木の葉の里でしばらく拘束された後にカカシは裁判にかけられることとなった。弁護人の席は空席だ。傍聴席で裁判の成り行きを見守りつつ、第三者として公平な情報を提供する上忍衆がその大半で、カカシを完全に擁護する立場の存在はこの場にはいない。
「では山中上忍。事件の経緯を説明したまえ」
「はい」
見知った顔が上忍衆の席から立ち上がり証言台に立つ。それを見やるカカシの瞳に光が少し宿った。
「中忍選抜試験中に何者かの手によって命を落とした藍染上忍ですが、当初は同試験中に現れた大蛇丸の手によるものだと思われていました。藍染上忍からの情報提供によって神隠しの犯人だということがほぼ確定していたからです」
「続けなさい」
「しかし、みたらし特別上忍が遺品の整理を行っている最中に彼女に対する遺書と思われる書留が見つかりました。この場で纏めた内容を読み上げさせていただきます」
『アンコ君。この神隠しの真の目的は人体実験の為ではない。
ある狙いの為に仕組まれたものだったのだ。人体実験はその目的の為の副産物という側面が強い。
その真の目的とは風影の暗殺だ。
中忍選抜試験の時だけ他里に対して開かれるこの時期において、里の警備はその周辺に特定される。一度試験に受験者として招待された後はその警備に忍は置かれるものの、本人確認は入場の際以降チェックされることはないんだ。
この神隠しを仕組んだ何者かは里の内部にその疑念をばら撒いて、他国への眼を逸らす囮の役目としての意味合いが強い。中忍選抜試験本戦において、各国の大名が参加する中での風影の暗殺は木の葉の信頼を著しく落とし、それを理由に火の国の周囲に伏せていた忍へ軍事介入と称して侵略行為を行わせる可能性が非常に高い。一度その戦争が始まってしまえば、各国の隠れ里が利権を求めて介入し始め第四次忍界大戦が勃発してしまう恐れもある。
人体実験をしてこの作戦を裏で画策していたのは大蛇丸様でほとんど間違いないだろうが、木の葉の内部で誰にも見られずに人を攫い暗部の監視をすり抜ける内通者の存在は不可欠だ。
そしてその忌まわしき者の名は同じ三忍の一人、自来也。
今夜、僕は死の森の監視塔前に彼を呼び出した。
彼の企みは何としても阻まなければならない。
彼が退かぬなら刃も交える覚悟だ。
だがもし僕が死んだなら、アンコ君。
君はどうか僕の意志を継ぎ彼を討ってはくれないか。
それが僕の最後の願いだ。
君の兄弟子としてではなく、一人の男として君に願う』
「我々がこれを発見した時、疑問に思いました。かの藍染上忍は果たして自分が死んだ後、別の誰かに代わりに戦えと言い残すでしょうか? それも三忍の一人相手に何の策も用いることもなく一人で出向いて、その尻ぬぐいをみたらし特別上忍にさせるような男なのでしょうか? かつて藍染上忍の指揮で共に戦った贔屓目抜きでもあり得ません。もし内通者がいるとしても自来也様は里を離れることが多いのでメリットがほとんどない上に、三忍が二人も裏切っていたのならばこのような回りくどい作戦は必要ないでしょう」
そも三忍が二人揃えば真正面からでも風影を暗殺することが可能だ。であればその必要性は薄い。
「この書は改ざんかあるいは偽造されている。それをした何者かは自来也様の存在が邪魔でみたらし特別上忍に藍染上忍への敵討ちをさせようとしていたのでしょう」
アンコは容姿端麗で肉体も成熟している。自来也は他国に響くほどの剛の者だが、彼を良く知る人物ならば美人にめっぽう弱いという弱点も良く知られている。殺しは無理でも少しの時間稼ぎや弱体化ぐらいならと考えたのだろう。
「しかし、書の作成もそう簡単ではありません。藍染上忍は書の名人でもあり、幻術によって本人に書かせた可能性も無くはないが、数日間続けて掛けないと精神状況が安定しないために字に震えが表れる。そのような兆候はなく、筆跡は本人のものの可能性が高い」
分からなかった。カカシには何故この場に召喚されたのか未だ理解が及ばないままでいた。今出来ることは経緯の説明を聞き逃すことのないよう耳を傾けることだけだ。周囲からの理由も分からない疎外感から、カカシの世界を切り離すのにも丁度よかった。
