オサレ腹黒ヨン様忍者   作:パンツ大好きマン

25 / 28
渦隠れの里へ到る教祖一行

 

 

 

 

 木々の木漏れ日が山道を歩く二つの人影に降り注ぐ。あたりに響く小鳥のさえずり。前日の雨の影響で草木の表面はまだ湿り、太陽の光を反射してその緑をより青々と見せていた。心地よい陽気に本来与えられた任務を忘れそうになる。

 

 忍宗の教えを広める僧衣を纏った二人は錫杖に竹で編まれた笠の揃いの恰好で並び歩く。火の国の東端から南西へと向かい、目指す先はかつて渦隠れの里と呼ばれた場所だ。あと峠を二つ三つ超えれば海が視界に見えてくるだろう。そこからまたしばらく進めば廃墟と化した里が彼らを待ち受けているはずだ。

 

 

 

「なぁ」

 

 一人がもう一人に問う。気怠さに満ちた声だ。道のりは確かに険しく遠いものだったが別に疲労が原因な訳ではない。僧衣の裾から覗く手足は骨ばってガリガリで包帯に覆われている。それでも不思議なほど歩みは出発時となんら変わらなかった。つまり気怠い態度は生来の性質によるものだ。

 

 

「ん? どうした教祖様よ」

 

 先程の男よりも一回りも大きいガタイの男が不思議そうに聞き返す。筋肉の膨らみが全身を覆う僧衣を押し上げて隠し切れない。僧衣さえ着ていなければ鍛えられた傭兵にしか見えないだろう。男は見た目に反して器用に道端の雑草を錫杖の先で切り払いながら適当に返す。

 

 

「おいおい。からかうなって! その呼び方はもう止めてくれって何度言ったら聞いてくれるんだ?」

 

 

「拙僧はこの呼び方に慣れておるからな」

 

 

「相変わらず性格悪いのなロクショウ」

 

 

「あまり怒るな教祖様よ」

 

 

「全く<貴様には目上の者に対する尊敬の念が足りん!>っおい人が喋ってる時は割り込むなっていつも――お前ら本当ッ話聞かないよな」

 

 

 教祖と呼ばれた男が腹立だしそうに地を蹴ると、草鞋は湿った土の表面で滑りそのまま地面への抵抗を失った。見事に転んだ教祖を呆れたように眺めるロクショウは、しばし悩んだ後に錫杖で助けを差し出した。

 

 

「こういう時は手を差し伸ばすもんだろうが……」

 

 

 

 

 

 昼過ぎ。長く代わり映えのしない山道の風景がようやっと変わる。緑と土の匂いの中に潮風の匂いが混ざるのが分かった。海を見下ろす崖の先端への歩みが無意識の内に速くなる。直ぐに二人を絶景が待ち受けていた。

 

 浅瀬は空をそのまま映しだしたかのような輝き。そこから先は一繋ぎの深海の美しさをまとめて凝縮したようなコバルトブルーが水平線の果てまで続いている。波は穏やかで、それでも水面に打ち付ける波の音はしっかりと耳に入り込んできた。

 

 

「<ややっ! 絶景かな!>」

 

 

 教祖の口からやけに暑苦しい声が飛び出した。センチメンタルな気持ちに浸っていた教祖はせっかくの情動を台無しにされて舌打ちする。いくら()()()といえども守るべき最低限のマナーがあるはずだ。

 

 

「教祖様よ。南西の方向を見よ」

 

 

「ああっ?」

 

 

 ロクショウの指さした方向。遠くに白い建物が見える。おそらくあれがかつての渦隠れの里だろう。遠くで細部は把握できないが、あの規模の集落はこの付近で確認されていない。

 

 

「おい。見つかったのはどうやらそれだけじゃないようだぜ」

 

「むっ?」

 

 今度は逆に教祖が崖の下を指差す。二人の佇む崖の下には海へと先端を突き出した崖がまた存在していた。そしてそこには先程の二人のように美しい景観に心奪われている人影。四人組の木の葉の額あてを身につけた忍がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三班は久しぶりの遠征任務に出ていた。大蛇丸・藍染による木の葉襲撃以降、外部の仮想敵対戦力を警戒して火の国内部の防衛に注力し続けた。実際隙を突いて火の国の周辺で小規模ではあるものの忍軍の演習に乗じて国境侵犯が行われた。その対応を至って穏便に、かといって弱腰になりすぎて舐められないような非常に難しい外交を新任の五代目火影自来也はさせられる結果となり、ガイら上忍は里からの遠征を控えさせられたのだ。しかしさすがにしばらくして里外の信頼や復興の為の外貨を失う恐れからようやく今回派遣されることとなった。

