核の力によって鬼でさえ真っ向から勝負を仕掛けるという事はできなくなった。それは星熊 勇儀でさえその状況は変わらなかった。
そして能力を奪い取られたお空は一人で項垂れていた。彼女に残されたものはもう何もない。根こそぎ奪った黄金の小槌はどす黒くなっている。
「こんな奴、対処出来るのかよ?」
「待て。今、さとり様を呼んでいるから恐らく何とかなるはずだ。さとり様に心を読んで貰えば彼奴なんてすぐに倒せるだろう」
「これまでもそれでなんとかして来た。だが、勝てる見込みは立たない」
「そんなこと考えるとそうなっちゃうよ」
「気分では勝っておきたいが状況を見てみろ。姐さんが押されてんだぞ。俺達なんて時間稼ぎにもならないぜ」
姐さんと呼ばれている勇儀は相手の小槌の一撃を受け続けて体の方は疲弊していた。とても立てるような状況でもなかった。
「はいはい、助っ人呼んできたから退いた、退いた」
「お燐さん、そんなヒョロイ男連れてきても変わんないじゃないですか」
「さとり様に直に頼まれたので私はなんとも言えないかな」
「取り敢えず、勇儀さんを助けますか」
「そうしてくれ。俺が抑える」
二人の男は周りを囲む鬼から来ると小さく細い、子供のような見た目で見たこともない輩と嫌な点しか思い浮かばないような感じだった。しかし、その目はそうだとは思わせない。彼らの行動は周りを黙らせる。
「と言うわけでここからは退いて再戦できるように怪我の治療をしてほしいよ」
後は任せているから、とお燐は言っていた。その声もあまり彼らの耳には入りにくい所だった。
○
目の前には勇儀さんと黄金の小槌だったドス黒いものを持っている。白と赤のメッシュが前のほうにある乱れた短い黒髪、赤い目をしている。頭には小さな角が二本ある。白いワンピースで三角の赤い矢印と棒のある黒い矢印が下と上から交差するような模様をしている。
その人がお空と呼ばれている人の能力を奪って暴れているらしい。でも、この感じは珍しい事ではなく、時々あるような気はする。ただ、今回はそれが大きくて対応に困っているというところだろう。
「勇儀さん、一旦退いてください」
「あ?お、お前か。あの小槌には気を付けろ。お前が受けたら最悪死ぬ」
「それなら慣れてます。それに後ろは居ますので」
「本当は退くのは嫌なんだが。仕方ねぇ、無意味に死ぬよりかはマシだ」
勇儀さんは両肩を叩いて笑いながら任せると言い残した。鬼と人間というのでその力量さがあったのか、少しどころではなく痛い。でも、激励のつもりならば怒る事はできなかった。それに単純に加減を間違えただけだろう。
「黙って見ていりゃ、臭い芝居しやがって」
相手が変ろうともやる事は変わらなそうであった。拳と剣では多少なり戦い方を変える必要はある。それに間合いの管理は変わる。
僕は振り下ろしに対して僕は抜いた剣を合わせて相手の力を利用する。小槌に抑えられた剣はその反動と僕の腕力で相手の首筋を叩く『無月』。相手は驚いたように目を大きくさせて首が繋がっていることを確認した。その確認の仕方は入念だった。
僕はその間、何かをしようとは思わなかった。相手には諦めさせるという方法を取るつもりだった。
「人を斬るのが怖いか?」
「はい。繋がりを断ち切る可能性がありますから」
「それは残念だったな。その蜂蜜みたいな思考はすぐに捨てた方がいいぜ。その身を滅ぼす」
相手は地面まで落ちた小槌を引き上げるついでに僕に当てようとする。その威力は鬼が痛いと思うほどで僕が受けたらそれはもう死以外の何者ではない。
僕は横から来るそれを右脚で地面を蹴り上げながら左斜め方向へ跳ぶ。それから風で押さえつけて地面に着地してある一定の距離を取る。その距離は二歩の隙間、来てから反応出来るものだった。
それは相手も知っているのだろう。今のうちに斬り伏せるのは別に出来ないことではない。やりたくはないのだ、自分で言っている通り。そうなれば、責任は取れない。僕は人殺しをしたくて剣を握るわけではない。
生きるために、自分の周りを守るために振るうのだ。
分かりやすく左肩に隠した小槌をそのままに僕の元へも現れる相手。僕は左手に持っていた剣を順手にさせて相手の前に見せた。
