東方魔剣術少年   作:mZu

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第152話

 あれは昨日の話だった。

 

 白飯にすまし汁、いつもと変わらない食事を椛さんと同じ時間に食べていた時に聞いた。

 

「人里で狐の仮面をつけた男が暴れているらしい」

 と。椛さんのその言い方は優しく、背中を押し出しているような感じだった。しかし、僕にとってそれはある種の宣戦布告だった。お父さんとは確かに約束した事がある。今日、椛さんからその話を聞いたと言うことは裏を返せば、向こうの準備は整っていると言う事だった。

 

 椛さんはわざとなのか、それ以上の情報は僕に与えてくれなかった。内通している、そんな事は大体察している。ここを紹介したのは紛れもなくお父さんであり、知り合いであり、師範でもある椛さんと通じていないと考える方が異常だと思う。

 

「そうですか」

 僕はそれだけを返してもう横になる事にした。不安に苛まれながら、勝負を仕掛けられたと言うその昂りはどうにもなるような気はしなかった。椛さんはもう何をしようとしているのか分かっているのだろう、何も僕の行動に口を挟む事はなかった。

 

 明日にはどちらかが事切れる、そう思うと眠れなくなる。そんな一夜を過ごしていた。

 

 そして、今静かに切られたテープは始まる事を祝しているようだった。

 魔理沙は既に二人の視界から消えていた。

 

 少年は逆手持ちにしている左腕にはあえて力を入れずに静かに相手の出方を眺めていた。

 

 男もそれは変わらない。順手持ちの両腕をだらり、と下げたまま待ちぼうけの姿勢を取り続ける。相手からすれば絶好の機会、とはならない。避け、捌きに長けた彼に近づく事がまず誤りなのである。それぐらいは少年も何回もやっていた中で知っている事実だった。

 

 お互いはお互いの出方を伺う。男は自分の長所を最大に活かすため、少年は近づかないように攻撃する方法を考え出す。

 

 一ノ技、ニノ技では届かない更なる先。

 

 二本を利用して上下へと振り分ける。剣に纏わせた風が周りの空気を振動させて男へと突き進む『一ノ技派生 双剣風刃』。

 

 男は上半身をふらつかせる。体がブレ、近くの地面からは足音がした。少年は脚を折り曲げて地面へと身体を近づける。

 

 その上を男の左脚が通り抜ける。振り下ろした鎌のように突き刺さったそれは折り返して蹴り上げる。

 

 自分の身体を左回転させて避ける。寸前のところで避けた少年は身体の回転を利用して右腕は突き刺し、左腕で薙ぐ『連撃 風刃凸』。

 

 それも相手には届きもしない。その場には姿が見えなかった。

 

 少年は前へと飛び、後ろを振り向かずに双剣でほぼ全方向という広い範囲を薙ぐ。

 

 当たりはしない。

 

 来てすらいなかった。

 

「届きもしないですね」

 

「そうか。だが、諦めはしない、そうだろう」

 

「そうですね」

 

「そうか」

 男はそこから発しようとした言葉は口の中で埋もれた。噛み殺した息をそのままに行動を示す。

 

 低い姿勢から打ち上げるように少年が剣を振るう。

 

 男は上からそれを潰す。

 

 少年はそれでも押し上げた。

 

 男はそれでも抑え込む。

 

 拮抗する中で次をどうするのか、その先相手は何をしようとするのか。その読み合い。少しの読み間違いは死を呼ぶ。少なくとも少年はそうだった。

 

 空いていた剣はその拮抗した点を追い払う。横にふられた剣が男の刀を吹き飛ばすような勢いだった『咲天』。

 

「そうか」

 男は楽しそうだった。

 

 少年は更に前へと進む。

 

 地面すれすれから思い切り切り上げていく。脚は地面を擦り、刀身は舞い上がる土を斬り裂く。男は本当に何もしなかった。

 

 ただ、後ろへと下がりながら下側を斬り裂く。突き上げる一撃を真横から弾く『下弦』。

 

 真横から弾かれようとも少年の動きは変わりはしなかった。一対の扇を描くように少しずつ角度を変えながら剣を振る。上下、向きさえ変わるその連撃に弾くということをさせなかった『扇の舞』。

 

 それは相手も変わらない。地面と平行の横薙ぎから始まる直角の扇の対。お互いの斬撃がお互いの体の一部を傷つける。押しては押し返される、進まず退かずの連撃。

 

金属が擦れる音に小さな足音、地面と擦れる草鞋の音に風になびく着物の音。その全てを切り裂くようにお互いの武器はぶつかり合う。火花が散り、熾烈を極める闘争に二人は少なからず楽しんでいた。

 

「刻一刻と時間は過ぎている」

 

「知ってます」

 男はその言葉を聞いてから、構えを変えた。背筋をゆっくりと曲げて刀を逆手持ちにしている。左脚を前に出していつまでも消えない闘争心を曝け出す。まるで獣だった、血に飢えた。

 

「それにもう、後戻りも出来ないでしょう」

 

「間違ってはいない」

 

「なら、ここで僕が……僕が決着を付けます」

 

