一人、帰る道は何処かさみしかった。あの後、永琳さんからは実験台とした謝礼として診療費、その他かかったものは支払わなくても良いということになった。そもそも大方は支払いが終わっていると言うことらしいが誰がそのようなことをしたのかは教えてはくれなかった。椛さんなのだろうか。そんなことを考えながら妖怪の山を登ることにした。
その最中、空では飛び交う天狗たちが居たが僕には気付かなかったのか、それほど無害だと思われていたのか特に気にされることもなかった。風を斬る天狗たちはある意味、僕の日課を汚すようなもので変に乱されるのが気分が一応損なわれた。だけど、それ以上に妖怪の山では何が起こっていたのかは不思議でしかなかった。
「迎えに行けなくてすみませんでしたね」
風を斬る天狗の中の一つ、白い服装の山の中では目立つような、雲のようにも見えて目立ちにくいような天狗が僕のもとに降りてきた。その人は音はほぼ無く、優しく地面に降りながら、ゆっくりと顔を上げていた。
「何か大変そうですからね。問題ないと思いますよ」
「大鯰の件でけが人が出たと言うところだけが浮き彫りになりまして、くまなく探そうと躍起になっているところです」
そう言えば、僕もそれを探している途中だった。あの時は椛さんに永遠亭に連れて行ってもらったから良かったものの、もしかするとあそこで立てないほどの重傷を負っていたのかもしれなかった。
「それは川のところに罠を仕掛けていれば良さそうな気がします」
その僕の提案には椛さんはあまり良い顔をしなかった。
「それは現状、難しいです。一応あそこは河童の通り道として利用されています。大鯰の脅威があるとは言えど、そこだけは種族的に必要になります。それと、もう一つ大鯰は本来あまり動かないです。なので、今は巣窟になり得そうな場所を探している最中なんです」
「そうなると、椛さんを含めた天狗がそれを探しているところだから、空では飛び回っているところという事ですか。罠もかけられないのではそうするしかなさそうですね」
「ただ、不可解な点は一つありまして、貴方が襲われている事です」
「それはどうして?」
「先ほども伝えましたがあまり動かないです。それが人を飛ばせるほどの威力を持った泳ぎをするとは思えないです。私は別に何かいるのではないか、という視野を持って探しています」
椛さんの視線は意外にも痛かった。僕が怪我をしたことには根を持っているようで少しだけ怖かった。ある意味、僕には暫く休んでいて、みたいな事なのだろうか。
「ここまで来ますと自己責任なので貴方も気をつけて下さいね」
視線はいまだに痛い、しかしそれとは裏腹に言葉は反対方向を向いていた。僕も反応には困ったのでそのまま目を丸くしてしまったらしい。
「一つ、言える事は急激な天候の変化によって大鯰が起きたのでしょう」
「今はもう眠っている可能性もありそうですね」
「あり得なくもない話です。私は哨戒天狗として見回るだけですが」
「取り敢えず今日は鈍った体を起こしてあげましょうか」
「あまり無理はしないでくださいよ。それと、明日は守矢神社で豊穣ノ神楽が舞われるそうなので見にいきましょう」
「それは何でしょうか?」
「守矢神社で夏の終わりに名前の通りのことを願うために行われている行事です。最近始まったので少し気になりますけどね」
苦笑い、椛さんはその行事には賛成しているものの、歴史がない神楽はどうかという話だった。それは僕も感じていないとは言えなかった。
「何もかも最初は初めて、慣れないから始まりますよね」
「仕事が増えるから面倒なんですよ」
椛さんの珍しいため息を吐いたところで僕とはまた別の方向へと向かっていた。僕は有言した通り、ゆっくりと身体を動かしていこうかと思う。
しかし、どうしたものか。兎に角悩んでいても仕方ないのでいつもの場所へと向かうことにした。そこは山の頂上付近にあり、そこそこに木の生えている場所で人があまりやってこない。何をしていようと人様に迷惑をかけることにはならないだろう。
そう思ってから今は山道を歩いて登っていくことにした。ここまで少しは早めに向かっているのでまぁまぁ身体的には疲れているがそう気になる程でもなかった。青い空に白い雲、僕は明日の朝をみた。