オサレ腹黒ヨン様忍者   作:パンツ大好きマン

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藍染(速水氏)とボンドルド(森川氏)が聞き分けられない。友人は分かって当然のような振る舞いでした。


誤解を膿む

 

 

 

 

 手には冷たい感触。愛しい人を必死の治療でこの世に繋ぎ止めようとしても叶わなかった。医療を志す者には避けられない患者の死。皆それを乗り越え、あるいは向き合って己の中でその気持ちを安定させるものだ。溢れだしそうな涙も、思いも、あるいはそのどちらも。

 

 

 綱手はまだあの日に囚われていた。あの時もっと自分に力があったなら助けることが出来たのかもしれない。そう思わない夜はなかった。目の前で人を喪う怖さに血液恐怖症になってしまった愚かな身なれど、医療忍術の研鑽と新たな知識の発掘を欠かさなかったのは綱手の罪の意識の深さ故であろう。

 

 

 だが綱手は今何も出来ずにいた。血相を変えて走って来た可愛い弟子同然の必死な懇願でさえ、いざ患者を目の前にすると手の震えが止まらなくなる。

 

 千手でもう唯一の血が繋がった親類である藍染を目の前にして。

 

 

 腹部に刺さっていた刀は藍染の隣に寝かせてある。刀身には赤黒い血が一部凝固して残りは滴り落ちていた。綱手の見立てからして致命傷であることは間違いない。それでもどこかで信じられないままでいる。地面に伏せて泣きながら綱手に頼み込むアンコのように現実感がないのだ。 

 

 ただ震えて立ち尽くす綱手の代わりに、シズネが藍染の腹部に掌仙術をあてて治療の体をとっている。表情は酷く浮かない。身内である綱手と違って藍染とほとんど付き合いのなかったシズネは医療従事者として既に理解しているのだ。

 

 藍染惣右介の生命活動は停止している。

 

 

 アンコが疲れ果てて意識を失うまで、時間はまるで止まっているかのようだった。綱手の冷たい、冷たい手には意識を失った彼女が必死にしがみ付いていた痕が痛々しく残っている。肉腫れの痛みがこれは現実で、朝になれば忘れてしまう悪夢ではないことを残酷に教えてくれていた。

 

 

 

 

 

 

コッコッコッ

 

 いつもは楽し気な音を奏でる一本歯下駄は今日は虚しく廊下に響く。

 

 コッコッコッ、カッ

 

 

 軽快な音が部屋の前で止まった。自来也がドアを開けると、既に幾人かが部屋に集まっている。まず木の葉の隠れ里の代表である三代目火影、猿飛ヒルゼンが部屋の中心に、その相談役であるうたたねコハルが左側に。反対側にはもう一人の相談役である水戸門ホムラがいるはずだがそこは空席で、一つ空けて木の葉の裏の顔であるダンゾウがいた。思わず自来也の顔が苦々しくなる。

 

 昔から師のヒルゼンと対抗し、顔を合わせる度に嫌味を言われていたのを弟子の自来也が良く思うはずもない。

 

「ワシが呼んだのじゃ」

 

「……そうか。ホムラのじっちゃんは?」

 

「別件にあたっておる」

 

 当の本人がそういうのならば、それをどうこう言うまい。空いていた椅子に体を預けて、ヒルゼンに会議の進行を促した。緊急事態に木の葉の上層部が揉めている余裕はない。今は事件の早期解決の為団結すべきだ。

 

「まずは皆集まってくれたことに礼を言おう。現状の把握の為、周知の事実も話すが誤りがあればその都度訂正してくれればありがたい」

 

 衝撃的な藍染の死。それから既に一週間経っていた。中忍選抜第二の試験中に試験範囲で起きた事件ということで、一時は受験者によるものかと推測されたがそれは直ぐに否定された。

 

 藍染は上忍として決して戦闘力は高くないが、低くもない。下忍クラスにむざむざやられるとも考えにくいし、実力が上忍を超える者相手には逃げるくらいの判断力と実力は備えている。

 

 それに加えその場に残された凶器が受験者説を否定することとなった。

 

 藍染の胸を貫通していた刀は『草薙の剣』の一振りとされているものだった。三忍である自来也にも見覚えがある。同じ三忍の大蛇丸が武器として使っていたのをかつて戦場で見たことがあった。

 

