オサレ腹黒ヨン様忍者   作:パンツ大好きマン

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 展開予想はお控えください。


決意の試験

 

 

 

 中忍選抜試験第一の試験会場。他里から下忍が列を成して集まり、既に会場は活気づいていた。早くに会場に到着した者は次に来る競争相手を値踏みし見定めて、情報収集に努めている。だがそれは一番長く場に留まり自身の情報をも売り渡してしまいかねないリスクのある行為だ。どれだけ己の情報を渡すことなく、相手の情報を入手出来るか。中忍試験は既に始まっているのだ。

 

 そういった情報戦に自信の無いものは、大人しく試験が始まる直前に入室してリスクを避けるのも悪くはない。中忍になれば扱う情報の重みも増し、必然的に諜報能力が伸びることになるし、そうでなければ別の専門家に任せるか任務の失敗を通して生涯修正されることのない大きな反省点が生まれるというだけだ。

 

 受験者は概ね十代後半から二十代。緊張感からか殺気立っているものも見られる。そこに新たな火種が投げ込まれた。

 

 扉を開けたのは十代前半の三人一組(スリーマンセル)。金髪の良く言えば快活そうな、悪く言えば単純そうな少年を先頭に、桃色の髪をサイドで肩まで伸ばした少女と黒髪の冷たい瞳が印象的な整った顔立ちの少年が続いた。扉は軽く軋みはしたものの、手入れがされているのか聞こえるギリギリの音だったにも関わらず受験者には耳元で鳴ったかのように聞こえた。緊迫感から強いプレッシャーが新参者へ飛んだ。

 

 与しやすい相手だと舐められている。ほとんど直感的に小隊メンバーのサクラとうちはの生き残りであるサスケは感じ取った。最年少といってもよいほど若い小隊メンバーならそれもやむなし。純粋な敵対行動でない以上、出来ることは彼らの意識が外れるまで大人しくしておく以外はない。

 

「オレの名はうずまきナルトだ!!」

 

 しかし最後の一人であるナルトはそうではなかった。幼い頃より理由も分からず疎外され、無視され、知らない人間から暴力を受けたこともある。それが最近になって自分の中の何かのせいだと理解したが、だからそれがなんだという思いが強かった。それは決して今までの不幸な人生を帳消しにするわけでもなく、納得に値する理由など存在するはずもない。そういった過去の経験からナルトは人の悪意に人一倍敏感だった。それに対する対応術も。

 

「てめーらにゃあ負けねーぞ!!」

 

 だからこそ声高に主張する。独りで腐っているだけでは何も変わらない。何時でも正面からぶつかって、それで少なからず友達が出来た。理解してくれる先生もいる。ナルトの悪戯を真剣に向き合って怒ってくれるイルカ先生や藍染先生だ。イルカ先生においては担任としてナルトを何度もアカデミーの卒業試験に合格するまで付きっ切りで相手をしてくれただけではなく、親の仇である九尾を封印しているナルトを身を挺して凶刃から庇ってくれたナルトにとって年の離れた兄のような存在だ。ナルトにとって特別な存在であるのと同時にイルカにとっても目の離せない特別な存在であることは間違いない。

 

 しかし、藍染は違った。あくまで教師として他の生徒と同様にナルトを扱った。それが九尾によって幼少の頃より差別され続けてきたナルトにとってどれほど貴重な存在だったかは言うまでもない。事情を知らない同期はまだしも、教師で何の色眼鏡も無しにナルトを見るのはイルカ先生ですら出来ないことだ。

 

「分かったかー!!」

 

(火影になって今まで馬鹿にしてきた奴らを見返して、友達や先生に胸を張って自慢してやるってばよ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンコは内心焦っていた。第一の試験で予想以上の受験者が合格したこと。第二の試験会場へ受験者を案内する為に派手な登場をしたが反応は芳しくなかったこと。そんなことが原因ではなかった。

 

 第二の試験会場。通称『死の森』毒虫や毒草、危険な野生生物が潜む地で繰り広げられる第二の試験で受験者たちに試験内容を説明していた時だった。

 

 視線。粘着質で心の底まで無遠慮に覗き込まれているようなそんな感覚がアンコの首筋に鳥肌を立たせた。しかしアンコにとってそれは既知の感覚でもある。

 

(大蛇丸様……何処!?)

 

 周囲を見渡す。思わず声に出しそうな驚愕を胸の奥に押し込んで、受験者に説明の続きを行えたのは後から振り返っても冷静な対応だったと思う。視線の方向からして他の試験官たちがいる方向ではなかった。

 

(受験者……?)

