舞さんと里乃さんが寝るための部屋を何とか用意したレミリア、の指令によって動いた咲夜さんによって二部屋が空間内に作られた。どうやら紅魔館が外の見た目よりも幾分か大きい理由は咲夜さんの時間操作のおかげであるらしく、どうやら空間もある程度広くすることが出来るようだ。お陰で掃除が大変なのだろうがあ基本的に1日で終わらせている。それは妖精メイドの尽力と咲夜さんのフォローによって成り立っているらしい。僕も一応手伝いはした事はあるのだが、全くと言って活躍する事はなかった。言葉はあまりないが全員が連携している。そして何度も掃除はしないように声を掛け合っている。それと雰囲気で醸し出している。ただ、掃除が終われば外へと出て、遊んでいる。どうやら本当はこちらの方が妖精として常識らしいが僕は中の様子しかないので働き者という印象が浮かびやすい。
「お兄さんだあれ?」
僕はパチュリーさんの前で魔道書を読みながらおもむろに立ち上がり、魔法の試行を行う。ただそれだった。しかし、今日は全くと言ってそのような事はなかった。
目の前には金色のサラサラとした髪をしている白いナイトキャップを被った赤い瞳をしている少女が立っていた。レミリアさんの同じく、口からは鋭い牙が見えている。羽はしゃらしゃらと音の鳴りそうな様々な色をした宝石のついた羽で飛べるのかと言われる到底無理なのだと思うほど。翼と呼んでいいのだろうか、僕はそう思えた。まるで黒い枝につけた宝石の果実を取り付けたようなもの。赤色の巻きスカートからは少し血色の悪いのか、色白い肌が見えている。
「ヒカルです。レミリアさんの妹、いや、姉、うーん。どちらでしょう。」
「紅魔館の主人の妹のフランドール・スカーレットよ。よろしくね。」
何処にいたのだろうか、僕はそう感じた。紅魔館で過ごしてから何ヶ月と立つのかもしれないがこの人の姿は一切見たことがない。それに、妹と言うのなら、一言くらい紹介があってもいいと思った。何か隠していることでもあるのだろうか。僕はあまりにも深読みしすぎている事を感じて、そっと筆を置いた。
「見たことがないのですが、如何してですか?」
「いつもは地下室にいるよ。」
フランドールさんはいたって普通に答える。その笑顔は子どもらしく、無邪気なものだが少しだけ狂気を孕んでいる。気づいた人から嫌悪感をむき出しにされるような表情をしている。僕はとても可愛らしいものとは思えなかった、王として君臨していても不思議ではない。まるでお父さんのような人物だ。僕は一瞬だけだが出してしまったのかもしれない。
「地下室ですか。寝食はそこで行なっているのですか?」
「そうだよ。私が出たがらないから咲夜が持ってきてくれるんだ。」
「そういうことですか。その理由はお聞きしても大丈夫ですか。」
「今は大した理由じゃないよ。単純に慣れている環境だからかな。貴方もそういう経験はあるかもしれないわ。」
つまるところ、長く親しんでいた場所がそこなので出ようとは思わないという解釈でいいのだろうか。それが地下室と言われるとそれは十分に設備は整っているのだろうと思う。
「あまりないですね。部屋にこもっている事なんてあまりなかったです。」
「へー、私と正反対なんだね。」
大きな笑顔で子供らしい、そこで終われば良いのだが、狂気が見え隠れしているのがどうしても僕は気になる。
「どうして?」
その時ばかりはあまり表情が動くような事はなかった。
「お父さんによく連れ出されていました。もちろん、拒否することも出来ましたがとても興味があるんですよね。それと長旅だったりすると家族で移動したりします。そもそも部屋に居た時間は最低限なのかもしれません。」
「お姉さまはそんな事はなかったわ。私は狂気と共存しているの。それが皆を傷つけるかもしれないから。それで私は閉じ込められていたの。」
何となく話の方向がマイナス方向へと向かっているような気がした。しかし、本当にそんなことがあっていいのだろうか。何とか楽しい話にならないのだろうか。
「でも、今はあまりそのように感じないのですが、如何してですか?」
「それはお兄さんが前に救ってくれたの。」
お兄さん、果たして誰なのだろうか。僕の予想は何となくついているような、そうでもないような。自信のないという状態だった。
「もしかして黒髪の青年で自由人ですか?」
