昼は過ぎている。きっと外では太陽の位置は南を超えている。そんな時間なんだと思う。微かに感じる危険な空気とそれにドキドキしている心がある。
僕は少しだけ目を擦ってから腕を上に伸ばして手を内側にしながら伸ばす事にした。そして自室にあるベットの横にたてかけている剣を二本取り出してからゆっくりと鞘と柄に触れて腰帯に取り付ける。そして親指で唾を弾くと刀身から発せられる微かな光を見てそのまま自然に任せる事にした。それを反対も行う。それから自分の黒い髪を逆撫でさせて整えてから自分の部屋から出るために扉を開ける。外には無駄に明るい右側の大広間とどこまで続いているのかさっぱり見当もつかない紅いカーペットが敷かれている廊下とそれを照らすろうそくがあるだけで薄暗く、どこから誰が現れるのかはさっぱりである。
「ね?咲夜さん。」
「あ、ええ。」
銀色のサラサラとした髪をピタリと止めていた咲夜さんは僕の背中の後ろに立っていた。
「今、起きたばかりなので食事は後でお願いします。」
僕は後ろを振り向いて丸みのある瞳と魅惑的な唇をした咲夜さんを見てすぐに視線を切った。
「用意はしておくわ。」
それでも冷静で瀟洒なメイドはそのように答えて、どこか姿をくらませた。その事は別に構う余裕はない。僕には行きたい場所がある。それだけだ。
天井にも届きそうなほどの高さのある本棚とそこには種類が数えられないほどの本の数が収納されていた。どうやらここも咲夜さんの空間拡張が行われているようで紅魔館の外からの見た目と同じぐらいの大きさがあるような気がしてならない。僕には全てを覚え切れそうな気はしないが、ここ司書は全てを覚えている。ここの主人のパチュリー・ノーレッジに召喚されて契約を結んだ小悪魔なのだがその仕事ぶりは流石、としか言いようのないものだった。
でも、今日はそれをしに来たのではない。今回はパチュリーさんに話しかけに来たのだ。
その人がいつも居る机の前に置かれているソファーに腰掛けると僕は何となく時間を待つ事にした。特に理由はない。それからだった。
「パチュリーさん、少し呼んできて欲しい人がいるのですが?」
「嫌よ。面倒だもの。」
魔道書から視線を外したパチュリーさんは目にかけている眼鏡越しに僕の事を見ていた。紫色の綺麗な髪をしているストレートの髪でサイドは胸下辺りまで伸びていている。その顔からは本当にそれらしい生気の感じられない目を僕に向けている。それだけではないだろう。色々と読み取られているような気はする。
「そこを何とかお願いしたいです。」
僕も負けないようにパチュリーさんの目を見ていた。僕はソファーに座りながら、パチュリーさんは机に肘を置きながらお互いを睨みつけるように見ていた。
「その前に誰か聞きたいんだけど。」
「フランドールさんです。もう一度遊びたいと思いまして。」
「はぁ。大人気ないわね。負けたから次は勝とうなんて。惨めには思わないの?」
「それは思います。けど、目標を越すために負けのままは許されない。研究も失敗で終わりたくはないでしょう。」
「ふん。まぁ、好きにしなさい。呼んでくるわ。」
魔道書にしおりを挟んでからゆっくりとその腰をあげるとパチュリーさんは机の上に丸縁の透明なレンズを入った眼鏡を置いて何処かへと出かけた。
そう、今日はフランドールさんへリベンジをしに来た。もし、もう一度負けてしまえばもう一回挑戦しようと思う。向こうは遊びだ。だからこそ、僕は勝てないといけない。そうでなければ、その先に僕の未来は存在しない。それぐらいの覚悟はある。美鈴さんにも迷惑はかけた。きっと咲夜さんにも迷惑をかけているだろうし、もしかするとレミリアさんにも。パチュリーさんや小悪魔さんはきっとそれとはまた別の事をかけているような気がする。そうでもなければあのような表情はしないだろう。だが、誰も追い出そうとはしない。それだけが本当に気になる。
「呼んできたわよ。」
「ありがとうございます。」
「まったく、昔と変わらないじゃない。」
ぼそっ、と珍しく悪態をついたパチュリーさんは何か気になることを話していた。しかし、今は目の前のことを片付ける。
レミリアの妹、吸血鬼のフランドール・スカーレット。彼女を追い抜かせばまだ希望が見えるのかもしれない。
「お兄さん、もう一回フランと遊んでくれるの?」
「ええ。今度は勝ちますよ。」
「そうだね。頑張ってね。」
「ええ。」
僕には目標がある。だが、その前にあられた障害ならば、どのような手を使ってでも飛び越えていくのが一番いい。そうでもなければ僕はここにいる意味も訪れている向こうの本心を何も分からない。
「じゃあ、始めようかな。」
右腕に自身を魔力を集約した大剣が現れる。美鈴さんから聞いた話によれば、レーヴァテインという名前であるらしい。炎を刀身とする剣でそれを片手で操るフランドールさんの実力というのは並大抵のものではないと思える。
「わかりました。」
僕はすぐに剣を抜いて構えた。どちらも天に切っ先を向けている。そして自分の体を軸に45度ほどの角度をつけて前にも同じぐらいの角度で構える。柄は軽く持ち、腰あたりの高さで保っている。
フランドールさんの一撃はすぐに始まった。最初からフルスロットルのように飛ばしてくるのだが、それさえも僕の想像通りだった。足払い。
狂気に満ちたその表情から想定出来ない計画的で無謀な戦法。相手の体勢を崩していき、最終的には食らいつく。
僕にはそれは分かっていた。フランドールさんの攻撃を峰で受けた僕はその力を利用して風の元素を集めてそれも使って自分の体を回転させた。その速さはとんでもないものであるらしく、一蹴りでフランドールさんを吹き飛ばした。
カーペットの上を滑るフランドールさん。だが、吸血鬼には歯が立たないらしく、何でもないかのように素早く立ち上がった。
「お兄さんには本気で挑まないとね。」
フランドールさんの表情は鬼、いや、悪魔。僕にはそんな風に見えた。フランドールさんのレーヴァテインは更に火力を上げて、僕の方を向いていた。それはまさしく業火のようなもので凄まじい威力を持っている。このまま戦えば僕の方は不利だ。こんな怪物と前にいた青年はどうやって渡り合っていたのだろうか。甚だしいにも程がある。
フランドールさんは後ろに生えている宝石のように煌びやかに光っている結晶の付いた翼を羽ばたかせて僕の方へと急速的に近づいてくる。その速さは僕が何とか剣を入れて直接的なダメージが入るのを防げる程度。
僕はそのまま後ろへと突き飛ばされた。その威力は凄まじい。僕の転がっていたとされる痕跡がくっきりと残されていて、見るだけですぐによく分かる。これが吸血鬼の力なのだろうか。これなら力任せにやっていても何も問題はないと思う。いや、これぐらいなんて、と嘲笑されるようなことはないと信じたい。
「もっと!もっと遊ぼうよ!」
フランドールさんは今は最高の気分であるらしく、心のうちに眠っていたと思う狂気という感情を隠し通せなくなっていた。もう見なくても分かるような露骨なほどの殺気には脱帽するしかない。僕はあそこまで出せたりすれば相手を怯ませることもできるだろうに、なんて事を考えてしまった。
「まだ終わりませんよ。」
僕はその場で立ち上がる。自然と体は軽く、何処かねじが吹き飛んだような気がした。だからこそ、出せるものもある。