鼻汁と涙と汗臭い感動の再会からお互いの抜けてしまった時間を埋めるように自分の事を教え合い夜更かしして久しぶりに左近次に叱られてから一夜明け翌日。
藤重山へ向けすっかり旅支度を終えた二人の腰元に左近次から渡された刀があった。花は別に要らないと断ったのだが左近次はその刀の存在はしばし黙って置けと忠告され渋々受け取った。そしてさらに思いがけないプレゼントがあった。
「炭治郎、花。儂からの選別だ。受け取れ」
そう言って差し出したのは左近次自らが彫ったというお面だった。
それぞれが二人をイメージして作った厄徐の面を受け取る。
炭治郎は狐の面で花は……可愛い豚の面だった。
「ありがとうございます!」
嬉しそうにお礼を言う炭治郎は早速鼻歌交じりに頭に取り付けた。その隣で肩を震わせ花は信じらないと言った顔になった。
「なんで私豚なの!?」
花はズルい!と炭治郎に頭突きしようと構えた。
だがその前にガシッ!と左近次に捕獲された。
「豚なんて可愛いじゃないか。花にピッタリだ!」
本気で褒める炭治郎にメンチ切る花は可愛くなかった。
「それ褒めてねーよ!むしろ貶してるから!」
「本当は猿にしようかと考えたが其方のほうがしっくりきたからな。どうだ、力作だぞ」
左近次も酷かった。
「嫌がらせですか師匠!」
うわーん!と大げさに泣き出す花に左近次は花からお面を受け取って頭に付けてあげた。
「そんなことはない。この厄徐の面がお前を守ってくれるだろう。……ほら、可愛いぞ」
むーんとブス顔になる花に言い聞かせる左近次は前よりも花に対して優しくなった。というか馬鹿な弟子ほど可愛いらしい。花も馬鹿弟子と認めていないが、それとなく左近次から愛情を注がれている自覚はある。だからか、ぷいっとそっぽを向いて、
「だといいんですが。逆に私がストレスで誰かに襲い掛かりそうですよ」
と褒められて嬉しいのか微妙に分かりにくい照れ隠しをとった。
左近次は不思議そうな顔をして花の言葉を口にだしてみた。
「すとれす?花は時々不思議な言葉を使うな。だんでぇ~なるものもそうだったな」
「……造語ですよ、造語。それとだんでぇ~ではなくダンディーです師匠。え~じゃなくてい~です」
「ふむ、お前達が帰ってくるまでに上達しておこう。無事に帰ってこい、炭治郎、花。儂は禰豆子と共にここで待っているぞ」
そう言って炭治郎と花の頭にぽんっ!と手を置いて左近次は二人を送り出した。
「はい!」「イエッサー!私の天使をよろしくお願いしやすっ」
息の合う双子は元気よく返事をしてたったかと仲良く手を繋いで背を向け走り出した。
左近次は遠ざかっていく二人の背中を熱く見つめこう思わずにはいられなかった。
(なんか、不安だ。本当に大丈夫だろうか?特に、花が)
◇◇◇
道中、身長が少し伸びた炭治郎を羨ましく花は見つめた。と言っても数センチなのだがその数センチが花にとって大きい。双子なのに男女ではこんなにも差がでてしまうものなのかとブサイクな顔で睨んでいた。
「花、緊張してるからって変顔して遊んじゃダメだぞ」
「違うわい」
ズレた指摘をする炭治郎をジト目で見つめ、花は気を取り直して辺り一面に咲き誇る藤の群生に意識を向けた。
「それにしてもすごいね」
「ああ、咲く季節じゃないよな」
左近次の説明では藤の花を嫌う鬼を閉じ込めた牢獄のような場所だと教えられた。二人は藤の花に圧倒されつつ仲良く手を繋いで長い階段を上った。花はあの左近次担ぎをしたお陰で息切れを起こすこともなかった。だが藤の花の匂いで多少なぜだか気持ち悪くなった。
「うぇ~」
「花!?どこかで変なものを拾い食いしたんじゃないよな?」
「誰がするか!」
嘔吐く花を炭治郎は心配して俵担ぎして運ぼうとしたが全力で拒否されショボンとなった。
指定された場所へたどり着くと既に他の隊士候補たちが集まっていた。花は興味深そうに他の人たちを観察する。