「藍染暗殺は大蛇丸が関わっているとみて間違いないだろう」

 

「そう慎ましやかな表現をせずとも、犯人と言ってはよいのではないか?」

 

 早速ダンゾウがヒルゼンに指摘する。それにヒルゼンもささやかながらの抵抗を見せた。

 

「今のところは容疑者じゃ。……まだな」

 

 それでも現状は状況証拠ではあるものの大蛇丸が犯人である可能性が非常に高い。みたらし特別上忍が『死の森』で大蛇丸の姿を見たとの報告もあり、本人も身の潔白を証す為に姿を現すこともないのだ。

 

 それに追い打ちをかけるように先程から口を閉ざしていたコハルが、

 

 

「藍染の死から数日後に暗号班へ密書が届いた。神隠しにあった人物の被害場所と時間を解析して割り出された拠点が三つほど記された暗号がな。暗部の部隊に調べさせた結果、1カ所被害者の遺留品と人体実験が行われていた痕跡が見つかったぞ。そしてみたらし特別上忍は藍染上忍から大蛇丸に接触する前に、もしものことがあれば火影に注意喚起を託されていたらしい」

 

と現在の状況を簡単に説明した。

 

「状況を鑑みれば、藍染が遺した証拠品と見ていいだろう。みたらし特別上忍は大蛇丸の弟子で本人からの言伝だけでは信頼されにくいと考えた故。話がすんなり通るではないか?」

 

 ぎろりと眼光強く後押しするダンゾウにヒルゼンも渋々頷いた。確かに二人の言うことは何も間違ってはいない。弟子である大蛇丸の犯行を疑いたくない気持ちも師としてはあって当然。

 

 しかし、あんまりにも話がうますぎる。先見の明のある藍染ならもしものことを考えて事前に準備していたのもおかしな話ではないのだが、これは長年木の葉の細事に気を配っていたヒルゼンの勘によるもので、確かな証拠がないまま大蛇丸を真犯人として手配してしまったら、取り返しのつかない事態になってしまうようなそんな気がしていた。

 

「……分かった。里内で大蛇丸の動向を探るように暗部に命令しよう。『根』にも同様にな。ただし、発見次第情報は優先的に通してくれ。――これは弟子可愛さ故ではないぞ。そも奴が本気ならば里に対抗できる戦力など限られているからな」

 

「ワシにも頼むのォ。同じ三忍の不始末は三忍で片付けるのが当然だ」

 

 心残りがあった。今でこそ同じ三忍と肩を並べているが、自来也にとって大蛇丸は幼い頃より競って負け越していたライバルだ。大蛇丸に比べて、自身の要領の悪さに嘆いて恨んだこともある。また真正面から対抗してみても、上手くはぐらかされて相手にさえされなかったことも。

 

 思えばこちらが一方的にライバル扱いしてばかりで、大蛇丸にはただの小隊メンバーとしか思われていなかったのだろう。向き合う相手を、深める友誼になってやることが出来なかった。もし自らにもっと力があれば、このように一方的に疑われることも無く、それどころか自来也が『あいつはそんなことをする奴ではない』と大声で主張できていただろう。

 

 

 それが酷く悔しい。

 

 

「そういえば綱手姫はどうした?」

 

 コハルは不思議そうな顔を自来也に向ける。そもここに呼ばれたのは綱手も一緒だった。

 

「……ここに来る前に扉越しに声をかけたが……返事すらなかったのォ」

 

 

 藍染は一人暮らしで、唯一の遠類である綱手が喪主として葬儀を上げることになったのだが、最初に軽い挨拶をした後に奥の間に引っ込んでしまった。シズネとアンコが代理で参列者たちの相手をしていたのだが、藍染は上忍衆、木の葉病院の医療忍者・患者にアカデミーの関係者と顔が広く、直ぐに屋敷内は埋め尽くされて庭にまで参列者が並ぶことになってしまい、とてもさばき切れない参列者の波に飲み込まれそうになっていた。自来也も参列者として参加していたのだが、途中からは仕切る方に廻ったのを昨日のことのように覚えている。

 

 死因が死因なので検死の為、葬儀には藍染の遺体が置かれてはいないものの、忍の遺体は遺されていないことが多いので特に誰にも不審に思われることはなかった。さすがに中忍試験中に何者かに暗殺されたとあれば木の葉の外聞に影響を与えかねないということで、一部の関係者を除いて公式には病死とされている。

