多すぎる」

 

 本部の机にペンが力なく転がった。誰かが言い出しかねない状況だったので特別犯人を捜すような空気にはならなかった。周辺の地図への書き込みはビッシリと紙面を覆い、些か見えづらくなっている。新たに地図を用意する必要を感じた。

 

「こちらに対応する部隊は軽く見積もってもこちらの倍はいます。今はこちらの快進撃に様子見をしているようですが、こちらの実在戦力が判明次第、数で一気に押し寄せてくるでしょう。それだけの戦力が奴らにはある」

 

 奈良中忍も、藍染もそれに頷くことはなかった。参謀として、指揮官として事実だからこそ肯定できないこともある。味方の応援を待つにしろ、打開策を見つけるにしろ、とりあえず時間を稼がないことには話にならない。これからの策を練っていると、奈良中忍にハンドサインを送られた。親指をテントの外へ突き出すかのように、周囲の者には気づかれない程度の微かな仕草。付き合いは短いが無意味なことをする男ではない。藍染は適当な理由をつけて司令部から抜け出した。

 

 

 さすがに直ぐに合流すると怪しまれる。しばらく時間をつぶす為にも医療所へ顔を出しに伺うと見知った顔がいた。

 

「どうしたんだいキミさん。こんな場所で」

 

 翡翠色の瞳が包帯の隙間からこちらを覗いている。松葉杖で一歩一歩足元を確かめながら歩く姿は痛々しく、まだ無理をして出歩いては怪我の悪化を招いてしまいかねなかった。

 

「ダメじゃないか。また一人でトイレに出てしまったのかい?」

 

 年頃の女性が下の世話を嫌がって、無理やりトイレに行ってしまうことはそう珍しいことではない。例え、こちらが医療従事者でそういったことに何も思わなくとも当人にとっては関係のないことだ。なるべく同性の医療忍者に見てもらうようには気を使っていたが、人的余裕のない戦場では毎回そうもいかなかったのだろう。

 

 包帯が歪み、その下では気まずい表情を浮かべているだろうことが藍染には分かった。道中、何度も転んだのだろう。膝や手の先に新たに巻かれた包帯からは血がにじみ出ていた。

 

「ぎょ、ごべんなさい」

 

 どうしようもないことだ。コウエンに事情を説明して包帯を解いて傷跡の治療を託す。淡々とこなしていく藍染が怒っているのだと、キミは許しを請うかのように片足にしがみ付いて離れようとしない。

 

「キミさん。立ちなさい。私はもう行かなければ……」

 

「ゆるじで」

 

「……大丈夫。もうじき戦争が終わってあなたも故郷に帰れますよ」

 

 

 励ましの言葉は自分でも驚くほど空虚に感じた。

 

 

 奈良中忍は司令部のテントから離れた位置に既にいた。こちらに気づくとそっと手招きする。遅れた詫びの一言すら必要のないほどに切迫している。額から汗を流しているのが見て取れた。

 

「藍染指揮官。事態はあなたの考えている以上に深刻だ」

 

「――内通者ですか?」

 

「……やはり気づいていましたか。私にそれを言うということは少しは信じてくれているようですね」

 

 前回の司令部への襲撃然り、指揮官の襲撃然り、秘匿されているはずの場所が突き止められるのが早すぎる。内通者がいることは薄々感づいていた。しかし、同時に疑問も湧いてくる。何故こちらの情報が筒抜けなのにも関わらず、現状こちらの進撃を許しているのか? 何かしらの事情があって情報を送れていない? もしくは情報を得ることができない状況にいるか、こちらに致命的な一手を下すためにあえて泳がされているのか、可能性を挙げればきりがない。

 

 

「逆に私のほうこそ疑われているものかと……前の指揮官から色々聞いていたのではありませんか?」

 

「……聞いてはいたのですが、どうやら話とは違うみたいでしたがね。それに藍染指揮官の来る前からその兆候はあったんで――今の段階で話が出来るのはあなただけですよ」

 

 司令部内に内通者がいる可能性が高い。暗に奈良中忍はそう言った。

 

 

「犯人の目星は」

 

「それが分かれば苦労はしません」

 

「それも、そうですね。外部とのコンタクトをとる機会を減らすために常に少数の集団行動をとらせる以外は今のところ対応策はないでしょう」

 

「同感です」

 

「それと一つお願いしたいことがあるのですが……」

 

「出来る範囲で手助けしますよ指揮官」

 

「それでは――油女中忍と取り次いでいただけますか?」

 

「……それは構いませんが、彼も内通者ではないという証拠はありませんよ」

 

「大丈夫。ちょっとした頼み事ですよ」

 

 藍染の笑みに『はぁ』と怪訝な表情で参謀は頷いた。

 

 

 

 

 雑務を済まし、再び司令部へ戻ると既に内部で人の声が飛び交い、慌ただしく駆け回っているのが見て取れた。急いで幕中に体を滑り込ませる。

 

