僕の目的は何も話さなかった。依姫さんには悪いとは思うが僕は本当にやりたい事があった。それはお父さんを超える事、それ以外にない。あの時僕の前に立ち、あの人と対等に渡り合った。あの時のお父さんは今考えると本調子だったのかは本当に分からないが僕はあの人を超えたい。
その目的は今のところ、誰にも話していない。もう必要ないのだ。もうそろそろ目的が達成する。それだけの事実は変わりはしない。
「僕はこれからとある場所へと向かいたいと思います」
「何かあるのか?」
「ちょっとした野暮用ですよ」
「野暮用、にしては目が鋭いな」
依姫さんには多少強引にでも通しておきたい。だけど、それは恐らく深く聞かれることになるだろう。
「あまり気乗りしないだけですよ。特に気にしないでください」
「そうか。ならば、私はどうしていれば良い?」
「この先に街道があります。なので、お好きにお過ごしください」
「地上での食事や工芸品を見ていろと言うのか。下らんが学びになるだろう」
依姫さんは少しだけ考えていた。しかし、その回答は否定的なものではなかった。それならそれで僕は構わない。
「決まりましたね。それではこれを。僕にはもう必要なくなるので」
「いや、待て。本当にお前は何を?」
「聞かないでください」
僕はそそくさと歩いてその街道まで連れて行くとその先へと向かった。其処には彼岸花の咲く河原がある。
○
此処は地獄の手前。これから挑むのは其処の女神。あれほど遠かった存在も今ではそれなりに近い存在となってきた。特性やそういうのはよく知らないが同等の力は手に入れた。後は経験と感覚がどのように働くのか、其処だろうか。
「逝きましょうか」
僕は河原の石を蹴り出す、その先には赤い彼岸花があり、黒い何かが蠢いている。魚のように見えなくもない。しかし、その黄色の目には生物として明らかに何かが足りなかった。
風を切る、その感覚ももうそろそろなくなる。この先に何がいるのかはもう何も考えなかった。三途の川を飛び越えた先に本当の目的というものはある。しかし、その先僕は入り方などよく知らない。だからこそ、その物を飛び越えた。白か黒かを取り分けるその場所を。
ーーそれからは誰とも会うようなことはなかった。建物というものもなければ平たい平地を進んでいく。何かを目印にしている必要もない。魔界と空気感が異なるだけに景色は特に代わり映えしない。
いや、誰もいうのは訂正する。前にもあった事があるようなないような人物の姿を目撃した。
一人は水色の服装と背中には緑色の甲羅、同色の尾を持ち、頭には黄色の鹿のような角を二本生やした金色の髪の女性。
もう一人は赤いカウボーイハットに黒色の翼。赤色のブーツとアメリカンな服装をしている。
「地獄の女神は何処にいますか?」
「今は手が空いてない、って……。ちょっと待て。一時協定を結ばないか?」
「邪魔した時点でそのつもりでしたよ。貴方の運は最悪のようね」
「なら、此処から離れますので。此処は穏便に」
「組のツラ、汚された以上は返上するもんだ」
「二人で行きます。私は後ろから」
「じゃあ、私が自慢の蹴りで再戦するわけだな」
二人の間で話が出来上がっていく。今日の敵は明日の友という言葉もあるが知り尽くしているからこそ出来る奇妙な連携だった。二人の名前も僕の頭には思い浮かばない。それほど二年の魔界での生活は記憶を白濁とさせた。
「理由も何もない。そんなところですか」
特に根拠もない。そして、理不尽に溢れたこの世界で本当の意味で何も利益のないこの時間にーー。
「終わらせてやるよ」
その言葉を放つ赤いカウボーイハットの女性は僕に向かってくる。その脚力はとてつもないもので静かに打ち下ろされる右脚に僕は左肩と左足を後ろに下げて避ける。
その後ろでは緑色の長細い弾幕が出来始めていた。隣では避けられた右脚を地面に付けてからまた浮き上がらせる。こう見るとお父さんの蹴りは逸脱したものだった。
先に僕は左脚を上げてから来るであろう軌道の前でその脚を伸ばす。
相手の右脚を押し出し、体勢を崩させたところで後ろからの弾幕が普通に現れる。その弾幕は柵状のものでどちらかと言えば動きを制限させるようなものだった。それをやるとするならば上下も潰しておいても良さそうな気はするのだが。
それを考えるよりも周りを囲まれた状態から目の前からその自慢の脚力を自慢している人の蹴りを捌く。その速さは前よりも速くはなかった。
目が慣れた、というような気もしなくもないがそれが正しいかは判断がつけにくい。まだ相手の本領が見えない。
「やる気あんのか?」
「全く」
僕は思ったことをそのまま伝えた。相手のことを見ておらず、周りを見ているだけなのでそう思われても仕方がなかった。
「随分と余裕そうだな」
「そう思うなら本気できてくださいよ」
「言われなくても」
そう言ったその人の左脚は大きく振り上げられた。それを僕は真っ向からただならぬ力で捻じ伏せる。とても単純なその一蹴りに相手は仰け反って動くようなこともしなかった。
まるで僕の方が優位に立っているとそう示すように。
「脚力なら勝てると思ったのでしょう。生憎ですが僕は過去よりも強くなるのです。前は勝てたからそうだと思わないことです」
「良い勉強になるよ。だけどな、二人いることを忘れてんじゃないか?」
「覚えてますよ。それはだから常に風を吹かせてます。前よりも操りやすくなったのでこの程度なら何ともないです」
「そういやそうだな。だから何だっていうんだ?」
相手は動き出した。その動き、一挙手一投足全てを監視できることを知らないよう。
僕は軽く飛び上がりながら二回技を放つ『二ノ技派生 風凸脚二連』。
それから上から下へと押し潰すように脚を振るう『一ノ技派生 風刃脚』。
それから身体を捻りながらその脚を相手の胸部へと当てる。避けることを許さないその距離からほぼ防御の不可能にさせたその身に放つ『ニノ技派生 風凸脚』。
相手の胸部に当たる。それから僕はその速さに追いつけるように出来るだけ速度を上げてーーそして追い越す。
弾幕を放つその人の左肩を押しながらその身を反転させる。着地、それをする前に僕は右脚でその人の鳩尾に蹴りを入れ込む。
一人は立ちくらみを起こさせ、もう一人は背中を砕く。
「おかげで身体が温まりました」
僕がそれからかけた言葉はそれくらいだった。
人として重要な部分を落としているような気がする。