豊穣ノ神楽、それは夏の終わりに守矢神社で行われる神事で少なくとも椛さんには不評というものらしい。秋の豊穣を願うと共に春の芽生えを願うらしい。何も知らない僕にはこれぐらいの事しかいう事はなかった。詰まるところ、今回は椛さんが警備するのでそのついでに来ないか、というところだろう。
「服は借りてきていますので来ておいてください」
神楽を見に行くというよりかは見張りを行う朝、僕は椛さんにとある服を渡された。色合いは白い衣服でズボンは黒色、全体的に狩衣を思わせる見た目をしている。赤い山伏帽子はどうしても変わらないらしい。僕はあまり時間がないらしく、そそくさを服を着替えると椛さんに連れられて守矢神社へと向かっていくことにした。
○
今日は一段と人が多いように思えた。椛さんの付き添いという程で入り込んだ神楽の舞台裏で僕は何もすることがなく、立っているしかなかった。勿論、そうなるように配置を考えたからこそ仕方がないことだが、これはこれでどうかとは思う。人の声がなければ流れのない川と同じになるだろう。
「そろそろ始まりますのでその場で待機でお願いします」
舞台の裏側、僕はここで見にきた人全員に注目されながらその神楽を見ることになった。守矢神社の社の下、僕は身を屈めながら椛さんの話を聞いていた。
「もしもの時は貴方が前に出て下さい。剣の位置がずれているのでお気をつけて下さい」
「はい」
「間も無くなので暫し待機していましょう」
椛さんの言う通り、何かの訪れに人は声を上げ出していた。その声には歓声のようなものが混じる。待っていたと言わんばかりの感じで正体の分からない僕にとっては何が何やら。取り敢えず今は静観していることにした。
ゆっくり、ゆっくりと現れたそれは人を逆に静かにさせるほどの威力を持っていた。右手には鈴を持ち、顔の上半分を覆い隠すような布をしていて、白装束にも似た裾に赤い線を入れた服装をしている。
その人は鈴を一回鳴らしてからその神楽は始まった。
人は声一つをあげることなく、その神楽を見入っていた。
螺旋を描くような自分の前で鈴を動かす。そこに音はなく、今の雰囲気も相まって神聖な感じを持ち始めた。
そこから弧を描いて上に持ち上げて右上で鈴を鳴らす、それから角度を変えて弧を描くように振り上げ、下ろす。それをすり足で動きながら八回繰り返していた。
ピタッ、と止まってからいきなり動きを見せた。くるり、と一回転、鈴を鳴らす。そこから回転を加えながら顔の前、腰の平行に伸ばした延長線上、膝上を鈴が通ってから回転を逆にして腰の辺りを通して上で鳴らした。
また、ピタッと止まっていた。鈴は左下にある。そこから下から上へと弾き飛ばすように八回、斜め右上へと回転を体で作り上げてから最後に右上で鳴らして豊穣ノ神楽は終わりを迎えた。
僕は感じた事がある、お父さんが使っていたものが一部にあるのではないか、と。永琳さんはよく知らなかったがここに含まれているのではないかと。僕は思った。
「やはり見入っていましたね」
「そうらしいです」
「別に良いですよ。これが豊穣ノ神楽で人前で行うものです。後は社の中で行われます。ここからが本番ですよ」
「それは護衛という事ですか?」
「はい、それ以外の何者でもありません」
「そうですよね」
僕は椛さんの後ろをついて行って巫女の後ろについた。僕は様子を見てから右側へと移動してゆっくりと移動していく巫女の後ろを同じ速度で付いていくことにした。
「後で教えてあげて下さい」
「分かりました」
謎の会話に答えた巫女は社の中に入るための襖を触りながら二つ返事をした。僕は何も言うことはできなかったが事何止まる事はなかった。何も起こらないわけではない。
「それでは対になるように座りましょうか」
「はい」
椛さんとは鏡になるように同じ動き、同じ格好をして正座した。それからは目を閉じて巫女が社に入るまでの時間はそれを貫いた。
「暫くはここで待機です」
「はい」
そして、正座で待ち続けて巫女が出てからも待機していた。巫女は来てくれた人に感謝の言葉を述べてからこの神事は終わりを迎えた。
その後、何回か訪れる男の姿があったとか。