オサレ腹黒ヨン様忍者   作:パンツ大好きマン

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雨上がりの一時

 

 

 

 

 

 

 

「サクラ! もっと集中しろ! チャクラを針の先ほどに細めるイメージだ」

 

「はいっ! 師匠!」

 

 

 綱手の言うように掌仙術の精度を高める。担当上忍のカカシからチャクラコントロールを褒められたことはあるが、かつてここまでの緻密さを求められたことはなかった。体術や忍術で要求されるレベルとは全く別の方向性。医療忍術の奥深さは瞬く間にサクラを虜にした。幸い基本的な医療知識は勤勉な彼女は既に有していて、師の綱手から直ぐに実践的な医療忍術を学ぶことが出来た。

 

 横でサクラを見守る綱手。確かに綱手は三忍の一人で経験も豊富、何人もの医療忍者を育成して世に出してきた。その中でもサクラは付き人のシズネを超えるほどの才覚を持っていることは明白だった。息絶えたように見えたネズミがサクラの掌仙術でみるみるうちに生気を取り戻す。

 

 二人の師弟関係はつい二か月前のことだった。

 

 

 

 大蛇丸と藍染が残した被害の処理に追われて隈取ならぬ本物の隈を目の下につくった五代目火影が机の上で仮眠をとっていた時のこと。執務室の扉を蹴り飛ばさん勢いで開く物音に自来也は心地よい睡眠を中断された。

 

「エロ仙人! 俺に修行つけてくれる約束はどうなったんだってばよっ!」

 

「……見て分からんか? ワシは今忙しい」

 

「ほっぺに涎の痕残してるじゃん! ぜってぇ寝てただろ!」

 

(……うるさいのう)

 

 火影の職務の間にナルトとの修行の約束は確かにしていた。忙しい合間に先代のヒルゼンに修行を見て貰ってさえいる。いくら弟子とはいえ復興間もなく多忙の自来也やヒルゼンまでもがナルトの修行に付き合っているか。理由があった。

 

 

 藍染が去った場にいたナルト、サクラ、サスケ。一人はおそらく大蛇丸に連れられ里抜けしてしまった。そして本題は残ったナルトとサクラが共通のおかしな証言をしたということだ。

 

 

 藍染達が宙へと氷の棺に乗って移動していく際、攻撃した木の葉の忍が()()()()()()()とは少し違った方向へと術や忍具を放っていた。と言うのだ。

 

 下忍が何をそんな馬鹿なことをと一笑に付されてしまったのだが、そこに同じような証言をする者が加わった。何を隠そう新任されたばかりの自来也だ。ダンゾウに助けを止められた後、もしもの時の為に透遁術で遠くから様子を確認していた自来也は上忍程の忍がまるでそこに誰かがいるように攻撃していたのを見た。勿論藍染の催眠や、イタチの写輪眼は視界に入らないよう注意したうえでのことだが、鏡花水月にかかっていない男と同じ物を見たということ。それはナルトやサクラの重要性を一気に引き上げた。

 

考えれば猿飛ヒルゼンの凄まじい火遁を受けた後にいくら防御に特化しているとはいえ氷遁の棺が後続の攻撃でいつまでも持つ筈がない。万が一に備えて鏡花水月の完全催眠で位置を誤認させること自体については特に不思議ではない。

 

 問題は何故二人に鏡花水月の効果が及んでないと思われるのか?

 

 当初は藍染の潜在的な味方だったのではないかと懸念したダンゾウにより尋問が行われた。しかし、もし本当にそうならば自ら名乗り出ることはなく、過去の記憶を掘り返して調査した結果、確かに二人は完全催眠の条件を満たしている。それでも催眠にかかっていないということは何らかの完全催眠から逃れる条件か、かからない条件を満たした可能性があった。あの用意周到な藍染がわざわざ二人を逃したのはその理由の調査の為かあるいは他の意図があってのものか。それは木の葉にしても喉から手が出るほど欲しい情報だ。ひとまずはその原因を探るまでは経過観察とあいなった。

 

