満月と言えるその球体は夜の地上に優しい光をもたらしている。慈愛にも似たその優しさは大体の人を安寧へと導くのであろう光。その光に抗う者は少なく、皆等しく眠りにつく。
それに抗うのは三人。僕と謎の狐仮面と命を狙われている永琳さん。そして一番前に立っているのは僕。その前には四人目の刺客が現れていた。
服装は変わりない。しかし、左手で柄を唾に当たりそうなほど近づけて持ち、右の手のひらで柄頭を押し出そうな独特な構え方をしている。左肩をこちらに見せながら、静かに佇む姿は僕の事をある程度は認めてくれているようにも感じた。それだけではないが僕は動きづらかった。僕から見て右側は空いている。それでもそこを攻めようという気にはならなかった。
何かある。
僕はそう思った。それにあの構えは突き刺しのような一撃を見舞うつもりなのだろう。それに対する回答は僕には持ち合わせていない。どうしようか、悩んでも仕方ないのは言うまでもない。しかし、動き出そうとするその気持ちは起こりにくかった。
生まれては消えていく隙というのは相手も僕も読み取れなかった。牽制、という形でお互いの距離は変わる事はなかった。静かに流れていく風もその光景には飽きてきたところだろう。永琳さんに背を向けるようにして移動した僕は相手を近づけないようにした。何かあれば、狐仮面に任せれば解決するだろう。此処は挑戦の場として扱う事にした。
僕が一歩、また一歩と踏み出していく。その最中、相手は大きく距離をあけようとした。そこで僕は居合の動きにも似た動きで軽く横薙ぎを見舞う『一ノ技 風刃』。
相手はさらり、とかわして距離を詰めてきていた。初撃は突き、その後に僕に向けて刃を振りながら右手の平は柄頭を触っていた。とても速い、とは言えそれは反応できないと言うわけでもない。何も起こせないと思いながらこの先を急ぐ事にした。
突きを放つ。僕の懐へと入り込んだ先、もう一回放たれた一撃。
最初こそは軽く避けられたがその次は少しだけ苦戦した。その後で持つのを右腕に変えた相手は下から振り上げるように持ち上げる。僕はすぐに自分の前で受け止めたが力は入っていなかった。
瞬時にその太刀を引いたと思えば、左肩を遠ざけて右肩を軸に回る。受け止めなかった右腕の剣を逆刃に持ち替えて背中に這わせる。それから弾いた『七ノ技 疾流し』。
右腕を真っ直ぐにしながら、左腕を力なく垂れさせる。腰を落として次の動きを考えていた。技量のある緩急のある戦法、それでありながら突きがあるのを忘れると僕は何ともならない。どうしたものか、僕は考えた。
だが、何も浮かんできそうにはなかった。少しどころの騒ぎではないほどこの戦闘の意義について気にしているところがあるのだろう。偶々入ってきたところでこの現状では何もしようとは思えなかった。
足音がする。風が吹いている。
時間は止まる事を知らない。その先、何があろうと僕は止まれない。
左手は逆刃にさせた剣を、右手には順手で構えた。腕は下げ、構えという皮を被った立ち方で相手を牽制した。
右手のひらで押し出すような構えかたをしている相手がやっているような隙を見せつけた。何処からでも手は出せる、突いてこれば当たるだろうが動きはなかった。構えないという型に動きを止めていた。僕も動きはしないつもりだが、微妙なすり足で段々と距離を詰めておく事にした。
相手との距離が縮まる毎に感じる緊張感はこの辺りの空気を震わせていた。その先、何が起ころうとも何も驚くような事はない、そう思う事にした。
一気に飛び出した脚についていくように僕の体は動いていた。急な移動に身を怯ませた相手は構えを崩していた。そこを僕は削り取るように前進した。
そこに感情なんてものはない。隙を作り出したからこそ、走り出す。受動的な行動でしかなかった。
力を抜いた左腕を伸ばして振り子のように振り回す。そこに力なんてもの入れない。右腕もそれは変わらない。綺麗な放物線を描けるように肩を、腰を脚を使ってその先に居た全てを薙ぎ払う。
