東方魔剣術少年   作:mZu

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第139話

 橋を超えた先、まだ温泉までは遠い。しかし、その前の街では活気に溢れている。その姿を見ているとその事についてはまた別の問題としておくのも悪くはない。

 

 薄暗いの提灯の灯火の中に人の笑い声が入り込む、良くも悪くも騒がしい街は地底の明かりとなっていた。

 

「これのどこに警戒すればいいのか、逆に不安になる」

 ケプリさんはこの景色に恐れを抱いていた。僕には先程の言葉はあれど、そのような事は考えなかった。言われて、初めてそう思えた。

 

「楽しそうですけどね」

 

「否定はしない。だが、あの女性の発言がどうにも引っかかる」

 確かに、それはあった。だけど、其処まで気にする事なのかは少し気になるところだった。

 

「それはまた別の話ではないですかね?」

 

「真っ直ぐ進んでいる分には問題ないはずだ。頭の隅に置いておく程度でいいだろう」

 ケプリさんの言葉は僕にとっては否定するものではなかった。近い距離なら何が来るのかは大体分かる。そうなるように鍛錬は積んでいた。後はケプリさんに任せるとしよう。

 

「それにしても、飲み屋しかないですね」

 赤い色をした提灯には酒としか書かれていない。何処に行こうともその提灯がある店しかないように思える。

 

「反対も同じようなものか。人は何処に住んでいるのだろうか」

 

「見えない奥の方に点々とあったりするんですかね」

 

「その可能性は十分にあり得そうだ」

 遠くの方を見る、しかしそれらしい明かりは見えない。湯気のようなものもなければ、生活感はあまりにもない。本当の意味で闇の中に葬られているかのように消え去っている。

 

「今は温泉に行くことを優先にしようか。いきなり冒険することもないだろう」

 

「それは同感です」

 

「教えてやろうか?地底の生活ってやつを」

 

「あ、間に合ってます」

 

「そうか、それは仕方ないな。って、気になるんじゃねぇんかい」

 

「まぁ、確かに、気になりますけど」

 僕達は脚を止めてその人を見てみる事にした。運動のし易そうな袖の絞られた白い服、半透明の水色の布とその中には黒い何かは見える。それは何かは僕には判断できなかった。そして、何より目を引くのは額から伸びる赤い角で鋭く尖っている。

 

「折角だから教えてやろう。ただし、私を楽しませれたらな」

 僕はその言葉の意味はよく分からなかった。ただ、相手がやる気であるのは言うまでもなかった。

 

「具体的には何をするんですか?」

 僕は仕方ないので聞いた。

 

「私と拳で勝負だ。安心しろ、今から用意する盃に入れる酒を零せたら教えてやる」

 

「何故、そんな無駄な事を」

 

「聞き捨てならない言葉が聞けたが気のせいか」

 

「やるならその盃を落とせたらにしませんか?」

 

「おい、ちょっと良いか」

 ケプリさんに耳打ちされたのでそちらに耳を傾ける。

 

「そこまでやる意味はあるのか?」

 

「あるとかないとかではなく、向こうがやる気ならこちらも応えないと」

 

「くれぐれも気を付けろ。俺たちの力は易々と使っていいものではない」

 

「どう言う意味合いはわかりませんが気を付けます」

 

「そうしてくれ」

 

「二人の会話は終わったか?」

 並々と注がれた盃を持ってその人は立ち上がっていた。そして、盃に口をつけて一口だけ飲むとこちらを向いて一言そう言った。確かに終わっているのでいつでも来てもらう分には構わない。

 

「はい。大丈夫です」

 

「それなら良かった。早速始めるか」

 

「その前にどうしてこのような事をしようとしているのですか?」

 僕は率直に気になったことを聞いた。

 

「単純な暇つぶしだよ。少しやれそうな雰囲気があるからな」

 その人は豪快に笑う。酒のせいとかではなく、その人のいつも通りでやるらしい。それにしてはかなり声が大きい。もしかすると少し興奮しているのかもしれない。

 

「そう思われるのは嬉しいです」

 

「よっしゃ、やろうか」

 

「やりましょう」

 僕は剣は抜かなかった。相手は特に武器を持っているような気はしなかったし、たかだか遊びで剣を抜くほど子供でもない。

 

「そっちから来い。そっから始めよう」

 僕は構えるような事はしなかった。ただ単純に肩幅に足を広げて踵を浮かせる。そして足先で軽く地面を蹴っていた。

 

 動き出す歯車に相手は動くこともなかった。やはり鬼というのは物事には動じないのだろうか。僕はそう思ったがそうでもなければ昔の面影はないとも言えた。

 

 左脚で踏ん張り、右脚は回し蹴り、左腕で受けた相手はびくともしていなかった。鋼のようだ。

 

 しかし、僕もそれだけでは終わらせていない。左脚を浮かして膝を曲げながら右脚を軸に上に上げる。そして真っ直ぐに盃に目掛けて蹴り込んだ。

 

 盃に当たるが中身は溢れなかった。というか、そもそも中身が入っていなかった。自分の言葉とはいえ、やらかした感は否めない。

 

「やるじゃねぇか」

 相手はそう言いながら余裕そうに踵を返す。そう易々と勝たせてはくれそうにないので僕は空中から逆側に向かい、アプローチをかける。低い姿勢から打ち上げる事を考えていたが相当きつい体勢をとりそうだ。

 

 左脚を膝がつきそうになるくらい折り曲げ、其処から真上に右脚を伸ばす。相手からすれば、振り向いた瞬間の出来事、そう簡単に反応出来そうにはないとは思う。

 

 僕は結果は見ずに、顔が地面に擦れるのを嫌って手で地面を押し出していた。後ろからカラカラン、という音がしている。上手くいったかどうかはともかく勝ちではあるようだ。

 

「こいつは驚いた。とても楽しかったぜ」

 相手は感嘆の声を漏らす。僕は体勢をいつも通りにしてからその人の目を見た。純粋な屈託のない感じ、心の底から称賛をしているようだった。

 

「偶々です」

 それに間違いはなかった。

 

「言ったからには話すしかねぇわな」

 その人は気まずそうな表情を浮かべる。

 

「とりあえず、私は星熊 勇儀だ。以後よろしく」

 僕はそれに合わせて名乗る。

 

「言ったからには話すがあまりいい話でもないからな。良いか?」

 

「聞くだけ聞きたいです」

 

「日中、こうやって馬鹿騒ぎしているだけなんだよ。少なくとも私は。他の連中は仕事してたり、するけどな。基本的に何処かの酒場に行っては酒を飲んでいる。それだけだ」

 

「楽しそうではないですか。仕事の後に皆と食卓を囲むのはとても有意義だと思います」

 

「おっ、そう来るか。そう言ってくれるとは有り難い。それでこれからどうするつもりだ?」

 

「温泉に入ろうか、と」

 

「来れたらでいい。後で付き合えよ」

 

「後で顔だけ出しましょうか」

 

「いい男だぜ。金のことは気にすんな」

 

「有難うございます」

 一礼してから僕たちは温泉へと向かった。何があるのかはさておき、とても楽しみではある。ケプリさんは何か言いたげだったが、すぐには言わなかった。

 

「良かったのか?鬼の誘いを受けて」

 

「四日連続で付き合ったことがあります」

 

「よく生きて還ってきた」

 僕にはその意味合いは分からなかったが、ケプリさんは然程乗り気ではないようだ。

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