ゆらり、ゆらりと少年は歩く。その友人は背中に備え付けていた大剣を振るう。そして後ろで静かにしていた剣を八本抜き取る。それらは抜かれてから自我があるように友人の周りで相手に刃を向けている。いつもなら見慣れた景色、平穏の延長線上であるはずが今回は様相がかなり違う。鬼気迫る雰囲気に周りには着いてこれる者はない。
○
やはりかーー。
俺はそう思った。途中、急に殺気を出した時点で気付いてはいたが最後まで見ているのが賢明だとそう感じていた。
ーーだが、それは違った。上手く自我を取り戻せずに闘いながら此方へと向かってくる。その様子を眺めながら、俺は既に剣を抜いていた。
アリスの人形を操っている糸を応用して柄の部分に組み込むことで同じように扱えるようになった。それだけではない。そこから八本に増やして純粋に手数を増やすことで何人でもどのように動こうとも対応する力を手に入れたと感じている。何より、動きの速いやつを捉えるには目の数が多く必要になる。
「覚えているか?お前が俺の事を助けたあの時を」
俺は目の前からゆっくり歩いていくるそいつに聞いた。昔、そいつがやった事について俺は忘れられそうになかったが本人は覚えているのだろうか。
そいつは拒否を示すように速度を早めて、俺の元へと刃を振るう。かなり早かった。そして重たい。
一本では弾かれて威力を減衰させることが精一杯でそれ以上の成果を見込めなかった。あともう一本必要そうだ。
だが、そこで其奴が終わるとは全く考えていない。振り下げた刃が上へと向かう。大剣を振るおうとしたところで其奴は気軽に場所を変えた。やはり速い。
後ろの剣が反応したので事なきを得たが俺はもしかしたら危なかったのかもしれない。
「あの時、お前がしてくれた事を」
これは違う形で示してくれた。それは今は彼方の方へと飛んでいったのかもしれない。
八本の剣を自分の周りに配置して高速で回す。乱立的に回り続ける螺旋に触れさせる事もしない。
○
まだあの時は俺が王子として認められていなかった時、其奴のいる国を歩いていた時だ。
其奴の国は復興してからあまり時間も経っていなかった事もあって、混乱はしていた。つまるところ、治安が悪いと言われると否定できない状況ではあったがこの時までは俺もそこまで悪いとは思っていなかった。
俺はその時、友人と歩いていた。親達が会合をしている間、子供は退屈するだろうとの事で俺は街を案内させられる事になった。護衛というものはなく、新しく国として作り上げられてから日が浅い事もあり、反発されるところはあった。しかし、折角の機会なのでということで街案内は行われた。
「あまり発展はしていないのだな」
「色々と手が付かないらしいです」
友人は軽く答えた。今思うと少し酷だったのかもしれない。
「それにしても石の道がないとは如何なんだろうか」
「そのままにしておきたいらしいですよ。お父さんが軽く話してくれました」
「その理由は聞いたのか」
「あんまり覚えてないです。話してくれましたが僕には分からなかったんです」
俺としては早く整備をしてしまえば良いのにとは思ったがそれはその当時は口にはしなかった。地位と役割の違いは確かにあった。それは理解していたので俺は何も言えなかった。
「ここら辺は市場です」
市場、と言っても賑わいのある感じはなく、質素なもので人がいるというよりかは品物が多い行商人が荷物を軽くするために売り捌いているように見える。
「あまり賑わっている感じはないな」
「通り道で荷物をなくしたりするだけなので。そちら程は多くないと思います」
「そうなのか。なんか、悪かった」
「仕方ないですよ。此処も其方の国の一部ではありますから」
という割には二人の関係は対等なもので気軽く話していて息子の方もそれなりに親交のある感じは違和感しか覚えない。だが、聞いた事はある、打ち負かした人が此処にいると。お互いの実力を認めているからこそこのような普通とは異なる形になっている事を。
「もしかしたら其方では見つからない品物もあるかもしれません。見てみましょうか?」
「そうしよう」
今日のところはそうやって過ごす事にしよう。子どもの遊びに大人が入られては困る。
暫くの間、俺と友人は市場を歩いていた。物価は一律であるがあったりなかったりする品物はある。こう見ると新しい発見があるようで楽しいものではあった。寂れた雰囲気はあるものの、それはまた別の話だと出来るほど。暇つぶしと称した散策はそれなりに楽しいものだった。
しかしながらそれと長くは続かなかった。新しく出来てさほど整備が進んでいない、それは治安が悪いという事を体現するような出来事が起こる事はさほど難しいものではなかった。
俺が歩いていた時、目の前から歩いてきた二人組を避けようと俺は友人の後ろの方へと歩いている方向を変えた。そのまま通り抜けようとしたがそれは許されなかった。左肩を思い切り押された。
