荒廃もあり得た人里、そこで眠る三人の魂。そして一人、それらを起こそうとしていた。一難去った幻想郷はある意味、あの男に委ねられた。
「早く起きろ」
「何?」
「何処か痛むところはないか?」
「ないわよ。それよりも彼奴は何処よ?」
「辞めておけ。彼奴はお前たちが束になって勝てる男ではない。分かるだろう、それくらい」
「こんなんで退けると思うの?」
「退いた方が賢明だと思う。それに何処に行ったのかは不明だ」
「だからって、私がそんな事で止まると思ってんの⁉︎」
「辞めとけ、霊夢。お前が負けた相手が今戦ってる」
そういった彼女は霊夢と呼んだ右肩に優しく手を置いていた。その表情には諦めが取れる。
「魔理沙は悔しいと思わないの?」
「全く。あの二人の戦闘を見ていて私たちの実力がどれだけ通用しないかよく分かったよ」
「だからって。そんな事」
「あるんだ。みっともなく負けたいか」
魔理沙は言い聞かせるように優しかった。人が変わったようになった友人の姿を見て一言。
「諦めるわ」
霊夢はそれしか言えなかった。各人色々と考える事はあるだろうが二人のおかげでモヤがかかる。
「さて、一旦私の家で休んでいくといい」
自警隊を執り仕切る彼女は三人に向けて助言した。
○
僕には少しばかりか、考えていた事がある。
お父さんはいつからこのような状態になっていたのかどうか。老人のように肌にはシワがよるようになったのか。
それは誰のせいなのか。何も分からなかった。
「知ってます。そのくらい」
どの範囲で言うのか、僕には理解に及ばない。それでもやるしかなかった。この速さについていくには守りを捨てる、そして全てを攻撃に回す。避けようとも捌こうともしない、否それが出来るかは見えてこない。
「……。本当に最後だ、本当に」
お父さんは何かの錠剤を飲み込んだ。噛むような事もなく、体内から摂取したそれは何を意味しているのか。そんな事はどうでもいい、訳ではないが興味は向かなかった。それどころではないからだ。
突き刺すような足裏の蹴り。胴体を狙ったそれらは静かに僕の両肘に当たる。間合いをしっかりと空けて相手の一撃を合わせる。僕の基本的な戦術の一つだ。
それも通用しないとそう思えるのはお父さんに限った話ではない。しかし、僕にはそうだと思える。
肘を当てた脚も次の一撃を放とうとしている。止まる事を知らないお父さんは僕に容赦なく向かってくる。
振り上げられた右脚。僕は半身になりながらさらり、と避ける。これを肘で止めようとか脚で止めようとか考えない方がいいのは先ほどの件でよく理解した。掠っただけとは思えないほど肘が痛い。
僕だって蹴りを見舞いたい。それでもさせてはくれなかった。振り上げた右脚も次の一撃に続く。お父さんは本当に化け物だ。だから、動きで惑わす。
脚と同じ方向へと避けてから後ろに下がる。そのついでに逆側へと逃げる。それでも届きそうになって蹴りを放とうとするがそれを真っ向から抑えてくる。折り畳んだ、これから放とうとする左脚を真前から一直線に押し出してくる。これでは僕は何も出来なかった。
だからこそ、後ろに飛んだ。だが、僕が思っているよりも遠くに飛ばされた。まさか、伸ばした状態から軽く蹴り飛ばされるとは思いもしなかった。僕が後ろに遠くに跳ぼうとしたことも相まって嫌な場所まで下げられた。背中には僕の胴体を覆えるほどの木があった。何処にでもあるような木であるが、それでも今は邪魔である事以外の何ものでもなかった。
僕にはそれは結構追い込まれる状況だった。
ーーそしてやってくる破滅の刻。
お父さんの左脚は大きく振り上げられながら渾身とも言うべき勢いで僕の方へと向いてくる。
木がある、だからこそ後ろには退がれなかった。受けることも多分難しい。僕にはあまりにもこの状況はきつかった。
木がある、だからこそそれを軌道に使うことにした。逃げるようにしゃがみ込みながら回す左脚で助力を得る。そして倒れていく木を使いながら蹴り出して前へと進む。そして、滑り込みながら剣を鞘の中に納める。
そして身体を転がしながら、体勢を取り返して立ち上がる。
お父さんは木を折った後で平然とその場に立っていた。あれがもし受けていたと思うとそれはもう分裂していたに違いない。
ーー勝てると思えない。
これは前々から感じていたことだった。
だけど、今は違う。また違う感想が思い浮かぶ。
ーー勝ちたい。
そう思うと嫌な感じはなくなった。
息が自然と整う。そして、視界がはっきりとする。もう弱くはない。そうだと感じる。
僕はそのままお父さんの元へと向かう。左腕は後ろにして。
お父さんは背面から僕の動きに気付いていた、と思う。だけど、それはいわば可能性の話、最後まで後ろを向いていた。
鋼鉄のようだった。
僕の出した剣を添えた右脚は簡単に根を上げた。歯が立たないと思えたのはこれが何度目だろうか。そんな事は考える気も起こらない程だった。
だけど、止まっていられなかった。ふらつく軸足を崩れながらも放つ。
腹部辺りに当たったような気はするがそれは僕も変わらなかった。
視界はかなり悪くなった。空が赤く見える。血の色だ。だけど、気分の悪さもあるが片肘を立てて、すぐに起き上がった。そして口からは吐血。僕は立てるような気はしなかった。
