知らない天井が僕の目線の前には広がっていた。木目のある感じからするにボロい屋根であるのだが、しっかりとした模様が描かれているので並大抵の建物ではないだろうと感じた。しかし、露骨に支柱が見えているのは何とも言いづらいものがある。
そして足元には生暖かい感覚がある。そして布で軽く拭き取ってもらっているような気がする。だが、やってくれている人が誰なのかは全く分からない。住人であることはよく分かるがそれ以外の事は全くもって状況が理解できなかった。
兎に角僕は足元に感じる不気味な嫌な感覚を拭っておこうと起き上がってから右手で払ってみることにした。
「わぁ!」
甲高い声がして僕の寝ぼけていた意識は急にはっきりとした。緑色の床の上で転がっていたのは鈴仙と言う月の兎であった。脚を広げて腰を抜かしているところを見るに、まさか動くとは思っていなかったのだろう。
「すいません、見なかったことにします。」
「良いですよ、私の不注意です。」
鈴仙さんはきっとそこまで悪意のあることはしていなかったと思う。少し湯気のある水の入っている木製の容器と布で僕の身体を拭き取ってくれたと思われる。もしそうならこれはかなり悪いことをしたと思われる。
「いえ、これは僕の勘違いだったのかもしれません。」
悪夢を見ている僕が無意識にそのように感じてしまったと自分の中では考えておくことにした。別に鈴仙さんも気にしている様子もない。
「ところで、今はどういう状況なんですか?」
「月から幻想郷に戻ってきてからは2日になると思います。それまでヒカルさんは寝ていました。」
「2日ですか?」
僕は意外と眠ってしまっていたものだと感じた。外の明るさから考えると昼前あたり、又はその逆。太陽の光の向きなどは一切読み取れない。
「そうです。そこで永遠亭というこの場所で休養をとってもらっています。後は師匠にお任せします。」
鈴仙さんはその場から立ち上がると容器と布を持ってこの部屋から出ていった。今言うのも遅いが見たことのない扉が使われていた。どうやら紙が貼られている木製の網目を動かして出入りをするらしい。何と言うものなのだろうか?
僕はこの場から動く気にもなれなかったので少し分厚い布の中に包まることにした。目を閉じて何となくここからどうしようか、と考えにふけっていたところで鈴仙さんとは違う足音が聞こえてきた。多分長身の人なのだろう。歩幅は大きめだった。そして自信があるのか少しだけ音は大きい。
「身体の調子はどうかしら?」
「貴女は?」
赤い十字のある青い帽子を被っている女性で長い銀色の髪は三つ編みにされている。その長さは腰よりも低いところから察するに相当なものであると思われる。赤と青の二色が半々になっている色合いで下はその逆の色の配置になっている。ヘカーティアさんの服装とあまり変わりはないと思われる。早苗さんが言うことを真似るなら変な格好の野郎と言うなのだろうか。
「私は八意 永琳よ。永遠亭の主治医をしているわ。」
「道理で。僕はヒカルです。よろしくお願いします。」
「意外と元気そうで安心したわ。でも、無理は禁物よ。大分、身体に負荷をかけてしまっているから筋肉が切れる可能性があるわ。」
「物騒ですね。」
「うーん、その反応はどうなのかしら。まぁ今は何も言わないでおくわ。それで、青年の息子で間違いないかしら。」
「大抵は人間は誰かの息子が娘だと思いますよ。」
「やっぱり名前を聞いておくべきだったわね。私の失態だわ。兎に角、前にここに訪れていた男とよく似ていると言うことを伝えたかったのよ。」
「お父さんは確かにここで暮らしていたことがあるそうです。」
お父さんからは事前にどのような場所であるのかは聞いている。ただし、情報量というのは少なく、楽しい場所であるという印象がとても強い。
「やっぱりね。顔つきが何となく似ているのよ。目の辺りとか。」
「そうなんですね。」
「?まぁ、今日は休んでいきなさい。」
永琳さんは何処か怪しい雰囲気のある大人の女性であるのはよくわかる。だが、キリッとした目はかっこいいと思える。
「分かりました。」
僕はその人の言葉に甘えることにした。永遠亭といったこの場所はとても静かで和める場所であった。1日ぐらいなら良いのかもしれない。
その日の夜の話だ。僕は月の光に照らされた庭を襖という扉の隙間から見ていた。ほんの少しだけ直線的に入ってくる月の光とその間からしか見えない庭の様子とその先にある竹の風に揺れる姿を見ていた。襖というのはこういうことが出来るそうで利便性があると思えた。お父さんもきっとこのような美しい景色を見たと思われる。
「ヒカルさん、少し聞きたいことがあるんです。」
「その内容はなんですか?」
「はい。あの第四槐安通路での件です。あの時、私に狂気に堕として欲しいと言いましたがあの時は平然に話をしていましたが如何してなのでしょう?」
槐安通路という名称はどこの事なのかは分からなかったが大体の場面は思い出していた。確か、鈴仙さんに頰を触ってもらった時のことだ。
「僕には何も。」
「そうですよね。実は私は波長を見ることができるんです。そしてある程度操ることも。」
その悲しそうな表情をしているのだろうが月の光が弱いのであまり顔色は伺えなかった。これが夜の魔法だとすれば僕はまんまとかかってしまっている。僕は半身を起こして鈴仙さんと向き合うことにした。
「それで、僕を狂気の状態にしたんですよね。あまり記憶がないのですが。」
「ええ。それで貴方は狂気になりました。ですが、波長は全く変わっていません。」
「それはつまり、勘違いということですか?」
僕は波長のことについては何も知らないが何も変化はないのに何か起こったという異常性だけは理解できた。
「いえ。それとはまた違うと思います。何か不思議な加護があるというか、自然の状態が狂っているのか。」
「それは僕に言われても何も分からないです。でも、お父さんがどのような人であったのか。その点で判断つきそうです。」
「そう、ですよね。あの人は波長の波は最初から変動は少ないです。それは直線といっても過言ではありません。ですが、時々大きく波打つ時があります。その時だけは正気に戻っているようです。その逆もありますが。」
「もしかしてそんな波長だったんでしょうか?」
「もしかしたら、あまり波長に影響されないのではないのか、と。」
「うーん。あまり分かりませんね。実感があるわけでもないですし。理解に苦しみます。」
「ですね。忘れてください。」
鈴仙さんは何処か仏の表情を見せた、全てを悟ったというのか。
「待ってください。鈴仙さん。僕はお父さんのような人物ではないです。」
「はい。」
鈴仙さんはよそよそしく僕の寝ているための部屋からは出ていった。その際に完全に襖は閉じられたので仕方なく眠る事にした。
その後は特に何か起こったという事はなかった。それと治療費は別に良いそうだ。どのような風の吹き回しなのかは知らないが何かあったら来ても構わないとだけは言われた。しかし眠たいのか、僕の身体はあまりいう事は素直には聞いてくれなさそうだ。