 

 自来也が扉越しでも綱手がいる部屋だと確信したのは、声を掛ける前に聞こえた嗚咽と時折鼻をすする音が部屋から漏れていたからだ。

 

 

「……自来也。お前は綱手に付いてやったほうが良いのではないか?」

 

 師の声はいつもより弱々しく自来也には聞こえた。綱手はかつて弟と恋人を亡くしており、血の繋がりのある相手は藍染ぐらいしかいなかった。親しい異性が彼女を遺して続けて去ってしまう。遺されたほうは死者の想いを受け止め切れずに堕ちてしまうのではないかとヒルゼンは危惧していたのだ。

 

「いや。付き合いが長いが故に、落ち込んでいるところは見られたくないものだ。……綱手は頑固だからな。今は一人でいる時間を作ってやったほうが良いだろう。監視はシズネに任せとるがのォ」

 

「……ならば何も言うまい。今は事件の早期解決が重要じゃ。他国の受験者にも外出を控えるよう注意喚起をしてくれ。弱みを見せることになりかねんが、もしもの際には説明義務を果たしたと責任転嫁できる。人材が必要ならばアカデミーの教員を引っ張ってきても構わん。他里への任務の発行を一時制限して里内で動ける忍の確保に努めるのじゃ」

 

 直ぐに火影としての手練手管に優れた顔が顕れる。コハルだけでなくダンゾウも文句ひとつ無く静かに頷いた。

 

「お主らの活躍をワシは確信しておる」

 

 ヒルゼンの顔に刻まれた皺や疲労の跡が、積み上げてきた経験を研磨して無駄な部分を削ぎ落した証だというのも納得がいく。火影とはやはりこうあらねばならない。後顧に備え、部下を信じ、動じない心。そして何より里を愛している。

 

 若かりし頃に見た背中の大きさは、年老いて腰を屈めた今でも変わってないように見えた。

 

 

 

 

 その後も細かい連絡を終えて会議は閉会した。一人残されたヒルゼンは懐から巻物を取り出す。アンコを通して手元まで届いた巻物にはある機密情報が記されていた。

 

「大蛇丸……お前はいったい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 潜入任務は実のところ自来也の得意とするところだ。幼少期から覗きで鍛えられた隠遁術と遠見を駆使すればよっぽどの警備状況でなければ大抵の場所に潜入することが出来る。里の一大事にその能力を使って自来也がするのは……やはり覗きだった。

 

 潜入任務と人探しでは分野違いで、木の葉の暗部に任せたほうが効率良い。もともと木の葉から離れることが多かった自分よりは、常日頃木の葉に住まう忍のほうが地理に明るく、いざ大蛇丸が見つかった際の為に少しでも余力を残しておくのは間違いではない。連絡用の蝦蟇の配置も抜かりはない万全の状態だ。

 

 結局のところ、それが自来也の人生に大きく影響を与えることとなる少年との出会いに繋がったのは運命なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二次試験終了後から中忍選抜試験本戦までの一か月。受験者はそれぞれの対戦相手に備えて対策を行い、修行や休養に各々自由に時間を費やす。カカシも本戦まで勝ち抜いたサスケの修行を見ると共に自らの牙を研ぐことに一念した。

 

 

 二次試験終了後にサスケに接触しようとした大蛇丸には脅すつもりが、逆に死のイメージを脳内に叩き付けられ、その部下と見られる薬師カブトが藍染の死体を暗部に化けて調査していることに気づいたものの、まんまと逃げられてしまった。

 

 前線から離れて、命の駆け引きによる極限の集中力が薄れてしまったのだ。木の葉の白い牙と呼ばれた父がこの様子を見れば幻滅するだろう。

 

 思い知らされる己の無力。藍染上忍が亡くなった際にカカシは何の言葉もアンコにかけてやることが出来なかったのだ。犯人だと思われる大蛇丸相手に今の状況では一矢報いることさえ出来ないと理解したカカシは片手一本での『崖登りの行』等の厳しい試練を己に課して苛め抜いた。永遠のライバルを自負するガイに負けず劣らずのひたむきさで、忍界大戦の時のような一瞬一秒に命を燃やすような特訓は教え子のサスケにも良い影響を与えたようで、みるみる内に実力を伸ばしてゆく。

 