 

 

 任務の内容は渦隠れの里跡地にて遺された術や秘宝、巻物等の資料の回収任務。藍染が封印した死神、それを呼び出す屍鬼封尽はかつての渦隠れの里に伝わる秘術であることが上忍内に伝えられた。少しでも詳しい情報を手に入れて死神への対処、あるいは封印から解放する手段を探る為にこの地まではるばる足を運んだという訳だった。とはいっても里が滅んだのは数十年前のこと。藍染もこの地で詳しい術の捜査をしていたのならば全ての資料が持ち去られているか、焼却されている可能性が高い。

 

 それでももしも僅かでも取り残されていれば、それが藍染にとっての致命的な弱点に繋がるものだとすればとガイ達第三班はやって来た。本来ならば解析に向いた研究職も随伴してもらう予定だったのだが、もしも戦闘があれば只でさえ貴重な人材が失われてしまう。万全を期すのならば2班での共同任務になってしまう故に余裕のない木の葉で出来るのはガイ達第三班だけでそれらしい遺物を根こそぎ回収してくるしかなかった。

 

 

「さて海から青春パワーを補充したところで行くぞっお前ら!」

 

「え? あたし等そんなもん補充してたんですか?」

 

「突っ込むなテンテン。体力は温存しておけ」

 

「おおー!!」

 

 

 

 幸い天気は良い。さて行こうと腰を上げる一同に声がかかった。

 

 

「お~い。そこのかた」

 

 

 忍宗の僧衣を身に纏った男が二人崖の上からガイ達を見おろしていた。普段見かけない僧侶が、まさかこんな僻地で出会うものかと少し訝しむ。火の国にも火ノ寺と呼ばれる有名な忍寺がある。彼らは仙族の才という特別な力を持ち、獣や賊が出るかもしれない道中でも旅を続けることが出来るだろう。しかし、彼らは火ノ寺の僧侶とは僧衣に類似点が少ない。となると他国の僧侶ということにまず間違いないだろう。

 

 他国の僧侶がこの険しい道で僧衣に目立った汚れもなく辿り着くことは出来るだろうか?

 

 

 旅慣れている可能性もある。護衛がどこか他にもいるかもしれない。それでも()()()()ガイは不必要に人を疑ってしまう嫌な癖が身についてしまっていた。

 

 

「あれ? 僧侶さん? どうしたの?」

 

 

 班員のテンテンが不用意に僧侶たちに近づいた。止める間もなく崖を難なくチャクラ吸着で登り目の前まで足を運んでしまった。

 

 少しばかり思考の波にのまれていたガイは致命的なまでに油断していたのだ。

 

 

「<おぅ。めんこい嬢ちゃ>」

 

 

 慌てて僧衣で己の口を塞いだ教祖は挙動不審な態度を誤魔化すように切り出した。

 

 

「――嬢ちゃん。元渦隠れの里の場所知ってるか?」

 

 

「え? うん勿論。ここからでも見えるわよ。ほらあそこ」

 

 

「おっ!? あっ、あれか!?」

 

 

 白々しい態度でさも今気づいたフリをするが、テンテンは女人と関わらない僧侶が久しぶりに出会う少女とのコミュニケーションに慣れてないせいだろうと理由づける。それを横目で見ていたロクショウは教祖様のフォローに回った。

 

 

「そこの娘さんよ。我の名はロクショウ。我らはかつての渦隠れの里の無辜の民たちの魂を慰めに来たのだ。もし良ければそこまで同行願えないだろうか?」

 

「んー。私一人じゃ判断出来ないかな。ガイ先生! どうします?」

 

 

 直ぐにガイが瞬身の術で現れる。班員であるテンテンを庇うように前へ出て、僧侶と目と鼻の先まで近づいて気づいた。とても堅気には思えない肉体強度だ。特にロクショウをガイは警戒した。僧衣がはち切れるほどの筋肉はパンプアップ時のそれを想起させる。体術使いとして相手の筋肉や立ち居振る舞いで実力を測る癖がついているガイにとって油断できない相手。腕利きの僧兵は珍しくもないがどうも只の僧侶に思えない。