 実はナルトに関しては推測の域だが考えられる可能性が一つある。それはナルトが九尾の人柱力だということ。完璧な人柱力は尾獣と協力して幻術すら解術することが出来ると云う。九尾との完全な協力は歴代の人柱力全てが為しえなかったことで、ナルトも勿論そこまでの協力関係を築いているとは到底言えない状況だ。なんとか自らに眠る九尾のチャクラを引き出すことは出来ているものの体への負担も大きい。それでもナルトの中の九尾が宿主を勝手に操られることで間接的に及ぶ影響を恐れ、催眠解除に協力した可能性は十分にある。

 

 問題は春野サクラという存在だった。彼女は人柱力ではない。歴戦の忍ですらないただの下忍だ。それが何故完全催眠の影響を受けていないのか。もしそれが分かれば里全体の完全催眠を解く鍵に繋がる。調査と並行して護身、対藍染用に戦闘・補助訓練がナルトとサクラに五代目火影の命令で下されることになったのだ。とはいえ考え得るあらゆる調査はほとんど済ませて、手がかりらしいものは何も掴めていないのが現状。本人にもさっぱり理由が分かっていない。

 

 

 裏切りの危険性から最後までダンゾウはナルトとサクラに呪印での保険を申し立てしたが、自来也と綱手が直接面倒を見てもしも裏切りの兆候があれば直接手を下すことを確約して納得させた。

 

 元々ナルトに関しては人柱力ということで他里の抑止力としての役目を期待されていた。それが未来の戦力として期待されるようになり、火影である自来也本人が弟子として公言した為、里内である程度の地位は認められるようになった。少なくとも表立って差別する者は劇的に減ったといえる。

 

 修行の成果も順調だ。抜け忍となったサスケを取り戻すという目標を掲げ、同じ三忍の下で鍛えられている。ナルトは生来チャクラ量も多い上に、九尾の莫大なチャクラを眠らせているのでチャクラコントロールが下手糞だった。そこで自来也はかつての教え子であるミナトが開発した螺旋丸を学ばせることで、切り札となる破壊力とチャクラコントロールを鍛え上げさせた。苦手なチャクラコントロールの上達とチャクラ容量の底上げ、並行修行による効率化の為多重影分身での特訓はナルトを急速に強くさせたのだ。自来也が忙しい時には綱手に代わりに別の修行を見て貰っていたが、チャクラコントロールの安定しないナルトでは医療忍術の習得は難しい。

 

 その逆に自来也が綱手の弟子であるサクラを見ることもあった。サクラは非常に優秀な生徒で聞き分けも良く、正直このまま綱手に教わったほうが方針も統一されていい。師と弟子が似た傾向にある両師弟はそれぞれの師に教わったほうが良いと自来也は考えていた。

 

 しかし、サクラの才能はチャクラコントロールと医療忍術に留まることがなかったのだ。自来也が試しに簡単な封印術を教えてみたところ直ぐにそれを発動して見せた。物は試しと紅上忍に幻術の教授を要請すればそれさえも簡単に習得してしまった。

 

 ナルトはチャクラコントロール以外は生来才能豊かな人物だが、如何せん周囲にいるサスケやサクラという秀才に紛れてしまって落ちこぼれと言われていた可能性もあるやもと、自来也はある意味納得のいった思いだった。

 

「――おっ。どうやらガイ達が戻ったようだのォ」

 

 執務室の窓から見える人影。元渦隠れの里に派遣していた第三班がしばらくぶりに帰って来た。本来ならある程度の増援を考えていたが、死神をどうにかする方法よりも鏡花水月の完全催眠を解除する方法が最優先課題の為研究者を送ることが出来なかったのだ。

 

「……渦隠れに少しでも資料が残っているといいんだが」

 

 成果も気になるが、ガイがライバルを自負するカカシが今は気になった。藍染に負けて、教え子の一人が大蛇丸と共に里を抜けたショックは大きい。綱手の治療で後遺症などはないものの、精神ダメージは肉体のそれとは訳が違う。カカシ本人は特に目に見えて落ち込みはしてないようだった。ただ力を身につける為に班を一度解散して修行に打ち込んでいる。――恐ろしい執念だ。一度手合わせをしてみたが、自来也ですら苦戦するほどに成長している。そして未だ成長途中でもある。

 

「……報告を受けた後にカカシに会わせてやったほうがいいかものォ」

 

 今のカカシに一番必要なのは気の置けない仲間だろう。

 

