この先、何処かに居るとは思う。その憶測が外れないとは思っているがこう易々と会えるとまた別の話になる。
「久しぶりだね」
優しい笑顔、そして遊び心のある言葉。気さくな感じから来る雰囲気とは異なる、それは僕は知っている。
三つの球を持ち、赤いシャツとチェックのスカートを履いている彼女が地獄の女神。
「ヘカーティア・ラピズラズリ」
「呼び捨てなんて感心しないね」
「無礼なのは承知ですよ」
僕は力を抜いた右腕から瞬時に刀を抜いた。そこから放たれるのは勝手に伝承した一撃。
抜刀から攻撃に移るまでを最低限にさせた牽制の一撃。
「いきなりなんて。慌てすぎだよ」
僕の牽制はその意味を為さなかった。だからと言って何か驚くようなこともない。これも想定していた範囲内であり、気にするようなこともない。当たるとも思ってはいない。
「人間は悠久の時で過ごしていないので」
「随分と雰囲気が変わったと思うよ。久しぶりだよ。それだけの殺気を向けられたのは」
「いつだなんて聞かなくても分かります」
「君の父親だよ。今日は居ないけど尻拭いは良いのかな」
「居るじゃないですか。この刀に」
「物に魂が宿っている。その考えに興味はあるけど今は関係ないんじゃない」
「風情というものですよ。そして目標でもある人物は生き続けていますから」
「何が言いたいのか筋が通らないね」
「貴女を倒しにきました。そう言えば伝わりますか?」
「伝わるも何も。私に向かって堂々と言えたものだね。良いよ、相手してあげるから来な」
彼女は笑う、子供の挑戦を見ている親のようなその顔で、僕のことを。まるで遊びとして思っていない。その表情は。
僕を力付けるのには十分だった。
「その余裕、無くさせてみせますよ」
その口振りと言い、自分の速度と言い、何か変わった。
左腕から作り出した風の斬撃は空中を切り裂き、相手へと向かう。その威力は二年前とは異なり、より鋭くなっていた。
しかし、目標をなくした今ではそれもそれほど意味を為さない。ゆっくりと近づいてくる死期ももう手招きをしたい。
それほど今は生きているということに関して興味がない。何もかもを捨ててきた以上はもう何も。
だから、放った斬撃が避けられたとしてもそれほど疑問でもなかった。心に迷いがあるなら斬撃が乱れるのは必定だった。それはどうしても変えるようなことはない。
「此方から二撃。貴女は何もして来ませんね」
「何もする必要がないからね」
「そうですよね。僕も気付いていました。少し待ってもらえます」
「良いよ。暇だし、付き合う分には楽しいからね」
「有難うございます」
深く肺の底まで空気を溜め込む。それから体内に自分の行いを省みる覚悟をつけさせる。その上、これから何がしたいのかを聞いてみる。
意識のあるところのさらに奥、光が届かない海底のように真っ暗な中にあるそれは耳で聞くことも味わうことも触るようなことも匂いがあるようなものでもない。しかし、危険でありながら動かす上でとても必要になる。
昔から残っている希望は残ってはいる。だけど、そのままならこんなに他に関心が向かないようなこともなかった。何かは変わったのだろう。変わった、変わった。時が過ぎるように僕の中で決まった。
目の前の人は取り敢えず勝ちをもぎ取る。そこに理由なんてない、強いて言うならその後ろにいる人影がどうしても気にくわない。それを倒そうとするならば、もう前にいる人を倒さねばならない。短い赤い髪をしたその彼女を。
越えねばならない。
手にかけることさえ許されない。
「……本当に何もしてこなかったですね」
「幾ら本気になっても勝てる訳ないもん。だから私にとってはただのお遊び。そうでしょう」
「それで済むといいですね」
「誰に言っているのか分かってる?何回負けたと思ってんの?」
「知ってますよ。貴女には二回負けています。最初は降参で、次は弾幕を避けきれなかった。三度目である今回も負けるなんて定石は僕が壊す」
「三度目の正直とは言うけど二度あることは三度あるのよ、人間」
相手の赤い弾幕は大量にそして壁のように現れた。とても大きく、自分の身丈はあるのではないかと思うほどの大きさ。それが隙間なく埋まっている。だけど、依姫さんの放った雷の龍に比べればどうということはなかった。
僕の脚は羽のように軽く地面に着いたという感覚さえその場に置いていく。触れているのか触れていないのかそれほどの隙間の低空での移動はほとんど歩いているようなものだった。足音もない、忍び寄りもしない、高速でありながら音のない歩法。
そして前に無数に放った小さな風はほんの少しだけ、人が歩く時に鳴らす音に等しいくらいの音を出す。小さな、それでも無数のそれらは全てが移動できる場所、これはもしかしたら敵に教えている可能性もあった。しかし、それは数手先を読む上での必要な定石。全てに対応していれば一手打ったその先で必ず仕留められる。どこを止める、何をする。
僕はそこに注目していればいい。
一歩目。
放った全ての足跡の内、右側の方で真ん中寄りの場所へと移動する。そして、また同じように無数の風により、足音のようなものを出させる。そこから左側へと逃げていき、牽制の一撃を放つ。
それから飛び上がり、人ほどの大きさの弾の合間から大量の風を固めた斬撃を放つ。大小様々な斬撃は波のように見境もなく襲い掛かる『九ノ技 龍舞鎌鼬』。
相手の赤い弾幕は止まるようなこともない。動いていないのも風が教えてくれる。しかし、こうも当たらないものなのか、ふとそう思う。
それとも当たっていながら何とも思っていないのだろうか。当てること自体、それほど苦ではない。ただ、それが効くのかどうかはまだ判別付かない。勘でしかない。自分の技の数々を信じるしかない。
「一つ、教えておいてやろう。私は、君と遊ぶ気などサラサラないんだ。それに随分と気が立っていてね。手加減できるとは思えない。だから、味わうといい。地獄の女神がどれほど上であるのか」
彼女の声で聞こえてきた。しかし、その声音は気さくな感じはとても取れない。仕事でやっているだけの感じ。そこに遊びなんてものはなく、素早く終わらせることばかりを考えている。
頭上にはそれを示すかのような大きさの赤い弾があった。太陽と見間違えるような大きさ、本当にそこまで大きくはないと思うがそう思えるほど。僕の上では破滅へのカウントダウンは始まっていた。