 サスケの伸びしろは天才と言われたカカシですら目を見張るもので、今の実力はカカシには及ばないものの、数年で直ぐに追い抜いてしまうことが簡単に予期出来た。

 

 本戦まで一週間をきると、修行のペースを少し落とす。最初はそれに焦れったいような素振りをしていたサスケも直ぐにその意味を理解したようで、カカシも安心した。

 

 サスケが本戦に向けて伸ばした基本能力は体術だ。忍の戦闘の基本であり奥義でもある体術は日々の積み重ねが物を言う地味な特訓で、なかなか急激な成長は見込めない。しかしサスケにはうちはの『写輪眼』がある。同期で砂の忍に負けはしたものの、中忍クラスの体術を持っていた木の葉のリーから学習した観察眼で効率的な筋肉とチャクラの動かし方をほとんどそのまま再現出来てしまう。もともと戦闘センスは高かったので、リーの直線的な動きに我流のフェイントや身のこなしを取り入れると直ぐに、本人レベルまではいかないもののかなり近い速度での戦闘が可能になってしまった。

 

 

 しかし忍術ならともかく、体術は動きそのものが出来るようになったところで、戦闘スピードが脳内の反射速度についていけなければ咄嗟の対処に遅れて、適切な判断を下すことが出来ないのだ。普通なら何年もかけて上達する体術に慣らしていくのでサスケのようなちぐはぐに困ることもないのだが、優秀過ぎる『写輪眼』の副作用ともいうべきだろう。

 

 そうした意識が体に追いつく時間が今のサスケには必要不可欠。それをカカシが説明するまでもなく理解するサスケが今のカカシには嬉しくもあり、少し羨ましかった。

 

 カカシもまだまだ教え子には負けていられないと内心奮起していると、

 

「カカシッ!」

 

怒号のような叫び声が周囲に響く。声の方には目を真っ赤に晴らしたアンコが小さく丘陵に立っていた。カカシが気づくと手を招いて、何も言わずに丘の向こうに姿を消してしまった。

 

 どうやら内密の用件だと理解したカカシは、サスケに修行を続けるように言い含めて大人しくアンコの消えた丘へと向かう。藍染の葬式で見た消沈した様子ではないようだが、あまり機嫌も良くなさそうで現在の不穏な状況を鑑みると厄介な任務であることが容易に想像できる。

 

 あまり気乗りしないまま丘の頂上へ上ると、下った先の鬱蒼と茂った森への入り口にアンコが立っていた。影で表情は見えないものの、こちらを注視しているのは分かる。カカシが近づいても今度はしっかりと待っていた。

 

「……あまり良い予感はしないけど」

 

「……でしょうね。火影様の命令で里内へ緊急帰還よ」

 

「はぁ~。……仕方ない、サスケに先に帰ると伝えて来るとするよ」

 

 もうしばらくサスケの修行と、戦闘の勘を取り戻したかったところだが火影様の命令とあっては仕方あるまい。サスケの方へと向きを変えたカカシにアンコが肩を叩いて声をかけた。

 

「あら、忘れものよっ」

 

 首元に殺気!

 

 身を低くして、急所である首をガードする。カカシの木の葉のジャケットの背中部分から鮮血が地面へと飛び散る。もし伏せていなければ首の太い血管を切り裂かれていただろう一撃に、痛みで声を上げたい気持ちを押し殺して、二転三転と地を転がって襲撃者との距離をとった。修行で少しは勘を取り戻していなければ致命的な怪我を負っていたかもしれない。

 

 

「何故だっ!? アンコッ!」

 

 血の付いた苦無を油断なく構えるアンコ。その瞳は充血して真っ赤に染まり、瞳孔が縦長の形状へと変化している。それだけではない。アンコの首元から禍々しい呪印が体中に広がり始めている。

 

 直ぐにカカシは片目を塞いでいた額あてをずらし上げて『写輪眼』を発動させた。チャクラを目視できることも可能な『写輪眼』は呪印で体を覆っている場所から普段のアンコの倍以上のチャクラを感知する。大蛇丸を思わせる強力なチャクラに怯みそうになった己を叱咤した。

 

 とても通常の方法で手に入れたとは思えない力で、アンコは声を掛けても答える様子はない。怪しげな力で我を失っているのだろう。そうでなければカカシをいきなり攻撃する理由もない。

 

(……犯人は……言うまでもないか)