 同性のカカシを気にする自来也のように綱手もまた心配な相手がいた。アンコだ。あれだけのことをしでかした藍染を取り戻すことを未だ諦めていない綱手と同様にアンコも諦めた様子はない。藍染に刺された後、致命傷と思われていたアンコの傷跡は不思議なほどはやく癒えた。大蛇丸から受けた呪印。振り回されていた呪印をもうアンコは完全に制御している。

 

 自来也も完璧なコントロールは出来ない自然エネルギー。その極地たる仙人モードの一歩をアンコは踏み出そうとしていたのだ。完全に物にする為に龍地洞の白蛇仙人へ教えを乞いに木の葉を発った彼女は今……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨隠れの里の端。普段は滅多に雨が止むことはない地で珍しく灰色の巨大な雲海の隙間から幾筋もの光の帯が差し込んでいた。そこに黒地に赤い雲を浮かばせたローブを身に着けた男が一人、二人と歩を進める。そして光が差し込む空間が広がっている十歩前で打ち合わせたように歩みを止めた。

 

 光を挟んだ向かい側で同様に歩みを止める者たちがいた。

 

 トレードマークであった眼鏡を外した藍染を先頭に、銀の混じった美しい白髪を風に靡かせた黄緑。殿に霧の生み出した鬼人、桃地再不斬が背に巨大な首斬り包丁を引っさげて周囲を警戒していた。

 

 

 『暁』

 

 主に戦闘を請け負う傭兵集団として最近名を上げている組織。メンバーはどれもビンゴブックに載っているA級クラスの犯罪者ばかりの曲者揃い。そのリーダーであるペインが元霧の忍刀七人衆の一人である鬼鮫、天使と謳われる腹心の小南と今回の会談予定場所に赴いた。

 

 

 

 

「何の用だ?」

 

 

 ペインの口調には僅かな苛立ちが混じっていた。藍染達が会談を提案して待ち合わせ場所にこの場所を指定したのはペインだ。実は前々から藍染達とは接触があった。何処からか『暁』の情報を手に入れて来て尾獣に関する情報を提供する代わりに金銭や別の情報を対価として支払う関係を暁と築いていた。

 

 その力は未知数。少なくとも一方的に情報をひねり出すほど力量差は大きくないことは確かだった。情報提供者は暁のメンバーであるうちはイタチ。彼程の実力者が警戒する相手は暁にとっても危険な存在だ。いずれ始末するにしても現状では時期尚早。しばらくはイタチに監視を任せて様子見の段階といったところで今回の会談の申し出があり、ペインからしても意図を掴み損ねていたのだ。

 

 

「……君たちの計画には重大な欠陥がある」

 

「――なに?」

 

 突然藍染の口から『暁』の計画が出て来たと思いきや否定されて、さすがのペインも疑問が口から零れ出た。当てずっぽうにしても些か無茶がある。それより――

 

「下らん。痛みを知らぬ者の戯言を聞かされる為に来たとは時間の無駄だったな」

 

「――ならば証拠を見せよう」

 

 言葉とは裏腹に藍染が刀を抜く。抜き身のまま無警戒で歩み、雲に遮られた影の中からまるでスポットライトに照らされるかのように光の帯が天から藍染に降り注ぐ。刀身に反射する光にペインたちは鼻白んだ。

 

 次の瞬間。鬼鮫の持つ巨大な忍刀『鮫肌』が藍染の頭と胴体を真っ二つに削り裂いていた。血が放射状に周囲へ飛び散り、鬼鮫の攻撃に対応しようとした再不斬の目元に血が入る。急いで拭おうとした再不斬を小南が操る紙の束が息を塞ぎ、首斬り包丁を持つ手を抑えて、あっという間に拘束してしまった。直ぐに呼吸困難でむしり取ろうとしていた決死の抵抗も見ている内に止む。

 

「イタチが言う割に大したことのないやつだったな」

 

「そうね。ペイン」

 

 残された黄緑は翡翠色の瞳を左右に動かして、逃げ場が無いと悟ったのだろう。千本を両手に構えた。止めを差そうと動き出そうとした小南を鬼鮫が指先で制止する。

 

「あの女は私が始末します」

 

「……構わんが、後片づけはしておけよ」

 

「勿論」

 

 