突然の事に俺はその場に倒れ込んだが相手からの謝りなどはなかった。それどころか、してやったという笑い声を上げた。
「こんな怪物が歩いているなんてこの街も終わってんな」
如何やら旅人であるらしく、俺の事についてはそれほど知らないらしい。だが、確かに彼らの言いたいことはわかっていた。
顔が白いのは自覚している。それは生まれつきで親からの遺伝であると思ったがそれを恨んだ事はない。ただこの時だけは不幸だと思ってしまった。
「こんな肌の白いヤツは殺しとくに限る。その方がこの貧相な街もマシになるだろう」
そりゃあ、そうだ。ともう一人も賛同する。俺らも自衛のために帯刀はしていた。しかし、俺は他国で抜く気はなかった。俺は服に付いたと思われる土汚れを手を払い除ける。むっ、とはしたがそれ以上感情を露呈するつもりはなかった。俺が冷静になるほどキレている人がいる。
「もう一度その言葉聞かせてもらえますか?」
側から聞いていても怒っていると思える。友人は自分の事についてはさほど怒らない。その人が自分に対してどのように思っているかについては興味を持つので理由などを聞き返す。俺が軽くからかった時はその理由を問い質された時は唖然とした。
「だぁから、こんな見た目のやつがこんなところ歩いていたら不安にもなるだろう。俺達が何とかしてやるからアンタはそこでじっとしてろよ。どうせ、脅されてんだろ?」
「そうだな。人助けすれば多少何か貰えるだろう」
二人はそれなりに意見を合わせて腰に持っていた自衛用のナイフを取り出した。刃渡りは剣の半分程度。だが、十分に殺傷能力は有していた。それを俺は静かに眺めていた。刃物を向けられたところで俺は特に怖くはない。抵抗できないわけでもないし、何ならよく友人には向けられている。
異国の観光の途中で友人と共に歩いている時にこのような出来事に遭うと気分は晴れやかなものではなくなる。俺もいつでも抜けるように柄には触れていた。
「抵抗しようとしても無駄だぜ。いつかは殺される。その見た目ならな!」
二人組の中でも細身のある清涼な男性の方がこちらへと向かってきた。もう一人は体格がしっかりとしていて背もそこそこ高かった。
振り回そうとしたそのナイフ。
遠心力によってしなった腕はとある一本の鉄によって防がれた。その時には嫌な音が出る。
男は情けない程に声を張り上げてその場に倒れ込んだ。
「人は見た目なんて程々で良い。重要なのはその人に何かを預けられると思う人格があるかどうかだ」
友人は吐き捨てるように、その二人の考えを根底から覆すような内容のことを話した。そして、倒れ込んだ男は右腕に走る痛みからその言葉も入り込まない。体躯に恵まれた方はその様子に唖然としている。
概略としては、相手の一撃を友人が鞘から抜いた剣で叩き落とした。手首の辺りを峰で叩き、手から離れたナイフを俺が地面に落とした。最早手首を砕いたと言っても過言ではないほどの威力で放たれた一撃に男は悶絶していた。
「これは可哀想に。お前が今庇ったのはれっきとした魔物だ。こうなったら見ている人が全員が証人になるぜ」
「それ以上侮辱するなら僕も怒りますよ」
「辞めとけ。今倒れている奴は俺よりも弱いからな。勝てるかどうかなんて分からんぜ」
空気は急に冷たくなった。そして友人は特に言葉を出す事はなく、ゆっくりとその人の前に歩いて向かった。倒れている人なんて見向きもしない。だが、俺は感じていた。
かなりまずい状況だという事に。
「何だ?俺とやろうってのか?その命が惜しいなら大人しくしな」
「ハ、クイシバレ」
スゥ、と抜いた剣は黄色くいつも使っているものだと思った。だが、いつものように穏便に事が進んでいるとは思っていない。
「ブジョクシタコトヲコウカイシロ」
「おい、辞めろ!お前の国だからと言って、やっていい事と悪い事はある。辞めるんだ」
俺は友人を止める事にした。羽交い締めにし、必死に動きを止めようとしたがあまり止まる気配はない。
「早く逃げろ!出来るだけ遠くに。早く!」
「お、おう」
別に許したわけではないが男は逃した。友人の刃の餌食になるくらいなら早く逃した方が穏便に済む、とその時は考えたが実のところはそう上手くはいかなかった。
友人は俺の拘束を無理矢理に破り、その人の元へと向かった。
一蹴り。
地滑りを起こして酷く擦りむいた状態で男はその場で気絶していた。自己防衛本能が働いてこのような結果になったのだろう。
その後、二人には王国関係者を侮辱した罪として厳しい刑に処されたとか。だが、俺はそれが許せない。俺のせいで友人は二人に対して危害を加えた。その事は正当防衛でも何でもなかった。ただの殺戮だった。
俺はあの時、止められなかった。だから今度は俺自身の手で止める。
○
自分の身を守る事に特化させたその陣形は相手への接触をあまり考えていない。
故に相手の動きが緩めばその陣形はお役御免になる。もう少し大きく行動に移すべきなのだろうか。