夏も終わりを迎えて残った暑さに少し参っている頃、僕はあいも変わらず鍛錬もしていた。森の中を、脚を使ってくぐり抜けていく。その中で瞬時に回り込むためにかなり速度をつけて木の周りを回り込むこともしていた。かなり脚に負担をかけるがそれでも近づいて打ち込むためには必要になる技術になるだろう。
氷のような地面から飛び跳ねる精霊のように僕は木に囲まれた森の中を走り回っていた。だが、今日は本来妖怪の山に居ないはずの日なので人里にでも行こうかと思う。特に行く理由はない。僕もあまりそのような事はしたくはないのだが、見聞を広げるためには必要そうな事なのだ。
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いつもと変わらないと言いながらも、何かは変わっていた。人の動きは遠巻きで誰かを警戒しているような動きで人の顔には死相のようなものが浮かんでいた。
人の動きは獲物にされた小魚のようで追われは逃げ、逃げては追われる。掻き乱しているのが誰なのかそれは知りたかった。だけど、それを僕が今から探すにはあまりにも時間がかかりすぎる。後で椛さんに伝えてみて判断をつけてみようと思う。
取り敢えず今は人里を歩いてみて何か腹ごしらえになりそうなものを探してみて少しだけ食べてみるのもありかもしれない。それとも自警隊を束ねている上白沢 慧音さんにも話を聞いてみるのも選択肢の一つとしてありなのかもしれない。
「来たぞ!逃げろ、逃げろ」
「あの……?」
僕の投げかけた声は人の走る音と地面を踏み鳴らす音で簡単に掻き消えた。風前の灯のように脆く打ち砕かれた声の後で好戦的な声が聞こえた。
「私を楽しませる奴はいないのか!?」
とても目立つ、赤い刀身をした円柱状の剣を右肩に背負い込んでいる。長さは斜めで奥行きがある分、分かりにくいがあそこから振り下ろせば地面には届くと思う。
僕は取り敢えず彼処まで目立つ振る舞いをするその人を見ながら、何がしたいのかを考えていた。人を逃げ惑わせるほどの行いをしたと思われるがそれがどのようなものであるのか、気にならないわけではなかった。
「ん?ちょっと私と遊んでよ」
明るい笑顔で気さくに話しかけてくる。楽しさを求めているだけであるようだが、僕には強制的にやれ、と言っているようなものであった。
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ほとんど同時刻、彼が妖怪の山を出ようと思った頃。
もう一人も動き出そうとしていた。その人は白い髪と血気のない顔をしている男性でひょろりとした体型でいかにも不健康そうに見える見た目をしている。
服装は前留めのボタンのついた淡い青色、水色よりかは濃いくらいの色合いで裾の広がったズボンを履いている。見た目が全てではない彼にとってはそれがどのようなものであろうと気にしなかった。
「もうそろそろ出掛けないか」
「今日はやけに行く気満々ね。どうしたのよ?」
同居人は聞いた。彼女は人形を扱うことに長けた人物で金色の髪をしている。服装は彼と変わらないがスカートかズボンという違いはある。
「嫌な予感がする。確証がないのだがそう感じる」
「そう。それは早めに向かいましょう」
彼女は立ち上がり、そそくさと出掛けようとした。
「疑ったりしないのか?」
「貴方のことを信じるわ。それが私の答え」
すっぱりと答えた彼女に安心したような不安を取り除けたような表情をして彼は外に出かけたのであった。
○
黒い帽子に桃の飾り付けをしている長い青髪の女性で全体的に空を思わせる色合いをしていた。脚には底の分厚い明るい茶色のブーツを履いている。
その人に僕は少し距離を取りながら言う。
「危ないですよ」
その人は大きく振り被って剣を僕に向けて振り下ろした。戦闘時ではないのに有無を言わせぬその行為に憤りを感じなくもないがその場は抑えることにした。
「剣を抜いた以上はもうやるしかないのよ」
確かに剣は抜いた。あまりにも衝突に起こった出来事が大き過ぎたので変に反応を鈍らせてしまい、剣を抜きながら相手の力を利用して移動していた。だからと言って、彼女のように戦闘をしたいわけではなかった。
「それは理不尽ですよ」
「私のやる事には有り難みを感じなさい」
かなり自分に対して過剰に持ち上げている姿は横暴を超えて人に迷惑をかけるほどになっていた、それも逃げ惑う小魚くらいには。
「そもそも誰なんですか?」