 

 目を離して良からぬことをされるよりも、目の届く場所に置いて様子を窺ったほうが良い。気づかないところで危険そうなのはロクショウ。もう一人の僧侶には大した脅威を感じない。その件から本当に彼らが旅の僧侶の可能性も十分にある。ちょうど班員のネジは日向一族の血継限界で『白眼』という瞳術を身につけている。彼らの隙を突いて班員と情報を共有し、ネジに監視を任せて残りの班員で任務を遂げると決めた。

 

 結局のところ、ガイはもう知らない間にどうしようもなくなるとこまで展開されることを恐れていたのだ。古傷は未だ癒えておらずジクジクと胸に刻まれた痛みが膿んでいるかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 かつての渦隠れの里。遠くから白く見えていた建物は海上に浮かぶ巨大なサンゴだった。真っ白に変色し、死んでしまったサンゴはどこか人骨を連想させる不吉な雰囲気でガイ達を迎え入れる。かつての民は見上げる大きさのこのサンゴに出来た隙間を間借り、あるいは拡張して住んでいたのだろう。人の手が離れてしばらく経っているせいか経年劣化が激しく、浸水や崩壊で中に入ることも難しい建物も多かった。

 

 海水の寝食を免れた部屋には住人の名残であるコップや塩で錆びて開かなくなった箪笥が無造作に投げ捨てられていた。自然とかつての暮らしに想いを寄せる。

 

 寂れた風景でも、残酷なほどに海は美しい。それがテンテンには妙に虚しかった。

 

 

「テンテン。何か見つかりましたか?」

 

 入口から濃い眉の少年が声をかける。担当上忍であるガイに良く似たリーだ。何故この二人の血が繋がっていないかいつも不思議に思う。中忍選抜試験で対戦相手の我愛羅に一時は忍であることを諦めるほどの重傷を負ったのだが、三忍の綱手の手術で最悪のところから脱した。本来ならばまだ任務に出れるほど快復していないが無理を言ってついてきたのだ。

 

「なんにも。そっちも成果なし?」

 

「ええ。残念ながら」

 

 

 そもそも探し物の得意な感知タイプのネジが二人を警戒しているせいで捜索の手は遅れている。各員休憩も挟まず続けて来た。術の調査に繋がる手がかりもなく、先の見えない状況では疲労も溜まりやすい。

 

「ロクショウ、キョウソって木の葉じゃ聞かない名前よね」

 

 ロクショウが様付けで呼んでいるので『教祖』という高い身分の役職かと考えていたが、キョウソという名前らしい。それが本当であろうとなかろうと本人がそう呼べと言うのでそういうことになった。くだけた態度で敬語もいらないということなのでテンテンからしてみれば気が楽な相手だ。

 

 二人組の僧侶。キョウソはロクショウと違い鍛えられた様子もない。僧衣から覗く手足は骨ばって、背丈はそれなり以上にあるが丸まった猫背のせいで頼りなかった。隣に並ぶロクショウのガタイが常人を遥かに凌ぐせいもあるだろう。

 

 

「おそらく他国の人でしょうね。ロクショウという人には強いガッツを感じました」

 

「……そうね」

 

 テンテンの目について拾い上げられた人形は手の中で儚く砕けた。

 

 

 

 一度休憩兼腹ごなしとなったのは自然の成り行きだった。天井が崩れて空を仰ぎ見ることの出来るようになった廃墟の中心に焚火を構えて鍋を乗せる。道中に予め使えそうな薪を集めておいたのが功を奏した。かつての里の周囲には湿気と塩で薪に使えるまともな木材はなかったのだ。

 

 一つの焚火の周囲で円になって夕餉を囲む。料理上手なテンテンが粥を器に掬って全員に行き渡るとささやかな宴の始まりだ。

 

 

「あなたたちは何処から来たんだ?」

 

 

 粥を口に運びながら班を代表してガイが問う。一瞬教祖とロクショウの視線が合わさって意志の疎通が交わされる。それを警戒しながらネジは白眼を発動させていた。

 

 

「俺たちは湯の国から来た」

 

 

 湯の国は木の葉隠れのある火の国の北東部に位置する小国だ。名前の通り天然温泉による湯殿が多くあり観光地として栄えている。隠れ里もあるにはあるが木の葉隠れからすれば敵対勢力として見なされない程度のものだ。