「なんか荒くれものの集団って感じ。あの金髪とか目付き超悪そうなのとか猪とか……?猪?の顔……?人間?キメラ(合成生物)?ヤバっ、なんかもっと気持ち悪くなった」
「花、大丈夫か?ほら、こっちおいで」
「うん」
炭治郎は花の為に荒くれもの達から視線を逸らす為自分を盾にして花を背に庇った。花はしっかりと豚の仮面を装着して荒くれもの達を意図的にシャットアウトした。回りの人からは豚が突如降臨したと思われている。猪人間と大して変わらない、もしくは同類とみなされていることも知らずに花は少しだけ気分が良くなった。
高そうな着物を着た双子のおかっぱ頭の少女がそれぞれ挨拶をして出迎えた。
「皆様、今宵は最終選別にお集まりいただきありがとうございます。この藤重山は隊士の方が捕まえた鬼が生け捕りされ放たれております」
「藤の花により鬼は外へ出ることは叶いません。ですがここから先は藤の花は咲いておりません」
「皆様にはこの先へ進んでいただき七日間生き延びていただきます」
「それが最終選別の条件でございます」
「「それでは皆様、行ってらっしいませ」」
双子の送り出しの挨拶が終わると皆、一目散に中へと入って行った。炭治郎と花もそれに続いて共に足を進める。
皆散り散りにそれぞれの獲物を探しに進む中、炭治郎と花の前方にもそれらしき鬼が二体現れた。炭治郎は緊張から額に汗を浮かばせ、花を庇おうと後方に回そうとする。だが花はそれを制した。
「おにぃ、私は守られる存在じゃないよ」
「花」
諭されるように静かな声で言われ炭治郎はハッと気づいた。
そうだ。共に左近次の元で修行をした花は背を預けるに相応しい相棒なのだと。
だから炭治郎はぎゅっと眉を上げて
「花、無理だけはするな」
と大切な妹へ気遣いの言葉を言った。花も炭治郎の気持ちと同じだ。
「それはおにぃもね」
ニッと口角を上げてチャームポイントになりつつある八重歯を覗かせて花は場違いながらに笑った。少しばかり緊張は解けた。こちらに向かってくる鬼は相当腹を空かせているようで、刀を構えて待ち構える双子を言い合いしながら襲い掛かって来た。
「俺の獲物だ!」「邪魔をするなっ」
お互いの行く手を阻もうとしながらも口元には涎がだらしなく垂れていて、双子をごちそうだと認識している様子。だがサラサラ二人が御馳走になるわけがない。特に花は気に入らなそうに鼻をフンっと鳴らして体勢を低くする。一撃で間合いに入る為だ。だが花が動く前に炭治郎が厳しい修行の成果を披露した。
(全集中・水の呼吸。肆ノ型 打ち潮!)
糸の匂いを辿って炭治郎は鬼の首目がけて刀を振るった。すると見事二体の鬼は首と胴体を真っ二つに斬られ霧散していった。断末魔の悲鳴さえあげる暇はなかった。遺体さえ残さず綺麗に消えて行く様に花は感嘆の声を上げた。
「マジックだね~」
「まじっく?」
「そう。マジック……って、来たよ。じゃかすかじゃかすか沸いて出てきてどんだけ飢えてんだか」
花が顔を顰めて視線を鋭くし別の方向を見やった。炭治郎も悪臭につい鼻先を手で抑えてしまうくらいの匂いをかぎ取った。
「うっ、匂いが」
「おにぃ、見てみなよ。エグイの来たから」
「あれは……!?」
花が促す先に暗闇の中から現れたのは、早速獲物を殺して悦に浸るデカく醜い鬼だった。鬼としての形すら保てないただ単に効率が悪そうな鬼だ。
体の至る所に腕を生やしており、その腕を駆使して一人の隊士候補の首を締め上げている。もう一人は悲鳴を上げながら逃げようとするが呆気なく捕まってしまった。
「うわぁぁああああ!」
「くそ!」
心優しい炭治郎は襲われている人を放っておくことはできず、救出に走り出す。花はやれやれと言った様子で後に続いた。
「その人を離せ!」
炭治郎は怯まずに足を掴まれ宙刷りにされる男を捕まえる太い腕を回転斬りで斬り落とした。
(水の呼吸、弐ノ型 水車!)
