第111話
朝が来た。何の変哲もない朝だ。前と何も変わらない朝だ。しかし、何も変わらない言葉から始まる朝だった。いつものようにご飯とすまし汁と食して椛さんは食器を洗い出して、僕はその背中姿を眺めているだけ。僕には何もやらせてくれない、優しさとも隔離ともなるその行動をいつものように眺めていた。それもいつまで続くのかそれも良く分かっていないような状態だった。そして、出掛けるというところだ。
「さて、行きましょうか」
「はい。そうですね」
僕はどこに行くかなど聞かなかった。多分、博麗神社なのだろう。こう三日も同じ天気が続き、同じ会話が続いていれば何か気になることがないわけでもない。僕はそう思いつつも悟られないように平常を装った。誰かに話したところで信用されるかどうかはまた別の話になりそうだから。
「私に捕まってください。連れて行きますよ」
別にこれを断る理由もなかった。椛さんと出かけるからと言うよりも此処では刺激が少ないから、そしてある意味では出席しているものである存在だから。それに別に参加したくないわけでもないので気持ちは軽やかなものだった。
「お願いします」
実際のところは飛べないわけではない。ただ、飛び立つのが遅い上に、歩いた方が早いからだ。その点、椛さんは平然と僕を博麗神社へと連れて行ける。それだけだった。僕は黙っている事にした。会話をしたくない訳ではないが気になる存在はあるから。
○
昨日、一昨日と変わらず地面には青いシートと多少なりの料理が並べられていた。時間としてはまだ早い方なのか、人は少ない。博麗神社の巫女としてやっている博麗 霊夢とその友人、霧雨 魔理沙。そして今回の異変の首謀者なのかどうかは分からないがそれに近いだけでほとんどとばっちりの様な気がする魂魄 妖夢。その人を従えている西行寺幽々子とよく知らない人がいた。後はとある鬼くらいだろうか。
「すいません、椛さん。僕は話したい人が居るので一人になっても良いですか?」
「ええ、別に構いませんけど」
ふと、不審そうな目を向けられたが僕は気にする事なくある人のもとへと向かった。後ろの事は気にしていないが僕が真っ先に近づくにはあまりにも強大な存在である事には変わりなかった。
「鬼の四天王さん、昨日ぶりですね」
僕は草鞋を脱ぎ捨ててその人の目の前に正座してから落ち着いてそのように話した。頭からは薄茶色の立派な角が生えていて、白いノースリーブのシャツを着ている、右手には使い慣れている瓢箪を持っている人。昔、妖怪の山で鬼の四天王をしていたと聞いている伊吹 萃香さんだ。
「そうだね。ところで誰だったっけ?」
萃香さんは頬を赤くしていた。僕はその点素面なので何も気にする必要はなかった。それに、酒を飲める歳でもない。
「ヒカルです。昨日は名乗っていなかったですかね」
「ヒカルか。そうだったな。宴会は楽しんでんか?」
酔っ払いとはここまで舌が回らなくなるものなのだろうか。昨日はあれほど緊張感から流暢に話していたが今ではそうでもない。
「はい。何とか」
「それで、椛はどこに居るんだ?久しぶりだから話したかったのに」
「椛さんですか。少し他のところに行っているようですね」
実際のところ、椛さんは後ろに居た。宴会の主催への挨拶と軽く話をしているようで僕の方は向いていなかった。あわよくば、椛さんが戻ってくる前までに何とか話に決着をつけておきたかった。それでもこの調子だとどのように転ぶのかは言うまでもないが。
「そうなんか。仕方ないわな」
「それで、萃香さん。本題に入るのですが、連日の宴会は貴方の仕業で間違い無いですか?」
「宴会は今日が初日のはずだが」
萃香さんはとぼけていた、いや酔いのあまり自分の発言に対して記憶をしていないのか。そのどちらかだろう。僕は更に掘り進めることにした。
「いえ、でしたら昨日萃香さんと僕はここで会っていませんよね。それなのに、どうして僕が昨日ぶりと言った時に何も言わなかったんですか?」
「ちょっとした手違いだよ。酔っ払いだからね、変なところで変な風に言っちゃうものなのさ」
「そうですか。でしたら、酔いが覚める話でも一つ」