 鬼鮫は直ぐに水遁を使い足場を奪うと、チャクラを削ぐ『鮫肌』で黄緑の華奢な四肢を千切らない程度に痛めつける。執拗に、正確に、躊躇なく。それが鬼鮫のやり方だった。唯一いつもと違っていたのが、相手には鬼鮫への敵意はあるがまるで殺意を感じないことだった。勿論それが鬼鮫の手を緩める理由に足ることは一切ない。

 

「はぁ……はぁ」

 

 その翡翠色の瞳はチャクラと体力を削がれることで瞬き、アーモンドのような瞳が幾分か小さくなってしまったように思えた。

 

 ついに黄緑も疲労の限界がきて、千本での攻撃の受け流しが間に合わずまともに『鮫肌』の一撃を受けて背中が裂かれ倒れ伏してしまった。チャクラを鮫肌に吸われもはや彼女は指一本まともに動かすことが出来ない。それでも用心の為鬼鮫は『鮫肌』で残りのチャクラを吸いつくすと、意識の失った黄緑を背に担いで去ろうと――

 

 

「おや? 彼女に止めを刺さないのかい?」

 

――背後より声を掛けられ、振り向くとそこには先程自らの鮫肌で殺したはずの男がいた。削り取られた死体はまるで夢でも見てたかのように陽光の下で溶けていく。

 

 幻術? 鬼鮫ならまだしもペインに通じるはずがない。 

 

 良く出来た変わり身の術。――暁にもそのような術がある以上、その可能性は非常に高かった。気づけば藍染だけではない。小南の紙に縛られて窒息死したはずの再不斬も得物の切先を鬼鮫に向けていた。

 

「少しばかり死ぬまでの時間が伸びたに過ぎませんよ。――楽に死ねるとは思わないことですね」

 

 

 瞬きもする間もなく藍染の前に現れた鬼鮫が片手で巨大な鮫肌を振り下ろす。人外染みた膂力の一撃は例え片手であろうとも人一人を両断することを苦にしない。削るという特性の鮫肌を十全に扱う鬼鮫の身体能力とセンスは霧の忍刀七人衆でも匹敵する者はいない。

 

 

(チッ。重いな)

 

 

 藍染への攻撃を瞬時に間に入って受け止めた再不斬の首切り包丁が上から押さえ付けられる。むしろ受け止めた首切り包丁ごと地面に縫い付けられ、圧し潰されるかのような力が再不斬を襲った。

 

「少しは実力をつけたようですが――所詮小僧の再不斬ではこの程度ですね」

 

「……てめぇ」

 

 

 チャクラで肉体強化した先から鮫肌にチャクラを削り喰われ、鮫肌は主である鬼鮫に奪ったチャクラを譲り渡すので一度膠着状態になってしまえば勝敗の流れは一方的になる。しかし再不斬もただ一方的にやられるだけではない。

 

 鬼人と呼ばれる所以。自身の奥に眠らせていた鬼のような殺気が再不斬の背から放出された。可視化するほどの殺気を持ったチャクラが鮫肌で削られる前に鬼鮫を押し返し、膠着状態から離脱することに成功。それでも結構な気力を消耗してしまい肩で息をしている様子だ。基本的な実力の差を見せつけられてまるで敵意が萎えていないのはさすが鬼人再不斬といったところだろう。

 

 

「下がれ再不斬」

 

「藍染様よぉ。俺はまだやれるぜ」

 

「――聞こえなかったのかな? 私は『下がれ』と言ったよ」

 

「――ッ!」

 

 

 鬼鮫相手に怯まなかった再不斬の体が硬直する。圧倒的なチャクラと圧力(プレッシャー)に鬼鮫は強敵と出会えた悦びに舌なめずりした。藍染が構えるは刀。相手を選ぶことはしないが、同じ忍具使い同士の戦闘は心躍らせる。再不斬を打ち据えて未消化気味だった欲望が鬼鮫の中で鎌首をもたげようとしていた。予期される戦闘の破壊範囲を見据えて背負っていた黄緑を瞬身の術で離れた場所に置いて再び藍染の前へ戻って来る。

 

 

「……どうやら君は彼女に並々ならない思いがあるようだ」

 

「下らない問答は好きませんね」

 

 

