その先には鬱蒼とした森が続く。そして整備のされていない道が続く。道と言っても良いのだろうかと思えるが此処まで歩いてきた足跡ぐらいは道のりとして記録したい、と言う僕の勝手な要望だ。それほどに此処は道らしきものはなかった。何となくわかるような物もなく、親切な看板もない。それだけではない。方角も狂わされる。視界は通りづらく、確認しにくい。
「やっぱり、言われた通りにすればよかったのかもしれません。」
僕は独り言を静かな空間の中でつぶやいた。その音が木々の口から反射されているような気分になる。その中にはちょっと侮辱を混じっていても仕方がないと思う。
「と言うよりかは寂しいものですね。誰かいてくれると少しは楽しそうなものですが。」
「ほほう、小童が。」
上空から声が聞こえた。しかし、何用なのかは僕には分からないので上は向かなかった。首を傾げて足を止めるのを辞めて再び歩き出そうとしていたその時だった。
上空から鋭い一撃が地面に突き刺さる。
「何ですか?」
「とぼけても無駄じゃ。お主、妖怪の山で何をしようとしている。答えよ。」
赤い顔で長い鼻が伸びている典型的な姿というべきなのだろうか。僕の目の前に剣を突き刺した人物とその後ろで警戒をしている人物が同じような顔色をしている。細めの顎が美しい顔立ちで背中には黒い翼がある。その姿からは妖怪であると感じるのは少々後になる。
「守矢神社に向かっているだけですよ。」
「嘘をつくな。そんなことで騙されると思っておるか?お主、怪しいぞ。」
「嘘ではないと思うのですが。そんなきっぱりと言われると自信がなくなりますね。」
「此処から立ち去れ。さすれば、今は見逃してやる。」
僕の目の前にいる剣を既に抜いている人は交渉のつもりなのか条件を提示した。僕には何も利益のないものであり、それを飲む必要もなかった。
「行かせてくださいよ。今どこらへんまできているのかは知りませんが守矢神社まではあと半分ぐらいですよね。」
「最後だ。此処から去れ。そうすれば儂達が無事送り届けてやろう。もし、去らないのならば、もう分かっているだろう。」
この人はきっと戦闘を行いたいだけなのかもしれない。しかし、僕はそんな事はしたくないのでどうしたものか、と思い始めた。どうしたら納得形になるのだろう。
「このままでは平行線です。何処かで折り合いをつけましょう。」
「すると思っているのか。此処が妖怪の山である由縁を教えてやろう。」
その人は地面に突き刺していた剣を抜き取ってから間合いを空けた瞬間に前へと詰めてきた。その足の軽さは身軽なもので意外と厄介なものであった。
「いいえ、結構です。」
「何?」
相手はとても戸惑っている。自分のむけていたはずの刃は届く事がなく、自分に向けられているということに。そして何処かで起死回生の一撃をしようとしても既に潰されていることに。そして絶望した。
「平和に行きましょう。つまり、貴方方は僕に妖怪の山から帰ってほしい。そして僕は守矢神社に用がある。用が済めば此処に来る理由は無くなります。そこで何もせず帰すのであればこの剣が暴れる事はないでしょう。」
「貴様、こちらが下手で出ていれば調子に乗りおって。天狗を舐めてもらっては困る。」
その人は高ぶった感情をそのままにして僕の元へと向かってきた。その剣は既に防がれている。身動きすら取れないはずだが後ろに下がって間合いを空けてから僕の周りを回り始めた。遠巻きで僕の剣の間合いの少し外を飛んでいる。何処からでも攻撃はできそうだが僕は此処からは動く事はできない。
そして周りからは笑みが溢れている音が聞こえてくる。それだけではない。何やらまた別の声もしてくる。えみというものではなく、嘲笑、という言葉が一番待っているように感じる。
僕の場から動く気は無いので特に動く事はしなかった。何より、此処に労力を使うという行為がとても面倒なのだ。
「目では追えんか。天狗の怖さを知りやがれ。」
僕の上を掠る剣の刀身。そして当然当たる事もなく、その軌道線上を走り抜けていく天狗が一旦黒色の翼を広げて空中で止まった。そして僕の方を見てくる。声には出さないがその表情は恐れをなしていた。しかし、僕の変わっていない表情を見て自信をつけたらしい天狗が再度僕の元へと向かってくる。
その根拠は何処にあるのか。僕にはとても分からなかった。
天狗は僕の元へと一直線に向かってきた。
僕は唾を親指で弾いてから少し弧を描いて柄を握る。そして振った。
天狗は僕の後ろで地面を滑っていた。僕は左手の中で剣を逆にもっと目の前にいる天狗に切っ先を向ける。
「あの人には峰打ちです。なので選択してください。向かってきますか、それとも大人しく通してくれますか?」
「テメェ。天狗を侮辱しやがって。」
後ろで達観しているつもりだったらしいので特に用意はしていなかったという事らしい。僕は来るなら来るで構わないし、来ないならそれでも良かった。
「いえ。そのようなつもりはないですよ。でも、向かってきたら対応しないと命がなくなるので。」
「チッ、アイツに報告するか。逃げられると思うなよ。」
その天狗は僕には向かってこなかった。それどころ黒い翼を大きく動かして何処かへと高速で飛んでいった。あいつ、と言っていた人も気になるがそれよりも後ろで伸びているのかもしれない人の方が気になった。
「大丈夫ですか?」
地面に顔をのめり込んでいる無様な格好をしている天狗は意識を失ったのか半分だけ目を開けている状態で口をポカリ、と開けている。そして力なく倒れているので僕はひきづって木にもたれかかるようにしておいた。後は、先程の人がなんとかしてくれるだろう。
僕は少し甘い考えだったのかもしれないが決してそのような事はないと思う。それこそ何を起こしたのかは誰も知らないだろう。
実は峰打ちではないと思う。返すのが少し遅れたような気がする。
そんな疑念を抱えつつ、特に外傷がないことを確認してから僕は守矢神社へと向かうことにした。少しだけ疲れたような気がする。