 

 

「良いところだぞ湯の国は。温泉は勿論、飯も上手いし美人も多い」

 

 

「……すごく俗っぽいのねキョウソさんって」

 

 

「俗世に生きる者が俗から離れられるものかね。宗教家はそこを勘違いしている奴が多い……と僧侶の俺が言ったところで説得力は無いだろうけどな」

 

 

「全くだ! ハッハッハッ!」

 

 

「笑うなってのロクショウ!」

 

 

 和やかなムードに包まれて興が乗ったのか、どこからか教祖が酒の入った瓢箪を持ってきた。それを美味そうに流し込むと、ロクショウやガイにも杯を勧める。最初は任務中だからと断っていたガイだったが警戒している相手が演技に思えないほど飲む。終いには前後不覚になるほどで、酔った相手に逆に不審に思われかねないと言い訳して器を仰いだ。

 

 案の定数時間後にすっかりと出来上がったガイがいた。呆れた様子でテンテンに介抱されて連れていかれる姿は痛々しい。夜半になっても残った二人の宴会は続き、テンテンが翌朝起きた時には両者腹を出して大きなイビキをかいていた。本当に僧侶としての役目を果たすつもりなのだろうか。当然の疑問が班員を襲った。

 

 

 二日目。捜索のコツが掴めてきたのか、ポツポツと古い文献が見つかり始めた。加えて初日に調査していたのは主に一般人の居住区だったらしい。陸地から離れるほどにサンゴの居住区にそれらしい文書が残っている可能性が上がっているように思えた。

 

 滲んで掠れたり、破けてしまった文書が散らばっている。かつての渦隠れの里が滅んだのはそう昔の話ではない。にも関わらず書類の内容はガイ達にも理解できない記号で記されていた。それが意味するのは()()。そうする価値のある文書が転がっているということに違いない。

 

 なにも見つかるのはそういった良い物ばかりではない。白骨死体や人が争った形跡も見つかった。渦隠れの里が滅びを迎える前に敵対者と戦ったのか、あるいは内乱が起きたのか、今となってはもう分からない。

 

 

「なんとも虚しいものだな」

 

 

 錫杖のシャランという音を響かせてキョウソが憂いを浮かべる。背後からロクショウも顔を覗かせている。二人は揃って手を合わせ深く祈りを捧げた。今までどこか本当の僧侶か訝しんでいた班員も彼らの清廉な所作を前にもはや疑いはない。どこか荘厳な空気を感じる堂に入った振る舞いだった。

 

 

「……それではキョウソ様よ」

 

 

「うむ」

 

 

 背中から大きな風呂敷を取り出すと、ロクショウは遺骨を丁寧に包んで納めていく。

 

「それは……」

 

 事が事なのでリーが言いよどむ。別に気にした様子もなくキョウソは応えた。

 

「この地の民は死後、遺骨を粉にして海へ流し弔いとするらしい」

 

「……宗派は違えど逝きつく先は皆同じ。なればこそ望むままに送ってやらねばな」

 

 一つ一つ丁寧に包むその様子では一日二日程度では済まないであろうことが容易に想像できる。見ていられなくなって手伝おうとしたテンテンをガイが引き留めた。

 

「……任務を忘れるなテンテン」

 

「――でも先生っ!」

 

「そうです! ガイ先生っ!」

 

「お前たち。上忍の命令には従うべきだ」

 

 まとめ役のネジが班員を窘める。いつも白眼で班を正しく導いてきた男の忠告にテンテンとリーはたじろいだ。言いたいことは十分に理解できる。だが納得を伴うかどうかはまた別の話だ。

 

 

「いいから作業を続けるんだ……こっちは俺に任せておけ」

 

「先生! カッコイイです!」

 

 

 暑苦しくリーと抱擁を交わして、ガイはネジにだけ見えるように手信号で暗号を送る。

『監視はこちらに任せろ。念のため一時間ごとに白眼で班員全員の位置確認をしてくれ。異常事態が発生したら例の方法で』

 

 作業は再開した。白眼を使うネジが捜索に専念することで飛躍的に資料が集まり始めた。懸念していた僧侶たちにも怪しい動きはない。むしろその真摯な態度に尊敬の念すら芽生えていた。