僕はここで止めて、昨日椛さんと萃香さんが話していた内容を覚えている限り、話した。椛さんに挑まれて惨敗した事、それから椛さんとは昔から縁がある人物である事、順番は異なるがすべて話した。
「分かったよ。分かった。白状するから。私が宴会を行う日にちを希薄化して何日もやっている犯人だ」
「そうですか。これで安心して宴会を楽しめそうですね」
「ところでいつ気付いたの?」
萃香さんは僕のことに興味を持ってくれたらしく、少しだけ身を乗り出しながら聞いていた。ここまでに周りは人が集まってきた。もしかすると、小声で話したいからこのように身を出しているのかもしれない。
「昨日です。昨日、椛さんに萃香さんの能力の話を聞きました。そしたら、密と疎を操るそうでもしかしたら日にちを何日も長引かせることもできるのかもしれないと思いました。それで、今日は最初に初対面なら知り得ない事で話しかけました」
「その通りだよ。ここまで見透かされるとは思わなかった。しかし、私の能力が効かないなんて何もんだ?」
「偶々、幻想郷に居なかっただけです。能力については受けていたいのが正しいかと」
「ふーん、運の良かっただけなのか。それにしても、まさかお前みたいな奴に見破られるとは思いもしなかった」
右腕で頬杖をつく萃香さんは見るからに不機嫌そうだった。
「それで私の事は退治するのか?」
「いえ、全くそのつもりはないですよ」
本当にそのつもりはない。犯人探しに尽力したかった訳でもなく、宴会を辞めさせたいとも思っていなかった。ただ、宴会が連日知りたかっただけで他に理由なんてものはなかった。
「え?じゃあ何で」
僕の発言には流石に度肝を抜かれたらしい。
「不思議に思ったので、椛さんが連日同じ宴会に行っている理由が」
「そこまでは分かった。ここは一つ内緒にしてほしい。その代わり、何でも手伝うから。腕っ節には自信はあるんだ」
「それなら」
僕はここで一旦溜めた。この約三日間は色々としていた。椛さんと萃香さんの話も聞いたし、久しぶりに里乃さんと舞さんにも話せた。霊夢さんや魔理沙さんにも話は出来たし、妖夢さんにも話が出来た。他の人とも軽く話をした。
「もう一日だけ、宴会をしてください。この二日間でやった事を全てやれるくらいの時間をください」
「そんな事でいいのか?それで良いならやらない訳でもないが。それに私も能力で日にちを伸ばそうにも明日が限界なんだ。それなら別に構わない」
「それでは、早速椛さんを呼んで昔話から始めましょうか」
「それは本気かい?別に明日からでも」
「僕の知らない話も出るかもしれないので。良いですよね」
「良いよ。仕方ない。私も言ってしまった以上は約束は守るさ。けど、明日になれば今日の記憶は失われる。それでも今日やるのか?」
「そうなんですね。知っていましたし、今日はそれをしようとは思っていないですよ」
「鬼にその態度、胆が据わり過ぎているよ。まぁ、良いさ。それ暗い見せてもらわないと私も退屈ってもんだ」
それから今日は皆とは適当に話して、食べて飲んで楽しい一日を過ごした。鬼との酒には付き合わなかったがそれでも、変に意気投合したのか萃香さんは僕の知らないいろんな話をしてくれた。椛さんに負けてからの事や、他の仲間がどこにいるのかについて、それからこれまで萃香さんがどのように過ごしてきたのかなど。僕はそれを聞けただけでもそれなりの価値はあると思えたし、それ以上は何も求めようとは思わなかった。そして、今日の終わり、萃香さんは別れ際に一言だけ。
「何処かで見た事があるな」
とだけ。僕はお父さんの事だろうと思いながらも、その事については何も話さなかった。その人の話をするのも僕には少しだけ思う事があるのだが、それを誰かにぶつけるようなものでもなかった。なので、知らないとだけ伝える事にした。
次の日も博麗神社に訪れて、これまでやっていた事を全てやり遂げた。身体的の疲労はかなりのものだが、それでもやれない訳でもなかった。今日の事は良い体験としてこれからも紡いでいくことになるだろう。
「帰りましょうか」
「はい」
これにて、僕と萃香さんだけが知る四日間の宴会も終わりを告げた。明日からは普段通りの生活に戻るのだろうが嬉しいのが半分、悲しいのが半分だった。