東方魔剣術少年   作:mZu

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第47話

曇天の昼下がり、僕は妖精たちの舞う霧の湖を見ていた。遠くからは微かに声が聞こえる程度で何処にいるのかは検討もつかないが、しっかりと存在だけは表明している。頰を強く撫でるような風が吹いて僕の心がざわつき始めていた。その隣では僕の気持ちを察してなのか、門番が立っている。

 

赤色の長い髪で緑色の丸みのある帽子を被った同じ色のチャイナドレスを着用した女性だ。その人は遠くをいつも見つめている。それか、壁にもたれかかって眠っていたりする。ひらひらとした部分には金色の龍の刺繍が施されていて紅魔館とは少し似合わないと思う格好をしている。

 

「何か悩みでもあるんですね。」

その人は僕の方を向いて優しい声で聞いてくれた。その声には何か麻薬でも含まれていると思うような心に寄り添うものだった。

 

「まぁ、ありますが。話してみても良いのかどうか。」

僕は紅魔館の紅いレンガの壁に背中を預けてただその場にいるだけだった。無言で現れた僕に話しかけようとするその度胸もさながら、帰ろうかと腰を上げようとしていた頃だった。丁度気持ち的に切り替わったような頃合いだった。

 

「是非、私に聞かせてくれませんか?この職はとても暇なんです。」

彼女は紅魔館の門番であり、武道家でもあると思われる紅 美鈴という人物だ。気を操る程度の能力の持ち主であり、丁度僕の窪んだ心も見透かされていたのだと思われる。きっと、ここで闇雲に攻撃を与えようとしても軽々しく避けられるのだろう。

 

「分かりました。」

僕は上げ掛けた腰を下ろして背中をもう一度預ける事にした。美鈴さんとの距離は丁度三人程度が横に並んで歩ける程度の広さの門の端と端である。小さい声で話していては聞こえづらかった。

 

「数日前ですかね。僕がフランドールさんの遊びに付き合う事にしました。」

その時、僕には何か分からない焦燥感というものがあり、フランドールさんとの遊びを早めに終わらせようとしていた。

 

「それで。」

美鈴さんは僕の声をしっかりと拾っていた。

 

「その時に感じたものが何か気付くのには少しだけ時が必要でした。」

魔道書を読んでいても実践してもなければ何も得られるものはないはずです。きっと美鈴さんにも分かるだろうと思います。

 

「武道にも確かにそのような側面があり、似ているかもしれません。」

 

「ですよね。僕にはきっとそれが足りなかった。」

僕にとって一番必要なのは教養のようなものではなく、体に覚えさせる時間が必要だと思いました。

 

「確かにそうかもしれません。ですが、実践の前に基礎を固めておくのが一番重要ですよ。」

 

「仰る通りです。」

なので、僕はここまで抜けていたと思う魔法についての事を学びました。後は、実践できる相手を見つけるだけです。

 

「それなら私が。それぐらいの余裕はこちらはありますよ。」

ニッコリとした優しい感じの笑みで僕の方を見ていた美鈴さんはその表情と裏腹のことを言っている。その言葉を間に受けてもいいのだろうか、と僕は変に警戒してしまった。その気はきっと美鈴さんにも伝わっているのかもしれない。

 

「そこまで緊張はしなくていいです。体は丈夫なので。」

その時、僕は確かに思えてしまった。よく後頭部から血を流しているが基本的にけろっ、としている。その姿は何事もなかったかのように神経がないと勘違いしても仕方がないことだった。

 

「そうですよね。色々と頼みたいです。」

 

「分かりました。こちらからは攻撃は加えません。では、来てください。」

紅魔館の黒い鉄格子の縁の前で美鈴さんは構えていた。僕はその反対側で腰をあげるとゆっくりと剣を抜いた。

 

「何かある、訳ではないですよね。」

僕は不安になった。特に理由はない。

 

「いいえ、別に。」

 

「そうですか。」

僕の返答が少しだけ可笑しかったのかクスッ、と笑った美鈴さんは少しだけ気が抜けているように見えた。

 

「では、やりましょう。」

こうなると既に武人の顔をしていた。凛々しく、かっこいいとさえ思えるその顔立ちに僕は憧れの眼差しを向けていたに違いない。

 

僕は初撃なので軽いものにしようと思った。右腕を大きく動かして空気振動を与えた。それだけだ。これを風の元素なんて言うそうだが、実際に見たような事はないし、触れたこともない。

 

それは美鈴さんの横を通り過ぎた。はっ、としたのか眼を見開いていた。美鈴さんは思ったよりも強い一撃が飛んできた事に驚いたのだろうか、なんて事を思った。

 

「何かありましたか?」

僕はつい聞いてしまった。その言葉には何も意味がないと思うが美鈴さんの目は確かにギラギラと輝いていたのを覚えている。

 

