一人、森の中で白い管を口元に咥える。口元にはスポンジが入っており、明るい茶色をしている。黒い線が二本、その先は白い紙で枯れた葉が入っていた。所謂煙草というものだ。
一服のつもりなのだろうがその表情は険しい。死期を悟っているかのようで何処か厳つい。
男はここまでゆっくりと歩いてきた。それは相手が簡単に追いつけるようにかなりの遅さでここまでやって来た。途中絡まれもしたがそれも全て受け止めていた。
二本の指に挟まれた煙草と男の口元からは見えない白煙が立ち込める。その表情が晴れるような事はない。死を前にして本当の意味で笑っていられる生き物は居ない。何かしら負の感情が浮かんでくるものだった。
「何処で間違えたのだろうか」
男は呟く。誰も居ない森の中で誰にも聞こえないはずの声を上げる。弱気になった男にもはや生きようとする気持ちはない。
「人は間違いの中で成長する。そうでしょう、お父さん」
そこに現れたのは黒色を基本にした燃えるような赤い紅葉が川を流れているような模様が入った膝下丈の着物、白色の袴を羽織った少年。風に流れる短い黒髪、黒い瞳がある少しだけ吊り上がっている目。腰には二本の剣を携えるために黒い帯を締めている。そして脚には底の分厚い草鞋を履いている。
「そうか。やはり、来たか」
感慨深そうに話す。その口元には変わりなく煙草を咥えている。そしてその目は曇りはない。
「覚悟は、聞くまでもないか」
「そうですね。見れば分かります」
少年は既に剣を抜き去っている。男もそれに応えるように刀を二本抜く。
「お前にはまだ負けたくない」
男はその剣を振るいながら、前へと進む。最早捌こうとか、避けようとかそういうのは全く考えていない。男のやりたいように、描きたいように筆を進めていく。その画は誰がみるのかそんな事も気にする事なく。
地面に突き刺すように剣を動かし、少年は両腕を外側へと弾く『上弦・下弦』。相手の一撃はとても重たいはずだったが根性で弾き飛ばす。負けるとかそんな弱気な事は少年は頭の片隅にも置いていなかった。
ただ、勝ちたい。
目の前の標的を仕留めたい。
「僕は背中を見て育った」
少年はそう言い放ちながら、その手は止めなかった。更なる一手。
「だから何だ」
「今日は越す。絶対に越す」
「お前には現実が見えていないようだ」
勝ち目がない、それも考慮しているわけがなかった、少年が。
ただ、やれるところまで。届くところまで手を伸ばそうとしたところまで。自分の諦めがつくところまで。
それまで続けていくつもりだった。
「そんなものは知りません」
「言うようになった」
男は静かに刀を振るう。何の音もない。ただ単に手首を動かした『極の壱』。
少年が繰り出した横薙ぎはそれに呼応するように動き出す『一ノ技 風刃』。
お互いの技はお互いに相殺された。しかし、それを何にしようとはしなかった。次に進んでいく二人。
男は地面を這う蛇のように陰湿な一撃を見舞う。その刀はしなりを伴った竹刀のように曲がっているように見える。そして雲をも斬り裂きそうな一撃『昇の五』。
技を放った右腕を逆側へと移動させる。その軌道は花弁を描くように大きな弧をなぞる『咲天』。
男は下からその軌道が描く先を止める。男も少年が描いたように池に浮かぶ蓮の花の一輪のようだった『蓮の弐』。当然、威力は少年が劣る。止めるどころか、弾かれる。
残されたのは左腕。それを軸に天地をひっくり返させる。男の一撃を避け、自分は風を溜める。そして次に備える。
着地した右足、そこを刈り取る男の左足。踏みつけるような一撃に大きく体勢を崩した『陰の八』。
少年はその場から動けなくなった。まるで釘を打たれた木材のようにその場で止められている。だが、相手は特に容赦などしない。
両腕に構えていた刀を振り回そうとする。上に持ち上げられた右腕に弾いていた右腕。相手の事など全く考えていないような無慈悲だった。
避ける事もできない上からの振り下ろし『降の六』そして、横薙ぎ。少年は受け止めて左外側へと流す『七ノ技派生 二連疾流し』。そして更に離れるために剣を振るう。
だが、それも飲むこむように更なる連撃が続けられた。弾かれたはずの刀も至って普通に戻って来た。そして待ち構えていた右腕と交差するように左腕を振るう。避けるとか避けないとかそんな次元ではなかった。
少年は咄嗟に内側に切っ先を動かして逆手にした。上下から来る、そう思えたときにはそうするしか他に方法がなかった。特に自分が生きようとするならば、そうするしかなかった。
そして傾く。男の上半身は前へとのめり出し、先程とは逆で攻めてくる。そして吹き飛ばしを兼ねていた。目では見えないほどの速さ。見ているという暇を与えてくれない。
右腕が今度は上になり、左腕が待ち構える。だが、左腕は動かない。右腕だけが動いていた『流の参』。
瞬間的に抜けた右脚で地面を蹴り出して間合いをとる。そして、相手の剣劇を避ける。
男はそこで一回転。だが、少年は次、を見切っていた。
瞬時的に放たれた左足の一撃。相手からの斬撃を左肩を前に出して半身で避けつつ、足裏で男の左腕を押す。突き刺す、ナイフのような一撃『二ノ技派生 風凸脚』。
男はそれをもろに受けた。避けるということもせず、捌くということもしなかった。いや、出来なかった。少年の放ったタイミングは何もやれない時だった。
「しくじった。噛まれた猫はこんな気分なのか」
男はその時には刀を落としていた。指はピクピクと痙攣している。そして右腕は木にぶつけていた。その時の衝撃で同じく刀を落とす。両手共、指はまともに使えなさそうだった。
「最後だ。本当の意味で」
男は走り出す。持てなくなった刀には何の未練もない。何もかもを捨てた男に心残りなどなかった「人の駆』。脚だけの動きに集中させる。その速さは押し出した間合いも関係なかった。少年が反応を示した時にはもう剣は踵で吹き飛ばされている。
少年もこれ以上は戻れなかった。
「知ってます。そのくらい」
少年はもう守るという選択肢を捨てた。獲物を狩るという獣の思想、どう怪我を負わせるか、それを考えていた『無風』。少年の身には風も起こらない。