 

 

 戦闘用の忍具はサスケとの修行場所においてしまって、手持ちは僅かばかりだ。それに今の暴走状態のアンコを傷一つなく捕らえることは困難だ。

 

(それでも出来る限り、やってみるかね)

 

 煙玉の代わりに、足裏のチャクラで地面の土を蹴り撥ね飛ばしてアンコに土砂を叩きこむ。彼女には視界が制限されるが『写輪眼』を持つカカシにはチャクラで見てとれる。

 

 アンコは回避することなく、真っすぐ突っ込んできた。

 

 

 土砂のカーテンから顔を覗かせた彼女の瞳はチャクラの薄い膜でコーティングされており、目を見開いているにも関わらずその角膜には傷一つ見当たらない。剥き出しになった犬歯は砕けそうになるほど噛みしめられていて、その咬筋力から繰り出される運動能力は通常の獣を優に超えている。

 

 カカシの顎に向かって下から虚空を穿つような破壊力の貫手はすんでのところで顎先を掠めて、逆に空ぶった貫手を掴んで関節技につなげようと―― 

 

 

 

――アームロックをしようとしたカカシの腕からいとも容易くアンコが抜け出す。

 女性特有の柔軟な筋肉と軟体法を大蛇丸から仕込まれているアンコは、カカシとほとんど密接した状態にも関わらず、すり抜けた動きで極小の円を体の各部位で行って加速した貫手を今度は正しくカカシの腹部に命中させた。

 

ボン

 

 白煙がカカシだったものから上がり消え去り、アンコの右腕に確かにあった感触が消える。カカシが最初に砂煙を立てたのはアンコの視界を塞ぐことだけが目的だったのではない。その際に影分身の印で実際の戦闘力を推し量ることが本来の目的だった。

 

 

 

 樹上で戦闘の成り行きを監視していたカカシは直接の肉弾戦が不利であることを悟ると、中距離主体で動きを制限して疲労を狙う作戦に変更した。このまま時間稼ぎに専念して逃げ続けることもできるが、近くにはサスケもいる。今の錯乱したアンコでは襲われかねない。

 

 こちらに注意を向ける為に先程拾った石を足元に投げようとした瞬間、アンコは動いた。迷う様子も無く一直線にカカシのいる木を目指して地を這うかのような動きで向かって来る。

 

(何故!? アンコは感知タイプではなかったはず――)

 

理屈はどうあれ、カカシの居場所を何らかの方法で感知していることは事実。直ぐに木の根元まで辿り着くと、樹上のカカシを薙ぎ払う為に印を結んだ。

 

『『風遁・真空波』』

 

 同時にカカシも写輪眼で同じ印を結び、両者の真空波が二人の間でぶつかりあう。口から一筋のカマイタチを吹く技で威力はそこそこで隙の少ない術だ。にも関わらずアンコの真空波は一息で幾つものカマイタチの層が重なった強力なもので、同じ術を使ったにも関わらず一筋のカマイタチを放ったカカシの術は拮抗することもなく正面から弾き飛ばされた。

 

 

 カカシのいた木の幹は真空波で真っ二つに裂けるだけに止まらず、周囲の木々をなぎ倒して、解き放たれた暴風は枝葉ごとへし折って遥か上空へと運ぶ。

 

 術者の練度によって術の破壊力というのは変わってくるがもはや同じ術とは思えない威力に、鉄球付きの鎖で難を逃れたカカシの額からはうっすらと冷汗が垂れる。正しい印と適切なチャクラ量で術を発動したのは間違いない。アンコの術があそこまでの威力を秘めているのは状況からしてあの呪印による効果によるものだろう。

 

 倒れた木々の隙間からアンコの様子を確認する。まだこちらの動きは掴んでいないように見える。ならば何故先程はカカシの位置を正しく把握出来たのだろうか。

 

(やはり何か条件があるのか?)