 

 チャクラを流すことで反応する感応紙や、その他の特殊な鉱物を砕いた墨で暗号は書かれている場合が多い。下手にチャクラを流してしまい、貴重な情報が消え去るだけならまだしもトラップが発動する可能性もある。危険性を考慮してひとまとめに保管しておくしかなかった。

 

 そうして積み上げられた資料。中には文字を彫られた石板もある。一つ一つ丁寧にリスト化して記録を残しておく。保存状態がお世辞にも良いとはいえないものばかり。劣化が酷いものはテンテンが書き写す。忍具を専門に扱うテンテンは巻物に書かれた口寄せで得物を呼び出すことも多くあり、呪印や忍具好きが高じて画力も優れていた。

 

 三日目、四日目と資料が見つかる内にテンテンは拠点でそういった資料をまとめる専門としていつの間にか役割分担が決まってしまっていた。ネジは捜索に欠かせない、リーは資料の運搬、ガイは監視兼手伝いとなればこの役回りはある意味当然だった。

 

 いくらこうした作業は嫌いではないとはいえさすがに三日も続ければ精神的に疲れてくる。少し休もうとテンテンが木陰で涼んでいると、木陰からガイと僧侶連中が帰って来た。『お帰り~』と緩く迎えると、向こうも手を上げて答える。

 

「テンテン。サボりはいかんぞっ!」

 

「まぁまぁガイ殿、嬢ちゃんも働きっぱなしは疲れるもんな?<まっこと! 女子(おなご)ながら其処等の侍よりよっぽど役に立つ>」

 

「……侍?」

 

「い、いや。この間鉄の国の侍が主役の映画を見て……な? ロクショウ?」

 

「――キョウソ様は少しばかり影響されやすい性格でな。ああした妄言を吐くこともあるが気にせんでくれ」

 

 『はぁ』と気の抜けた答えのガイに思わずテンテンから笑みが零れた。キョウソはロクショウを恨みがましく睨みつけているが、当のロクショウは自前の肉体美に心奪われているようで相手にもされていない。騒動を聞きつけたのかリーとネジも荷物を背負って帰って来て、不思議そうな顔をのぞかせていた。

 

 昼休憩とあいなった一同。班と不思議なほど直ぐに馴染んだ彼らは勝手知ったる我が家のようにテンテン達の鍋を借りて、そこらへんの山菜や貝を入れて煮込んでいる。

 

「ガイ殿。いや、ガイよ。……お前たちはいつまでここにいるつもりだ?」

 

 改まって聞くキョウソにガイは器を置いて向き合った。

 

「……後一日程度といったところだな。主要な遺跡の調査は済ませたし、これ以上の成果は見込めないだろう。あなたたちは?」

 

 只でさえ木の葉は今までの外部からの任務が溜まっている。ガイほどの上忍を必要以上に役に立たないかもしれない任務に置いておくにはあまりに勿体ない。木の葉に帰るまでの行程を考えると、明日が制限ギリギリだった。

 

「……俺たちもその……そろそろだな」

 

「うむ。仏の供養も済ませたからの」

 

「あ~あ寂しくなっちゃうな」

 

「……そうさな」

 

 

 昼食後。一応見残しがないか軽く建物を見て廻り、最後のチェックを開始する。規模からして軽く廻るだけでもかなりの時間がかかることが予想され、実際全てが終わるころには日も暮れてしまった。本日は野営。翌朝出発という流れになるのは至極当然のことだった。

 

 どこか妙な雰囲気だが、人の好さそうな僧侶たちとの付き合いもこれで最後。普段人を信用しないネジでさえも彼らの掛け合いに口端を緩めている時もある。リーやガイはいわずもがな。

 

 夜はささやかながら楽しい宴会となった。どこに隠し持っていたか教祖の出した酒は今までよりも上質で三人でも飲みきれない程の量。横で酒を美少女のテンテンが注ぐので美味さも段違いというもの。ガイは二人に唆されて直ぐに真っ赤になってそのまま眠り込んでしまった。

 

 後片づけに忙しないテンテンの手伝いにリーが駆けまわっていると、

 

 

「あれ? ネジは何処へ行ったのでしょうか?」

 

 