男は地面に腰を打ち付け痛みから呻いたが外傷はない様子。ここで相手に余裕を与えることなく花は炭治郎に続いて動いた。
「駄目だよ」
花は身軽な動きで地を蹴り上げ高く跳ぶ。地面に片膝を着き背後に庇う炭治郎の頭上から華麗に宙返りして鬼の背後に回った。
「こういうのはすぐに叩かないとべらべら喋って時間稼ぎしようとするから、さ!!」
そういうなり、数多ある腕の一部を左近次からもらった刀を鋭く落とし斬り落とす。すぐに斬り落とされる腕には目もくれず次から次へと順次に斬り落としていく。だがそれでは致命傷に至らないことを知ると舌打ちし炭治郎へ声を張り上げた。
「おにぃ!首狙って!」
「させるかァ―——!!」
すぐに醜い鬼が反応し花と炭治郎へ同時に太く長い腕を叩きつけるような勢いで襲った。どうやら腕の長さは関係なく無限に伸ばせるらしい。花はひょいっと避けて逆にその腕の上を登って腰を低くして俊敏に走り出す。炭治郎は男を庇いつつ僅かに体を反らして一撃必殺を交わしつつ容赦なく腕を斬り落とす。血は溢れども鬼にとってまるで赤子の手を捻るように自分が劣勢に落とされていることに深く動揺していた。
「何!?」
しかもまさか自分の腕の上を走ってくるとは思いもせず腕を引っ込ませようとするが、花の足の方が早かった。
人間でありながら鬼の力を所持した花を止められるものはこの場にいない。
人の目から鬼の目に変化した花は自分が狙うべき箇所を定めた。
花はこの鬼を仕留める気はない。元々炭治郎のサポートとして共にいるのだ。だから炭治郎に『花』を持たせる為に鬼の動きだけを封じることにした。
腕が邪魔なら全て斬り落とせばいい。再生能力が一気に働かぬよう、文字通り全ての腕を斬り落とす。
「その腕全部もらうよ」
宣言の通り、花はまるで薄い紙を切るようにいともたやすく腕を斬る斬る斬る!刀を振るうその姿は残像さえ見えてしまうほどに素早く鬼の意表を確実に突いた。
腕を再生させることと攻撃を加えることは同時にはできない。一瞬だけの隙が命取りとなる。その隙を花は見逃さなかった。
「おにぃ!」
強く掛け声を上げると同時に炭治郎が動く。走る。跳びあがる。構える。
その姿、鬼には自分を仕留めようとした若き日の鱗滝と似せて見え息を呑む。
「なっ!」
風が、逆巻く音がした――。
炭治郎の一撃が鬼の首元へ入り込む。
『壱ノ型 水面斬り』
風を裂くような一振りが鬼の首を胴体から吹き飛ばした。
ブシャァァーとあふれ出る鬼の血と地面にゴロゴロと転がる鬼の首。炭治郎はストンと着地し、シュンッ!と刀の血を振り払った。
「やったね……、おにぃ?」
花が小走りで駆け寄ってくるが炭治郎の様子がおかしいことに気づき首を傾げて声を掛けた。
炭治郎の視線の先には鬼の首があった。
炭治郎は心の優しい少年だ。たとえ、鬼となった者でも憐みの心を向けずにはいられない。
きっと、この鬼も昔は人だったのだろうと考えると胸が痛むのだ。
花はそんな炭治郎に寄り添うように手を取った。
「おにぃ」
「花、悲しいな」
きっと自分がいなかったら炭治郎は鬼の元へ走り慰めの一つでも声掛けしただろう。だがそれをしようとはしなかった。
鬼である自分と禰豆子がいるから。決して鬼の最後を看取ることはない。多分その行為をし続けてしまったら、もしかしたら自分たちの番が来るのではないかと密かに恐れているのだ。
「そうだね。好きで鬼になったわけじゃないものね」