「実践の中で繰り出すのが一番良いでしょう。」

美鈴さんの一蹴りで一気に間合いを詰められた僕は後ろへと跳び、その場所でタイミングを遅らせた美鈴さんの右腕の突きを避けた。指をしっかりと伸ばしたその一撃には殺傷能力が高そうな鋭さを同時に併せ持っていた。何が間違いだったのか、それさえも分かっていない。

 

そして、左脚の回し蹴り。折り曲げた脚を一気に伸ばしてその威力も加味された一撃を僕に当てようとしている。それだけで僕は度肝を冷やされた。くるり、と一回転。相手の勢いを利用して力をいなした僕はその体の回転を美鈴さんに当てようとする。

 

僕は左足の裏が地面についた。その時点でどこに行くのかは決めていた。

 

後ろだ。

 

美鈴さんとの間合いを空けようとした。しかし、美鈴さんは微動だにせず、僕の懐へと潜り込んだ。そして顎を打ち上げるように左腕を動かしていた。

 

それは流石に避けきれない。

 

頭の中にある脳はシェイクされて意識は朦朧、背中には何か冷たい感触。そして目の前には赤い景色。そして脱力した体が言うことを聞かないと悟った時にはもう遅かったのかもしれない。

 

美鈴さんは容赦なく僕の脇腹を蹴り上げていた。鬼畜なんていう言葉があれば、丁度いい状況なのかもしれない。ただ幸いなのはこれよりも地獄をみたことがあるということだろうか。

 

その時に僕の体と意識ははっきりとした。それはまるで冷たい水を投げつけられたかのようでさっぱりとした感覚があった。これが荒治療というものなのだろうか、もう勘弁してもらいたい。

 

左腕を手早く円を描くように動かした。剣は逆手、そして足元への一撃に軽く飛び退けた美鈴さんだったが、その動きが仇となっていた。

 

僕はそこまで読んでいた。というよりかは何となく視えた。僕はきっと意識がはっきりし過ぎているだけなのかもしれない。

 

「やりますね。」

美鈴さんにとってその程度の評価であるらしい。だった一撃だ。そのような評価が妥当だと自分の中で納得した。更に認めてもらおうと何をしようか何手か考えてみる事にした。

 

「まだまだ!」

僕にとって最終的にはその程度。

 

しかし、そこからはどうなるのかは僕も分からなかった。それだけの話。

 

遠くからは妖精の声が聞こえる。その声が阿鼻叫喚へと変わるくらいには暴れたと思う。

 

いつの間にか僕と美鈴さんとの手合わせは終わりを告げていた。

 

「何が、起こったのでしょう。」

 

「それは簡単な話、夢か幻だったのでしょう。」

 

「そうかもしれません。」

 

「今日のところは先に帰っておいた方がいいです。お疲れでしょう。」

美鈴さんは僕の事を心配しているようだった。僕には不要なものであるがそれを口から出すわけではない。

 

「魔道書なんて読み漁らず、横になるのが良いでしょう。」

 

「はい。」

どうやら見透かされていたらしい。どこまで美鈴さんには伝わっているのかは分からないが、雰囲気からここまで読み取れるのならば、相当な実力があるのだと思う。

 

僕は黒い鉄格子を押して通ってから視線を下にして俯くように歩いた。その間には綺麗に咲いている整備された小さな庭園があるのだが、今の僕にはあまり興味というものは浮かばなかった。それがどうしてなのかは、もう言わなくても分かる。もう既に決めていることがある。

 

それは、今は心の奥にしまっておこう。

 

夕食の時間も近づいていた時刻なのだろうが僕にはあまり関係のないことだった。偶にこのように時間を潰す事もある。その事を知っている咲夜さんは必ず僕の部屋の扉をノックする。その時まではひたすらに時間を潰す。

 

その時だけは僕の中で沸き立つものがあり、更に深みへと入り込んでいるような気分になり、それがとても楽しい。そして何が起ころうとも変わりのない感じが何となく気分がいいものだった。こうループしているような気がする、それがどうしても快感に思える。

 

「まだ、僕にはやる事がある。」

それが僕の暗示の言葉。そしてやる気を取り戻す危ないクスリでもあった。

 

 

美鈴さんが僕のわがままを付き合ってくれた日から何日が経ったのだろう。僕の中での時間は三日くらいだろうか。それとも十一時間ほど。光なんてものは入ってくる事はない。だからこそ、ろうそくで何とかしているが予備は何本も置かれている。それを取り替えるくらいで済んだ。それに自分の剣を握れば光を出せないこともない。ただ、二つのことを同時に処理するので二律背反が起こるかもしれない事が懸念される。そのくらいだろうか。僕の中で息を出したと完全に思ったのはその時だった。僕は力なく、椅子の背もたれに首を寝かせる。そして目を閉じてゆっくりと呼吸を繰り返していた。それだけだった。

 

そして何も考えない。それだけだ。それで何が起こるのかというと何もない。それがどのようなことなのかは言うまでもない。

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