 ネジだけではない。先程まで僧侶がいた焚火の周囲には瓢箪が投げっぱなしになっている。彼らの姿はもうそこになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 焔の光。紅蓮の蛍が波風に揺れて夜空へ昇っていく。ゆらゆらと煙の上昇気流に乗る細かい異物はかつての紙片。それはガイ達第三班の集めた資料()()()ものだ。運搬しやすいように一カ所に集められたのが、彼らにとって丁度良かった。燃やしやすいものはそのまま、石碑は粉々に砕かれて海の底に沈められた。

 

 

「おい! ――どういうことだこれは!?」

 

 資料の山で出来た大きな焚火の前にいる犯人へ、血気にはやる様子でネジは問いかけた。白眼に込められた意は怒気であり、殺気さえ籠っていた。

 

 

「どういうことも何も、なぁ?」

 

「――うむ。これが我らの本来の任務だ」

 

 

 飄々と返す二人の僧侶。キョウソとロクショウ。これだけのことをしでかしたのに二人から全く悪意や敵意を感じないのがネジには不思議だった。こちらの害意がまるで相手に伝わっていないかのようだった。それが理解できない。

 

「お前等<殿に逆らうとは身の程知らずよの>」

 

「……悪いことは言わん。これ以上()()()に関わるな」

 

「なっ!?」

 

 こんなところで聞くはずの無い名前。ネジは臨戦態勢になって警戒を顕にした。だけれどもロクショウの忠告は真にネジたちを案じてのもの。攻撃の気配どころか、まるで迷子を放っておけない一人の大人として優しい視線を向けている。

 

「今回の俺達の任務は残った資料を全部破棄すること。お前たちの排除は今回の任務にはない」

 

 

「――まさか藍染の部下だったとはな」

 

 

 ネジの背後に瞬身の術でガイが現れる。すっかり酒で酔って熟睡しているとばかりに思っていたので、少なからずキョウソ達も驚いたようだ。木の葉で並ぶ者のいない体術使い、あるいは忍界でさえ並ぶ者のいないかもしれないほどの有数の実力者だ。ネジのように言って聞かせることが出来る相手ではない。ここで今戦うことはキョウソ達の望むところではなかった。

 

 

「おっと。こちらは今戦う気はないんだ。でも次会った時はおそらく敵だ」

 

 

「出来ればそうありたくないものだな」

 

 

「<まっこと>……世知辛いねぇ」

 

 

 そう言い残し、彼らは瞬身の術で目の前から消え去ってしまった。残るは業業と燃え盛る炎。急いでガイはネジと協力して火をかき消そうとするもそう易々と消え去るほどの火力ではなかった。消火が済んだころにはそこに煤の山が残っているだけ。火をつける前に特殊な薬品でも染み込ませたのだろう。比較的無事な傾向のある書籍の内側ですら全滅だった。

 

「クソッ!」

 

 ガイの口から思わず悪態が吐き捨てられた。ネジにも気持ちは良く分かる。あれほど苦労して集めた資料が全て灰になってしまえば文句の一つでも出て当然だ。一応白眼で辺りを確認してみると、

 

「……あれは」

 

「うん?」

 

 ネジの指さした先には海が凪いでいた。夜空は先程まで近くで大きな炎が周囲を照らしていたせいで、その美しさが色あせていたが今は満天の星空を海面に映し出している。 映るは光の帯。天の川が闇色の海にかかる橋のように見えた。小さな星屑がまるで生きているようにも――

 

「――違う。これは……夜光虫?」

 

 海面の浅いところに夜光虫の群体が発光している。どうやら先程の僧侶たちが石碑を海に投げ込んだ時の衝撃に反応したらしい。今までは焚火の明かりで気づいてなかったようだ。

 

 夜光虫が集まって海底の一か所に目掛けて長い尾を引いていた。僅かな月明かりの下でその先に何があるかネジは白眼を凝らしてみる。暗い海の中、波はないとはいえその先を目視することは写輪眼でさえ不可能だ。透過して対象のみを捉える遠視と洞察力は白眼に優位性がある。

 

 海底には瓦礫と化した石碑が多数転がっていた。石碑の表面はどうやったのか均一に薄く削られて文字が彫られていたことさえもはや分からない。徹底的にそして丁寧に潰されている。その中の一つ、石碑同士がぶつかって割れてしまったのだろう。真っ二つに割れた石碑の中から漏れる微かな光。それを辿って夜光虫が集まっている。

 

 ネジには光の正体が真珠のように見えた。

 

