オサレ腹黒ヨン様忍者   作:パンツ大好きマン

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『愛の挨拶』

 

 

「それでどうじゃ藍染の様子は?」

 

 ヒルゼンは煙管をふかしながら直属の暗部に問いかけた。

 

「はい。最近では基本的な医療忍術を身に着けたようで、現場での評価も良いとのことです。物覚えも早く、主に人柄の良さが患者に好評を得ていると聞いています」

 

「そうかそうか。上忍になるのも時間の内かの」

 

「それが……」

 

 上機嫌にふるまうヒルゼンに水を差すようなマネは暗部にも躊躇われたが、直属の暗部として正しく情報を伝える義務があった。

 

「……藍染の人格としては上忍に相応しく思います。しかし藍染は小隊メンバーを霧の工作部隊壊滅の際に喪って、高難易度の任務を受ける機会が少なく、また医療忍術の応援や週に一度のアカデミーでの書道教室等の理由により任務経験が上忍の試験認定の必要数に足りていません」

 

 ヒルゼンは顎髭をさすり暗部の発言に頷いた。近く戦争の予感に里内でも優秀な者は年齢的に少年といってもよいほどであっても上忍や中忍の認定を受ける者が多い。戦時での人員不足を考慮して特別に緩和策を導入し、実際に戦場に出るまでに中忍以上の経験をしっかり積ませることが目的で実施されている。

 とはいえ最低限の条件はクリアしたうえでの話だ。

 

一、三人以上の上忍の推薦を受けていること。

 

二、規定の難度の任務を一定数以上達成していること。

 

三、以上のことを全て達成した上で火影の認可を受けること

 

 これらをクリアした上で里内の認定試験に合格すれば無事認定を受けることが出来る。

 

「難度自体で言えば、あの死地から無事逃げ延びることが出来たというのがSランク越えなのじゃがの」

 

 暗部も仮面の下で思わず苦笑いした。しかし、例外の緩和策だからこそ、その例外はあってはいけないのだ。

 

「近くの年代の上忍と共に任務を与えてみるのは如何ですか?」

 

 既に固定で小隊員がいるものと協力して任務を受けるのもよいが、ブランクもある藍染が連携のとれた小隊に入っても邪魔になりかねないうえに、実力を出そうにも残りの小隊員だけで対処してしまいかねない。経験のある上忍にサポートしてもらい、近くの年代との親交を深めることで新しい小隊を結成する切っ掛けにもなる。ヒルゼンにも良い考えのように思えた。

 

「そうなれば、小隊の人員を決めねばのぅ。そういえば確かあやつなら今……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレの名前は波風 ミナト。よろしくね!」

 

 金髪碧眼の男が藍染に手を伸ばした。書庫で勉強の帰り際に突然後ろから人の来る気配を感じたかと思えば、当の人物がいきなり自己紹介をして握手を求めてくるとはさすがに藍染も考えもしなかった。木の葉の額あてをつけてることから忍者であることは間違いない。不審者ならばそのまま無視もしただろうが、見るからに好青年という印象の男に藍染も警戒心を露わにすることはなかった。

 

「僕は藍染 惣右介と言います。失礼ですがどこかで会いましたか?」

 

「――いや、会うのは初めてかな。……その様子だと火影様からの指令はまだ見てないようだね」

 

「指令……ですか?」

 

「ん! そうだね。今度藍染くんと任務で同行することになったから挨拶しとこうかと思ってさ」

 

 情報が行き届いていないのに話しかけたことが今さら恥ずかしくなったのか、ミナトも頬をポリポリ掻いて照れ隠しをする。ミナトから見て目の前の藍染という男は酷く落ち着いているように見えた。忍者はその役割上、モラトリアム期間が短く大人としての振る舞いを早く身につける。それにしても藍染という男はまるで歴戦の戦士かのように落ち着き払っていた。中忍になってまともな任務は数える程度しか受けていないにも関わらずだ。

 

(大物か、それともかなりののんびり屋か……どっちかな)

 

 任務までに互いの実力を測るために軽い演習をやることになった。

 実力差から上忍のミナトが受ける形で始まった戦闘演習は思いのほかスムーズに進んだ。

 

(剣術、並み。体術、並み。忍術、並み。しかし、どれもが上忍で通用するレベルでまとまっている)

 

 上忍は作戦指揮の観点からも突出した能力よりもある程度高いレベルでまとまった力が求められる。緊急事態に分隊員を失った際、その穴埋めが出来るのとそうでないのとは作戦完遂の是非に関わってくる。とはいえここまで平均的な実力というのも珍しかった。普通なら得手不得手でその差がうまれるものだ。

 