 藍染の鏡花水月と鬼鮫の鮫肌がぶつかり合った。先程の鬼鮫と再不斬の再現となるかと思われたが今度は両者の得物が垂直に交じり合って拮抗する。類まれなるフィジカルの鬼鮫と単純な身体能力で釣り合う藍染の実力の一端を計るには十分な一撃。

 

「――これは」

 

 同時に鬼鮫は違和感を覚える。鮫肌と藍染の刀が鍔迫り合いになった際に、まるで再不斬の首斬り包丁とぶつかり合った時のような感覚を覚えたのだ。

 

 

 タイミングやシチュエーションの類似ではない。これは共鳴(シンパシー)だ。

 

「その刀。普通ではありませんね。――もしや」

 

 共鳴現象。霧の忍刀七振りと業物の忍刀がぶつかり合ったところで共鳴は起きない。起きるのだとしたそれは――

 

「君の『鮫肌』と同じ古津之老によって打たれた物だ。名を『鏡花水月』」

 

「……かつて引退した刀匠が何者かによって殺害されたことがあったと聞きます。まさかあなたとはね」

 

 

 兄弟刀の繋がりが鬼鮫と藍染、そして再不斬を引き合わせたのやもしれない。古津之老によって魂を注ぎ込まれ鍛錬された美の結晶は人間同士の血の繋がりよりも濃く強く結びつける。ましてや――

 

「どうやら『鮫肌』もあなたを削りたいとウズウズしているようです」

 

 鮫肌も鏡花水月と一合交わした時点で古津之老を殺害したことを理解したのか、ギチギチと尖った歯を生物的に噛み合わして不協和音を奏でる。親殺しの犯人を前に殺意に満ちた鼓動で鬼鮫に応えた。

 

 

「水遁・爆水衝波」

 

 まるで貯水中のダムが決壊したかのような水が津波になって藍染へ押し寄せる。元々雨隠れには普段雨が多く降ることもあり、周囲から水を集めて強化することはそう難しくない。むしろ想像以上の貯水量に爆水衝波の上位技である大爆水衝波レベルまで術の威力は増大していた。

 

 激流は大地を削り取り、最大威力の技の着弾点を中心に渦巻いて小さな湖が新たに出来る。

 

 二人が激突する前に高地へ予め移動していた再不斬は荒れ狂う湖面を見おろして様子を見守っていた。

 

 

 ようやっと落ち着いた湖面にいつの間にか立っていた二人。

 

 和風の死覇装をそのままコートに仕立て上げたようなデザイン。風にコートの裾を靡かせて、立てた衿の黒い裏地は藍染の白い首元を強調していた。鬼鮫も様子見の一撃とはいえあれほどの規模の術を容易く避けて戦闘に関する緊張感は一切感じさせない。

 

 鬼鮫はニヤリと口端を歪めると、次の瞬間全身から刀傷で鮮血が宙に舞う。通常の人間なら失血死してもおかしくない傷で倒れる――かと思いきや、鬼鮫は気迫のみで踏みとどまった。

 

「――さすがは霧隠れの怪人。黄緑も君のことは高く評価していただけはある」

 

 

 息も絶えんばかりに、それでも鬼鮫の闘志は揺らがない。生まれ持った莫大なチャクラ。恵まれた肉体。チャクラを削り喰う性質の大刀・鮫肌。全てが鬼鮫の強さの秘訣だろう。しかし、鬼鮫の本当の強さはその精神性にあった。里の情報漏洩を防ぐために味方さえも切り捨て、陰口を叩かれ、誰にも信用されない。人であれば精神を病むのも不思議ではない。実際鬼鮫も影響を受けていないはずがないのだ。それでもそれを悟らせず、任務を遂行する内に鬼鮫は確かに壁を越えた。

 

 気づかれないように鮫肌が奪った再不斬のチャクラを分け与えて貰う。油断している藍染相手に、時間稼ぎの為に鬼鮫は話に乗る。

 

 

「……ほぅ。あの女がそんなことを言っていましたか。霧隠れを抜けても追い忍が差し向けられることもなくビンゴブックのリストにだけ乗っているので、どこに逃げたかと思っていましたが……まさかあなたのところとはね」

 

 

「その口調。知らない仲ではなさそうだね」

 

 