 

 息を潜めて地面に伏せていると枝葉の隙間から難を逃れた小さな蛇が抜け出てくる。黒い鱗の蛇はカカシに空気が漏れるような威嚇音を発してその牙から薄緑色の毒液を分泌して見せた。

 

(毒蛇!? こんな時に……)

 

「そこかっ!」

 

 カカシが苦無で蛇の首を刎ねる前に、アンコがカカシに気づいた。直ぐにその場から離れて、カカシは地面に倒れた倒木に火遁を放ちアンコへの牽制をする。土砂は何の痛痒も感じていなさそうだったが、火遁はさすがに厳しいのだろう。アンコの足は止まり、後ずさるカカシを視界の中心に捉えて見逃さない。

 

(蛇の毒液に反応した……!? いや、匂いで感知するなら俺の血液に反応しているはず。蛇の威嚇音……、それにあの柔軟なアンコの動き、蛇のような瞳孔。微妙な振動を感知している?)

 

 蛇は耳や鼓膜が退化してしまっている代わりに内耳と呼ばれる内部器官が存在している。皮膚で地面や空気、草が動くわずかな振動でも音として感じ取ることが出来るのだ。もしそうであれば身を隠す効果は非常に薄い。今はまだなんとか距離を保っているが遮蔽物を先程の攻撃であらかた吹き飛ばされた今、一度距離を詰められてしまえばあの体術に抵抗できるか怪しかった。

 

(残された手は……)

 

 考えるカカシに、アンコは手裏剣を投げつけて、一息タイミングをずらして彼女自身がそれに続く。一撃目をなんとか弾いて、次のアンコに対応する為に印を結び始めたカカシの両足が不意に動かなくなる。

 

 ヒョウ柄模様のカカシの太ももぐらいはありそうな蛇が地面から這い出て両足をしっかりと縫い留めていた。抜け出そうと体を捩じらせると、アンコの風遁で倒れた木の枝葉からゾロゾロと先程の毒蛇が数百匹単位で背後を埋め尽くしている。

 

(さっきの蛇……なるほど、火遁で怯んだわけじゃなくて、後ろのこいつ等と襲うタイミングを合わせただけのことか……)

 

 蛇の口寄せはさっきの風遁がぶつかりあった時にしておいたのだろう。口寄せは契約さえしておけば比較的簡単な印で呼び出せる。

 

 

「カカシっ! さっきから五月蠅いと思えば……」

 

 アンコとカカシがぶつかるその瞬間突然の乱入者がかつて森だった奥から現れる。修行の間に伸びた黒髪を掻きながら少年、サスケが戦意剥き出しで戦闘を眺めていた。

 

「――不味いっ。来るなサスケッ!!」

 

 修行の成果を確かめたい気持ちは分からなくもないが、上忍クラスの戦闘に巻き込まれては下忍のサスケでは堪らない。未来ある若き才能がここでみすみす絶えてしまうなんてことがあって良い筈があるまい。

 

 しかしサスケにはカカシの声が耳に入らない。入っているが無視して、カカシに後方より襲い掛かる蛇の群れに『火遁 豪火球の術』を放った。結果は上々、蛇たちは低い唸り声を上げて火炎の中で鱗をパチパチと爆ぜさせている。

 

 そしてそのあまりにも大きな隙をアンコが狙わないはずもなかった。カカシにはその光景がスローモーションのように見える。一コマごとにアンコの苦無が、豪火球の術を放って隙だらけのサスケの首元にどんどん引き寄せられてゆくのをただカカシはそこで無様に見ていることしかできない。目を閉じることも、祈る事さえ――

 

 

「止めろーーーっ!!」

 

 

 だからこそその瞬間をハッキリと捉えることが出来た。アンコがサスケの首元を掻っ切る為に振りかぶった片手が――――不意に止まる瞬間を

 

 

 いや、正確にはアンコがサスケの首元を見た瞬間に動きが止まった。アンコはそこに有るはずの無い物を見たかのように体が硬直してしまっている。

 

どうして――どんな理由で――いやっ――サスケッ!

 

 

 背中に負った傷のことなどとうに頭に無い。雷切で脚を拘束していた蛇の胴を切り裂くと、瞬身の術で傷跡を開きながらアンコの目の前まで飛んでサスケと逆方向へと蹴飛ばした。そこでようやくアンコも我を取り戻して受け身をとる。サスケは動揺で未だ動けないままだ。

 

 アンコが口寄せを風遁の隙にしておいたのと同様に、カカシも口寄せをしておいたのだ。先程までの茹った頭では冷静な考えが出来ていなかったが、サスケの無事が確認出来た今ならばまともに頭が働きだす。

 

(ありがとうオビト。俺は忍としてはクズかもしれないが、お前の教えのおかげでそれ以上のクズにはならないでいるみたいだ)