「どうしたんだ! いったい何があった?」

 

「藍染指揮官!? 今までいったいどちらに――いや、今はそれどころではありません」

 

 こちらが口を出す隙もないほどの勢い。それほどの事態が起きているのだろう。

 

「敵襲です! 敵部隊がこちらの第一防衛線を抜けて司令部へ近づいています」

 

「――ッ!? 方角は? 予想される敵部隊数と、こちらの防衛に回せる部隊は?」

 

「北北西方面より! 予想される部隊数は少なく見積もっても3部隊以上。交戦中の部隊を除いて、残存する部隊は敵の応援を警戒して突破された防衛線の内側に第2防衛線を構築中。残った3部隊が救援に向かっています」

 

(手が早い。今の今までこちらの様子を窺っていたとしか思えないタイミングでの襲撃。やはり内通者がいることに疑いはないだろう。考えろ。もし自身が内通者だった場合、これから先どう行動する? 狙いはやはり指揮官である自分か?)

 

 遠くで体内にずしんと響くような爆破音が聞こえてきた。どうやら考えを巡らせる時間すら与えてくれないらしい。むしろ考える暇があるのなら現状に対応するべきだ。上忍として指揮官としてやるべきことをやる義務がある。藍染は藍染として恥ずかしくない振る舞いを努めなければ、これまでの人生に、そしてこれからの人生に意味など……ない。

 

「司令部所属の忍は医療所の周囲に防衛線を構築。動きのとれない者を守れ。医療忍者は動くことが出来る怪我人を連れて南東方面へ撤退。現在戦闘中の部隊は折を見て交戦を止めて、半数は防衛線に加わるように。もう半数は追手に対して罠を張り、医療忍者と合流せよ。以上全部隊に連絡を山中中忍」

 

「了解しました」

 

「奈良中忍。後の指揮は任せました」

 

「何処へ行かれるのですか、藍染指揮官!」

 

「――勿論、最前線ですが」

 

「さすがに危険過ぎますっ! まだ私たちにはあなたが必要です。自重してください!」

 

「現状指揮官としてやるべきことはやりました。内通者がいるならば既に私が指揮官であることも掴まれているでしょう。みすみす出てきた頭を見ればそちらに攻撃が集中するはず、そうなれば残ったあなたたちが一度に相手をする数も減らせます。むしろ私が出ないほうが被害は増えるんですよ」

 

「それではあなたがっ」

 

「これでも私上忍ですから。なに、無駄死にする気はありません。それでは」

 

 これ以上引き留められても状況は悪くなるばかり、半ば奈良中忍に言葉を押し付ける形で藍染は司令部から発った。戦闘音はこちらのほうへ徐々に近づいている。緊迫した状況の中で、藍染の体調は万全とは決していえなかった。医療忍者として徹夜で働き続けた後に、急に指揮官に抜擢され、仕事の量はむしろ増えた。全身に倦怠感を感じ、普段なら意識をすれば一瞬で多量のチャクラを練り上げることも出来るが、一定量以上のチャクラを練るのには時間がかかってしまう。チャクラコントロールの難しい仙術チャクラや陰陽遁なんてもってのほかだ。

 

 それでも、負ける気は更々ない。

 

 

 木々を飛び移って、戦闘中の仲間部隊を発見する。味方部隊は4名。負傷者はそのうち2名。敵部隊は5名だが、こちらは少ない部隊でやりくりしている為、連日の任務で疲労も取れていない。それに比べて岩忍は数を揃えているため、十分な休息をとれ、気力も十分。木の葉の忍が全体的に質は高いので、同じ条件ならばここまで一方的にやられることもなかっただろう。

 

 岩忍が苦無を一斉に投擲する。負傷した仲間をかばおうと軽傷の忍が身を盾にした。そこで庇ったところで戦況の優位が覆される訳でもない。本人の咄嗟の行動なのだろう。戦略的に見ると見上げた行いではないが、そういった献身的な行動が藍染には好ましく思えた。

 

「風遁 風陣壁(ふうじんへき)

 

 風が色濃く渦巻き、木の葉の忍を包み込んだ。苦無は風の流れに逆らえず四方へバラバラに散る。動揺の隙を衝いて分隊の一人にチャクラ刀で斬りかかるが、直ぐに反対から別の忍に捕捉された。横なぎに胴体へ迫りくる白銀の刃を体を屈めることで頭上に仰ぎ見て、刀を地面に突き刺す。その突き刺した刀を軸に体を回転させ、加速した蹴りが岩忍の全身を捉える。

 