「書の真偽はどうであれ、書の前半部分には納得できる部分はあります。それは神隠しの内通者の存在。大蛇丸と内通し、暗部の動きを予想出来る木の葉の忍。藍染上忍を倒す程の実力を持ち、本人の筆跡の再現すら可能な人物とは……『写輪眼』のカカシをおいて他にないでしょう」
「――そんなっ!? あり得ないっ」
手錠で繋がれた両手で目の前の机をたたき壊すかのように強く打った。それに反応して室内の暗部が音も無くカカシを囲む。敵対の意志はないことを無抵抗を貫いて証明して見せはしたものの、心内は決して穏やかではなかった。
誰が謀反の疑いを掛けられて落ち着いていられるだろうか。全く身に覚えのない罪状でアンコに襲撃を受けて何の説明もされずに今ここにいる。何かの間違いだろうと、その場で大人しく拘束されたカカシに……。亡き父の偉大さゆえの期待と、あらぬ汚名をそそがんと木の葉に尽くしてきた生涯を否定されて、心穏やかにいられるはずもなかった。
「俺は無実だっ! そもそもそれは状況証拠に過ぎないっ!」
「――私もそう考えていたっ!」
カカシ以上の剣幕で山中上忍は声を上げた。暗部の囲いを破って目の前に詰め寄った顔には悲哀と怒り、そして疑いが混ぜこぜになって彼自身でも未だ感情を整理できていない。しかし、その熱量は怒りに満ちていたカカシをすら一時冷静にさせるには十分だった。
「……カカシ。ここにいるほとんどがお前を疑いたくはなかった」
今彼の顔に浮かぶのは無。全ての感情を呑み込んで受け入れた覚悟を感じる。その表情が先程の複雑なものよりカカシにとっては恐ろしく思える。不可逆なスイッチをいつの間にか押し込んでしまったのだ。
「二次試験の最中、『死の森』でお前と藍染上忍が言い争うのを見た木の葉の忍がいる。勿論記憶を読みとって真偽の確認は済んでいる。それに――」
「――それに?」
「この遺書の内容と同じものがお前の家で見つかった。ご丁寧に自来也様の名前があった場所にはお前の名が書かれている物がな」
もはや言葉も出なかった。確かに藍染上忍が『死の森』に向かう前に見かけはしたものの、あの場で直接会った覚えはない。遺書の内容どころか、存在さえも今初めて聞いたというのにそれを偽造することなど不可能だ。
「…………あり得ない。『写輪眼』がなくとも字の写しぐらいなら訓練すれば可能だ。――そう、それに藍染上忍は手本として多く書をのこしている。それらを編集すれば遺書の内容の改ざんも難しくない。これは誰かが陥れるためにした工作の――」
「――それが最後の弁論だな、はたけカカシ上忍。容疑者は今述べられた状況証拠の数々と偽造した遺書を有力な証拠として、有罪判決を下す。特別な理由のない限り木の葉への謀反、共謀罪は処刑と決まっている。処刑日については追って報告する。傍聴席の上忍衆諸君、異議はあるかね?」
カカシの抗議の声が裁判室に響いたが、それは当然のように黙殺された。上忍衆が席を立つ騒音を背景に暗部へ拘束されて別室へ連行される。それでもカカシの耳には数名の異議申し立ての声が届いた。彼の抗議と同様に無かったことにされてしまったが、それでも悲壮な声や怒声が胸を震わせる。悔しいやら、虚しいやら、情けないやら。己が胸に感情の奔流が渦巻くのを感じながら俯いた。
酷く不謹慎なことにこの状況に覚えがあったのだ。
……かつての父とその境遇に
「火影のじっちゃん! なんとかならねぇのかってばよっ」
火影の執務室にて大量の書類仕事に追われていたヒルゼンに、真正面から向かう少年。ナルトは最初こそ信じられなかったものの実際に先生が拘束されている状況を鑑みるとそれが真実だと考えざるを得なかった。
「絶対何かの間違いだってばよっ! あのカカシ先生が藍染先生を殺すようなことなんてっ!!」
火影の笠の下で弱ったとばかりに溜息をつくヒルゼン。
「……こちらも引き続き調査を続けておる。ワシとて信じたくないのはやまやまなのじゃがなぁ。証拠が残っている以上、新たな物証がなければ一度決まった有罪を取り消すことなど出来ん」
「そんなの火影のじっちゃんが言えばなんとでもなんだろっ!?」
