雪も降り終え、段々と暖かくなってきた頃、博麗神社では宴会が開催されるらしい。ただ、僕は一旦里帰りして、少しだけ療養をしていた。その時には一応、お父さんには伝えたいことは言っておいた。アーサーさんはここに来る時に少しだけ障害があったらしく、苦戦していたが何とか帰ってきた。
そして、今は椛さんの自宅で寝泊まりしている。その間に幻想郷で何があったのかは知らないが何週間か、経っているような気はした。おかげで雪の存在は風のように通り過ぎていった。それに伴って、少しだけ気温も高くなっているような気はした。大分身体には堪えるものだろう。
○
「さて、行きましょうか」
幻想郷の宴会は昼とかそういうのは関係なく来たい時に来て、帰りたい時に帰るらしく、いつから行こうと問題はなかった。朝に行っても問題はないらしいが椛さんはある程度の時間を潰してから向かうことになった。
「はい、そうですね」
此処から博麗神社へと向かう。夏と思われる季節に雪に降った異変は僕が霊夢さんに解決主として譲ったことで解決した。僕の技に似たものを使う人が解決したのを知るのは僕とその場に居た人と椛さんと異変について不信感を抱いた人しか知らないだろう。
「私に捕まってください。連れて行きますよ」
「お願いします」
椛さんの好意を無碍にすることもしたくはなかったが、一回くらいは長距離に挑戦もしたかったような気はする。しかし、無理をさせないのも師匠としての役目なのかもしれない。
○
昼にはならないまでも朝でもない。日の傾きを見ているとそんなふうに感じる。しかしながら、既に人数は十を超えているような気はする。それを何とも感じると言うわけではないが何処となく自由さをあると思える。
一回だけ来たことがあるがあれから特に変わっているようには感じなかった。別に綺麗になっている様子もなければ綺麗な感じでもない。ありがたみも何もない境内。
青色のシートには料理の載っている皿が置かれていてシートの外ではそれぞれの靴が脱いで置かれている。見知った顔や知らない顔も居るが僕は椛さんに頼る事にした。
「では、靴でも脱ぎましょうか」
底の高い下駄を脱ぎながら、椛さんは宴会の輪の中に入っていった。僕もそれについていくように底を別の素材にした草鞋を脱ぐとその中へと入り込んだ。
賑わいを見せている街とは異なり、少し離れの路地のような感じになっている。これから人の量は多くなっていくのだろう。そんなことを考えながら、僕は席についた。目の前にはもう既に酔っている人がいた。身丈は子供のようだが、頭からは二本の角が生えていて人間ではないことはよく分かる。きっと、瓢箪と空になった盃を持っているところから鬼の部類なのだろう。ただ、とても気さくな人らしく、椛さんと目が合うとつらつら、と言葉が出てきた。ただ、話すたびに酒臭いと思える慣れない匂いがしている。
「久しいなぁ。あの一匹狼も誰かを引き連れるほどになるとは」
「それは昔の話です」
「男も気を付けろよ。いつ、牙を剥くか分かったもんではないからな」
「大丈夫ですよ。そのような迷いは見せませんので」
「お、言うねぇ」
「そういう訳ですので昔の話はこの程度で。今は異変の解決を祝いましょう」
椛さんとは旧知の中でありそうなその人は大きく笑ってから、右手に持っていた盃に酒を注いでいた。そして、一気に飲み干す。それこそ、その勢いは湯水のようで酒であることを感じさせなかった。
「そうだねぇ。ただ、久しい顔を見たらそういう話になるのは仕方ないだろう」
「萃香さん、良い加減にしてください」
「そうだな。そういう事にしよう」
萃香さんは椛さんの変わりように少しばかりかビビっていた。此処まで怯える理由は僕には全く分からないのだが、一つ気になることはどのような接点があったのか不明なところだろうか。
「萃香さん、今日は楽しみましょうね」
「肝が据わってんな、兄ちゃん。私しゃ怖くてそんな話は出来っこないよ」
「そういうものですかね?」
「そうだよ。怖くて仕方ない」
その萃香さんの言葉にはその通りの感情があったように感じる。鬼が怯えるような事をしたのだろうか。椛さんは本当に怖い人らしい。
「そんなに怖くありませんよ」
椛さんは控えめに笑っているだけで鬼の言葉をさらり、とかわしているようだった。昔からこんな風の付き合いだったのだろう。