 突き飛ばされた先の別の忍をも巻き込み木の幹に叩きつけられたものの未だ戦闘の意思は挫けない岩忍は、腹部への衝撃を感じ体を見下ろす。虫にピンでも刺すかのように仲間と共にチャクラ刀で木に縫い付けられている。失血と現状のショックで薄れゆく意識の中、男は仇の木の葉の忍を睨みつけた。殺意と狂気に満ちた瞳は怨敵の顔を二度と忘れることのないように脳髄へと焼き付けようとしているようだった。

 

 残った最後の一人が藍染に手裏剣を投げようとしたがそれも叶わなかった。先程味方を庇った木の葉の部隊の一人が苦無を岩忍の顔面に突き刺したのだ。血に濡れた手を死体の服で拭いながら、彼はこちらへ片手を上げる。

 

「指揮官……はぁ、少し、遅かったのでは?」

 

「すまない。だが今は時間がない。他部隊はどこに?」

 

「最後に南東方面で戦闘中との連絡がありましたが、それ以降は何も……」

 

 男が最後まで言い切る前に、藍染は駆けていた。地を蹴り、水面を叩きつけ、自身の体重でしなった木の枝の反動で、鬱蒼(うっそう)とした森林を見おろす高度まで跳ぶ。頬の横で轟々と流れる風を感じながら、徐々に高度を下がって行くのを知りつつも、藍染は一歩踏み出した。通常なら何の意味もなく足は(くう)を切り、体幹を崩した肢体は錐もみ状に地へと墜ちていく。

 

 が、藍染の一歩は空を蹴り、それを足場としてまた一歩森の上を跳ぶ。水面上では片足が沈む前にもう片方の足を前に出すことで、短い距離ならば進むことが出来るとされている。(いわん)や忍ならばチャクラで水面を何の障害も無く進むことが出来るが、空中ではそうもいかない。

 

 藍染は一歩踏み出した足裏に風遁の性質変化をさせたチャクラを瞬間的に発生させ、風遁が足を弾き返そうとする瞬間にその足に緻密に配分されたチャクラで足場を蹴り、宙を跳んでいるかのような機動を可能とさせた。死神が霊子を固めて宙に立ち、空中戦を可能とするところから発想を得た歩法で、その性質上同じ場所で立ち続けることは難しいが、空中戦や移動法としては十二分に活用できる。

 

 

 南東へ。疾く、早く。

 

 

 血の匂いが濃くなる。大地が赤錆色へと変色し、蠅の(たか)った肉は野犬のご馳走だ。木の葉の忍の死体ばかりが転がっている。それに比べ岩忍の死体は少ない。

 

 今度は司令部のある方向へと空を駆けると、直ぐに木々を行きかう岩忍十数人を発見することができた。高所からの発見ゆえに、敵の忍も気づいている様子はない。視覚にしろ、チャクラ感知にしろわざわざ空にまで感知範囲を伸ばすことはないうえに、嗅覚は高度を稼げば高所の風が勝手に匂いを遠くへ運び感知することは難しい。

 

 そして何より人は高所からの攻撃に対応しづらい。腕の可動域から攻撃できる範囲も限られている。高所から加速した質量を避けるという行動でテンポロスを挟まなければ、反撃もままならないのが現実だ。

 

 急降下で十分な加速をつけて、藍染は部隊の一番後ろにいた岩忍の背中を踏みつけた。同時に肩甲骨に突き刺した『鏡花水月』を引き抜く。肉体から命の潤滑液が流れ落ちてゆくのを感じながら、刀は次の獲物を探す。久しぶりに生き血を啜る悦びに打ち震えてるらしい。一番近い敵に向かって剣先を向ける『鏡花水月』は感知能力の不安定な自身にとっては丁度よく感じるのも、また事実だった。

 

「いっ!?」

 

「敵襲だっ! やれっ」

 

 上空よりの奇襲には成功し、3人ほど切り捨てることに成功したものの、直ぐに気づかれてしまう。敵もさるもの。

 

「火遁・炎弾」

 

「土遁・裂土転掌」

 

 高熱の炎が塊となり藍染を襲う。同時に地面が隆起し、出来た亀裂が大地を歪ませ、足元を不安定に――回避も許さない二連撃は絶妙なタイミングで敵の行動を封じる。

 

 藍染は事前に岩忍の印を読んで術の詳細を把握していた為、体勢を少し崩しつつも最低限の動作修正で対応する。幼少の頃より、周囲の忍が印を結ぶのを見て、直ぐに真似をすることが出来るほど観察眼には優れていた。この身に宿る才能が無ければ藍染は、藍染として生きていくという発想すら浮かばなかっただろう。

 

 炎弾が迫りくる。離れていても前髪を焦がすような熱量の塊がもう目の前だった。

 

 岩忍の目には敵の忍が炎弾に対応も出来ず、周囲に響く着弾音と共に炎の爆発に包まれたよう(・・)に見えた。

 

 

「やったか!?」

 

「――手ごたえはあった。死体を見るまでは警戒を続けろ」

 

「はっ!」

 