視界の片隅では動いていた、お父さんは平然としていた。妖怪にも通じる技を二回受けているはずだが、それでも立っている。正に鋼鉄の鎧でも着ているかのようだ。
僕は動けるような気はしなかった。お父さんとその辺りの条件は変わらない。
「……強くなったな」
その一言。そして、倒れ込む。そしてむせる。口元は僕と変わらない。吐血し、地面を濡らしていた。
「これで俺はこの世に未練はない」
「あるでしょう。王国はどうするつもりですか?」
「アーサーに預けた。財産も地位も名声も……。お前を待っている間にな」
「そうですか」
「俺の身体はどうしようと構わない。刀も両腕、両足首につけているリングもやる」
「そうですか」
「渡せるものは他にはない」
「一つ聞いても良いですか?」
好きにしろ、とお父さん。
「どうしてそんなに老いているんですか?」
「これはある奴から厄を受け過ぎたからだ。そして、それを出来るだけ俺だけで完結させようとしたら、寿命を削り取られた」
「そう、ですか」
「俺の身体は本来なら死んでいる。延命は永琳にしてもらった。身銭叩いて薬を百粒買ったが三日で無くなった」
「そうですか」
「それでも俺には後悔はない」
「どうしてですか?」
「自分の行いのツケなら仕方ないからだ」
「僕、お父さんみたいになりたいです」
「お前は俺ではない。同じ道を歩んで何が楽しい」
「そんなの分かってます」
「そうか」
「でも、そうやって満足そうに死ねるならそれだけで羨ましいです」
「お前はこれからがある。死ぬとかそういう事ではなく、どう生きたいか、それを考えろ」
まだ来んな、そういうお父さんは珍しくしおらしかった。いつもなら笑って言い出しているような事も今は静かなものだ。
「そうですね」
「これから多くの苦難があるだろうが笑え。何故か上手くいくだろう」
「はい」
それからお父さんが口を動かす事はなかった。それまで起こっていた手足の痙攣も嘘のように無くなっている。
僕は暫くこの場に留まった。
日の差す森の中で僕は一人、声を出した。
拝啓、ヒカル。
これを読んでいると言う事は俺はこの世には居ないのだろう。これは俺か、永琳から俺が居なくなった後にお前に渡せるように二通用意していたものだ。内容は変えているつもりはない。
幻想郷ではお前は様々なことを経験したのだろう。
だから、俺の経験した話をする。
俺の昔話だ。
俺は昔、ある女性に助けられた事がある。
俺はその時、かなり人としていけない事をしていた。今思うととても話せるようなものではない。
俺はそいつに対しての第一印象は意外と悪くはないと思っていた。体つきも良さげだが、弱気な性格そうだった。丁度良いくらいだった。だが、俺はその時はそれをしようとは思わなかった。
俺はそれから幾度となく出会う事になったのだが、運がいいことに其奴は俺がある程度終わってからしか現れなかった。
俺はある時、何回か言い続けた後で其奴に言われた事がある。
貴方には人の心があるでしょう。なのに、こんなひどい事が出来るのですか?と。
俺は思った、こいつは俺のやっている事を知っている。それでも何か違うものがあるのだろう、と。
俺は更に話を聞いてみることにした。
俺は其奴と言葉を重ねていくうちにある程度の人としての常識を取り入れた。それからはもう辞めることにした。
俺からすれば其奴は天からのお示しだと思う。確信はないがそうではないと面白くない。
先に言っておく。
俺はお前が思っているのだろう父親ではない。親としての意識はそれほどなかった。人としても危うかったからな。
俺は渡せる全てを置いて一旦眠りにつく事にした。
それは別に持っていなくてもいい。
俺はやりたい事をやりたいだけした。
だから、その結果見限られるのならばそれもまた一興。
俺はお前のように人に優しくはない。
俺はお前のように礼儀正しくもない。
俺はお前のように明るさもない。
それでも俺はお前に追いかける目標を作り続けた。
お前がどうしたいのか、それは知らないが信じる道を進んで欲しい。前ではなく、横を広げろ。
仲間を集めて共に歩め。
結局な、俺はお前に残せそうなものはなかった。
ここまで長く書いてはみたが特に思い浮かばない。
特に内容のないものばかりだ。文の脈絡も全くない。
俺には文はどうやら不釣り合いらしい。
最後に一言、
やりたい事があるなら行動で示せ
言葉よりも格段に強い力でお前の背中を押してくれる。
敬具
○
「読み終わった?」
「はい」
「あの人は本当に何も残していないわ。国はアーサーに任せ、自分の道は自分の力で切り拓いた。貴方に自分の屍を超えさせるために」
「そのようです。手紙にも内容としては何も書いていませんでした」
「彼は本当にやる男だったわ。言葉では何も示さなかったけど、行動で全てを示した」
永琳さんのその顔はどうにも明るくはなかった。
後から聞いた話だが、お父さんは薬漬けの生活をしていた。僕に超えて欲しいから。そして僕に与えたいものがあったから。言葉ではない。その何か。
「あの人は風ですよ。気にしているといつか、のまれます」
僕の心の中でお父さんは思い出として生き続ける、そう思えた時、僕の言葉を最後に供養されない男は静かに旅立ったように思える。それも僕の勘違いなのかもしれないが。
今日も明日もお父さんの居ない世界を生きていく……。その事に僕は一抹の不安と言い知れぬ高揚感に苛まれるのだ。