薄く広がる霧の掛かっている湖の先には赤い壁で覆われた館があるはずだった。しかし、今日は前よりも濃く出ているのであまり姿は見えなかった。一旦、報告のつもりで来てみたが意外と徒労に終わってしまいしそうな気もしてくる。
「ヒカルじゃない。体調はどうかしら?」
「咲夜さんですか。迷惑かけました。」
僕は頭を下げた。目の前にいるのはこの先にある紅魔館という建物のメイド長をしている十六夜 咲夜という超人だ。大抵のことは出来るし、いつの間にか終わらせていることが多い。それ故に僕は怖かったりする。
「いいえ。そこまで迷惑はしていないわ。意外と早く知らせは来たのよ。」
咲夜さんは特に表情に変化は見せなかった。鉄の仮面と言うのか、何か被り物をしていると言われても疑う余地はない。
「誰が知らせたのは知りませんが何か安心しました。」
「そうね。これから人里に向かうのだけれど付いてきて欲しいの。」
咲夜さんは少しだけ笑みをこぼした。ここぞとばかりに女の武器を使用する咲夜さんは本当にずるいと思う。断る気も起こらない完璧な頼み方に僕は何も言えずに首で皇帝の意思を示してしまった。
「良かったわ。買い物の荷物を持って欲しかったのよね。それと幻想郷を知るにはちょうど良い場所なの。」
「でも、僕で良かったんですか?」
「美鈴は門番をやっているわけだし。貴方ぐらいしか頼める人はいないわ。」
「頼られているみたいで嬉しいです。」
「その通りなんだけど。あまり伝わらなかったかしら?」
僕は本当に咲夜さんには勝てないと思えてしまった。
という事で、今は人里と呼ばれている楕円形をしている地形の場所に来ている。人の量はたしかに多いが誰もが同じような服装をしている。逆に僕たちが浮いているようにも感じる。
「服を着替えたくなりますね。」
「大丈夫よ。ここは幻想郷だもの。いろんな服装の人がいてもおかしくはないわ。」
そう言われてしまえばそれに従うしかないわけだが何を起こそうとしているのかは全く分からない。
「へぇ。そうなんですね。」
「さて、こうやって今があるのも貴方のお父さんがいたからこそなのよ。」
「それは初めて知りました。」
「何も話していないのね。」
咲夜さんは少し考えるようなそぶりを見せていた。それからすぐに口を動かし始めた。
「お父さんは多くの異変を解決していたわ。そしてそれを知っている人は当事者か見ていた人しか知らない。お嬢様は一回だけ見た事はあるわ。」
「異変というのは今回ような事ですか?」
「まぁ、そうなるでしょうね。そして犯罪者でもある。幻想郷を救ったのと同時に危険を及ぼした者でもあるわ。その理由は異世界からの侵略に耐えるため、反抗する因子をかき集めるためなの。」
「まさかそんなことをしていたなんて。全く知らなかったです。もっと詳しく聞きたいです。」
「ええ。そして実力もあるわ。決して実力は強くないんだけど、何故か勝てないのよね。」
「確かに不敗です。お父さんは本当に退屈にしていると思いますよ。」
「最強なんて言葉が似合うかもしれないわね。そして勤勉だったわ。学べる事は学び、すぐに実践する。その熱意と肉体は人間ではないとさえ思えるわ。」
「それはつまり、どういう事ですか?」
「貴方の部屋に置かれている無数の紙がお父さんの努力の結晶なのよ。そして全て実戦で扱っていると思うわ。」
そのことは何も知らなかった。いつも何をしているのか分からないお父さんだが隠れて勉学に励んだり、体を動かしていたりするのだろうか。僕にはその才能が少しでもあるのだろうか、と不安になった。
「ねぇ、お願い。私にお金を恵んで。」
「仕方ないね。俺が買ってあげよう。」
やけに羽振りの良い男性は女性を連れていた。男性の方はあまりお金を持っているような服装はしていないが女性は如何にもな格好をしている。小さめなシルクハットを頭にかぶり、指には宝石を秘はめている。目立つ格好である。
「何ですか?」
「あまり見ない方がいいわ。」
そう言葉を足した咲夜さんの対応には氷のような冷たさを感じる。まるで人間としてみていないかのような蔑む目。
「そうですか。それでは行きましょう。」
「ええ。」
あの人たちは何をしているのかは全く分からない。それでも何か嫌な予感はあった。嫌いなタイプの人間というべきなのだろうか。何というか。