そんなに甘い筈がないと声を上げることが出来ればどれほど楽なのだろうか。上忍衆の賛成多数で決まった刑、それも確かな証拠が揃えられている場合その上位にあたる火影であろうとも覆すことは難しい。火影は超法規的な存在では決してないのだ。むしろ忍達のトップである火影はその分掟や法律に強く縛られていると言ってよい。もし今火影の権力を無理やり行使してカカシを助け出した場合、ヒルゼンの信用は落ち、信任投票で火影の座を降ろされ上忍衆の言いなりになる火影を新たに担ぎ上げる可能性もある。それは今まで木の葉を支え続けてきた先人たちの意志を踏みにじる行いなのだ。
しかし、目の前で必死にカカシの無罪を主張する子はまさに今の木の葉を継いでいく火の意志。それも亡き四代目が遺した木の葉を救った救世主でもある。ヒルゼンの出来る限りの力を尽くして、ナルトに及ぶ危険を遠ざけてはきたものの完全には防ぐことは出来なかった。九尾の襲撃による木の葉の里の復興は忍界大戦をようやく終えて復興途中の木の葉の里に追い打ちのように起きた事件であり、里の英雄である四代目が命を懸けて封印したのが実子であると知られてしまえば、一方で復興の希望の象徴と言葉では言いつつも、もう一方の被害者及びその親族の恨みや不満は収まらない。最悪その両者の間に致命的なすれ違いが起きて、内乱が勃発しかねなかったのだ。
そうした里内の争いは他国に突かれかねない。再びの大戦でより致命的な被害が出るよりは、ナルトを九尾が封印された呪われた子扱いをすることで、誰にとっても都合の良い共通の敵を用意して団結させることを望んだ結果だ。
一歩間違えれば歪みかねない。――いや、実際に歪んでしまった部分も多くあるだろう。それでも今は真っすぐ自分の信じる人を疑うことのない立派な少年になった。
ならばヒルゼンの出来る限りでその力になってやらなければならない。それがナルトに恨まれ役を押し付けた里の上位陣であるヒルゼンの責任でもある。
それにやはりヒルゼンでも納得がいかなかったのだ。あの写輪眼のカカシと他国で知れ渡る男の忠誠心は強く、ヒルゼン自身も次期火影に推すほど信頼していた。彼ほどの男が大蛇丸と共謀していったい何を得る? 権力、力、あるいは女。それら欲しさに藍染を殺すというのはやはり考えにくい。二人の仲は良好だったと記憶している。藍染とミナトは仲が良く、その弟子であったカカシが恨む理由もない。
だとすると動機はカカシの父であるサクモが木の葉の忍の中傷により自殺まで追い込まれたことへの復讐か。
しかし木の葉を中心に忍界大戦を起こして混乱を招くほどの破滅願望と、怨みを持ち合わせているにしては、今までそのような兆候を見せてなさすぎる。任務なり、教育なりで裏工作をやろうと思えばいくらでも可能だったにも関わらずカカシの経歴は驚くほど白い。
なによりカカシの家で見つかった藍染の遺書の写しがきな臭い。本当にカカシが裏切っているのだとしたらあのような証拠が見つかるなんてことはありえないのだ。そんな初歩的なミスをするほどの相手なら数十年もの間、裏切りの為に里から暗躍出来てなどいない。
「邪魔するぞ」
執務室に続けて入って来た男を見て、眉間の皺が少し和らいだ。
「おぅ自来也か。丁度いいところに来た」
「またこのガキが何かやらかしでもしたのかのォ? えっ?」
ナルトの金髪のツンツン頭を上からゴリゴリと撫でまわす自来也を見て、思い出が蘇る。かつての四代目と自来也の面影がそこに見えた。
(そうか……弟子にしたのか。……歳をとると涙腺が緩んでいかん)
誰にも見えないように袖で潤みかけた目元を拭う。
「ナルトよ。少し席を外してくれるか。今からその件で自来也と話す必要がある。無論! お前の想いを最大限酌んでカカシを助けるために努力すると誓おう。中忍選抜試験本戦に備えて今回は儂に任せておけ」
「……わかった。でもじっちゃんだけに任せるのも悪いから、こっちはこっちでやってみるってばよ」
駆けてゆくナルトの後ろ姿に、
「……法に触れるようなことはしないようにな」
思わず頬が緩む。既に廊下に響く元気の良い足音が聞こえてきたからだ。その表情も直ぐに引き締まる。自来也と向き合ったヒルゼンの表情は浮かない。
自来也も現状の拙さを十分理解していた。カカシの処刑は中忍選抜試験本戦の前日と既に知らされている。ナルトの前でそれを告げてしまえば本戦で戦う少年にとって精神的に大きな負担となり、十全な力を出すことも難しいだろう。それを慮って黙っていた。