「そうですね。とても優しい人です」
「その言葉、後で後悔するよ」
物凄く真顔で少しだけ、ほんの少しだけ早口になっていた萃香さんは盃を口元へ持っていった。酒で今までの事を流そうとしている。その指が微妙に震えている点は何があったのか、それがものすごく気になるところではあった。
「普通に可愛いだけですけどね」
「う、うん。それ以上は辞めとこ」
「少し席を外して頂けますか?」
椛さんはそれだけを言った。僕はそれ以上此処にいる理由もなくなりかけているような気がするのでもう何処かへ行く事にした。
「萃香さん、えっと、お大事に」
「うん、頑張るよ」
萃香さんの乾いた笑みは僕の心に引っかかる。
○
博麗神社の境内、その中でも奥の方に陣取っている三人。この神社の巫女である博麗 霊夢とその友人である霧雨 魔理沙。そして庭師でありながら、剣術指南役でもある魂魄 妖夢が居た。それぞれ、手に持っているのは赤く塗られている盃で透明な淡白な味をしているすっきりとした飲み物を入れていた。この世界に外の世界の常識は通用せず、飲めるのならば好きにしても良い。何が、とは言わない。
その中に僕は一人だけ入る事にした。
「お、異変の解決主の登場だな」
金色の髪に囲まれた顔から悪意のありそうな良い笑顔を見せている魔理沙が僕に気づいていた。後の二人はその後で気づいた。
「皆さんの協力のおかげですよ」
あの時、僕以外の人が白玉楼に居たことは誰も知らないと思う。僕とは違うところから放たれた一撃が西行妖を生気を完全に削り取った。
「生意気な口はその程度にしなさい」
「相変わらずですね」
「幾ら譲ってもらったからと言っても胸糞悪いわよ」
霊夢が今回の異変を解決した事になっているのはあの時に僕が霊夢さんが異変を解決したことにしたからこのように博麗神社で宴会を行う手筈になったが本人はかなり不満らしい。確かに霊夢さんの言うことは僕は反省するしかなかった。
「それにしても見事な一撃でした」
既に酔っていそうなほど頬を赤くしている妖夢は僕のことをそんな風に称してくれていた。その気持ちは素直に受け取りたいし、有り難いものだが僕ではない、解決したのは。だからこそ、僕はある種怒りの矛先をどこにぶつけて良いものか分からなくなっていた。
「そうだな。カッコ良かったぜ」
魔理沙さんはそんな風に大げさに僕のことを称賛してくれる。それがどれだけ重苦しいものかは三人には伝わらないと思う。真実を伝えようにもそれは今話しても冗談のように受け流されるだけで何も効果は発揮しないのだろう。
「それは有難いものです」
「もう良いわ。私が惨めになるだけじゃない」
杯をひっくり返す勢いで霊夢さんは此処から退出した。魔理沙さんも妖夢さんもその場に置いていかれてポカン、とした表情を浮かべている。もちろん、僕もだ。
「魔理沙さん、どうしましょう」
「恐らく、霊夢はお前のその謙虚さに腹を立てたんだろうな」
「それは悪いことをしました」
「こういうのは時間が解決してくれるぜ。だから今は、楽しもうぜ」
その言葉の通り、境内の奥にある小屋の縁側に座る。僕も魔理沙さんの言葉通りに楽しむことにした。後は時間が解決してくれるとは言われたが本当にそうなのかは本当のところはなんとかしたい所ではある。
「そんな簡単に言わないでくださいよ」
「人に優しく出来るのは誇って良いと思うぜ。自分らしさは保っておけ」
ここにはこんな馬鹿真面目な奴もいるくらいだしな、と魔理沙さん。それは誰のことですか!と妖夢さん。
「ちょっとだけ気にかかりますけどそれはそれで良いですね」
僕はこの時間を楽しむことにした。少量の食事と比較的静かな空間で三人は夕暮れまで過ごすことにした。
○
次の日の朝、雪が風に乗って軽く片付けられているかのように白いものは何もなかった。今日も晴れていて連日、良い天気が続いていた。
「さて、行きましょうか」
「どこに行くんですか?」
「博麗神社ですよ。昨日話したじゃないですか」
椛さんは平然とした表情でこちらに話しかけてくる。僕の中では昨日は宴会をして楽しんでいたような気がする。それでもそれは幻想かのように打ち破られた。僕には何が起こっているのか分からなかった。