 

 扱う忍術のせいか、試験官に対してのアピールか変わった格好の者も多い。包帯で顔をグルグル巻きにしている忍。長髪で顔を隠している忍。虚無僧姿の忍。市女笠(いちめがさ)の隙間から覗く美しい顔立ちのくノ一。巨大な瓢箪を背負った不気味な少年。どれもが怪しく思えてくる。三忍クラスの忍なら姿を変えようと思えば、変化の術以外でも色々と方法がある。あえてどこにでもいる一般人に化けていても気づける自信はアンコにはなかった。

 

 一応全員の容姿と体格を確認してみたが、大蛇丸だと確認のとれる人物は一人もいなかった。首の呪印が軽く疼く。試験官としての権限では一人一人ゆっくり調べることさえ出来ない。そも大蛇丸が神隠しの犯人だとまだ決まったわけでもないのに、他国の忍の身体検査をした結果、何もありませんでしたでは事はアンコだけの責任に留まらないだろう。

 

(この中に大蛇丸様がいることはほとんど確定している。第二の試験中に呪印の反応を頼りに調べてゆくしかない)

 

 この時点で藍染に伝えるという考えはなかった。あたりがついてからと自分の中で言い訳をして、誓約書にサインをしている受験者の様子を注視する。簡単にボロを出すとは思わないがそれでも少しでも大蛇丸に繋がる情報が手に入ればと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何の成果も得られないまま第二の試験が開始された。各ゲートから一斉にゴールを目指して受験者が飛び出す。直ぐに後を追いたかったが、試験官の立場上そうもいかない。受験者の誓約書をまとめて中忍試験本部に提出し、第二の試験のギミックである巻物を無断で開けた者への制裁として口寄せされる中忍への待機明け通知、試験官及び従事者の連絡事項並びにシフトの調整等と枚挙に(いとま)がない。

 

 雑多な仕事を終わらせ、里の中心にある本部へ書類を届けに行った帰りに珍しい顔にあった。

 

「よっ」

 

「誰かと思えばカカシじゃない。こんなところでノロノロしてていいの?」

 

 写輪眼のカカシとして他里でも名を馳せている男はアンコの一つ上の先輩にあたる人物だ。とはいえ忍の世界では一つ上など差があってないようなものでアンコがタメ口を利いてカカシも気にするような人物ではない。

 

「ちょっと煙草吸いに出てた。談話室は禁煙だからね。全く喫煙者には生き辛い世の中だよ」

 

「あんたの教え子も参加してるんでしょうが……」

 

 若干呆れ口調のアンコにカカシは落ち着いた態度を崩さなかった。

 

「こんな早くに巻物開けるような馬鹿はさすがにやらないでしょ。――いや、ナルトならあるいは……」

 

 急に冷汗を流し始めて小声で『サクラならきっと止めてくれるだろう。多分』となんとか自己暗示で納得したことにしたカカシ。アンコも個人的な事情で忙しい身の為さっさと会話を切り上げて試験会場に向かおうとしていたところ、

 

「そういえばさっき藍染上忍が急いで試験会場に向かっていったのを見たんだが何かあったの――」

 

「藍染さんがっ!? それ本当なの!?」

 

「うぉっ」

 

 カカシの首元を押さえ付けるように身を乗り出すアンコ。あまりの勢いで詰め寄るのでカカシの胸元にアンコの柔らかい感触が二つ確かに感じ取れた。

 

(これはイチャイチャパラダイスの156ページであったやつだな)

 

 頭の端で馬鹿なことをカカシが考えている内に、襟ごときつく首を締め付けられてゆく。アンコは興奮状態で力加減が上手く出来ていない。脳内に送られる酸素が制限されているのを感じた。

 

「本……当だって。30分前に確かに血相変えて急ぐ姿を、だから首を離してくれ」

 

 やっとアンコの首絞めから解放されると新鮮な空気が肺に吸入される。と同時に幸せな感覚も遠のいていった。ままならないものだなと世の矛盾を嘆いた。

 

「こうしている間も惜しいっ!」

 

 道を駆けてゆくアンコを遠目で見送りながらカカシはふと昔のことを思い出した。小隊メンバーで戦争に向かう前のことだ。道を楽しそうに駆ける少女を見かけた。

 

……それだけだ。それだけでカカシは心惹かれたのだ。今思うとあれが初恋というやつだったのだろう。天真爛漫な笑顔を浮かべ、生きていることが幸せでたまらないという感情が周囲に発散されているかのようだった。カカシの過去は決して明るいものではなかったからこそ彼女の笑顔があの時のカカシには眩しく見えたのだ。

 