だから花は命ある限り炭治郎の傍にいることを決めた。
兄の背に寄り添い、その悲しみを少しでも和らげ禰豆子と共に人に戻る。それが花が目指す平凡への道のりだ。
鬼の告白などどうでもいい。
今自分達に必要なのは命を燃やし続けること。
自分達よりも先に旅立っていった先輩隊士達への誓いの証でもある。
「行こうか、花」
「うん」
炭治郎はしっかりと鬼が消え去るのを見届けてから自然な動きで花に手を差し出した。花は当たり前のようにその手を取り頷き返した。
まだ、七日目まで始まったばかりなのだから――――。
◇◇◇
それから炭治郎と花は鬼を狩り続けた。共にはぐれることなく協力し合い、軽傷程度の怪我で済んだのもこの二人だからこそお陰だろう。無事に七日間を乗り切った二人が再び同じ場所へ戻った時には、見習い隊士の数は激変していた。
炭治郎と花を含め、六人しか残らなかったのだから。どれだけ鬼殺隊士になる過酷さが嫌でも思い知らされる結果となった。
「お帰りなさいませ」
「おめでとうございます。御無事でなによりでございます」
相変わらずなおかっぱ頭の双子に出迎えられ淡々と事務的にこれからの流れが伝えられる。
まずは隊服を支給されること。
それから今の自分たちに相応しい階級が授けられること。
そして自分の刀を決める為、玉鋼を選び取りそこから刀作りまで十日から十五日は掛かること。
最後にそれぞれに鎹鴉(かすがいからす)が与えられた。
喋る伝達用の真っ黒な鴉だがなぜだか花には鴉ではなく啄木鳥だった。皆の肩にフレンドリーに乗る鴉たちを横目に
デカい啄木鳥はその鋭利な嘴に勢いを持たせ高速で空から落ちてきて花の足元にびょーんと突き刺さった。
「こわっ!?」
今さっと足を避けなかったら確実に足元に刺さっていたはず。びょーんと地面に直立不動で突き刺さったまま微動だにしない啄木鳥を引っ張り上げて自分の肩に乗せて上げると啄木鳥は嬉しそうに一鳴きした。
案外不器用なタイプの子のようで花とも気が合うかもしれない。花も変なのキタなと思ったが、喚く鴉よりはいいと考えた。
多少トラブルも発生したが、炭治郎の機転の利いた介入のお陰で滞りなく話しは進んだ。
さぁ、これで自慢げに帰れるぞと山を下りようとした二人だったが、思いがけない問題がまた発生した。
なんと、花が何かの見えない力によって藤の花の結界から抜け出せなくなってしまったのだ。透明な壁に阻まれて花だけが階段を下りることができない。
花がいくら体当たりしても頭突きしても蹴り上げてもその壁を破壊することが出来ず途方に暮れてしまい、べそかいてしまった。
「うわーん!出られない!」
「どうしてこんなことに?」
これから帰れると意気込んでいただけに二人はショックを隠せなかった。果たして無事に二人は藤重山を下りることができるのか――?
(私の天使に会いたい~師匠に会いたい~)
(ああ、花、泣くなって)
(ヒックッ、これが泣かずにいられるかってんだべらぼうめぇ~)
(酔いどれ口調に変化!?)
(なんで?なんで出られないの??)
(あ!……もしかして、花が半分鬼だからかな)
(………駄目じゃん私!!一生出られないじゃんか~!)
(ああ!本格的に花が泣き始めた!)
(うわーん!)
(ほらほら兄ちゃんがおんぶしてやるから!)
(赤ちゃんじゃないんだからあやされて泣き止むか!)
【しばらく賑やかな二人だった】