(しいて言うならば作戦指揮能力が秀でているかな。どんな時でも落ち着いていられる才能というのは得難いね。おまけに藍染くんは医療忍術も使えるらしいし……火影様からの覚えも良い。順当にいけば上忍昇格は直ぐだろう)

 

 藍染の刀を苦無でさばきつつ、視線でフェイントをかけて瞬身の術で飛ぶ。ミナトの得意としている瞬身は並みの、それこそ上忍レベルを超えたレベルのものだ。目で追ってとらえきれるものではない。感知タイプや、ミナト以上の瞬身使いでもなければ瞬きもしない内に息の根を止めてみせる。事実、ミナトの前で逃げおおせた者は驚くほど少なかった。

 

「――参りました」

 

 藍染の背後に現れたミナトが特注の苦無を首元にあてると藍染は両手を挙げて降参した。

 

「ん! オーケー。ブランクの割にかなり動けてたよ。これなら任務も大丈夫そうだね!」

 

ミナトは三忍の自来也を師に持つ。そして自来也は三代目火影を。三代目火影は初代・二代目の両者から薫陶を受けている。偉大な師が必ずしも良い後釜を育てるわけではないが、より良い人材を生む下地は育まれる。同じ三忍の大蛇丸を担当上忍に持つ藍染は環境には恵まれているものの後一つ決め手となるものが欠けているのが惜しく思えた。

 

 

 

戦争の匂いがもはや隠れ里の一般人にさえ感じ取れるほど近づいていた。忍に武器を供給する鍛冶屋以外は里全体の活気が欠けている。普段は客への声掛けで賑やかな通りも、通り自体の人の往来が少ないせいでまばらなものだ。比較的戦力に余裕のある木の葉隠れの里でさえそうなのだから、潜入先の土の国の街にも当然その影響が出ていた。

 

 ミナトと藍染の二人連れは町民の恰好に変装して街の様子を観察する。上忍として優秀なミナトは岩隠れの忍に顔が割れている恐れもあり、黒髪に染めて老化メイクを施してある。腰をかがめて歩く姿は老人のようで、傍らで荷物を背負い歩行を補助する藍染は息子役を演じていた。特に外部の忍との接触もほとんどない藍染は素顔のままだった。

 

「やはりどこも厭戦の感は強いようですね」

 

「ん! 各国で厭戦派の声を取りまとめて抗議活動を起こさせることで、少しは戦争の始まりを遅らせることができるかもしれない」

 

 もはや戦争自体を避けることは不可能。少しでも開戦を遅らせつつ、各国の情報収集でアドバンテージをとるという方向性に木の葉の上層部は決めたようだった。必要であれば抗議活動を扇動し、他里の忍を抜けさせる為に手を貸すことで戦力の低下及び拡充を狙う。今回はその里抜けの為の下調べの任務だ。

 

 人通りの多い時間帯。少ない時間帯。潜伏先や内通者の情報を暗号で街中に書き込んでおく。袖に隠した白墨で手が真っ白に染まるころには既に日が暮れかけていた。通りの人も少なくなり、老人とその子の親子連れもいささか存在が浮き始める。

 

 アイコンタクトで合議の結果お開きとなった。思いの他順調に進んだせいで既に予定された進捗度はとうに過ぎている。あまり長く滞在しても怪しまれかねない。木の葉へと戻り任務の達成を報告することとなった。

 

 

 木々の間を飛び回り帰路を急ぐ二人。人見知りしない性格のミナトと、聞き上手の藍染。自然と話は盛り上がる。得意な術から互いの趣味嗜好まで話すネタに欠かない。

 

 風に揺れる木々の騒めきや水場に響く蛙の鳴き声さえ、若人の友誼の妨げにはならなかった。

 

「おっ!?」

 

「……雨ですね」

 

 ポツリポツリと両肩に降り注ぐ感触。最初の内は無視して進もうとしてみるものの、直ぐに雨粒が大きくなり無視できなくなった。仕方なしに古い大木の洞に急遽避難する。雨音は強くなるばかりで止む気配はしない。地に落ちた小石が時折雨粒に跳ねられて、それだけが目に見える変化だった。

 

 雨粒の音もうるさいほどだった。二人の間に無言の空気が流れる。しかしそれもいつしか耳が慣れてしまい、雨粒の音も背景へと消える。

 

「……藍染君はさぁ、今の忍界をどう思う?」

 

 ゆっくり語りだした隣のミナトを藍染は窺った。ミナトは真っすぐ虚空の先を見据えて、どこか真剣な様子だった。

 

「……あまり良いとは言えませんね。忍界は争いに塗れ、飢えや病がそれを加速させている。木の葉はかなりマシですが、それもいつまでもつか分からない。先の見えない不透明な世界に嘆く者も多い」

 