緊張はしている、この瞬間にも時間は進んでいき、相手との間合いは詰められる。二歩の間合いから二歩踏み出して僕の元へと近づく。
相手の小槌はぶれ始める。もうそろそろ辿り着く。
刹那、僕は右腕を動かした。小槌の柄の部分を捉え、あらぬ方向へと弾く『水月』。そして僕は剣を鞘の中に納める。この時、鯉口と触れる唾から音は出さない。
相手は思っていた方向とは異なる場所へと行く小槌に戸惑いながらも僕と行く道を交差させる。そして、相手を見るために僕は後ろを振り向く。
「チッ、避けやがって」
相手の怒りは相当のものだった。僕にはそれだけの理由があるのかは知らないが、ここまで何人かに付き合わされた後でこんなだと嫌になるのだろう。攻撃的な鬼だからこそ余計に。
「死にますからね、最悪」
「いいぜ。こっちも小槌の本気を見せるだけだから」
「その内、誰か来ますのでそうなる前に諦めてください。ここから何人も相手することになりますよ」
「本当、甘い。何のためにここまで準備したと思ってんだ?」
「知りませんけど」
「私のための世界を作ることだ。弱者が虐げられない世界を」
「ひっくり返せばそれで良いと考えている時点で弱者の域は超えられません」
「じゃあ、聞くがお前だって追い抜かしたいと思う奴くらいいるだろう?」
「居ますよ」
「勝てる圧倒的な力が欲しいとは思わないのか?」
「僕は出会って来た人とそれを紡いで自分の力にしていきます。これまでもこれからも。突発的に力を得ても自分の生き方を自分で否定するだけですから」
「意見が相違したところでいこうか」
正直なところ、小槌からの嫌な風は強くなっていた。そして色合いで言うと灰色から黒に近づいている。更にどす黒く、強い色として小槌には現れていた。何かはある、とは思いつつ倒す気のない僕はそのままにしていた。
「そうですか」
相手のここからの動きは速かった。足が速くなったということではなく、判断が。小槌に頼れば何でも解決すると思い込んでいるようで自分の力を疎かにしていた。僕はそう思いながら左腕を下げて相手の動きを見定める。
真正面から潰すことを考えているようで僕は柄頭を右手のひらで押さえながら待っていた。そして、その間合いを詰めるために僕も一歩前に出す。そこから、脚を広げて頭上で一回転『死月』。
しかし、なんというかタイミングがずれていたような気がする。そして五本の剣が地面に当たる音をこの耳が感知した。そして僕の左腕からは剣を持っているという感覚がなくなった。
僕は地面を舐める。相手からの一撃でここまで沈んだことも中々なかった。
「油断したな。これで最後だ」
僕の意識はかなり不安定だった。自分の位置があんまり認識出来ない。それに相手の顔がどうなっているのかもよく分かっていない。結構近いはずなのに声も遠い。何より、頭がぼぅー、とする。
「こいつを倒すのは生憎だが、俺だ」
「へっ、面倒くさいから最初から全力だ」
「大丈夫なの」
ケプリさんは相手と戦ってくれている。僕は誰かに背負われている。だけど、それは赤い髪でお下げにしている人。いや、頭の上には黒い耳があった。服装は緑と黒をマダラ模様にさせたゴスロリ調のドレス。黒い底の低い靴を履いている。
「ちょっと休憩したら問題ないです」
「じゃあ、休んでて。あの兄さんと協力して倒すから」
「あの小槌を斬れば何とかなりますか?」
「多分。正邪はそれほど強い妖怪じゃないから。これだけの数の鬼が居れば問題ないから」
「それでは、少しだけ時間を下さい。それと貴女には正邪から僕を隠すように立ち回ってください」
「……うん、分かった。今は休んで」
その人は僕から遠ざかる。僕は地面に座っていたが立ち上がってゆっくりと剣を抜く。そして、目の前の状況を打開する一撃を放つために静かに水平に剣を構える。それから周りの風をかき集めていく。
僕の外側では激戦を繰り広げていた。お燐と呼ばれていた人が前線で掻き乱し、ケプリさんがそれを援護する。多分、そのようなことをしているのだろう。しかし、それがいつまで続くのかは分かってこない。
だからこそ、僕がこれを当てる必要がある。
先程からあった目の使いにくさや耳の遠さは何とでもなった。頭がぼぅー、とするのはどうしようもなかった。それでも、やる必要はある。届くだろう。
そう信じている。