 その場に立ち込める煙と熱は炎弾の威力を表していて、炎は地面の雑草を焦がし、枝葉に火も移り、放置しておけば山火事になりかねないほどだった。下手をすれば死体を見てもそうとは気づかずに素通りしてしまいかねないなと、岩忍の一人が思い始めた時だった。

 

 視界の端に動く物がある。それは黒煙と炎。それだけならこの場に相応しく、とても異常とも思えぬものだが、動きが明らかに自然ではない。

 

 炎が垂直に円を描き、黒煙はその動きに合わせて周囲に散っていく。みるみるうちに晴れていく煙。炎の眩しさの中に、別の光があるのが分かる。金属の光。炎の円はその金属の動きに従っているに過ぎない。

 

「なっ!?」

 

 男が最後に見たのは、刀を円の動きで廻しながら先程の攻撃を防いだのであろう忍が、その切っ先をこちらに向ける、その瞬間だった。

 

 

 

 一通り、敵部隊を始末した藍染は一度司令部に戻ることにした。既に生存者の姿はなく、藍染が最初に助けた部隊が最後の生き残りだったようだ。指揮官として多くの命を預かる責任がある以上、亡くなった彼らのことを思わざるをえない。戦争の犠牲となった忍は木の葉や岩等の大国においてもかなりの数だ。滅びた小国もあると聞く。

 

 木の葉の力を削ぐ絶好の機会ではあるものの、各国の動員数が多く、これだけの犠牲が出ているにも関わらず、停戦の話が出ないのは異常なことではないかと疑問に思う。

 

 まるで戦争を続けさせる何かの意思が存在しているのではないかと考えさせられるほどだ。陰謀論は信じていなかったが、さすがにおかしな点が多すぎる。各国に攻められている木の葉側に黒幕はいないにしても――それか……木の葉が攻められること自体が目的なのだろうか? 

 

(黒幕。つまりはこちらを手駒のように扱う上位者。……気にくわないな)

 

 

  

 

 

 司令部が設置されていたテントはズタボロにされ、柱が炭化するほどに狙い撃ちにされていた。医療所の無事を祈りながら、道を急ぐ。戦場で流れた涙が、空から降ってきた。

 

 視界の先に医療所のテントが目に入る。遠くでまだハッキリと細部は見えないが、少なくとも司令部のテントのように悲惨な状況には見えない。近づくと、辺りを警戒する木の葉の忍も目に入る。どうやらここは守りきれたらしい。轟々と上空の黒雲が怪しく唸りだしている。一雨来そうだ。

 

「藍染指揮官! 戻られたのですか! ご無事でなによりです」

 

 見張りの忍が直ぐに奈良中忍を連れて来てくれた。煤で顔が汚れているが、ここにいる忍のほとんどが大なり小なりそんな状況だ。

 

「ああ。部隊の皆はどうしているのかな?」

 

「医療忍者と怪我人を南東方面へ逃がしていた部隊ですが、そちらのほうにも襲撃がありまして、5部隊中2部隊が半壊。安全地帯へ連れ出すには不安が残るので、敵部隊をせん滅した後にこちらへ合流させました。命令から背いた罰は受けます」

 

「奈良中忍がそう判断したのなら、それが最適だったのでしょう。それに指揮権を一時的に預けたのは私なのですから、責任は私にあります」

 

「……藍染指揮官」

 

「それより、残った部隊の数はどうなっているのかな?」

 

「それが――」

 

「――それが?」

 

「14部隊中、現在活動可能なのは7部隊ほどです。敵の襲撃部隊と交戦していた部隊とは連絡も取れていない状況で……指揮官のほうで、部隊は確認できませんでしたか?」

 

 無言で首を横に振る。奈良中忍も予想していたのであろう、重い溜息をついた。

 

「悪い話ばかりではありませんよ。こちらに襲撃していた敵部隊は私が撃退しました。しばらくは警戒して襲撃は来ないでしょう。とはいえ感知できる忍は周辺の警備を怠らないように」

 

「それはっ! ――本当に久しぶりに良い話ですね。士気が酷い状況なので、少しはマシになるでしょう」

 

 本当に多少マシになる程度の話だ。味方の応援がなければこの場から逃げることさえできない。既にこちらの場所は割れている。大規模な移動は怪我人の状況と、士気からして困難だ。

 

「周辺に守りに適した地はあるかな?」

 

「何か所か候補はありますが」

 

「内通者がいるのが分かっている以上、防衛優先で腰を据えて戦うしかない。岩忍は土遁使いが多い。出来れば岩山は避けて、水辺や木々に背後を任せた場所が好ましいのだが……」

 

「リストアップしておきましょう」

 

「頼んだよ。私のほうも少し心当たりがあるから、情報通に聞いてみることにしてみるよ」

 