そのあと直ぐに戦争へ向かうことになったカカシを待っていたのは、過去の経験が塗りつぶされるほどの絶望だった。友は小隊員を庇って戦死、形見をこの身に宿して仇討ちには成功したものの、最後の班員は自身に封印された尾獣の暴走を止めるために自らカカシの千鳥に貫かれて亡くなった。

 

 あれからずっと悩み続けている。あの時の判断は正しかったのか、今の力があればあの悲劇は避けられたはずだと自責の念に囚われている。

 

 アンコに対して抱いていた感情もその時どこかへ置いていってしまったのだろう。いまや恋愛対象としてアンコを見ることはないが、少しだけあの時の気持ちを思い返してしまったのは、アンコが追いかけて行った藍染との先日の会話で少し気が安らいだせいなのかもしれない。

 

「藍染上忍。そろそろ年貢の納め時じゃないですか」

 

 風に舞う木の葉に思いを乗せて。木の葉は急な上昇気流で高く高く飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ!? もう出て行った!? 何で止めないのよっ!!」

 

 急いで死の森の入り口に建てられたテントへ戻り、藍染を見てないかと聞いたところ返って来た答えが『もう第二の試験のゴール地点である塔へ出発した』とのことだった。

 

「いやっ。藍染上忍もお急ぎのようでしたし、事情があってゴール地点の医療部隊との打ち合わせ時間が急遽早まったと聞きましたので――」

 

「打ち合わせ? そんなの聞いてないわよっ!?」

 

「そ、そんなことはないはずです。確かに書類に連絡事項としてありました!」

 

「ええぃっ、うるさい! 私も塔で一足先に受験生を待つから後はよろしくね!」

 

「ええ~。……もう行っちゃったよ」

 

 

 

 大蛇丸が受験生に紛れ込んでいるかもしれないという情報はまだ漏れてないはずだった。それにも関わらず藍染は第二の試験が始まったばかりだというのに急いでゴール地点へ向かった。五日の予定で行われる試験でいくら用事があったとしてもあまりに早すぎる。十中八九大蛇丸の情報をどこかで掴んだのだろう。上忍衆にも顔が広いだけでなく、かつて担当上忍として教わっていた身としてアンコのように大蛇丸の何らかの気配に気づいた可能性もある。藍染は実戦力としての価値は高くないが、指揮する戦術家としての力に秀でている。だからこそ上忍衆の統括部に若くして先見の明を買われて採用されたのだ。

 

「ちっ」

 

 ゲートを開けて飛び出した。中忍試験の下見で何度も確認の為『死の森』での演習を繰り返し行い、実際に五日のサバイバル訓練を合わせると一月近くはこの場にいることになる。アンコにとってもはや庭同然の地だというのに、胸には強い焦燥と恐怖が巣食っていた。

 

 三忍の一人大蛇丸。その名は他国に響き、噂で語られる以上に弟子のアンコはその確かな実力を恐れていた。あらゆる術を使いこなし、冷酷な判断で味方ですら使い捨てる。そしてなにより慎重だった。臆病なほどに自己の研鑽に費やし、貪欲に知識を求め続けるその姿は名に冠されている通り蛇のようで、その求める視線の先が見えてこない。隣に立っていても、同じ方向を見ているようで全く別の方向を見ているような底知れなさに同じ人類であるかも疑わしいほどだった。

 

(もし本当に木の葉を裏切っていたら私は勝てる? いや、勝てなくても良い。藍染さんさえ守り切ればっ)

 

 思い返す。アンコの字が上達するまで辛抱強く付きっ切りで見守ってくれたこと。嫉妬から陰湿な虐めを受けていた際に、綱手様を紹介して周囲を黙らせてくれたこと。美味しい紅茶の入れ方やお菓子の作り方を教えてくれたこと。仲の良い友人が戦死した時、何も言わずに寄り添って一緒にいてくれたこと。火の国で開催された花火大会で、下駄の鼻緒が切れたアンコを負ぶって屋台を冷やかしたあの夜。

 

 アンコの胸の奥に芽生えていた負の感情は消え去り、瞼の奥から熱い何かが溢れそうになっていた。自覚していた思いが再燃する。大蛇丸への染み込んだ恐怖すら心を挫くに値しない。それはこの思いが間違いでないことの証左となる。

 

 

「先生! 私は今あなたを巣立ちました。もしもの際はご容赦をっ」

 

 

あれから一日近く死の森を探索している。道中気配のする方向へ向けて隠密行動を続けているが、出会うのは受験生ばかり。それでも念のためしばしの観察をおいて大蛇丸かどうか判断してみるが、本当に大蛇丸であったのならそもそもアンコに隙を見せるはずもない。藍染との合流が最優先事項と、中央にある施設への道を急いだ。