地面を踏みしめた足裏でさえ自分の身体を支える以上の事は何もしなかった。その代わり、脚を動かすのを早くさせた。飛び上がり、しゃがんで左右にこの身を揺らしながら、相手の周りを舞う。綺麗かどうかなんて分かったものでもない。
相手ももう避ける事に専念し始めた。こうなるのは意外にも予想外ではあるが体力の続く限りは相手を追い詰める一手を探し始める。上から振り下ろした一撃、下から振り上げた一撃、左右からの薙ぎ払いの一撃。その全てに力を入れなかった。ただ振るうだけの作業に僕はある種の意味を見出しつつ、静かに相手の動きが鈍るのを待った。
幻想郷では人間は最弱の存在であり、一撃でも貰えば即死なんていう話はよくあるとの事。その中でお父さんは避ける事で隙を作り出して勝負に勝ち続けた。僕に出来ないわけではないと思いたい。しかし、それを実現するだけの力があるとは思えなかった。どうしても自信がない。捌き方を知らない突きの一撃と緩急のある攻撃手段。それを全て防ぎ切るには自分の実力は少しばかりか難しそうに感じた。
手を振る、脚を振る、その中で自分の動きが読まれないようにする事、そして相手の動きを抑え続ける事。
僕は一旦動きを止めた。ピタリ、と止んだ動きに相手もその動きを止めた。
ゆっくりと行動を再開する。
剣を構えて脚を動かして、徐々に徐々に距離を縮める。
徐々に徐々に距離を縮める。
その間合いは一刀足。一歩、出て剣を振れば確実に当たるこの距離の緊張感は果てしないものだった。右肩に背負い込んだ剣に意識を向かせていく。
相手の一撃は突きだった。構えた位置からは少し下。肺の辺りを狙ったその先には誰も居なかった。それ故に相手の動きもかなり動揺しているものだった。
僕は吸血鬼の件から編み出した自分だけの技を扱う事にした。気付かれていないこの状態からその場で止まり、両肩に背負い込んだ剣を地面へと振り下ろす。その先には相手の腕と脚があり、地面にめり込ませるような勢いだった。見ず知らずのうちに切断されたそれらに相手は抵抗することもできずに地面へと倒れ込む。殺さない、その中で相手を屠る技『十ノ技 風葬車』。
椛さんから教わったものでもない自分だけの技。相手にはとどめを刺すように永琳さんからの矢のプレゼントがあった。僕はその場で目を閉じる、暫くしてから僕は目を開ける事にした。
お悔やみ申す。
「中々の腕前だった。だが、それは私には通用しない」
ふらり、と立ち上がったように剣を構える相手は太刀を持っていた。右腕を力なく垂れ下げた様子と左腕から流れる殺気の差には驚くが言葉の通りなのは言うまでもなかった。相手の前で太刀を抜かないと言うその型は居合と総括されるもので僕もやってみた事はあるものだった。いつかはやってみたいし、相手に軌道を悟られないのもそれは魅力的な部分だった。ただ、僕には圧倒的に足りなかった、剣を抜き去るだけの速さとその卓越した技量は。
「待つと捌く。何方が勝つかは誰にも分かりませんよ」
静かに僕も構えた。もうそろそろネタ切れとなりそうだが、何も言うわけにもいかなかった。それでも後何人かいると思っている。そう風は教えてくれた。全てを知った上で僕は地上人だからと言う理由で弄ばれているのだと思う。そうでもないとこのような一人だけ出てくるような事にはならないと思う。
相手はそれでも太刀を抜こうとはしない。本当に居合切りと言う戦闘の形をとっているのだろう。変に手は出せない上にこちらからの決定打は早々ない。
相手に抜かせるか、それとも受け止めてからなんとかするのか。ふと考えた。
何方にも出来なさそうな気はするが誘発くらいはさせてみる事にした。
近づいていく。そして、剣を伸ばして相手に当てようとする。だが、本当に当てるつもりはない。切っ先を突きつけて相手への緊迫感を増させるのが目的である。しかしながら、それは本当にそうなのだろうかはもう何も言えないところではある。
