外へ出ようとも室内とは変わらない、それよりも暗く感じる。地底という場所には昼と夜の概念がないというものも頷ける。全く持って時間帯が分からないからだ。
「さて、出かけようか」
浴衣というものを初めて見て、初めて着る事になったケプリさんは多少たじろぎながらもその慣れない衣服を着こなそうとしている。僕はよく着ているので自分にもこんな時期があったのかな、なんて思ったり思わなかったり。
温泉に入った後で僕たちは言っていた通り、庭先を歩いてみる事にした。狭い石畳の通路に枝垂柳、周りの暗さも相まって鬱蒼とした雰囲気がある。だが、その先に一筋の光があるとも思えた。何か興味を惹かれるものがある。
「そうですね。行きましょうか」
「しかし、何か興味がある。何故かは分からん」
「似ているものですね。僕も気になりますよ」
「そうか」
ケプリさんは納得したようにそれだけ述べて、先を歩いて行った。
草鞋と石畳が擦れるサッ、サッ、という音がしている。他にそのような音はなく、静かな空気が流れている。そして、猫のような動物の微かな声。
動物も居るのか、と僕は思った。あまりにも遠く姿も見えないので僕は空耳かのように軽く流しておこうかと思った。
「猫が居るのか」
「あ、居るんですね」
「声だけだが」
「そうですよね」
僕は少し前から聞いていたのでそれほど驚くものでもなかった。しかし、ケプリさんはそうでもないようで辺りを不安そうに見渡す。小さな動きだが、それでも真横から見ていると気になるところではある。
「あまり気にしなくても良いんですよ」
「まぁ、そうだな」
「動物がいる事くらい、それほど不思議でもないですしね」
「そう考えるのもそうおかしくもないか」
僕は相手を納得させたところで暫く歩道を歩いている事にした。ケプリさんもそれは変わらない、と思う。それでも近くからは猫のような動物が石畳に爪が当たる音を立てて近づいてはいた。とても勘違いだ、とは片付けられない程の存在感はあった。
「やはり、居ないか」
「気になるなら剣でも操ってみたらどうですか?」
「今はないだろう」
「確かにそうですけどね」
「猫、居ましたね」
黒い毛皮と二又に分かれた尻尾、赤い瞳と普通の猫ではなさそうだった。やはり地底で生き残るために独自に進化した個体なのだろう。僕は存在を見つけた事で一応の安心を得る事になった。
「なら、問題はないか」
そういうケプリさんの気持ちは僕には理解できるようなものものではなかったが、そもそも僕が気にしていないので仕方ない事かもしれない。
「寄ってきましたね」
黒い毛皮の猫は何処からともなく僕に近寄ってきた。それに音はなかったが、風が教えてくれた。
「妖怪だな。ただの動物ではないらしい」
かなり冷静にこの事態を処理したケプリさんは僕の後ろで立ったままだった。それだけではなく、ある程度の距離を取りながら遠巻きに覗いているかのようだった。
「そうなんですね。誰かが飼っているのでしょうか」
「そうだと良いのだが、鬼と変わらない力は持っているのかもしれない」
「あり得ないと言いづらいですね」
僕は猫に聞いてみる事にした。何か理解できる言葉ではないとは思っているが僕は構う事なく話してみる事にした。
一応反応は示してくれるものの、言葉を理解しているようなそうでないような微妙な反応で僕は渋い顔をしてしまったような気はする。
「何処かへお行き」
僕はその猫を地面にある石畳に四足を付けられるようにゆっくりと下ろした。そして、その猫は赤い目をこちらに向けながら首を傾げて何処かへと、枝垂柳の何処かへと消えていった。
僕さえ、その猫の形は追えなかった。
「猫は言葉を理解してくれたのだろうか」
「それは分かりません。けど、答えはないと思います」
「理由だけ聞こう」
「心では会話できたような気はします」
「それで良いなら俺は構わない」
ケプリさんは更に奥へと進みたがっていた。僕はそれについていくだけなのだが、一人だけ居るような気はした。その存在は猫が居なくなった時と同時に現れた、正しく交代したかのよう。
僕はそれを追う気にはなれなかった。それから立ち去るのもこの状況で追いかけようなんて思うほどではなかった。
単純にそれだけだった。
「行きましょうか。此処に居続ける理由はないと思います」
「そうだな」
僕は今日のところは湯冷めしない程度に外を歩いた後に部屋へと戻った。そこでは近況報告をするばかりでそれ以外の話はなかった。
元々は会えば果たし合う仲だったが、今日ばかりはそうとはならなかった。
どう感じるか、そう思って今日はそれを楽しむ事にした。