「――ええ。あの女はどうやら覚えていないようですが」

 

 

 木の葉へ移り黄緑と名前を変えた彼女はかつて霧隠れの孤児だった。才能を見出されて霧隠れの里での忍者育成施設に預けられた先に鬼鮫はいた。幼少期を共に過ごした孤児たちは百数十人もいたものの、日々の厳しすぎる修練や孤児同士の殺し合いにより数人にまで絞られる。残された者たちは自ずと自立し、他人に情を持って干渉することがなくなるのが常だった。

 

 その中で一番年長の彼女は何かと他の者の世話を焼く変わり者で、それはある程度忍として成長し任務を遂げてからも同じだった。いつの間にかもう育成施設出身の孤児は二人だけになっていた。

 

 鬼鮫が身長を伸ばし見上げることになっても彼女はどこか姉面で扱うのだ。不思議と鬼鮫はそのことが特に不満ではなかった。そしてしばらく忙しい任務で会わない日が続く。

 

 鬼鮫が美瑠というくノ一に出会い。情報を守る為に自らの手で殺した時、既に彼女は霧を抜けたことを知る。

 

 

 

「……覚えていますよ。鬼鮫」

 

 

 傷だらけで片足を引きずりながら黄緑が湖面に立っていた。チャクラコントロールもままならなく、時折水の中に沈みながらも鬼鮫の方へ近づいて来る。

 

 

「あなたは……私の……ただ一人の()()ですから」

 

 

 鬼鮫と会う可能性があると藍染から聞いた黄緑は付き添いに進んで付いてきた。そして彼女は願う。『鬼鮫に殺されることを許して欲しい』と。藍染に最後まで仕えることが出来ない我が身の至らなさを謝罪しながら、それでも彼女は裁かれたかったのだ。

 

 たった一人の家族を置いて、幸せを掴もうとしていた己を鬼鮫本人の手で――

 

 偽り、偽り続けた。死者の皮を着て偽る間は彼女個人という物がなかった。唯一癒されたのは育成施設で帰りを待つ数人の家族。その時だけは己という個人を実感できた。しかし、あまりに彼女は己を偽り他の誰かになることへの才があり過ぎたのだろう。

 

 いつからか己が分からなくなった。施設に帰って笑う人間は果たして本当に自分という個の抱く感情なのか。分からないから演じ続ける。演じ続ける以外なかったのだ。

 

 

 藍染と出会った。彼の異質さは初めての経験だった。彼の前では心がむき出しにされているかのように、思いが感情が読み取られる。それは殻に閉じこもっていた彼女の精神世界を少しずつ解いていって、いつの間にか精神の柔らかいところまで丸裸になっていた。それは酷く弱く、見ていて恥ずかしくなるほどだった。

 

 

 ――しかし

 

 

 ――だからこそ、それは彼女という個人のありのままの姿だと確信できた。

 

 

 記憶が、彼女が本当に楽しかった幼少時代。帰って来た彼女を出迎える家族。そして鬼鮫の素っ気ないようで優しい言葉。それが彼女の全てだった。

 

 

 気づいたところでもう遅い。どんなに言葉を並べたところで伝わるとも思ってないし、愚かな自分を許されたくもなかった。

 

 

 

 だから彼女が鬼鮫にこんな言葉をかけるのは本来間違いなのだ。鬼鮫には怨みを持って黄緑を殺す義務がある。いや、訂正しよう。きっと黄緑本人が裁かれたいのだ。楽になりたいに違いない。

 

 でも、鬼鮫がきっと自分を忘れているのだろうと言った時、それはかつて任務前に出発の挨拶をした時のどこか拗ねた雰囲気のヴィジョンが浮かんで声を掛けられずにいられなくなった。

 

 

「……」

 

 鬼鮫はただ黙っていた。内から溢れる怒りが鮫肌を握りしめる力を強くする。しかし肝心の攻撃に移ろうとしようにも、いざその時には殺すに足りる握力が何処かに行ってしまうのをただ理解できずにいた。

 

 

「鬼鮫。私の話を聞いてから己の行動を決めてくれ。君たちの『月の眼計画』についてだ」

 

 

「…………聞くだけ聞いてあげましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 




あと5話くらいで終わらせたいのでかなり飛ぶかもしれません

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