 医療所のテントには、怪我人の数が溢れんばかりだった。医療に心当たりのある忍も駆り出されている。非戦闘員の怪我人が今回の襲撃で多くあったのだろう。人手不足で悩まされているとコウエンは言う。労いの言葉もそこそこに守りに適した場所はないかと尋ねてみる。

 

「残念ながら、心当たりはないね。なかなか外の景色をゆっくり見る時間もないもので……」

 

「そうですか……」

 

 コウエンは少しばかり考えこむと、再び口を開いた。

 

「もしかするとキミさんなら心当たりがあるかもね」

 

「キミさんが?」

 

 あの翡翠色の瞳を持つ耳の聞こえないくノ一がと、意外に思えた。

 

「彼女は元々諜報が得意な忍だったようでここらの地形は知っているらしいし、それに知っているだろう? 彼女は介護を嫌がってテントから出ることもあるからね。藍染君には若干心を開いているみたいだから、ついでに君からも強く言っておいてくれ。こんな状況だからね」

 

 再三とした注意がまだ効いてないらしい。以前のように気軽に出歩けるような状況ではないのだ。藍染は眼鏡のずれをブリッジを押し上げることで直した。眼鏡が浮いて一瞬、レンズの奥の瞳が光の反射で見えなくなるのをコウエンは藍染が怒ってるようにも感じて、恐る恐る声をかける。

 

「あの、あまり無理はさせないようにね。彼女一応怪我人だからさ」

 

「無論、承知していますよ」

 

「……本当かね?」

 

 去り行く藍染の背中に声が届いたのかコウエンにはよく分からなかった。

 

 

 

 

 

 雷雲が空をひしめいていた。ゴロゴロと肉食獣の腹の音のような聴くものを生理的に恐怖させるような、背筋を圧される圧力が内包されている。次の瞬間に襲うのが雷か、それとも牙かの違いかであって、人が脅威に怯えている故にそう感じているに過ぎないのだ。

 

 つまり藍染は未だ不完全なのだ。人としてのくくり(・・・)の中に納まっている。納まってしまっている。

 

 人としての器を超えるための切っ掛けが、触媒が必要だ。

 

 単純な自然の暴威に屈することなどあってはならない。故人を思い悩む等の人としての感情に溺れてもならない。それは藍染にふさわしくないのだから。

 

 雑多な考え事をしながらも、キミの姿を探し続ける。一人で研究・開発・運用と地下室でやっていた為、何かを考えながら体を動かすという癖が無意識で染みついていた。チャクラ感知こそできないものの、鍛え上げられた五感が僅かな彼女の残滓を捉える。

 

 踏み倒された草むら。体に塗られた軟膏の匂い。山道の先で鳥類が何かに藪から出てくる羽音。

 

 それを辿って追いかける。直ぐに彼女の姿は見つかった。なにやら俯いているようで、驚かさないように後ろからそっと肩を叩く。それでも彼女にとっては結構な驚きだったのだろう。翡翠色の瞳には困惑と恐怖が見てとれた。

 

「また――外出しているみたいだね」

 

「あ、あいぜんざん。ご、これは……」

 

「いいから、その血に濡れた手を見せてみなさい」

 

 ゆっくりと彼女にも読み取りやすいように口をはっきりと開けて喋ってみせる。読唇術に長けた彼女ならそのような気遣いは必要ないのだろうが、精神的に動揺の見える今の彼女にはそのほうがいいと考えた。

 

 包帯から染み出た血が痛々しい。治療の為、包帯を剥がして消毒液を傷口に吹き付ける。

 

「ッツ!?」

 

「我慢しなさい」

 

 雷光が空を奔った。しばらくして轟々と雷鳴が響いた。お互いの声がしばらく聞こえなくなるほどの轟音。自然と声が大きくなる。

 

「ご、ごべんなざい!」

 

「謝るぐらいなら最初から無理をしないことだよ。親指の指腹(しふく)からの出血が酷いね」

 

「は、はい」

 

「まるで、口寄せの術でも使ったかのようだね」

 

「…………」

 

「私が近づいてきたことも気づいていただろう? 一応気配を消していたんだけどね」

 

「な、なんのごとを言っているか――」

 

「――それに何故、さっき声を大きくしたんだい? 聞こえるはずのない雷鳴に負けないように」

 

 直ぐに機敏な動きで彼女は動き出すと、懐から千本を取り出し藍染へ投擲する。顔面に投げられたそれを真横にかわす。千本に起爆札が巻かれているのが分かって、地を蹴って後方へ跳んだ。

 

 爆風。

 

 それに逆らわず体を脱力させ、木の幹に足をつけて着地。脱力した体の溜めを一気に爆発させて、内通者の下へ体を運んだ。煙の先に脱兎のごとく背を向けて走るキミの姿。片手で何かしらのハンドサインを送っている。その隙を突いて背を蹴り、走る勢いのまま地面に押さえ付ける。地面と擦れて全身を強く打ち付けたキミは痛みに堪えつつも、余裕の表情は消えなかった。