 文字を彫り残す為の石碑の中に入念に隠された宝珠。

 

「……少しは持ち帰る物が出来たみたいだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

嗚呼、藍染よ。お前はどうしようもなく遅すぎたのだ。

 

 

 もしかしたらあり得たかもしれない未来。

 

 火影の席にはミナト。それを傍で補助する藍染。決して楽ではない仕事も、里に住む者の平穏を確かに作り上げているという実感を支えに、忙しくはあるが充実した日々を送っていける。夕刻には近くまで寄っていたクシナが、大きくなったナルトと一緒に夫を迎えにやってくるかもしれない。暖かい家庭の雰囲気に偽りの笑顔はいつしか本当の笑みへと変わり、クシナから食卓に誘われてまるで本当の家族のように幸せなひと時を……

 

 

 

 そんな理想の未来図を自ら潰したのは他でもない藍染自身だ。

 

 

 九尾の襲撃に、自らの野心が燃え上がり。ミナトの純真な信頼によってその野心も鎮火したかと思えば、屍鬼封神により現れた死神にそれ以上の興味を寄せた。

 

 連続した事件による異常性で逆に精神が一周して落ち着いた藍染はあることに気づいてしまった。

 

 自らの命を対価に里を守ろうとするミナトや、九尾が抜かれても必死で生に喰らいついてミナトや子供の為に何かなそうとするクシナ。その輝かしいほどの自己犠牲の精神を前に、藍染はただ貪欲に力を求めていることに。

 

 

 言い訳のしようもない。純然たる事実である。

 

 

 それが藍染に一番必要な事だ。その通常では冷酷かつ、どこまでも覇道を征く生き方こそが藍染の憧れた藍染なのだ。――ならばミナトとの考えとは全くの真逆に位置する己は果たして友と呼べるのだろうか。藍染にとってミナトは必要な友だろうか。答えは既に()()にあった。

 

 

 藍染の精神はかつてないほどに冷静であった。冬の朝の清水よりも明確に自身の脳内はすっきりしていた。同時に肺に冷たい空気が一度に入って来たかのように、胸を氷の棘が突き刺す。

 

 

「藍染。友として、息子を……ナルトを頼んだよ」

 

 

 夫婦でナルトに伝えるべきことは伝えた。本当はまだまだたくさんあるものの、時間はもうない。ミナトが真摯な表情で藍染と向き合った。

 

 藍染も透き通った笑みで返した。

 

 

「勿論。お断りするよ」

 

 

 一種。冗談でもいっているかのような雰囲気が場にあった。とてもそんなことを言う場ではない。藍染はそんなことを言う性格ではない。ミナトの知る藍染はそうではなかった――はずだ。

 

 

「そもそも。今まで君を友と思ったことは一度もない」

 

 

「藍…………染……?」

 

 

「いい加減うんざりしていたよ。君達二人のお人よし加減にはね……」

 

 

「何故……?」

 

 

「何故今まで騙していたか? そう言いたいのだろう。――全ては将来有望な火影候補に近づいて、その機密情報と特権を利用するため」

 

 

「何……故?」

 

 

「――どうやら察しが思った以上に悪いらしい」

 

 

「何故。泣いているんだ……?」

 

 

 頬に流れる熱いもの。藍染にも自覚はなかった。指先でそっと拭うと嘘でないことが分かる。

 

 

 それは藍染、いや千手 惣右介の最後の感情の発露。

 

 

 その残り滓が人らしい名残に、心を痛めてその傷跡を藍染 惣右介という体に残そうとしていた。実際は涙が流れてゆくにつれて、千手 惣右介としての占める割合は不純物として流れ出ていってしまう。

 

 幼少の頃の思い出。両親との会話。綱手等の先達に可愛がってもらっていたこと。アカデミー時代の同期との遊び。医療忍者として、患者の命を共に救った同志。

 

 そして波風ミナトとの出会い。築き上げた信頼。

 

 その全てがセピア色から灰色に変わってゆく。記憶そのものは藍染の中で依然として残っているが、思い出自体に対する思い入れが切り離されて、他人のアルバムを見ているかのような心持ちだ。そのこと自体に藍染は違和感を抱かない、抱けない。

 

 千手惣右介と藍染惣右介は切り離された。もはや別人なのだから。

 

 

