キン、キキン
斬撃が林の中で響く。平地で結びあうかと思いきや、次の瞬間には樹上で、水上でと場面は次々と入れ替わっていた。
一方の男が袈裟切りに刀を振るえば、もう一方がそれを峰で逸らしながらクルリと回転し勢いそのままに斬りつける。ひょいと身を屈めて刀を脇腹へと突き刺すが相手の脇腹は人の稼働限界を超えて捩れ、空を切る。
そんなことをもう5分も続けている。
藍染は切り結ぶ相手、大蛇丸を油断なく観察しながらある感情に支配されていた。
惜しみない称賛。そして感謝であった。
藍染は生来有り余る才能でリアルシャドウ以外、苦戦という苦戦をしたことがない。実際の戦闘で、実際に体を動かして感じる相手の息遣いや殺意は急速に藍染の戦士としての技量を底上げする。
もっと深く。もっと鋭く。
自身の意識さえも煩わしいほどに没入する。
観察するほど見えてくるものがある。
さすがは音に聞こえた木の葉の三忍大蛇丸。剣術だけでなくそもそもの体の動かし方や立ち回りが巧みで隙は無い。それに加えて体が非常に柔軟で、その名の通り蛇のように身を捩じらせ、口からは剣を吐き出してくる。
距離をとりすぎるのは愚策。忍術の幅も広く、風遁が得意な大蛇丸には取れる選択肢が増える一方。
近距離で隙を窺う。それが藍染の今とりえる最善手だった。
大上段の構えで大きく一歩、二歩と飛び掛かる。舌なめずりしながら獲物を迎える大蛇丸にあと一歩のところで土を蹴り上げる。もうもうと立つ砂煙の中、真横から大蛇丸に刀を薙ぐ。
「残念ね。私にちゃちな目潰しは効かないのよ」
喉元に冷ややかな圧力。砂煙が晴れると怪しげに光る剣が突き付けられていた。
「さすが大蛇丸様です」
「……あなたが中忍試験合格祝いに珍しく模擬戦を申し出たものだから何かと思えば、新しい刀の使い心地を確かめたかったのかしら? 得意の幻術まで使わずに……あまり私をなめていると殺すわよ」
「そのようなことはまさかっ、ありえません。……一週間後に戦争に行きますので、その前に大蛇丸様と最後に一度お手合わせ願えればと考えただけです」
手元の忍刀を背後に隠して、少し恥ずかしそうに微笑む藍染に毒気を抜かれたのか大蛇丸も刀を鞘に戻した。
「面白味のない子ね。あなたは」
「よく言われます。それに、それを言うなら大蛇丸様こそ術も使わず、剣術だって僕にあわせて手加減してくれたではありませんか」
「あら? 死に場所は戦争がいいものだと勘違いしていたわ。あなたがいいなら私が決めてもいいのよ」
「ハハッ、遠慮しておきます。……木の葉の為に死ぬのならまだしも、内輪もめで死んだらあの世で祖父に叱られますので」
藍染の祖父は木の葉隠れの里の長である火影だった。
二代目火影、千手 扉間。
彼は木の葉に多くの遺産を残した。里の力である忍者を養成するアカデミーや警備部隊を設立しただけではなく他里や国内から依頼を受け付けランク付けした後、適正レベルの忍に斡旋するというシステムも構築したらしい。
どれも今の隠れ里では当たり前となっているほど普及している。
冷静かつ合理的な男でかつて争ったうちは一族も、警部部隊という特権階級につけて飼いならすほどだ。また実力主義で、たとえ身内だろうと決して贔屓はなく、むしろ自身や身内にはより厳しい一面もあった。それもすべて木の葉を守るため。
藍染が生まれる前に亡くなったので会ったことはないが、周囲の人間から嫌というほどその手の話は聞いている。そして同時に一族にとって大きな重石となっていた。
「いったい何時になったら千手という家名を名乗れることかしら? 慰霊碑でその名を見ることにならなければいいわね」
「相変わらずキツイですね大蛇丸様は……」
後の世に第三次忍界大戦と呼ばれる各国との戦争。多数の死者を出したこの戦争には数年前から続く忍び里同士の小競り合いがその大火の種火として燻っていた。
小国の小競り合いはその同盟国である火の国や土の国、雷の国等の大国を巻き込んで戦場は日々拡大していった。
木の葉が対雲隠れの前哨地として霧隠れのある地域に基地を建設しろとの命令がくだり、藍染含む中忍3人小隊が物資調達班として戦場に派遣されるのも大戦の先触れだったのだろう。
中忍になったばかりで前線に送られて戦闘を余儀なくされるほど、木の葉に人員がいないわけではないのが唯一の救いか。とはいえ戦闘の可能性のある地域に派遣される程度には木の葉も人員不足ということでもある。
敵地での物資。食料や木材の現地調達は可及的速やかに、そして密かに行う必要があった。
曇天の中、微かな木々の木漏れ日を明かりにしながら作業は行われた。酷く蒸し暑いが、蛭や毒虫がいるジャングルの中素肌を出すのは非常に危険だ。額から流れる汗をそのままに中忍として小隊にハンドサインを出す。
腕を回して一人分ほどの木を刀で斜めに斬り落とすと、自重で倒れる木を一人が横から支え、もう一人がそれをコロで一か所に運ぶ。ある程度集めたのちに巻物で封印して一気に運ぶという流れだ。