 

 地面から出番はまだかと機を窺っていたカカシの忍犬が口笛を合図に八方よりアンコに襲い掛かった。八匹の内の一匹であるパックンはカカシの肩に乗って周辺に残りの蛇が残っていないか感知している。

 

(当然、この程度では捕まらないか……)

 

 四脚で人には出来ない機動力と速度を持つ七匹の忍犬が同時に襲ってもアンコは柔軟な動きでいなし、足首に噛みついてきた顎を逆に蹴りでカウンターをお見舞いする程度には余裕な動きだ。

 

「パックン。サスケを避難させておいてくれ」

 

「了解。お前も無理すんじゃねぇぞ」

 

 写輪眼に映るアンコのチャクラは未だ活発だ。サスケと同じ呪印のそれは宿主の精神に影響して莫大なチャクラを供給する。しかしそれは都合の良い強化手段では決してない。下手に強化状態を長く続けていればその分体に返って来る疲労やチャクラの枯渇によって死に繋がる可能性もある諸刃の剣だ。現にサスケも呪印の力を使った後強い疲労で体が動けなくなってしまっている。

 

 それは幼い頃より呪印の力を授かっているアンコとて例外ではない。

 

 余裕を持ってかわしていた攻撃の判断が遅れている。額に浮かぶ汗は限界の時間が近いことの顕れだ。ただでさえアンコは藍染の死から式の手伝いや犯人の特定や追跡。精神的支えを失ったことで睡眠すら碌にとれていない。疲労は本人の与り知らぬところでピークに達していた。

 

 カカシは忍犬達がこぞってアンコに襲い掛かっている場所へ土遁・土流壁で平面の土壁をつくると、その根元を雷切で地面ごとくり抜いた。自然、土で出来た壁は重力に従ってアンコたちの方へ倒れる。つい先ほどまで忍犬たちの波状攻撃をかわしていたアンコに比べて、事前にカカシの合図があった忍犬達は既にその場所から離れるか、土遁で地中へ潜ってしまっている。

 

 唯一、反応の遅れたアンコはそれでも並外れた反射神経で回避行動に移った。

 

――大きな影がアンコの顔にかかった。

 

――次の瞬間、土の壁がいくつもの瓦礫に分かれて加速してアンコに降り注いできたのだ。

 

 土の壁の奥から雷切を手に宿したカカシが出現する。雷切でぶち抜いた土流壁は不規則な軌道でアンコに迫り、その俊敏な加速の要である右大腿に命中した。ふらついた足元に今度は先程のカカシのように土中から忍犬たちが強力な顎で噛み付いた。

 

 さすがのアンコもこれには参って、背後から音もなく近づいたカカシに当身をくらい沈黙した。

 

「ふぅ」

 

 目が覚める前に急いで忍具を取りに帰ったカカシに全身を拘束されて身動き一つ出来なくなる。直ぐに覚醒したアンコには呪印が体中から退いて先程のような抵抗は出来なくなってしまっていた。

 

「――カカシッ!!」

 

 なおも暴れるアンコにカカシは疑問を抱いた。先程は呪印の影響で目の前のカカシを襲ったのだとばかり考えていたが、正気を取り戻したアンコは目の前の自身を親の仇でも見るかのような眼で睨んでいる。かつて戦時中でも同じ眼で見られた経験のある身としてその判断は間違いないように思えた。

 

「どうして――」

 

「――動くな!」

 

 瞬身の術で一人の暗部が現れると、それに続いてボンボンと何人かが周囲に続く。ようやくの援軍にカカシの肩の荷が下りたような気さえする。

 

「随分と遅いお出迎えで」

 

「黙れっ!」

 

 軽い皮肉にしてはやや強い返し。きっと不穏な現状で暗部もあちこち駆り出されているのだろうと納得した。

 

「アンコの拘束はそのままに営倉へ入れておけ。単独行動に命令違反の罰則だ」

 

「はっ!」

 

 二人の暗部がゆっくりとカカシに近づいてくる。――何かがおかしい。

 

 何故武器を下ろさない。何故こちらを警戒している。同じ木の葉の忍にも関わらず彼らの態度はまるで――

 

 

「さて。大人しくお縄につけカカシ。無駄な抵抗は為にならんぞ」

 

 

――まるで犯罪者へのそれだった。

 

 

 

 

 

 


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