東方魔剣術少年   作:mZu

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第28話

永遠亭での一件から数日。

 

僕は妖怪の山へと向かっていた。紅魔館から出てくる際、意外にもすんなりと事が進んでいるので驚きを隠せないが寛大なのだろうと思えた。その先、幻想郷の北側には山がある。僕は特に用はないが早苗さんのことが気になるので向かう事にした。迷惑だと言われたら一言詫びて帰るつもりだ。

 

妖怪の山の麓へと向かい、登ろうとしたその道の途中で僕はなんとなく気になることがあった。前にも来た事はあるがその先については一切進んでいないように感じた。

 

あの時は餅つきをしていた清蘭さんにつられただけのような気がする。そんなことを思って少し険しい道を進む事にした。岩肌と地面、そして遠くに木々が見えるだけの開けた場所であるが人気はなく、何処か物騒な街裏の雰囲気を醸し出していた。

 

その道を僕は一人で歩いた。道というには整備もされていないが何となく踏み慣れた土が一本だけ広がっている。その道はきっと誰かが使っている獣道、というものなのだろうか。僕はその道を進んでみる事にした。

 

暫くして、段々と木々が近くなってきた。それだけ山の中に入っていったのだと痛感した。だが、山の頂上というのはまだまだ先のように感じられる。僕はそこからまた先へと進む事にした。

 

先程から水が流れている音が聞こえてくる。そしてそれは声のように聞こえてきて、僕には助けを呼んでいる悲痛の叫びのように聞こえていた。だが、微かな声で何をいっているのかはよくわからないという感じ。僕は足先をその声の方へと向けて歩いて向かう事にした。

 

「すごく綺麗。」

僕の感想はそれに尽きる。底の見える水の流れは清らかなもので汚していけない記念物である。そして悠然と構えているだけの周りに木々たちがそれを守る兵士にも思えてきた。僕はその水の流れに両手を入れつつ、しばらくの間手に当たる水の感触を楽しんでいる事にした。

 

「見慣れない人ですね。」

 

「ですよね。決して怪しい者ではないので気にしないでください。」

その人は緑色の綺麗な髪をしていて宝石のように太陽に照らされて輝いていた。そして赤色のドレスを着込んでいる。だが、あまり生気は感じにくい。僕は一瞬覗き込んだだけの憶測でしかないので見当はずれかもしれない。

 

「気にしますよ。此処が何処であるかは知っていますか?」

 

「確か、妖怪の山ですよね。」

 

「ええ。それでどうして此処に来たのかしら。」

 

「守矢神社に別の道から行こうと思ったんです。」

僕はそのように水の感触を手の表面で感じながら、荒波立てない声で答える。

 

「ちゃんと参拝者用の道がありますから。次からはそちらを使ってください。今、とても厄介な事になっているのでどうなっても知りませんよ。」

その人は僕に対して説教とまではいかないがそのように聞こえるような口調はしていた。それは本気で心配してくれているのか、本気で怒っているのかと言われると後者なのだろう。

 

「沢山の種族がいる幻想郷ですからね。一体何があったんですか?」

 

「良いから。早く立ちなさい。私が案内してあげるわ。」

 

「一人で行けますよ。」

 

「そういう意味じゃないの。貴方の身に何かあってからでは遅いからこうしているのよ。」

 

「わざわざ気遣い痛み入ります。」

僕は仕方ないので少し冷たくなった手を水の流れの中から出すとそのまま踵を返して立ち上がる。その人は綺麗な目をしているがやはり生気は感じにくく、何処か気の抜けているようにも感じる。ちょうど紫苑さんのようだ。

 

「名前をお聞きしても良いですか?」

その人は僕に話しかける。

 

「ヒカルです。」

 

「ヒカルさん、どうして守矢神社に行こうと思ったのですか?」

 

「早苗さんの事が気になるんですよ。前にあった時は何処か落ち込んでいたように感じました。」

 

「待って。少し危険な香りのするものだけど、やましい事なんてないでしょうね?」

 

「やましい事?いえ、そのような事はしていないと思います。」

僕にはやましい事、という言葉の意味はよく理解できなかった。何となくいけないこと、のような意味合いなのだろうと推測しておいて話を進める事にした。

 

「そうですか。前は守矢神社で何をしていたのですか?」

 

「早苗さんの一夜を共に過ごしました。」

そう僕は発言した途端に前を歩いて案内をしてくれている人が出しかけていた言葉が一気に溢れ出してくるようにむせかえった。そして立ち止まり、しばらくしてから息を整えると話を続ける。

 

「なんて事しているのよ。」

 

「誰かと一緒に眠る事には何かいけない事がありますか。」

 

「あ、ごめんなさい。そういう年齢ではないようね。」

その人は勝手に話を進めていたが僕は気にならなかった。それこそ何と思われようとも嫌われるような事は言っていないと思う。

 

「何か勘違いしていましたか?」

 

「ええ。その通りよ。」

 

「そうなんですか。」

僕は何となく気の無い返事をして、そこで終わった。黙って歩いていくのがどうしても気まずいがこちらから特に話すこともないし、周りの景色を楽しみたいので僕から話さなかった。そこからの会話は特に覚えていない。他愛もない会話だったのかもしれないし、とても重要な話だったのかもしれない。それを判断するのはいわば、神奈子さんか諏訪子さんだろう。

 

「もう、これ以上は先には進まないで。此処から右手に曲がるとすぐに綺麗に整備された道に行けるわ。決して前に進むんじゃないわよ。」

 

「はい。」

僕は軽く返事した。案内をしてくれたその人は少し不満げにしているがそれ以上は何か伝えようとはしなかった。もう、勝手にしろ、と放棄されたような気分になる。僕はとにかくその場で立ち止まり、親指で唾を弾いてから前へと進んだ。少しだけこの先には興味がある。此処だけはお父さんに似てしまった。


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