黒い空間に浮かぶ金色の丸、とても綺麗に輝いていると思うのだが、鈍い色をしたものだった。月、だとは思う。けど、それを覆すほどその明かりは不思議なものだった。
「ちょっと目立ちすぎたわね」
意味ありげに永琳さんが呟く。僕にはその言葉の意味合いは分からずとも嫌な気配があるのはよく分かった。僕は縁側に座りながら、その気配がどこに行くのかを見ている事にした。
竹の間に風が通る音しかしないはずなのに目の前に現れているような気はした。あまりにも静かすぎる、その上永琳さんの視線は上ではなかった。僕は身構えるだけはしたが意味があるのかどうかはまだ理解できる範疇にはなかった。
「永琳さん。誰が居るんですか?」
「簡単な話、月の使者よ」
月の使者、その言葉には違和感しかなかった。月といえば今は空に浮かんでいる金色の丸のはず、そこから使者が訪れるなど誰が考えようか。
「何をしに?」
「きっと、姫を連れ帰りに来たのね。数は少ないし、精鋭のようにも見えないけど」
「本当にそれだけの理由、ですか」
「それだけよ。ただ、生かすも殺すも向こう次第な訳だけど」
「僕は剣を抜いた方が良いですか?」
「お願いしたいところだけど、部外者を巻き込むわけにもいかないわ」
「それでは、これまでの恩を返すつもりで闘いましょう」
「そうしてくれるかしら?」
僕と永琳さんの会話は短いながらも意外とすぐに終わりを迎えた。その代わり、僕の目の前には一人が現れた。
その人は鎧を着込んだ見た目ではなく、狩衣を着ていた。その名の通り、動きやすさを意識したものである。腰には一本の太刀を携えた人で優しそうな見た目をしていた。
「地上人風情が勝てると思っているのか?」
その口から出てくるのは罵詈雑言とまではいかないもののそれに等しい汚さのある言葉だった。
「そう言う問題じゃないです」
「情に流され、その身を無くすか。滑稽だな」
「それを決めるのは第三者です」
「分かった分かった。それじゃあ、もう始めちまおう」
その人が太刀を抜く。太ももに吸い付くようになっている鞘から抜き放たれた白銀の刃が僕に向けられていた。しかし、僕は抜こうとはしなかった。スゥッ、とその空気の中に自分の身を馴染ませる。
素敵な笑みをこぼしたまま、舐め切った態度を直すことはない。右腕に持った太刀は左腕を添えられた状態で軽く振り落とされた。
僕はそれを見逃さなかった。軽率なその行動に刃の上に乗せて弾き飛ばした『七ノ技 疾流し』。
相手の太刀は予想だにしない行動をしたらしく、思い切り外へと弾き出されていた。そこから僕は手の中で返して思い切り振り切った。峰打ち、首筋を一閃された衝撃はかなりの物らしく、後ろに倒れた後で頭部に矢が刺さった。その速さは比類なき連携の元で行われていたかのようだった。
「これは殺し合いよ。無駄な優しさはもう捨てて頂戴」
「……え?」
永琳さんのその言葉はそれほど分からないものではなかった。ただ、目の前で起こった惨状は僕には到底理解できないものだった。
「此処では負けは死を意味するわよ。気を引き締めてやって」
「そんな事を言われても、すぐには」
「分かってるわ。私も協力するから貴方のやりたいようにやりなさい。ただし、易々と死なせはしないわよ」
永琳さんの目は冗談を言っているようなものではなかった。それでも、手加減のできる人たちでもないのはお互いに伝わった事だろう。かなり抵抗はあるが守るために一矢報いたいとは思う。
「僕はやりませんので任せます。」
僕はそれだけを伝えた。あの時、僕の手でやった事は覚えていないとは無責任に言えない事なのはよく覚えている。もうあのような事はしたくないとは思うからこそ、目の前の光景にはあまり良い気分はしない。
「了解」
短いながらもしっかりとした声だった。僕の考えには恐らくよく思ってはいないのだろうが賛同はしてくれていた。
「話は終わったか。地上人は兎も角、永琳と輝夜は殺せ、と言われた。厄介な方を先にやらせてもらう」
その人は槍を構えていた。矛先を低く持ちながら、水平にしているのを見ているとそれなりの手練れだと思える。
「私の事は良いわ。貴方は目の前に集中しなさい」
手の平の中でクルリ、と翻した剣を左手に持ちながらゆっくりとその人のことを見た。服装は先ほどの人とは変わらない。それ故に人が変わったとは思えなかった。
「お前には興味ない」
目の前の人は僕を手で退かすように走り出すと右隣を通って永琳さんの方へと向かった。僕はあまりにも露骨に其方へと向かうので何かしようとは思わなかった。しかし、それを止めたのは永琳さんの矢ではなかった。薙刀のような細長い棒の両端には対になっている刃がついていた。柄の色は赤色で真ん中には切れ込みのあるもの。薙刀と同じ刃の形だが、その形状はどう見ても何か理解出来なかった。逆刃薙、そんな事を考えているうちにその人が話し始めた。
「私は狐仮面。通りすがりの旅人だ」
それは一番信用のない言葉はないとは思った。確かに顔には白色の狐の仮面をはめているがそれ以外には灰色の衣服。草鞋を履いているがとても似ている。
「先を越されたから目の前の奴を倒すのは譲る。四人で追い返す」
と狐仮面と言った人が言い続けた。明確な味方でも明らかに敵というわけでもないのであまり深く考えない事にした。
「色々聞きたいですけど、そうしましょう」
「そうしてくれ」
狐仮面がそう言い放った瞬間にふと目の前に現れた。特に何も話さない。僕とはまた違う世界にいるようでふと悲しくなるようなその無口さはある種、自分の空間に入り込んでいるようでもあった。
双剣を構えた僕はあまりにもゆっくりと時間を過ごしていたらしい。僕には下段から繰り出された突き上げるような一撃に力を入れ過ぎた。あまりにも遠くへ、あまりにも浪費し過ぎて少しばかりか、止まった、相手へ隙をアピールするように。
その先、僕には到底手に負えるようなものではなかった。突き刺しからの腰を捻りながら後ろへと振り抜けさせる。
縁側を利用して滑るように相手の後ろへと回り込んだがそれも予期していたかのように振り抜ける。地面すれすれまで身を縮めた僕にはそれは当たる事はなかった。だが、少しでも縁側から地面に落ちる瞬間が遅ければそれはあまり話せるものではなくなっていたのだろう。
しかしながら、相手の隙を見出せたのはある意味での収穫と言えるのではないだろうか、僕は胴体目掛けて前へ走り出してから両腕で押し出した。その先には狐仮面と永琳さんがいる。二人であれば何とかしてくれるだろう。
だが、その期待とは裏腹に狐仮面が蹴り返してきた。永琳さんはそれを阻止しようとしていたが止められていた。僕にはその光景はある意味での妨害ではあったが何も言わない事にした。その代わり、仕留めた敵だからこそ、お前に任せると言ったところなのだろう。弓を射ようとするところを止め、自分は相手に任せた。その人の意思ではあるのだろう、と。僕は迷いはしたが自分の手で行う事にした。幻想郷の暗い部分、それを垣間見たようなそうでもないような気分にもなった。