「そうか」

 男は急激にその身を動かし出した。今までは遊びであったかのように素早く、的確な位置の斬撃。少年はそれを止める。

 

 その冷徹な目は感情というものを捨てた兵器。これより先、誰の干渉も受け付けない。自我を極限まで捨て去った結果の直感というものであった。

 

 頭で処理をする前に本能という勘が作動する、無駄な動きを省き、来たと思える時には脚が動いている、腕が動いている。

 

 少年は右腕で軽くそれを受け止める。そしてギチギチ、と音を立てて剣と刀は擦れる。

 

 男もそれについて一切の驚きを示すことはなかった。出来て当たり前、そう言いたそうな目をしている。

 

 だが、時は進んでいる。この状況が続くことはなかった。

 

 男は右脚を進ませながら、地面に水平になるように刀を振るう。

 

 少年はそれを側面から捉えた。

 

 胴体はガラ空き、動いていた右脚は言わば囮のようなものだった。その脚の勢いに助長された左脚が下から少年を狙っていた。

 

 目では捉えずに少年はそれを避ける。肌で感じるのだ、その脚の動き、その先を。少年は仕事を放棄せざるを得ない剣にそれを与える。

 

 頭上を覆うように剣を構えていた。そして何かを弾く『七ノ技派生 双剣疾流し』。そしてそれと同時に腹部に穴を開けられた。

 

 男は構えていた、右腕は少年に切っ先が向くようにさせていた『牙の四』。そして左腕は。

 

 空を斬る斬撃を叩き落とす……。少年はそこで膝をつく。穴からは噴き出すこともない血がたらたらと流れている。切っ先の幅が少年を貫いていた。そして苦悶の表情を浮かべながらも、この現状に諦めることはなかった。

 

「まだ、早かったようだ」

 

「遅かったんですよ」

 少年は仕方なく空いた穴を塞ぐ。前に使って貰った回復のさせ方。荒治療ながら止血には使える。だが、中身までは時間が必要だった。

 

「そうか。まだ先は長い。そう焦る事もなかろう」

 男は少年にはとどめを刺さなかった。いや、させないのだろう。

 

 少年は治療の途中で動くことは出来なかった。気が少しでもぶれると治りが遅くなる。動くなんてことをすれば逆戻りとなるのだろう。

 

「見つけた、下手人!」

 

「迷惑をかけたことは謝る。して、貴方に何が出来ようか」

 

「何だ!地面に小さな亀裂が。……これを越す事は御法度か?」

 自警隊を形成し、人里を妖怪たちの脅威から守る存在であるその人は男のその一撃にたじろいだ。

 

 地面には文字通り、一閃の亀裂が入り込んでいた。少年にしか見えないほどの速さの斬撃『極の一』。戦闘に慣れている巫女でさえ見えるかどうかというところ。

 

「そうだ。これは俺たちの問題だ。貴方は怪我人の治療をしたほうがいい」

 

「そんなのは私には関係ない。人里の人々の生活を脅かした。それだけの理由でこの一線を人里を守る立場として超える資格はあるはずだ」

 その人は男の放った一閃を越えようと右脚を上げる。

 

「来ないで。これは僕とお父さんの問題だ」

 少年は痛みを我慢していた。そのまんまの声でその人に話しかける。苦悶に満ちた表情から繰り出されるその言葉。

 

「だそうだ。慧音。後は頼んだ」

 男はそれを言い残してこの場から踵を返す。誰も追いかけるような事はしない。呆気にとられた慧音に倒れ込んだメイドと巫女に戦意喪失の魔法使い。

 

 少年は身体に風穴を開けられていようと全く動じていなかった。両膝をついて地面には付かないように踵で腰を支える。身体の両側に刀身を当てて、風穴の治療を行う。

 

「……そんなでは塞がらない。私の家で暫く安静にすると良い。私が呼んでおく」

 慧音はこの状況を呆気にとられつつも、少年に話しかける。

 

「いいです。早めに向かわないと、もう取り返しのつかない事になります」

 

「そんなにお前が気を張らなくてもいいだろう。何故だ?」

 慧音は少年がどうして立ち上がろうとするのか、それを聞いた。二人の因縁には何があるのか、それは本当のところ、数人しか知らない。

 

「約束したんです。必ずお父さんを超えると。だから、僕はここで再度立ち上がる」

 

「またの機会にしよう。まだ力不足だ」

 

「それでは遅いです。あの人は前々から死期を悟っていた。だから、今日現れたのでしょう」

 

「待て、どうしてそんなことを思う?」

 

「気迫が弱かった。それだけです」

 

「……分かった。必ず帰ってこい」

 

「はい」

 少年はフラフラの脚で立ち上がる。両腕には刀を持ち、その目には殺気を宿す。力を入れていない手で柄は時折動くが、落ちる事はない。

 

 慧音も思ったのだろう、この決着に水を差すのは野暮なのだろう、と。少年の背中を見て静かに見送る事以外に今、やってあげられる事はなかった。

 

「達者でな。少年」

 慧音はそれだけ少年の耳に聞こえるように叫んで辺りの復興を始めた。

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