 

 (なにかおかしい。先程のハンドサイン……気になるな)

 

 手裏剣でくノ一の体の縁を服ごと縫い留めて拘束。次いでハンドサインを送っていた方角へ駆ける。落ち葉が敷き詰められた地面に一か所だけ掘り起こされて新しい土が盛り上がっている場所があった。そこからひょっこりモグラが顔を覗かせていた。

 

「あれが口寄せか」

 

 こちらと目が合って、モグラが急いで穴を掘り進める。体調は良くないが目算で100mほどの距離を一気に詰める手段は『瞬歩』以外にない。陰陽エネルギーを練って体の各部位に廻す。無理して練ったせいか、視界が歪むほどの頭痛が藍染を襲った。制御が幾分か甘くなり、片足に宿すエネルギーのバランスを崩しつつも一歩踏み込んだ。風を切り、視界が切り替わる。手の届く目の前にモグラが現れる。否、藍染が瞬歩でモグラの目の前まで移動したのだ。

 

 しかし、制御が甘かったせいか前のめりの恰好のままで、あと一歩の踏み込みが足りなかった。モグラは野生の動物の本能か、突然の襲撃者を指先だけ触れさせはしたものの、捕まえられることもなく土中へと潜り込んだ。主のキミの指令通りに情報を持ち帰る為に、地面を深く掘り進み、藍染の追跡から逃れることに成功したのだ。

 

 直ぐに藍染はキミを鋼線で手足を拘束し、俵のように持ち上げて医療所に戻り、奈良中忍に事態を説明した。『まさか……』と声を揃えて彼女の演技力と、諜報力に驚きの声が上がる。幻術で詳しく問い詰めると、特殊な術の使い手らしく、今の彼女はもともと木の葉の忍であるキミと交戦し、本人の死体から皮膚を剥いで服のように被り、違和感なく演じることのできる忍だと言う。そして何より驚きだったのは、

 

「岩隠れに情報を流していたので、岩忍とばかり思い込んでいましたが……」

 

「まさか霧隠れの忍びだとは誰も考えますまい」

 

 奈良中忍も想定の範囲外だった。突然指揮官が内通者を捕縛してきたと思えば、その内通者は岩隠れの忍ですらなかった。疲労状態の体に鞭を打つようだとごちる。

 

「霧としては大国の『岩』と『木の葉』の争いが長引けば長引くほど、国力も削れて、両国の情報も手に入る。……それにしてももっと他のやり方があったように思えますが」

 

 納得いかない点が幾つかあった。彼女ほどの内通に向いた術があれば、もっと楽に両国の情報を手に入れやすい地位に化ければよいはず。そうせざるを得ない状況があったのか、あるいは……

 

「霧隠れも彼女の術と演技力を恐れたのかもしれませんね」

 

「もし彼女が地位の高い役職に、あるいは『影』に化けたらということですか?」

 

「そうです。彼女自身にその意思はないかもしれませんが、『影』やそれに近い役職を狙う為政者にとって彼女の力は喉から手が出るほど欲しい力でしょう。しかし、それは同時に自身を狙う力になるかもしれない。争いごとの種を他国にしても自国にしても、里内に留めておきたくなかったのでしょう」

 

 幻術をかけられ、軽く痙攣している彼女にあまり抵抗がなかったのは、そういう裏事情にかき回されることに疲れていたせいなのかもしれない。

 

「それよりも口寄せモグラを逃がしたのは大きいですね。彼女は岩隠れの司令部に送ったと言っていますし――いやこれは指揮官を責めているわけではないのですがっ」

 

 思わず口から漏れてしまった奈良中忍の失言を責める気は更々なかった。疲れで考えが思考を伴わずに出てしまうことは極限状態では間々ある。それに彼の指摘は正しい。指揮官ともあろうものが、みすみす敵を逃すなんてことがあって良い筈がないのだ。

 

「なんの釈明もありません。偏に私の不徳の致すところです」

 

「――そのようなことをおっしゃらないでください! あなたは指揮官の重荷を背負っていただいたばかりでなく、適切な指揮と自らの危険を顧みず、敵部隊の撃退と内通者の捕縛までしていただきました。今回の事で責任を負うのはあなたに全てを押し付けた私たちです!」

 

 声を荒げて藍染に詰め寄る奈良中忍。普段は冷静で決して感情的にならない彼に説得されても藍染の顔は明るくならなかった。騒ぎを耳にして、サングラスをかけた油女中忍がテントの中からこちらをやって来た。

 

「……声が中まで届いたぞ。下手な体力の消耗は自重すべきだと愚考する」

 

「すまない」

 

「油女中忍。ちょうどいいところに」

 

「む? 何か用事か藍染指揮官」

 

「寄壊蟲の雄は雌の匂いをどこまで追跡できますか?」

 

