東方魔剣術少年   作:mZu

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第148話

 言われた通りにしていた。聖さんは僕の横で見ているだけだった。墨だけでやって貰ったが半紙の折り方、写経のやり方は教えてもらっただけで自分でやった。お手本とされる紙はもう横に置いていた。後は筆を持ってから一文字ずつ書いていく。

 

 手を洗いなど、身を清めるための作法は教えて貰いながら横で見てもらう形でやり終えている。それから部屋にはお香を充満させていく。それは聖さんが僕が座布団に座りながら準備をしている間に焚き上げていた。理由を聞くと必要なことだと答えた。その匂いは不思議である事には変わりないが特に嫌な匂いでもないので気にしない事にした。これも写経には必要な事なのだろう。

 

 半紙に乗る墨の色はベットリとついた黒でもなく、濃い灰色のような色合いではならない光沢感のある黒色だった。一文字書いて筆の持ち方を変えた。左手を筆を持っている右手を持っている手の枕にする沈腕から手首も肘も机に乗せない懸腕にした。持ち方も人差し指と中指の二本の指を軸に当てて親指で支える双鉤という手法をで行う事にした。慣れない持ち方と書き方なのだが、そうしないと筆が立たなかった。

 

 ふらふらとした一文字目は見ているだけで何か違うと思うほどだった。だけど、用意されていた半紙は一枚。だからこそ、このまま行う事にした。

 

 二文字目は均一の文字の太さで見易かった。このまま僕は続けていく事にした。三文字目、四文字目と書いていくうちに筆の柔らかい書き心地にも慣れてきた。それは何処か違う意味で意識が散漫とするものだった。僕はそう感じて一旦止める。

 

 聖さんはいつの間にか写経に励んでいた。そして僕よりも先を進んでいる。これが差なのだろう、と思うと僕は僕の道を進んでみる事にした。自分で道を描いていく。その中にはデコボコとした道や何もない平坦な道、山のような膨らみのある道に谷のように下に落ちていく道もあれば、緩やかな坂があるだけだったりその逆だったり。その中で僕は脚を進めながらその書いていく道の意味を知ろうとする。

 

 不変なもの、それは物事に形があるからこそ、あり得ないもの。悩むようなことも迷いや苦しむこともない。それは物事は増えることもなく、減ることもない、物事は刻々と変わりゆくもので一つに固定はされない。一つの形にこだわることもない、それは成長や老いがあるからこそ不変の存在ではないということ。こだわる必要はどこにもない。

 

 世間は自分の思い通りにはならないことで出来ているからこそ、その苦しみを無くすためには自分の都合を捨てるという概念にもとらわなくてもいい。こだわったところで何も起こらないから。菩薩はそれを知っていて悟りを開いているから心安らかに現在、過去、未来を生きているのです。

 

 そんなところだろうか。僕の意見も混ぜながら少しずつ解読してみたところ、そんな所なのだろうか。

 

 物事は変わり続ける、僕が感じてきたようにお父さんの印象もここまで変わり続けていた。こうだから、とこだわる必要もない。

 

 聖さんがそれほど怒りもしないのもその為なのだろうか。

 

「終わりましたね。次は読経でもやりましょうか」

そういう聖さんは安らかに見える。僕の心が落ち着いたからなのだろうか。それとも聖さんが元々持っていたものが僕の目でも見えるようになったからなのだろうか。ふわり、と立ち上がった聖さんは道具を片付け、お香を消し写経した半紙をまた別の厚みのある紙に包んで僕に渡した。此処にいる間は何処か無くさない場所に入れて欲しいとのことで裾に入れておいた。その間、僕は立ち上がらなかった。足が痺れた。それだけだ。

 金色の像の前で僕は正座をしていた。空気感は何処か違うが僕はじっとその像を見ていた。向こうが恥ずかしがるほど見つめていた。

 

「それほど見ていても何も変わりませんよ」

 

「そうですかね」

 聖さんは一つの冊子を僕に手渡す。僕はそれを受け取る。聖さんは僕の左前へ、像の前に座る。聖さんの横には丸い木製の何かが置かれている。ポクポク、と音を出している。その音はどのように出ているのかは露知らず、僕は目の前のことに集中した。

 

 先ほど書いていた事を今度は読むだけだった。この書物はどのように出来上がったのかは後で聞くことにした。僕にはとても理解出来るようなものではないのだろうが。そもそも宗教に触れる機会もなかった。何か目に見えるものではなく、心で感じるようなものが多かった気がする。だからこそ、こうやって眺めて口に出していくのも新鮮ではあった。僕はこの経験で何を思うのだろうか。そんな事を考えていた。

 

 聖さんは一回だけ強く叩いた。それで僕は現世へと戻っていた。それから読経を再開する。とりあえず今は読経に集中していることにした。聖さんの声に合わせて僕はその跡をついていく。僕の目の前には灯火があり、その明かりについていく。誰が持っているのかさえ見えなかったが沢山の手はあった。小さい手、大きい手、届いていない手もあった。でも手だけは見える。数えきれない手が灯火も持っていた。

 

 僕はそれについていく。

 

 それが苦痛とは思わなかった。疑問とも思わなかった。目には見えない、そういう世界はどこでもこのようになっているのだろうと思う。静かに時間が過ぎていくのも僕は感じ取りながら読経を終える。

 

「これで終わりです」

 

「ありがとうございました」

 僕はその場で腰を曲げながら小さく一礼した。いつの間にか終わりを迎えていた読経だった。だが、無意識という訳でもない形容し難いこの事象に僕は戸惑った。だけど、感謝の気持ちやそう言うところはすぐに出てきた。

 

「それでは精進料理を頂いてください。それから感想をお聞きします」

 

「はい」

 僕はそれを言ってから脚を崩した。慣れたもの、とは言えどまだ足は痺れている。 少しだけ待って貰ったところで僕はこの場所へと向かうことにした。門下生とは違う場所、女性ばかりの世界で僕は食べていた。

 

 椛さんと食べているものはまた違うものだったが味自体は慣れ親しんだものだった。きっとここから学んできたものなのだろう。それにしても豪華な食事ですね、一言伝えたら変な誤解が生まれたのは笑い話として椛さんにも聞かせてあげよう。

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