二人が開けてくれた穴に僕が入れるだけ。その寸分の狂いもない一撃を今から見舞う。
僕は脚に力を入れ始めた。基本的な移動手段である地歩を使う為に前にこの斬撃を飛ばす。
一歩目、二歩目……。その積み重ねに、相手との間合いを詰めていく毎に溜めていく風。
その先、何が居ようとも更に前へと進む。僕は迷いはしなかった。お燐の後ろを身を沈めながら近づいていく。
僕は身を低くしながら、タイミングを見計らう。
左脚を前へと。
そこから右脚を後ろへ回しつつ、お燐さんをくるり、とかわす。
持っている右腕は当たるまでは静かにしている。
当たるその瞬間、僕は柄を握るその手に力を入れる。それは大きな力となって剣先から小槌へと伝わる。暴力的な一撃と目の前で起こる暴風。一瞬だけ時が止まった『五ノ技 絶狂嵐』。
そこから先、無音となった。
そして遠くから聞こえる小槌の落ちる音。そして、下唇を噛む時に発せられた露骨な舌打ち。
「これだけの数が居れば貴女も逃げるなんてことはできませんよね?」
「やってくれたな」
正邪の力はある意味膨れ上がっていた。しかし、それをどうとも思わない自分はいた。
相手は自分の爪で危害を加えようとしている。自分の怒りの矛先を北へと向ける。そしてながら届かせるわけにはいかなかった。
僕は避けることに専念した。この身体は色んなところへと曲がりくねり、当てたと思えばそれは幻影で引っ掻いた後でさらり、と砂が落ちるように消え去る。相手からすれば当たるはずの攻撃を全て避けられていることになる。相当なストレスを相手に与える『気まぐれの風』。
それから攻撃を加えていく。相手の爪先に少しだけ当てる。相手は怒りに任せて振るっているのだが、隙は意外にも小さいのでそうやって歪に変えていくことで僕は少しずつストレスを溜めさせることにした。それに、僕だけに集中することで他の二人の存在を希薄にさせる、そのつもりだ。だからこそ、避けつつ当てれる攻撃に刀身を当て続ける『龍鱗の舞』。
相手は度重なる煽るような一撃に冷静さを欠いていた。だが、自分のやりたいという気持ちがそれを抑えつける。僕の行動も無駄なようで他の二人の存在は中々希薄にはならなさそうだった。それなら、更に時間をかけさせる。飽きられない範囲でこちらは攻撃を当て続ける。
僕は相手の両腕が同じ方向になるところで一歩下がった。それから自分の目の前で翅を広げた蝶がいるように剣を振るう『胡蝶の舞』。
本来は飛び道具に対して行うが今回はそれとは異なるやり方をすることにした。相手の両腕は外側へと弾かれる。ここで僕は勝負を仕掛けた。剣を自分の背中で隠す、右腕は腹部を通して隠した剣を支える。
僕は右脚を伸ばして前へと押し進ませる。その剣は相手の身を傷つける事はない。相手の気を斬る。それは相手の動きを大きく制限させるものだった『七ノ技 破気』。
「後は任せます」
相手は両脚と左腕を動かせないはずだ。故に訳も分からずに受け身も取れずに地面に背中から倒れた。
「やるじゃねぇか!ますます気に入った」
勇儀さんにもこのように言われ、僕は一躍有名人になった。
恐らく、地底でも力のある勇儀さんが僕の事を気に入ったという言葉を大体の鬼がいる前で宣言したからだと思う。僕は大して困らないが勇儀さんは如何なのだろうか、なんてことを心配してしまう。
この後、勇儀さんとの約束は地霊殿で行われた。お燐さんの感謝の意を評したいという旨と僕の要望によって広い場所が必要になり、そこに決まった。
鬼も参加するとのことで多めの酒を用意したのだが、来たのは極少数。それはさとりさんの心を読むという能力を嫌っている人が多いということだった。結局のところ、勇儀さんも乗る気はしないが仕方ないと言ったことはあながち間違いでもないらしい。
さとりさんは地底を恐怖というもので統べている現実というものだった。僕は気にならなかったが、周りはそうとはならなかったらしい。
そんな訳で、気に入られた事と飲む人が少ない事で消費することに目的が変わった。そんな訳で勇儀さんから勧められる形で今日中に飲んでおきたい分は六人で消費することになった。
取り敢えず、頭が痛くて気分が悪いのは確か。暫くは休もうかと思う。
正邪がこれから如何なるかはさとりさんの判断に委ねるしかないだろう。