僕は取り敢えず聞くしかなかった。
「私?私は比那名居 天子。天人よ」
よくもまぁ、こんな堂々と言えたもんだ、僕はそう感じて喉まで出てきていたが更に怒らせそうなので飲み込む事にした。
「さぁ、崇め祀りなさい」
天人は神だったのか、僕はそう思った。だからこそ、余計にその目に余る行為の全てには嫌な感情しか浮かんでこないのだろう。
「それならそう思わせるだけの風格を見せてください。小魚を追いかけるだけでは捕まえられませんよ」
「いいえ、捕まえられるわ。そもそも追いかけるまでもなく追いつけるから」
そう言った彼女はその赤い刀身をした剣を振り被って僕の元へと突っ込んできた。かなり早かった、けどそれは今この瞬間の突然の出来事にそう思えるだけでもっと上は居た。
さらりとかわす。
脚をかけ、転ばせやすくさせたが天人は地面に手をつく真似はしなかった。
「そもそも追いかける人を間違えています。僕ではなく、その上の存在を欲しているのでしょう」
「そう言うけど貴方もあまり変わらないわよ。天人に足掛けをした罰は重いわよ」
彼女は特に諦めるような事はしない。もし転けたのならば、この場から逃げてしまうのも手の一つではあったが考えていた事、全てを否定されてはもう何も出来なかった。
「無駄な戦闘は遠慮します」
「避けなければいいのよ」
「死にません?」
「これは切れないから問題ないわ」
「そこは問題ではないです」
彼女の行動理念には何があるのかは知らないが僕に対してここまで相手にされると嫌々でも相手しないといけないらしい。それほどに追い込まれてきた。
「そんな細かい事はいいわ。戦いましょう、私の心を満たしてみなさい」
なんと言う上から目線で。僕は面倒ながらも相手にはしないといけないらしい。これは逃げてもまた今度になるだけのようだ。
「逃げても逃げても追いかけられそうなので仕方なく相手をしましょう」
「そう来ないと楽しくないわ」
自分のことしか考えていなさそうなその頭は何処かで清めた方が良さそうな気はする。
「楽しめるのは貴女だけです」
またもや、火蓋は突如として落とされた。
彼女のその剣が僕の元へと向かえるようにその操っている主がこちらへと向かってきた。僕は取り敢えず何も出来そうはないのでこの場で立っていた。相手からどのように来るのかはよく考えていることにした。
右上からの振り下ろし。
それを僕は相手の腕力を利用してわざと外側へと流し込んで、彼女の左肩を押し出すことで距離を取った。彼女もそれにはさほど動じていなかった。
横薙ぎ。
綺麗な直線を描いてその剣は僕の元へと向かってくる。後ろへと避けて難を逃れたがそれで本当に逃げられたのかと言われるとそうでもない。
まだまだ、と意気込んでいるかのようにブンブンと剣は動いていく。それを僕は見ながら、左へ右へ後ろへ前へと逃げていく。
まだ広い道とは言えど、建物に当たらないこともない。それは防いでおきたい事態ではあった。だが、相手はそのような甘い戯言はどうでもいいようで何も変わらずに振り抜いていく。それもいつまで続くのかと思ったらそう長くはなかった。
「いつまで逃げるつもりなのよ」
「貴方が僕のことを諦めるまでですかね」
率直に思ったことを口にした。
「それはないでしょうね。まだ遊べそうだもの」
彼女にとって、この戦いはそうらしい。少なくとも僕にとっては迷惑極まりない。それは周りにひっそりとしている人も心情は変わらないのだろう。
「遊びでやっていい事と、悪い事の区別はつきますよね?」
「知らないわ。私がやりたいから、それでは不満なの?」
「横暴な」
ぽつり、と僕は呟いた。それにしても彼女にとってすればこれも時間を弄ばせた天人の戯れに過ぎないと考えると末恐ろしい。
「私がやりたい事をやっているだけだわ。近くにもそんな人は居るでしょう」
僕は反論は出来なかった。お父さん、あの存在はどうやっても切り離せそうにない。
「居ますね。ただ、あの人は人の事は考えてます。人のためを思って自分勝手な行動を起こしています」
「矛盾してるじゃない」
「いいえ、間違ってないです。自分なりの行動を起こしたことで多くの人が救われたと思います。まず、貴女と比べること事態、僕は許せません」
「言うじゃない。ちょっと楽しくなってきたわよ」
あの人は尊敬はしているが、ある意味では嫌いでもある。自分で言った言葉にそれが含まれているのはよく分かった。