「……やはり、難しいか先生」
「……認めたくはないがの」
処刑日が早まったのは相談役が上忍衆に口を利かせたからでもある。しかし、それを一方的に責めるのは間違っている。木の葉の威信を疑われかねない現状を、神隠し事件の顛末を本戦までにつけることでその憂いを絶つという考えは道理に即している。問題なのは犯人がまだ確定したわけではないということだ。何かしらの対応をして事態を一段落させたいという気持ちは理解できるが、どうにもこれだけで終わる予感がしない。
「大蛇丸の居場所もとんと分からないと来たもんだ。参ったのォ」
「……自来也よ。今回の件本当に大蛇丸が全て企んでいると考えているか?」
「黒幕はほぼ大蛇丸だと思うが、木の葉の内通者だけでなく、他国の忍頭も絡んでいる可能性が高いのォ。その口ぶりだと三代目の考えは?」
「……これは極秘でワシの他にダンゾウしか知らぬことなのじゃが」
そう前置きしてヒルゼンは懐から巻物を取り出した。大蛇丸が火影に渡すようアンコに託したものと同一である。内容については暗号で記されている為、訳された物は処分したが原文は未だヒルゼンの手元にあった。
「大蛇丸がワシに託したものじゃ」
「――っ!? その内容は?」
「これには『暁』と呼ばれる組織の構成と使う術が記されておる。お主は『暁』を知っておるか?」
「……聞いたことがある。金で紛争の戦闘を請負う組織は珍しくないが、奴らのメンバーは莫大な懸賞金がかけられた曲者ばかりだという噂だ。……しかし何故それを大蛇丸が!?」
「どうやら『暁』に潜入して得たこれらの情報でワシらにその『暁』の厄介払いをさせようとする魂胆のようじゃな」
「――それは全くもって面倒な事だのォ」
「しかし、それはあの大蛇丸を持ってしても『暁』を相手取ることは困難だということを意味しておる。今回の件もその『暁』の考えに従ったものかもしれぬ」
「結局分からんままということか……」
「この情報を伝えたのはそういう意味ではないぞ自来也」
「ん?」
「……ワシはカカシの処刑を止めるつもりだ。それで罷免され、罪人になったとしても。だから里の存続に関する情報をお前にも共有しておこうと思ってな」
「……本気か?」
「里に関してやり残したことは多くあるが、それはワシ以外の者でも出来ることじゃ。かつて九尾がこの里を襲って来た時に真に死ぬべきはワシじゃった。四代目に託された火の意志を今こそ守る時じゃと思う。老いたこの身に過ぎた立場を捨てることなど痛くも痒くもないのじゃよ」
さすがによほどのことをやらない限り、本戦が終わるまでは火影の立場でいられるはずだ。各国の大名や有力者、風影まで火影の招待で集まっている場で代表者の変更など認められない。その後にどんな処遇が待ち受けているかは、その身で甘んじて受け止めるつもりだった。
ヒルゼンの肝の据わりっぷりに自来也も感化された。久方ぶりに里に戻り厄介事に巻き込まれてはいるものの、師であるヒルゼンの人格と采配に尊敬の念を強めた。
自来也にある決心を促す程には、師の姿は尊く思えたのだ。
ドンドンドン
執務室のドアが強く叩かれる。返事を待たずに直ぐに扉は開かれた。
「火影様っ! 失礼いたします!」
黒髪と息を乱しながら入って来たのは綱手のお付きであるシズネだった。精神が不安定な綱手を看ているはずだった彼女の登場に不安がよぎる。今の綱手から目を離すということはそれほどの事態が起きたということに他ならない。
「どうしたっシズネ? 綱手はいいのかっ!?」
「あ、自来也様もいらっしゃったとは――いえ、それより大変なんですっ!」
「何があったか言ってみよシズネ」
落ち着いた声音でヒルゼンが焦るシズネを平静にさせる。一拍間を置いた後、ゆっくりと彼女は語りだした。
「実は綱手様が……」
里から離れた木の葉の訓練所。普段あまり利用されないその場所には殺気が満ち、周囲に潜む鳥たちや生き物が鳴き声を上げながら藪から逃げ出す。二人と一人がそこに対峙していた。
「約束通り来てくれたようね綱手。会いたかったわ」
「……奇遇だな。私もお前を殴り殺してやりたいと思っていたところだ」