「何のつもりかは知らないが一つの武器を使って行うことではないだろう。非効率的だ」
「本当にそうでしょうか?」
揺さぶりをするために相手に投げかけるような言葉を選んではみたものの、さほど効果はあるとは思えなかった。自分でもなんとなく違うと感じてしまうほど。もう何がしたいのかもそれほど判断は付かなかった。
「言うまでもない」
相手には軽く返されてしまった。しかし、あれだけの長さを抜こうするのは少しばかりか無理があるのではないかと思う。それでも僕はこれに勝つしかないのだろうか。お父さんにもこの人にも勝とうとすればいずれは通る道なのだろうか。
右腰に携えている鞘を腰の方へ、左腰に携えている鞘はそのままに柄を右腕で握った。不格好な構えではあるがこれで良い。左手の親指で唾を弾いてその場で立ち止まった。
「その構えは、実に滑稽だな」
「やった事ないですからね。仕方ないものですよ」
「非効率的だもう少し効率を考えたらどうだ?」
「勝てばそれで良いんですよ」
「その言葉、覚えておく」
不気味にも笑う、相手はその言葉と共にその表情を見せた。何もかもが狂い始めたこの中では誰も知る由もないのだろう。
腰を落として待ち構える僕は相手と変わらない構え方ではあった。しかし、二本の剣を持つことと構え方の違いから相反するものであることは言うまでもなかった。
「良いですよ。たかだか地上人の無駄な足掻きですから」
「思ったより利口なようだ。効率的だな」
その言葉から相手は僕と同じように腰を低くして左手に持った太刀を自分の目の前に運ぶ。そして右腕で柄を強く握る。太刀が体の中心を貫くようにどの向きになろうと攻撃として有効となるのは言うまでもなかった。それに対して僕は左腕からしか放つ気はない。その時点で相手には劣る。自分の言葉の通り、無駄な足掻きである事には変わりはない。
後ろでは何か変に騒いでいるがもう何も気にしない事にした。一々何か言っていると進むものも進まないような気がする。永琳さんが今のうちに頭数を減らしておきたいのだろうがそれを狐仮面が止めている、状況としてはそんなものだろうか。狐仮面も本当に楽しい性格をしている。人の挑戦を静かに応援しているその姿はどうしても重なる部分がある。
「取り敢えず、勝てるなんて思わない事だ」
僕にとってそれは覆す必要のある言葉だった。変にやる気も出てくるがそれだからと言ってその気持ちを今の状態で出すわけにもいかない。静かになびく竹のように心の中の波を静かにさせていた。
綺麗な音。
綺麗な風。
鮮やかな軌道から飛び出た相手の太刀は僕の左腕が止める。
その下がはらわたを抉り出していた。二本あるからこそ出来るこの攻撃には僕も予想はしていなかった。相手の一本の攻撃に合わせて二回の攻撃を放つ。それだけで僕は成長したような気もした。
竹の葉の擦れる音も邪魔しないほど静かに倒れ込む相手にとどめを刺したのは誰なのか分からなかった。永琳さんの矢がある訳でもない。僕の攻撃も致命傷とは言えるが即死という訳でもない。だが、この状況を切り裂くような一撃は受けていたのかもしれない。
「ここからは私が出よう。というか出たい」
「もう少し戦えますよ」
僕は鞘の位置を元の位置に戻しながら一応剣を抜きながら答えた。会話の邪魔にはならない程度の音だが、そんな事はどうでも良いことではあった。
「後で出て来ればいいだろう。それに休憩を挟んで次に備えられる」
「言い方は気になりますが、それに乗らない事もないです」
鞘に納めた剣を握る事もなく、永遠亭の縁側に腰掛ける事にした。狐仮面は奇妙な武器を持っている。それの使い方を見ているのも良いかもしれない。
「それなら、ゆっくりと休んでいてくれ」
狐仮面が軽く地面に着地してから真ん中に切れ目のあるその薙刀を構える。と言ってもその構え方はやる気があるのかどうかは分かったものではなかった。
あの二本の剣を扱った戦い方もありではあったのだろうか。ふと、自分でも考える。