第118話
今まで温かった汁物とご飯は段々と冷めていた。僕はここ最近、食事を摂っていないような気がする。
ふと思うのだ、自分の行いが正しかったのか。向こうにも何か理由があったのではないか。地上人という呼び方は鼻に触るがそれだけで悪だと、敵だと決めて良かったのだろうか。それさえも今の僕には判断がつけられなかった。貴方が悩むことでもない、と椛さんには言われた。それが事故であれ、何であれ、事実であることには変わりはないはず。それを捻じ曲げようなんて考えてもいない。ただ、何処かで僕は悩んでいる。それを受け止めて考えてここで止まっていいのだろうか。キッパリと切り捨てて何もなかったことにしようか。幻想郷では意外とある事だと割り切るべきなのだろうか。
僕にはとてもどうにか出来そうなものではなかった。それでも日々は当たり前のように僕を置いていき、取り残していく。何日か僕と周りの人では違う歩み方をしているのかもしれない。誰かの背中を見て歩くことしかできない弱者なのだろうか。
「僕は弱者なのでしょうか?」
「……弱者。基本的に皆が弱者だと思います」
突然の事に目を見開いてその言葉を噛みしめながら何かを話そうとして口籠った言葉。その後にその言葉は続いた。消え去る存在ではあるのだろうか。それも今ではよく分かっていない。
「どうして?」
「誰かに見守られているのは確かですから、ね」
椛さんも態度を変えようにも僕の雰囲気にどのように接すると良いのか、を模索しながら話を続けていた。
僕はそれには共感出来る。だけど、それはまた一つ違うところでもあった。
「ちょっと、外に出てます」
僕には少しばかりか、頭を冷やしてみる必要がありそうだ。そう思うと、ここに居るのも何だかおかしいような気がした。
○
と言いつつ、僕は椛さんのところから出てみる事にしたのだが、特に行くあてはなかった。と言うよりかは誰に会いたいなんていうことを考えもしていない。一人で塞ぎ込んでいたい気分であった。あの二人の発言には何処か間違いがあるのだろうか、それとも自分が違うのだろうか。僕もお父さんが何をしているのかはよく知っている。昼と夜の顔が異なる事が、僕は知っている。
妖怪の山の中腹辺りまで歩いてきたような気はする。ここまで来ると変な話、紅魔館に行くのも悪くないような気はする。けど、実際に行くかと言われるとそうではない。そもそも妖怪の山から、自分の所から出るようなつもりは今のところない。誰もいないと思って声に出してみようかと思ったがそれは遠くから来る二人によって遮られた。ここまで使ってこなかったからだろう。気付くこともなかった。
しかし、この朝にわざわざ参拝道から離れた場所で何をしようとしているのだろうか。それも僕にはよく分からないのだろう。あまり興味も湧かないのだが、警戒の厳しくなった妖怪の山で変に天狗なんかに見つかって何かされるよりかは良さそうな気もした。
僕は歩く、その先に何があるのかそれは知らないけれど無駄な善意は必ず実を結ぶと思う。よく知らないけど。
「何をしてるんですか?」
僕は聞いた。彼らはどうやら人里からこの妖怪の山へと何か目的があって訪れているようだった。黒髪でさっぱりとした髪型、ヨレヨレの着物を羽織っている。季節も夏の真ん中を指す頃なので涼しそうな格好をしている。額から垂れる汗はこの気温がそうさせるのか、この山道がそうさせるのかは見た限りでは分からないが大方の予想はついている。参拝道以外の山道は険しい。
「此処に幸運の巫女がいると聞いたから此処を訪れたんだ」
「それなら、参拝道があるから其方から行けば安全だよ」
この山には妖怪にも手を出せないようにした人間にも登りやすい道を整備している場所がある。その場所は前に守谷神社がこの山に来た時にこの山の人を使って作られた道らしい。そして、それ以外を歩いてくるという事は命を殴り捨てるような行為だと聞いている。僕はそれとは例外になるが二人とは身なりも年齢も変わらなさそうだった。
「それは嫌だ。俺たちは誰の指図も受けない」
「此処には妖怪も出ます。それに、警戒態勢が敷かれているので何をされるかわかりませんよ」
この山には山姥もいる。あの人は人に対してあまり関与したいとは考えておらず、排他的な意識を持っていると思う。故に僕も問答無用で包丁を振り回された記憶がある。
「それに何か武器は持ってますか?自分の身を守るためには必要ですよ」
僕は二人のことを心配しながら聞いた。僕には二本の剣があるが彼らにはそのようなものはない。何か良からぬ者に襲われでもすればこの二人は何をされるのかは分かっていない。
「そういうのは必要ない。俺達でなんとかする」
「それなら良いですけど。本当に出来ますか?」
「やれるさ。これでも人里じゃ噂になっている程の腕っ節なんだ」
僕はその二人からは視線を外していた。幻想郷では人間は最弱の存在、それ故に管理される形で人里が存在していると思っている。人間と妖怪が共存できているのはお父さんみたいな実力者がいるからだと思っている。そんな人里で噂になっているからと言ってどこまで通用するのかは理解出来ないのだろうか。僕にはさほど関係ないが目の前で見過ごすわけにもいかなかった。
「目の前にいるのが人を襲おうとしていてもそれが言えますか?」
「剣が何だってんだ」
二人はその意気込みをそのままに拳を握っていた。戦闘態勢になっているのだが、少しばかりか、何も出来なさそうではあった。僕も実際のところ何もする気はなかった、その気力もない。だからこそ、面倒な状況になった事にため息を吐いてしまった。
「というかお前こそどうなんだよ」
「僕ですか?僕は別に問題ないですよ」
「どうだかな。俺達をあまりナメてると痛い目見るぞ」
「分かりました。予行してみましょうか」
僕は剣を抜くと見せて置いてそこに視線を集中させる。親指で唾を弾きながら剣を鞘から押し出してから左手で掴むと思わせて二人の後ろへと走り抜けた。二人にはどのように見えているのかはさておき、声は出てこなかった。
「もし、僕が剣を持っていたら、なんて考えたらどう思います?」
僕の剣は先ほどで居た地面のところに転がっている。しかし、その事には気付けなさそうなのは見ていればよくわかる事だった。二人の視線は僕に向いている。あまりの速さに何をされたのか、それを理解するのに必死だった。
「し、知らねぇよ」
「そ、そうだ。何も伝わらないぞ」
僕はその二人の言葉を聞いてゆっくりとその間を通り抜けると自分が故意に落とした剣を地面から取り、鞘の中に納めた。僕の背を一心に見つめている二人には悪いがどのように動いているのかはよく分かっている。
「兎に角、危ないので参拝道に行くことをお勧めします。二人の動きはお見通しですから」
ゆっくりと振り向いてあげた。その先で二人は僕に向かって拳を握りしめたまま、向かってきている。僕はそれを見つめる事もなく、後ろに下がると自分の両腕を思い切り外側へと向けた。単純な風起こし、しかしその威力は絶大なもので二人は呆気なく転んだ。
「辞めましょう、ね」
二人は地面に転がりながらもその事には了承してくれた。僕は次からはちゃんと道を通るように伝えて参拝道へと送り届けた。
僕もそうやって道を外している最中なのだろうか、なんてふと二人の背中を見ながら考えてしまう。