 

 

 不意に樹上から巨大な蝙蝠がアンコに翼を広げて襲い掛かって来る。落ち着いて手裏剣を両翼に投擲。身動きの取れなくなった蝙蝠にそのまま正面衝突するかと思えば、宙でクルリと一回転、二回転して位置エネルギーを運動エネルギーへと変換する。あわや蝙蝠との衝突を避けたアンコは背後でそのまま地へと落ちてゆく空気の流れを感じ――――違和感に気づいた。

 

 

 確かに蝙蝠は身動きが取れない状態だった。にも関わらず地に落ちる嫌な音は聞こえない。聞こえるのはじゅるっと何かを啜る音。脳内で警戒音が鳴り響く。アンコはそれに逆らうことなく、術の印を結んだ。

 

『潜影蛇手』

 

 袖から口寄せした蛇が勢いよく近くの樹木の幹に巻き付いて、そのままアンコの体を凄まじい速度で引き寄せる。つい先ほどまでアンコのいた場所が空間ごと大蛇の下顎で閉じられた。もしあのままいたら、等と考える暇も無く体は現在とれる最善の方法を導いた。

 

 苦無二本の同時投擲。しかし、大蛇はその巨体に似合わない俊敏さで頭を引き戻して回避し、再びアンコに圧倒的質量で突撃を繰り出さんとする。何を思ったかアンコはそれを避けようともしない。

 

「アァッ!?」

 

 大蛇の動きが止まる。大口を開けたまま口端(くちは)からおびただしいほどの出血が認められた。そこでようやく大蛇は気付く。先程の二本の苦無の輪に透明な鋼線が通されて繋がっており、獲物と大蛇の進行方向に張り巡らせていたのだ。血が滴ってハッキリと目視できるようになったそれに、捕食者と非捕食者が逆であったことに気づくのが遅すぎた。巨体故に一度速度に乗ってしまえば止まるのも容易ではない。上顎ごと両断される寸前に大蛇の息は絶えてしまった。

 

 もう危険は去ったというのに、アンコは大蛇の死体を前に構えるのを止めなかった。

 

「……先生。あなたですよね」

 

 死んだ筈の大蛇の上顎が大きく開かれる。ズルリズルリと粘着質な音を伴って咥内から何かが這い出てくる。底気味悪い。まるでこの世のもの(・・)とは思えない(おぞ)ましさに、アンコは怯みかけた己に喝を入れる為苦無で指先を傷つける。

 

「随分と久しぶりねアンコ。……それは師に向けるものではないと教えなかったかしら?」

 

 アンコは黙って向かい合った。何が正しくて、何が正しくないか。それら全てを教わった相手であろうとも、一般的な良識から信ずるに値する人物かどうかの人物眼は備わっている。

 

「あら。こんなのちょっとした冗談じゃない。なかなか腕を上げたわね。……私の新しい弟子に比べたら成長性はないけど」

 

「あなたが新しい弟子を!? ――いやっ、まずは聞きたいことがあります先生」

 

「何かしら? 気分が良いから一つだけ答えてあげる」

 

 立ち居振る舞いから隙だらけ。それは絶対的強者の余裕でもあり、わざと見せた隙を逆に喰らいつくす反撃への呼び水でもある。どちらか一つならば対処も出来よう。その両者を兼ね揃えているから大蛇丸は油断できない。

 

 今雑多なことを質問しても確かな答えが返ってくることはない。手荒い手段で聞き出すことは出来ない以上、投げかけるのは肯定か否定かの答えしか返ってこない質問こそが重要。

 

 

「木の葉の神隠しの犯人はあなたですか?」

 

「……神隠しというのがどの事件のことか心当たりがないわね。それが分からない以上、答えはノーよ」

 

「ちっ」

 

 失態した。アンコが聞くべきは大蛇丸の事件の関与の有無ではない。誘拐された被害者に対して行われた措置であった。まともに大蛇丸が質問に答えるか定かではないが、最悪安否の確認はできていたかもしれない。大蛇丸の性格を考慮に入れるべきであったにも関わらず、アンコも師との時間を空けすぎてそこまで考慮していなかった。

 

「それよりアンコ。あなた私と共に来なさい。いつまでもこんな里に閉じこもっているから成長しないのよ」

 

「……お言葉ですが先生。それは抜け忍教唆と捉えてよろしいですね」

 