「早く元居た場所に帰ってください。それともここでもう一人連れてきてもいいですよ」
「早く連れてくる事をお勧めするわ」
「その人には迷惑をかけましたから。それ以上に僕の成長を願っているでしょうから」
その人からは多くのことを学んだ。基本的な剣術の数々、食事の作り方に哨戒の任務の片端を見せてくれた。返せるものは今はなくても返したいとは思う。
「ここからは私も貴方をねじ伏せるために動いてみようかしら」
「それはご勝手に。人生最大の絶望に勝てるといいですが」
「余計に興味を引かせただけよ。楽しそうじゃない」
その人にとって、僕との戦闘は何を意味するのか。それは考えても仕方がないところだろう。
順手に構え直した僕の剣に合わせるように相手の剣は来る。いや、逆に合わせたと言うのが正しいかもしれない。
いつもなら横に逃げるところも今は建物への被害を防ぐために真後ろへと逃げた。
それも理解されていた。大きく動き過ぎたようで半月を描くように相手の頭上を通り越して地面へと振り下ろした。それでも僕は地面を削りながら滑り込むように下を通って受け身をとり、体を捻らせる。
綺麗な三日月を描くように水平面上にその形が現れた。僕は身を低くして避け、柄頭で素早く突いた。鳩尾を狙ったが沈みこむような事はなかった。鋼鉄のように固く、倒れ込むような事はなかった。それどころか、軽々しく受け流されていたようで次の一撃が待っていた。
氷を叩き割ったように地面は土埃を上げた。
その土煙で視界は悪い。
そんな中で僕は相手の動きで風を扱う事で読み取ろうとした。単純な動きであるが油断したりすると軽い一撃で仕留められそうな威力、そしてあの厄介な耐久力。まさか一切効かないとは思わなかった。
「弱い攻撃は天人である私には効かないわよ」
「そのようですね」
そう言いつつ、この人を追い払う方法を考えていた。この傍若無人でやりたい放題な人は早めにご退場お願いたい。しかし、そうするには何か帰らせる理由か力尽くで押し返すしかなさそうだ。
そうやって考えている暇さえあるにはあれど、そう長い時間でもない。動きを止めていればそこを狙われる。
相手の剣は地面を抉りながら真上を指すように振り上げられた。何か波のようなそんな縦方向の線がこちらへと向かっている。
ーー受け止めると言うわけではないが後ろのことを考えると軽く威力を緩和させておきたかった。だからこそ、軽く剣の刀身を当てながら下方向に流し込む『七ノ技 疾流し』。
地面に潜り込むそれを横目に僕は前に進んだ。どうにかこうする真の理由を話してくれるまではこうして時間を稼いでみようと思う。
それ以外に方法はないと言うわけではない。それでも、相手にも何かあるとは思う。それを見過ごす事はしたくない。
「やっとやる気になったようね」
「そうしておきましょう」
剣を振り、切り込む。
相手はそれを防ごうと同じく剣を振るう。
相手の剣が自分の剣に当たる瞬間に風を上の方向へと思い切り小さい範囲で引き起こす。当たる直前、自分の手に相手の力に負けないように力を込めない内に跳ね上げる。空いた隙間、そこに左手で引き抜いた剣を横方向に振り抜けさせる。効かないと、分かってはいるが届かないというわけではない。
抑えるためではなく、倒すためのもの、少しは効いたと思う。反撃が来る前に僕は間合いの外に出た。
当てた片腹を意外そうな顔をしながら抑えていた相手はこちらを向きながら何かをした。わざと空けていたと思われる左腕を軽く振る。
何処からともなく現れた先の尖ったしめ縄の付いている石が一直線に向かってきていた。僕にはどうにか出来るのかは分からない石、このまま見過ごすのも癪だが、だからと言って避けるしかなさそうなもの。結局のところ、僕は軽く剣を触れるだけで下を通り抜けた。
そして立ち上がる。両腕に持っている剣を相手に向けておく。後ろでは石のおかげで地面が抉れたので何かしら影響は出ていると思う。そして軽く触れた時、あの石は直撃すれば一溜りもないが止められないわけではない。そう感じたがそこに気を取られていては相手の思うツボと言うものだろう。安易に受け止めてはいられそうにない。
「今、投げたのは要石。私だけが使える能力よ。今生で見れたことに感謝すると良いわ」
どの口がそれを言うのかはさておき、相手にとってこの戦いとは何なのだろうか、それは未だ見えてこない。興味本位で喧嘩をふっかけているようだが、本当にそれだけなのだろうか。もう少しだけ時間を稼ぐ必要がありそうだ。