始めは護衛兼監視役として上忍が見ていたのだが、もう大丈夫だろうと仕事に戻ると残ったのは中忍になったばかりの3人。緊張を残しつつも、監視の目が離れ気分は緩む。そう思っていたのは藍染だけではなかったようで、ふと見まわすと小隊員とも目があった。
男ばかりのむさ苦しい小隊だがこういう時は変に異性がいない分場は和む。
ゴボッと濁った声が木々の中に響いた。場の空気に耐えきらず噴出したのだろう。さすがに迂闊すぎると、犯人を捜した藍染は黒い血を吹き出す小隊員の姿を見た。
その瞬間、意識することなく体が後方に跳ねていた。普段のリアルシャドウで奇襲を受けた場合のプログラミングをしていなければ今ごろ地面に足を縫い付けられたままだったろう。既にやられた小隊員ともう一人の小隊員のことは頭になかった。
跳ねると同時に撒いていた煙玉がちゅどッと炸裂し、周囲に多量の煙が舞う。
藍染は木々の梢の中に身を潜め、息を殺す。更に感知タイプを警戒してチャクラを陰エネルギーと陽エネルギーに練り直して、いつでも陰陽チャクラを練れる状態にしておく。完全に待ちの姿勢だ。
しばらくすると煙が晴れる。今既に小隊がいた場所は最初の犠牲者ともう一つ死体が転がっていた。どれも腹部から千本が数本突き出している。
拓けた木々の端から灰色の忍装束を着た男が一人やってきた。背中には先程までこちらを監視していた木の葉の上忍を抱えている。どうやら既に死んでいるようだ。
(額あては……霧隠れの忍か)
周囲には何人かの忍の気配を感じたままだ。おそらくあれ(囮)に反応したところをやるつもりなのだろう。
「木の葉の忍に告ぐ。お前は包囲されている。今大人しく出てくれば捕虜として丁重に扱おう。近くのお仲間はこちらがすでに処理している、助けを待っても無駄だぞ」
警告をするということは位置の把握は出来ていないということだ。いずれ広範囲の忍術で無理やり炙り出すつもりなのは自明の理。藍染がこの場でとった行動は――
「投降しよう。今から出ていくので攻撃はしないでくれ」
――大人しく出ていくことだった。指示通りに両手を上げて、見晴らしのよい広場へと歩き出す。通告をした男の10m程先で止まると、刀を地面に突き刺し、懐の忍具も全て投げ出した。
「おい、確認しろ」
男の視界から木の葉の忍が一瞬で消えた。
「はっ? ――アッ」
その時、瞬き一つしていなかったと男は断言出来る。
霧隠れの忍は幼少の頃より霧深い河川の近くで育つため、船での移動が交通の主だ。視界の悪い霧の中、突き出た岩や岸にぶつからないよう一秒たりとも目が離せない。早いうちに対応するため視力聴覚等の感覚も鍛えられ、忍として活躍するころには自身が生み出した霧の中でも敵を一方的に蹂躙することができる。
だからありえないのだ。瞬きもしないうちに部下全てを斬り伏せられ、上忍である自身の喉元に先程手放したはずの得物が突き付けられているこの現状は。
「――幻術か?」
男は藍染に問いかけるが、その答えは既に自分の考えによって否定されている。印は組まれていない、それに部隊には対幻術用に二人一組でチャクラを整えあっている人員がいる。薬物にしては臭いもない。無味無臭の薬物というのもないことはないが、たいていそういった物は非常に繊細で広範囲に散らばった部隊全員を巻き込むというのはあまり現実的ではない。――なら、どうやって?
「――瞬歩だよ」
瞬身の術というのがある。
主に肉体をチャクラで活性させてドロンと消えたように動くあれだ。変化の術や分身の術で発生する煙を目くらましに全身のチャクラを使って高速移動するのだが、やっていることは変わり身の術と大差ないレベルの忍者が多い。
さすがにそれでは面白くない。なによりOSRヨン様にふさわしくない。
そこで陽エネルギーと陰エネルギーだ。この二つを同量繊細に混ぜ合わせると陰陽チャクラになるが、本来この二つは相反するものだ。それ故に陰陽チャクラを練るのは目隠しで針に糸を通すほど困難だ。
今回利用したのは陰エネルギーと陽エネルギーが反発しあうという性質だ。
一つの動作をする時筋肉が主に働く部分を主動作筋といい、対になってそれと逆の働きをする筋肉を拮抗筋という。つまり動きに伴って収縮する筋肉と伸展する筋肉がある。これを補助する機能をそれぞれのエネルギーに任せて、強化しようと考えたのだ。手足のバネはお互い反発する力で強化し、一足で初速からほとんど最高速度にまで達する。体のほうが持つかが唯一のネックだったが、その分チャクラを込めて、ついに実現へと漕ぎつけた。
しかし、これで満足するような藍染ではなかった。
「確か、霧には忍刀七人衆というのがいるんだったかな? その製作者のもとへ案内してくれるかい」
目指すは斬魄刀である。担当上忍の大蛇丸経由で聞くには自身の意思さえ持つ刀があるとのことであった。今持つチャクラ刀も決して悪い代物ではないがロールプレイには『鏡花水月』は必要不可欠だ。
「殺せ」
今まで幻術は使っていないが、別に使えないわけではなかった。
~次回、血霧の里~
恐ろしい敵地に一人取り残された藍染に救いはあるのか!?