寒い風が吹く幻想郷、その中で最東端といっても良いほどの位置にある博麗神社ではやる気もなく、机の上で伏せていた。毛布にくるまり、一歩も出る雰囲気のない彼女はその場で大体の事を済ませようとしていた。
「相変わらずだな。霊夢」
「うるさいわね」
霊夢、博麗神社の巫女を務める博麗 霊夢はその場から野次を飛ばした。外は既に白くなっていて薄い層がそれによって出来ていた。何も変わる事のない景色ではある、冬なら。
「もうこれは異変だぜ。早めに動いた方が良いんじゃないか?また取られるぞ?」
金色の髪、黒いとんがり帽子に黒色の服装と白色の前掛け、肩には箒を背負った魔法使いである霧雨 魔理沙は笑っていた。その笑みには何処か毒の入っているようで怪しいものだった。
「煩いわね。どうせ、彼処でしょ?何処だったけ?大きい桜のあるところ」
「間違っちゃいねぇが、霊界が正解だぜ」
「どこでも良いわよ。大体は合ってるわ」
「まあ、その話は置いておくとして、私は行こうと思うが如何する?」
「後で向かうわ。寒くて動きたくないのよ」
「今度は私が取ってやるからな。吉報を待っとけよ」
魔理沙はあからさまな挑発を行なっていた。馬鹿馬鹿しくて乗る気も失せるようなものだったが、霊夢にも威厳というのはあった、博麗の巫女としての誇りと言うべきか。確かにあの時はかなり衝撃的だった。もう終わった頃に現れてもそれは英雄ではなく、野次馬だった。霊夢も異変解決を生業としている部分はあり、目の前にいる魔理沙とはその宿敵とも言えるべきだが、其処に新たな黒い馬が出現した。霊夢にとって、それはかなりの脅威だった。その背中に居るのはあの青年、そしてある意味かなりの強さを持っている。今はまだまだだとしてもこれから出てくる。
「それは可笑しいでしょうが」
「その感じで言われても何も感じないぜ。出てきたらどうだ?」
「嫌よ、寒いでしょうが」
「負けるのが怖いか?」
「負けないわよ。私たちの方が長いじゃない」
「経験は長さじゃないぜ」
「分からないわよ」
「私が振っておいてあれだが、無駄な時間を過ごしている。私は行ってくるぜ」
魔理沙は元気よく親指を立てて笑顔を見せると箒にまたがって空へと向かった。昔から空いているその穴は霊界と繋がっている。生と死を、生者と死者の概念があやふやになっている場所では現世の理もあの世の概念も通用しない。とにかく危険な場所だが、そもそも向かう物好きも居ないので塞がれることはなかった。そこに今から魔理沙は向かっていく。
「こういうのは最初に行くよりも後で向かっていく方が楽なのよ」
霊夢はそう独り言を呟いて毛布にくるまっていた。猫のように声を漏らすととある場所から来訪者が現れた。金色の髪、そこは魔理沙と変わらない。紫色のドレスを着用していて頭には白色のナイトキャップのようなものを被っているサイドを赤いリボンで結んでいる女性だった。
「何?」
かなり不機嫌そうに答えた霊夢は毛布の中から出ることはなくともそこに居るという事だけは思い切り伝えていた。それを見て、紫色の生地に三日月を浮かべた模様をしている扇子で口元を隠しているだけだった。目は笑ってなくて、死んでいるようである。
「一応ね。顔を見に来たわよ」
「来なくていいわ」
「前回の吸血鬼の異変は覚えてるわよね?」
何処か恐怖を帯びた声だった。低音でも高音でもない普通の声ではあるが抑揚はなく、相手を絡め取る蛇のようだった。
「それはさっき、魔理沙から聞いたわよ」
「それならどうして動いてないのかしら?」
確かに怒っていた。それは今の状況がそうしているわけではなさそうだった。
「今、幻想郷は存続の危機にあるわ。信仰が全く足りないの。それを分かっていてその態度ならこちらにも考えはあるわよ」
その言葉に不機嫌そうに毛布を蹴飛ばした霊夢はそのままの目をしてその来訪者を見つめていた。その目は対峙するには相応のもので側から見れば何をしているのか、そんな風に見えた。
「だったら紫も何かしなさいよ。私だけで結界は作ってないわ」
その言葉に紫も黙ってはいなかった。
「それはつまり、自分では不適合だ、とでも言いたそうね」
「取り敢えず、場所はわかってるわ。後は魔理沙が道を開けてくれそうな時に出ていくだけよ」
「……兎に角行きなさい」
「紫が向かえば一発で解決でしょう」
「行きなさい」
紫の言葉は霊夢の言葉を喰いかけていた。その原型はあまり残らないほど口答えをしている暇があるなら早く行けとも言っていそうな感じだった。それ以降、紫は口を動かす事はなく、霊夢の方を凝視していた。その目には生きているような感じはなく、淀んだ視線がレーザーのように発射されている。
「言わなくても行くわよ」
「……なら、何をするか分かるわよね?」
「異変の迅速的な解決、でしょ?魔理沙にもあの少年にも抜かされないようにするわよ」
「その調子よ。後はないのだから早く解決してきなさい」
「はいはい。分かってるわよ」
霊夢にとって、結界がどうとはさほど関係のない話だった。代々続いているからこそ、重要なだけでどうなろうと今の幻想郷に影響なんて与えないだろう。
「しくじったら、どうなるか分かってるでしょう」
「そういう脅しはもう飽きた。行ってくるから」
霊夢は右手にお祓い棒を持って空にある黒い穴へと入り込もうと宙に浮かんだ。紫はその後ろ姿を見ながらも疑いの目は辞めようとはしなかった。後がない、それだけが大賢者である紫の懸案事項であった。信仰がなくなることは幻想郷が滅ぶことになると知っているだろうに、そう心で呟いても届くものではなかった。