「そうかな。毎日此処にはいたけど。偶に居ない時があったかな。」
フランドールさんはキョトンとした表情で僕のことを見ていた。何を聞いているの?そんな疑問を投げかけられているような気がした。それだけなら問題ないのかもしれないけど何処か違うような気がした。
「そうですか。人違いのようです。」
「どういう意味?」
「気にしないでください。独り言です。」
フランドールさんはふーん、納得したような気配のある返事をしてその場から離れようとしていた。もう話すような事はないのだろう。不思議な人だったが子供だと割り切ればとても扱いやすい部類にはなるのだろうか。僕は少し首を傾げて考えてからすぐに魔法の試行に移った。まだやれない事や先代の遺産は習得し切れていない。
「よし、やるか。」
僕は気合を入れてその場で魔道書を片手に持ちながら何と無く想像してみることにした。
「ねぇねぇ、私と遊ばない?」
「ん?遊びですか。」
僕は締めの前に集中していたのか、少しだけ反応が鈍っていた。魔道書にしおりとなるものを挟んでフランドールさんの目を見ることにした。
「そう。お兄さんもよく遊んでくれたの。だから、体を使って遊ぼう。」
駆けっこでもするのだろうか、僕は思った。右腕に挟んでいる魔道書を何処に置こうか考えながらフランドールさんは何をしたいのか、当ててみることにした。
「やはり、広い空間もありますし、駆けっこをやるんですか?」
「ううん。違うよ。」
それだと何をやろうとしているのだろうか。魔法が扱えるのでそれで対決、みたいな事なのだろうか。そうなると僕は何処まで対処出来るのか気になるところだ。だからと言ってやるかと言われると遠慮しておきたい。
「でも、剣は持ってて。危ないから。」
「危ない?」
僕は思わず聞いてしまった。何を話そうとしているのか全くと言って見通せない。
「そうだよ。行くよ。」
先程より上機嫌なフランドールは自身の魔力を集約したと思われる剣を作り出していた。それだけ強大な魔力を有しているらしく、くっきりとした剣の形になった。燃え上がる炎のような刀身は実態というものがあるのか、不安になるようなもので常に揺らめいていて危ない代物であるのだけは伝えていた。
「まさかとは思いますが、勝負なんですか?」
「そこまで本気にやるつもりはないから、気にしないで。」
笑っているだけのフランドールがこれまで怖いと思った事はなかった。此処一番の狂気を覗かせているその表情がどうしても僕は認めたくなかった。そして此処から何を起ころうとしているか、も。
「辞めませんか?あまりにも戦力差があると思います。」
「だから全力で来ていいよ。その辺りはちゃんと手加減できるから。」
そういう問題ではない、と言いたいが到底言えないようなものだった。相手は子供だ。いくら吸血鬼のレミリアさんの妹だからといっても見た目は子供でしかない。僕はその過信を信じてみる事にした。しかし、ちょっと怖い。
「分かりました。遊びですもんね。お互い怪我をしない程度にしましょう。」
「ハハハ。多分、一方的だよ。お兄さん?」
あ、僕、死んだかも。そんなことを思った。お父さんでさえこのようになった事はない。あの人はかなり手加減していてくれるのだが、それでも僕は直感としてそのように思えた。
遊びの始まりはフランドールさんからだった。炎のように燃える大剣を僕の足元へと払うように動かしたのを僕は左脚を上げてその下を通させるように避けた。急な出来事に心臓がドクドク濁流が流れているように鳴っている。しかし、跳ね上がった心拍数が僕の闘争心へと繋がったような気がする。魔道書を遠くへ投げ捨てて僕は腰に携えていた剣を二本一気に抜いた。その時、ジャリジャリ、と嫌な音がしたが気にしていられる余裕はなかった。目の前には何処かこの世のものとは思えない何かが居て、僕はそれと対峙しないといけない。この場で伝わってくる力の差は歴然なものだった。でも、と僕は思った。
此処で負けていては追い越すことができない存在があるという事を何となく感じた。僕からすればその人は身近にいる厳しい人であり、とても優しい人だ。好きな時に好きな場所へと行くし、仕事の合間でも僕のことを優先してくれる。だからこそ、超えていかないといけない。そんなことを強く胸の中に感じた。