「ん。周囲の環境等の条件にもよるが10kmほどだな。匂いが残っていれば雨で消えない限りは追跡が可能だ」

 

「なら、なるべく急ぐ必要がありますね」

 

「――ああ。あの件か」

 

 雷は鳴りやんだものの、黒雲は晴れる様子もない。もうじき一雨来そうだ。

 

 何が何やら分からぬ様子の奈良中忍を尻目に、油女中忍に寄壊蟲の雄を散布してもらい雌の位置を探り当ててもらう。

 

「いったい何のことです?」

 

「口寄せモグラは捕まえられなかったですが、細工は間に合いました」

 

 あの時、指先だけは触れることが出来た。

 

「奈良中忍に油女中忍を紹介してもらった時、彼にお願いごとをしたんです」

 

「寄壊蟲の雌を一匹預けて欲しいとな。最初は断ろうとしたが、敵の狙いが指揮官だということは分かっていたので、いつでも位置を把握できると諭された。まだ藍染指揮官も完全に白だという保証はなかったというのもある」

 

 そして口寄せモグラに指先で触れた際に、寄壊蟲の雌を付けておいたというわけだ。

 後は雨が降る前に敵の司令部を突き止めれば上々。

 

 油女中忍も寄壊蟲の雌が感知できたようで、こちらを見て首肯した。

 

「さて。名誉挽回と行きましょうか」

 

「……あなたという人は」

 

 

 

 

 

 急いで部隊を再編制して、敵の司令部を襲撃する準備を整える。今まで襲撃を受ける側で、多くの仲間を失った弔い合戦ということもあり木の葉の忍の士気は高かった。味方であるこちらがその気迫に一歩圧されるほどだ。積もり積もった怨みが彼らの疲れ切った体に劇薬となって流し込まれ、体のキレはむしろ増しているようにみえた。

 

 今回藍染は司令部に奈良中忍と山中中忍、非戦闘員と共に待機である。もはや司令部を防衛向けな場所に移すよりも、まとまった戦力で敵司令部を襲撃し、壊滅もしくは半壊させ、撤退したほうが良いとの判断だ。なにより今回はスピードが重要視される。

 

 こうしている間に敵が襲撃の準備をしている可能性もある。

 

 感知部隊の犬塚中忍と寄壊蟲の雌を追う油女中忍が先導し、事前に入手できた敵の警戒網を迂回して総勢30余名ほどの精鋭が敵の司令部の数キロ前で今か今かと襲撃の指示を待っていた。

 

 幸い、敵部隊は前回の襲撃の失敗からこちらを攻撃する準備は出来ていないようで、司令部の警備数は同数か、それ以下といったところ。警戒も緩く、強襲が決まれば、それ以上の人数を始末するのはそう難しくないだろう。

 

 時刻は夜。岩忍の煮炊きの煙も消えて、それぞれのテントに姿を消していく。相手が寝静まる深夜を襲撃予定時刻とした。もし異変があれば、先送りや決行も考えられる。息を殺して数える一秒一秒が、これまでの生涯で一番長く感じられるほどの緊張感。

 

 現場から指示する藍染にもその緊張感が伝わって来た。時折水分はとるものの、食欲は湧かない。多くの死人が出たため、当初の予定より食料に余裕はあるので、怪我人や医療忍者に優先的に回るように指示した。

 

 真夜中。木の葉の印をつけた(ふくろう)が司令部の残骸の近くに降りる。

 

 もうすぐ襲撃の時間が近づいていたので、敵の罠かと警戒しながらも数名で様子を見てもらう。合言葉を答えるほどの知能を持った忍鳥であることが分かり、藍染のもとへ通された。

 

「千手指揮官はいずこニ?」

 

「千手 長押(ナゲシ)指揮官は負傷し、今は代わりに私、藍染 惣右介がこの部隊で唯一の上忍の為、代理指揮官をさせていただいています」

 

 梟は大きな瞳を藍染に向けながら首を動かして、あらゆる角度から観察する。ひとしきり観察して満足したのか、羽を手のように動かして顎を擦った。

 

「なるほど。事情は分かりましタ。ではあなたを指揮官として火影様からの命令を伝えまス」

 

「はっ」

 

「直ちに戦闘行動を中止し、白旗を掲げるこト。大戦は終わりましタ。神無毘橋の破壊が成功し、岩隠れより終戦の要請があり合意しましタ。部隊は順次火の国に帰国してくださイ」

 

「はっ?」

 

「ならんっ! それはならんぞっ!」

 

 未だ混乱する藍染をよそに、司令部のテントに二人の忍が割り込んでくるのを引き留めようとする山中中忍。乱入者は包帯塗れになった千手 長押(ナゲシ)と、彼に肩を貸して補助をしているコウエンだった。どうやら近くで話を窺っていたらしい。

 