 得物を構えかけた右腕を上からそっと押さえられた。瞬身の術。彼我との距離は10mほどだった。反応しようと思えばアンコでも反応できる距離であったにも関わらず、大蛇丸が腕を押さえるまで瞬身の気配についぞ気づかなかった。瞬身の術ならばもっと素早く移動できるものは木の葉にもいるだろう。人の心を見計り術を使用するタイミングがここまで達者な忍をアンコは知らない。

 

「そう事を荒げないの。実は先生に伝えて欲しいことがあってね。これを渡してもらえるかしら?」

 

 冷汗を流して緊張している様子のアンコを気にした風でもなく、懐から出した巻物をアンコの手に押し付けた大蛇丸はそのまま土遁の術で地面へ潜ってゆく。

 

「お待ちください先生! 私は今も先生を敬愛しています。木の葉に翻意はないと信じてよろしいのですかっ、先生!」

 

 そこには掘り返された新しい土だけが残っていた。

 

 

 

 

 

 追跡は困難と判断。当初の予定通り第二の試験の到着地である塔で藍染と合流した後に大蛇丸から手渡された巻物の対応を相談することにした。

 道中藍染の姿はなかったのでおそらく既にたどり着いているだろう。結局アンコが大蛇丸に出会って分かったことはほとんどない。やはり交渉は藍染に任せるのが良かったのだろうか。

 

「いや。あの感じだと誰が相手でもあまり変わらない……か」

 

 自分に言い聞かせるように呟いた。 

 

 道を進んでゆくと木々の隙間から塔が見えてきた。『死の森』にいる間はあまり気にしていなかったが、文明を感じさせる建物を目にすると汗がジトッと肌の表面に浮かんでいるような気がしてきた。それに臭いも。一度気になってしまうとなかなか頭から離れなかった。塔で藍染と合流する前に塔に備え付けの施設で体を清めたほうがいいだろう。

 

 塔の上で監視をしていた忍がアンコを見つけて手を挙げた。それに返しながら塔の扉を開けた。直ぐに試験に駆り出されたくノ一がやって来る。

 

「お疲れ様ですみたらし特別上忍」

 

 何度か見た覚えのあるくノ一。青髪を二本のおさげにして垂らして活発な感じのする子だ。記憶を辿ると確か数年ほど前に中忍になった子だ。アンコ自身がその時も試験官をやっていたので良く覚えている。

 

「おつかれっ。受験生でもう着いたのいる?」

 

「はい! 今年は歴代最速記録を出した受験生もいたようで」

 

「へぇ~」

 

 上着に着いた汚れを軽く振り払いながら相槌を打つ。

 

「そういえば、藍染上忍は着いてる? 私より早く出発したみたいなんだけど」

 

「いえ。そのようなことは聞いていないですね。少し遅れているだけなのでは?」

 

「……そう」

 

 胸によぎった不安が拭えない。何かアンコのあずかり知らぬ所で不吉なことが起こっているような……そしてそれは現実の物となった。

 

 

 翌日、藍染の死体が塔の外壁で見つかった。

 

 

 死体は刀が胸の中心に突き刺さったまま外壁に縫い留められて、血が小さな滝のように流れ落ちている。何度見ても、何度確認してもその像が崩れることはない。いつも周囲を和ませる笑顔を浮かばせていた顔は青ざめて虚ろだ。温かな眼差しを感じさせる(まなこ)は濁って何も映さなかった。

 

 

 藍染の死体が暗部の手によって降ろされ、アンコの目の前に置かれても実感が湧かない。今にも起き上がってまるで悪い冗談だったよと茶化してくれるような気がして、凶器を抜く暗部の雑な扱いに怒りと同時にようやく実感を覚えた。

 

「ねぇ。嘘でしょ藍染さん。起きて、こんなところで寝ると風邪をひいちゃいますよ」

 

 肩を揺するが返事はない。アンコは手に染み付く液体の感触も、鼻を刺激する臭いも無視して藍染にしがみ付いて何かしらの反応を返して貰おうと揺すり続けた。

 

「おい。そこまで――」

 

「――しばらく好きなようにさせてやれ」

 

 アンコを止めようとする暗部を別の暗部が説き伏せる。それすら今のアンコには眼中にない。反応が返って来ないのが分かると、腹部の刺し傷から漏れる血液を防ごうと包帯を巻き始めた。まだ間に合う。そのはずだと。

 

「そうっ! そうよ! 今木の葉に綱手様が帰っておられる! あの伝説の三忍ならっ」

 

 急いでその場から身を翻した。その場から藍染を動かさないようにと暗部に強い口調で命令して駆ける。目指すは木の葉の中心地。

 

 

 

 

 

 

 

 今はただ早く、速く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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