 一人の男としてこの世を享受してきた千手惣右介とは別に、藍染惣右介はよりそれ(藍染惣右介)らしくなる為に生きて来た意志であり遺志そのものだ。二つが合わさって完成されていた個人はその片方が押しやられて今一つの藍染惣右介になりきるという最上命令に固定されようとしていた。

 

「何故……」

 

 

それでもミナトは問いかけることを止めない。友人の最後の頼みをあっさりと断った男に対して、裏切ったことへの負の感情は一切見られない。藍染の言葉が信じられないというわけでなく、単純に信じているからこそ藍染がそう答えざるを得ない事情があるものだと信じ切っているのだ。

 

 藍染の胸を鈍痛が襲う。切り離された一人の藍染が、裏切ってもなお向けられる信頼の籠った視線に忌避し、疎んでいる。『そのような価値は自分にはない』と。

 

 藍染惣右介とほとんど体の一部となっている鏡花水月はなんの悪気もなく、その解決法を今実践しようとしていた。これ以上にないほど簡単な方法で――

 

 腕が惣右介の意志に反して勝手に動き出す。ゆっくり、しかし抗いようもないほど強力な意思で右手は得物を手に取り、その切先を対象に向けた。事情を知らないミナトも目の前に突き付けられた刃に、藍染の意図に気づかないフリはもう出来なかった。

 

 

「藍染……冗談だと言ってくれ」

 

 

「これは――」

 

 

 今、いったい藍染は自分が何を発言する気だったのかを己自身へと問いただす。刀がそうさせたというくだらない言い訳か、あるいは謝罪の言葉か。……どちらにしろ酷く醜いものだ。かつての友に刀を突きつける現状に、藍染は何の弁明もしない。かつての惣右介も藍染としての振る舞いを守る限り否やはないはずだ。それなのに腕は鏡花水月の意志を抑えるように震えて抵抗していた。

 

 そればかりか九尾の半身が封印が緩んだ隙にミナトへと振り落とされた爪先を、鏡花水月でいなすほどの抵抗を見せた。しかし、さすがにそれで抵抗する気力を使いつくしたのだろう。体は抵抗することを止めて脱力する。体の主導権が藍染のもとに戻るしばしの間に、ミナトは残りの九尾の半身を息子であるナルトへと封印することに成功した。

 

 涙の勢いが止まり、最後の一粒が鏡花水月の鍔に落ちて、刀身へと滴り落ちる。それはそれは美味そうにジュルッと厭らしい音を立てて鏡花水月は啜る。

 

 

「藍染……君は……いったい?」

 

 

 答えはもう返ってこない。大きな心残りを胸に宿したまま、屍鬼封神で顕れた死神により魂を貪り喰らわれて、ミナトは力尽きた。それを眺める藍染に、友を亡くした悲しみの表情は一切浮かばなかった。ただチャクラ感知で死神の状況を逐一把握している。この貴重な瞬間を逃さないように、少しでも情報を得るために。

 

 やがて死神はふとした瞬間、その場から消え去った。まるで最初からその場に異常なことは何もなかったように消えると、藍染の視線は残りの()()()()に向けられる。

 

 クシナは現状の把握が困難なほどの疲弊感が体を包んではいたものの、一つ確かなことがあった。

 

 

「やっぱ…………あんたはクズ……だってばね」

 

 

 口の端を歪めて哂いながら藍染が一歩一歩近づいてくる。もはやクシナの命は救われようもないが、最愛の人が遺した最愛の息子だけは藍染の悪意から庇おうと、倒れるように身を投げ出して視線を防ぐ。

 

九尾を宿した人柱力。それも生まれたばかりの。いかようにも教育を施し、洗脳することができるナルトは他里にでも売れば莫大な金と権力を手に入れることができる危うい存在だ。

 

 しかし、藍染の視線の先は身をもって隠したナルトではなくむしろ――

 

 

「洗いざらい話してもらうよ。屍鬼封神……だったかな?」

 

 

 もはや抵抗する力はクシナに残されていなかった。それでも最後まで諦念の意を受け入れることはしない。妻として、母として、一人の忍として屈する訳にはいかなかったから。

 

 クシナが幻術にかけられる前に最後に口から吐き捨てたのは呪詛。怨みでまともに聞き取ることさえ出来ない程早口で唱えられたのは、うずまき一族に古くから伝わる呪いの言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。