「楽しく遊ぼうか。」
僕はフランドールさんの嘲笑とも思えるその表情から発せられた事に買い言葉のように上からのせた。僕にとっては此処で転んでいてはいけないと思える存在がいる。
「そうだね。」
この時ばかりは子供のような満面の笑みを浮かべる。狂気と隣り合わせのそれは少しずつ歪んでいるように感じた。
刹那、僕の左脚は後ろへと滑り出した。カーペットがそれに抵抗するようでキリキリだった。
僕にとってその出来事はまるで摩訶不思議な事だった。
僕の胸の辺りを一本の炎が通り抜けている。剣の切っ先で突いてきたフランドールさん。その先から両手で僕の方へと寄せてきた。
あと少し反応が遅ければなんて事は思った。剣で防げたその一撃によって床を三回転半した僕はすぐに体勢を整えて剣をフランドールさんに向けていた。その切っ先が向いているものは喉。急所とされる体の中心部分。僕はその場で止まり、相手の動きを見ている事にした。力任せであるが、単純なのかと言われるとそうでもないような気はする。それから一つ、これで手加減されている。そのことだけは肝に命じておかないといけない。もし、此処で止めるようなことができなければ三回転程度で済む威力ではなかった。
首を傾げたフランドールさんはトコトコと脚を動かして僕の方へと近づいてくる。これは遊びだ、手を抜いて相手に合わせてあげるのが年上として必要な事なのだろうが、そんな事は叶いそうもない。
脚元がきゅう、と力を込め出していた。その時には僕は何処か油断をしていたのかもしれない。
一撃目は単純に上から押しつぶすようなものだった。二撃目はそこからの足払い。僕は見事に転んでいた。そして、三撃目には下から掬い取られるように剣を振るわれた。その時ばかりは運が良かった。直接的な損傷はなく、本棚に頭をぶつける形で止まった僕はしばらく起き上がることが出来なかった。
「ハハハ、だから言ったでしょ。一方的だよ。」
その時に僕はどうしても心から湧き上がるものを感じた、その時になって僕がどれだけ怠慢であったのかを教えてくれるかなように目の前の敵を倒すことしか考えていなかった。こう何か起こしてはいけないものを起こしているような気分になる。それが何かを分からず、受け入れていいのかも分からず、僕は己の中に問うてみる事にした。答えなどありはしないのだが。
「それはどうなるかは分かりませんよ。大人気なく行かせてもらいます。」
僕はその時には走り出していた。頭を打った衝撃なのか、少しだけ思考がふわふわしている。だが、その感覚がどこか懐かしいような気がして、どうにもその快感が忘れれなさそうもなかった。
「どういう事?」
フランドールさんは急な動きについてこれていないらしい。物理的ではなく、心理的なそれが反応を鈍らせている。
僕はフランドールさんの左側に潜り込んで上から右腕を振り下ろした。が、それは外れる。いや、外す気だった。本命は左腕で暴れたさそうにしている剣だ。
ぼくの背中からはニョッキ、と一本生えてくる。流石にそれは避けられそうもなかった。左胸を刺した僕の剣はフランドールさんの血を吸って満足そうに笑っている。僕はそれを感じて左腕を力なくすように下ろしてから少しだけ間合いを開けて後ろを振り向いた。そこには不思議そうに首を傾げているフランドールさんが左胸からダラダラと血を流しているのが見えた。流石にやりすぎたかと思ったが別にそうでもなさそうだった。
「熱い、熱いよ!私の胸が躍ってる!」
先ほどまでの純粋無垢な子供の笑みから狂気を孕んだ笑みへと変わっていた。これが本来のフランドールさんの姿だとすればそれはかなり異質なものであると感じる。まるで怪物、この世の終わり。凄まじい眼光を僕に向けているフランドールさんは何処か虚ろな目をして僕の方を向いていた。獲物としてしか捉えていないような気がしなくもないがそれはれっきとした狩りなのだろう。
僕はその変わりように圧倒されるしかなかった。そして僕は剣を握っていることを確かめた。その事については何も言わない。ただ感触が両腕の中から感じる事だけが唯一の救いだった。それ以外は何もなさそうだった。
「ねぇ、お兄さん?私のハートをもっと踊らせて。」
慈愛、なんて言う生易しいものではなかった。此処からはさらに過激なものへと進んでいく。
僕はその時に覚悟を決めた。