「――そっか。そうだよねやっぱり……」

 

 どこか気落ちしたかのようにミナトは呟いた。上忍として引っ張ってきた責任感の強い男の気弱な姿は藍染の目に珍しく映った。

 

「…………波風上忍の誕生日は何時ですか?」

 

「えっ!? どうしたの急に? 1月25日だけど」

 

「生まれた日のことは覚えています?」

 

「いや、全然覚えてないけど――むしろ覚えてる人っているの?」

 

 藍染を不思議そうにのぞき込む姿に、もはや先程までの影はなかった。

 

「そう。誕生日を覚えてる人はいない。だから自分自身がいつ生まれたか本当に知ってる人なんていないんです」

 

「…………」

 

「ただ自分が最も信頼する人から聞いたその日が誕生日だと信じるしかないんだ」

 

「誕生日を知っている。それだけで幸せなことなんじゃないかな」

 

 ミナトの中で藍染の言葉が弾けた。

 

「だからその大切な人を守るため、波風上忍は波風上忍の正しいと思った道を進むべきだと愚考します。……と、途中上から目線になってしまい申し訳ありません」

 

 困ったように微笑む藍染の姿にミナトは目を閉じて黙礼した。

 今までどこかで目の前の男を下に見ていた。忍としての実力の差、同じ三忍を担当上忍としてもつ環境からどこか軽んじていたことは否めない。しかし、まるでミナトの今の忍界を憂いて争いのない世界を作りたいという馬鹿馬鹿しい妄想さえも肯定するような発言に心を動かされた。誰もがただの絵空事と考えもしない本心を、声に出して実現する気力が沸々と沸き上がる。

 

 だからこそ今までの自分が恥ずかしかった。藍染は上から目線だと謝罪したが、忍としてはともかく人生としては先輩にあたる男と対等でありたかった。あの一瞬呑まれかけた自身のプライドが上位でも下位でもなく、そう求めていたのだ。

 

「ミナトでいいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「惣右介っ!」

 

 任務から戻り、木の葉の大門で身分の確認を行っていると急に声をかけられた。

 

「惣右介! こんなとこにいたのかいっ! さっさとおいで!」

 

 藍染にとってのはとこにあたる綱手の姿がそこにあった。三忍の一人でもあり、そのルックスから人気も高い。現に門番は綱手の姿に興奮してサインまでもらおうとする始末。

 

 しかしどうも様子がおかしかった。声を荒げることはあるが、綱手自身はもともと冷静な人物。今はかなり混乱しているかのように見える。

 ほとんど無理やり腕を摑まれて、藍染の歩を進ませる。事情の説明を求めても口を濁らせて喋ろうともしない。ただ道を急いだ。

 

 速足で道を進むにつれて、見覚えのある道が見えてくる。日々通った道だ。見間違えるはずもなく……

 

 いつもの道。安心させるはずのそれが、いまやあることを予期させていた。綱手が向かう先が、自身のそれと合致している。速足が小走りに、小走りが駆け足へと変わったのが何時のことだかもはや分からない。藍染を引っ張っていた綱手は既に藍染に引っ張られていた。

 

 

 【木の葉病院】

 

 

 病室にはベッドが二床。上に一人ずつ男女が横たわっていた。顔には白い布がかけられている。藍染が一歩進むと、後ろで綱手が服を掴んで先へ進ませようとしない。無意識の行動だったのだろう。直ぐに手は力なく解かれた。虚空をつかんで一つ二つと指で挟む姿を尻目に、藍染は白い布をそっと持ち上げた。

 

 

 

 葬儀は翌日行われた。喪主は藍染だ。死因は任務中の敵忍との交戦の結果らしい。忍の体が持ち帰られてあげられる葬儀というのは珍しく、葬儀もつつがなく進んだ。千手の直系である綱手を除いて一族の者の参加も無く、母方の親戚付き合いもほとんどなかったので両手で数える程度の参列者だった。

 

 式の間中、いやその後もどこか思いつめたような表情を浮かべる藍染を綱手は監視していた。いまだ若い藍染には今回の件は堪えたのだろう。

 

 (早まることは無いとは思うが、私が支えてやらなければな)

 

 眼鏡越しに藍染の目が遠く遠くへと視線が伸びてゆく。不思議と悲しみや、怒り、それらの感情が浮かんでこなかった。ただ焦りが藍染の胸を焦がしていた。チリチリとゆっくり、そうかと思えば一度に火が広がり『先へ、もっと先へ』と急かす。皮肉なことに危機感こそが成長の起爆剤たらしめる。

 

 (藍染)(ヨン様)になる為に――

 

 

鏡花水月の刀身に浮かぶ男は口先だけの薄い笑みを浮かべていた。

  

 

 

 

 

 






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