「事情は分かりましたが、既に部隊を先行させて襲撃の準備を済ませています。今更撤退というのは」

 

「その通りだ! 何人の仲間がこの戦争で死んだか。奴らの血と臓物こそが草葉の陰から見守る英霊たちへの手向けの酒となるだろう!」

 

 長押(ナゲシ)は段平を梟の顔面に突き付ける。しかしその梟は長押(ナゲシ)の脅しもなんとも思わない様子で、羽の奥から指令書を取り出す。火影様直々の朱印が刻まれたそれは地位や、血筋を重要視する千手の一族にとって玉璽(ぎょくじ)と同様の権力の象徴だ。さすがにそれの前に悔しそうに拳を握りしめた。拳から流れる血を急いでコウエンが止血する。

 

「火影様の命令に背くと為にならんゾ。藍染指揮官、部下に命令したまエ」

 

 大人しく従うのも手だが、今更中止の連絡を入れる彼らの身を思えば、少しでもそれを先送りしたい。時間稼ぎが上手くいけば、こちらが連絡する前だったなどと幾らでも後付けできる。

 

「分かりました。しかし、こちらも今まで全力で戦ってきた身。彼らを説得できる終戦に至るまでの詳しい経緯をお聞かせ願いたい」

 

「お主も同じ口カ。まぁ、少しはよかろウ。前々から休戦の声は各国で挙がっていたのだが、岩の補給線である神無毘橋の破壊が決め手だっタ。お主もよく知る波風 ミナトが率いる班が成功させたのダ。特に波風 ミナトの活躍が目覚ましかっタ。奴がこの終戦における一番の貢献者であることは間違いないだろウ」

 

「ミナトが……」

 

 あれほど忍の世界を、平和にしたいと願っていた男が成し遂げた。次に始まる大戦のひと時の平穏であろうとも。世界を嘆くだけの男ではなかったという証左。その努力の結実にすっかり藍染は魅せられた。もはや時間稼ぎなどという考えは既になかった。

 

「山中中忍。連絡を繋いでくれ」

 

「……はいっ」

 

「悔しいかもしれないが、これ以上の犠牲は望むところではない。今回の戦闘は終戦の合意を取り消しに、他国からの非難を浴びて新たな戦争の火種になりかねないんだ。分かってくれるね……」

 

「はっ!」

 

 計画の中止は直ぐに伝えられた。彼らの反応は劇的だった。当然の権利だった。

 

 目と鼻の先に仇敵がいるのにも関わらず、その襲撃を止めろと無能な指揮官が命令すれば誰でも反発するのは必然。上官の命令だと素直に従う者もいれば、罵声や失望の声もある。しかし、結局は火影直々の朱印の前に渋々従うこととなった。

 

 千手 長押(ナゲシ)がふいに動き出す。手伝おうとするコウエンの手を撥ね退けて、一歩一歩にじり寄る。狂気を感じる瞳。鎖帷子の頭巾の下からギラギラとした視線で睨みつける。下手なことをする前に拘束すべきかと考えたが時すでに遅し。

 

 忍鳥の梟の喉元には段平が、もう片手で身動きがとれないように頭を掴んで固定している。

 

「ホッ、ホウ!? これは火影様への反逆行為ですヨ」

 

「貴様が消えれば証人はいなくなる。後の証拠隠滅など千手の力を使えばどうとでもなるのだ。藍染! いや千手 惣右介! 気にすることはない。部隊に襲撃するよう指示しろ。全ての汚名は私が引き継ぐ!」

 

 息も荒々しく、声を上げる。怪我のせいか、額の汗は止まらず、膝も震えている。それでも長押(ナゲシ)は止まらない。彼にとっての正義を為すために。

 

「千手の力をそのように使うのですか? よりによって本家のあなたが」

 

「今回の件で千手の名は落ちるだろう。だが、それでも為さねばならぬことがある。いや、千手だからこそ、誰よりも矢面に立って汚名を被る必要がある。木の葉の為に尽くすやり方が、今回そうだったというだけだ」

 

「――覚悟は分かりました」

 

「ならっ――」

 

 有無を言わさず藍染は瞬歩で長押(ナゲシ)の意識を断ち切った。覚悟はそれ以上の覚悟でしか破られない。ならば言葉は無用。

 

 今回の件は直ぐに犯人の関係者である藍染が処理したことで内々にしてもらうように梟に頼み込んだ。火影様やその直轄の関係者に伝わることには間違いないが、それ以上は拡散しないよう努力するとのことだった。今までの千住 長押(ナゲシ)の里への貢献を鑑みて情状酌量の余地ありとしていただいたらしい。

 

 それでも千手の名は落ちるだろう。対抗しうるうちはの一族の力が膨れ上がるのは目に見えていた。

 

 戦争は終結するが、木の葉の内部でまた争いの火が上がろうとしていた。

 

 

 

 


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