赤い土のある地面、そして荒涼とした風景の続く異世界とも呼べる見た目をした世界で僕はこの身一つである人と対峙していた。その人は前にも月に訪れた際に出会った地獄の女神、ヘカーティア・ラピズラズリ。チェックの入った赤、緑、暗めの青を縦に三等分した服装で返り血を浴びたような黒いシャツには何かの文字が描かれている。welcome hellと書いてあるだけなのだが、その意味は地獄へようこそとなる。これはパチュリーさんに教えてもらった。頭には赤い球体を乗せた黒い帽子をかぶり、赤い髪がその隙間から覗くことができる。
「やぁ、月の時以来かな?」
ヘカーティアのその声は何処と無く遊びのようにも聞こえてくる。僕に対しては特に何も思っていないのだろうか?それとも気さくな話し方からそこそこ歓迎を受けているのだろうか。
「そうなるとは思います。」
「緊張しなくて大丈夫。退屈しているから遊んでいってよ。」
僕はその言葉を安易に受けすぎたのだと思う。冷静に考えればとんでもない事を口走ったのだと思っている。
「やりましょうか。」
僕は本当に気楽な気分だった。何もかもが終わり、もう帰るだけになったので気が抜けていたのかもしれない。そうでもなければ、このような事を言い放つような事はなかったと思っている。何を思っていたのか、本当に疑問というものである。
「良いの?有難う。」
ヘカーティアのその笑みは少し子供っぽく見えた。これが初めてというわけでもない。それなりに手加減はしてくれるのだろうとは思っていた。
それこそが慢心であるという事も考えのある頭はなく。
「遊ぶだけですから。」
その言葉、嘘はないね?とヘカーティア・ラピズラズリはその口から発する。僕はそれに二つ返事で返した。それがどれほどの愚行であったのか、それは言う必要もない。
攻撃モーションは特に何もなかった。僕は目で見ずに避けていた。フランドールさんとの遊びの中で何を学んだのか、多分こういう所だろう。僕の左目にはしっかりと赤い弾の軌道が見えていた。単発で当てる気もないような優しすぎる弾がその辺りを漂って地面に当たって泡のように弾けた。ただそれだけだったが時間というのは十分に経った。
はっ、としてちらり、とヘカーティアの方を向いた時には周りに浮かんだ赤い弾が螺旋を描きながらゆっくりと飛び回っていた。曲線を描いた読み取りにくい軌道を辿る弾が二重にも三重にもなって僕の目の前に現れた。それだけではない、直線的なレーザーが襲ってくる。最早それだけでも何となく伝わってくるのだが、僕は随分と強くなっていると思われているらしい。所詮は人間、されど油断ならない目を持つ輩、そんな所なのだろうか。隙と言うのは見当たらなかった。
僕は地面を滑りながら横へと遠巻きに逃げていたのだが、捕捉されるのも時間の問題であった。それこそ当たり前であるかのようにヘカーティアは僕の足元に当ててくる。しかし、狙いはわざと外しているようで僕には何か違うようにも感じるものがあった。何か変わることがあったというわけでもない。何も変わらないのだが、予測ではそうなっている。
「飽きてきたよ。反撃の一つも来ないなんてここまで何をしていたのかな?」
僕にはその言葉がトリガーとなった。軽い一撃だ。それだけでも浴びせるような事ができたのなら、そこそこ認めてもらえるのだろうか、そんな事を考えない事もない。
僕は剣に力を込めてから思い切り振り上げた。それは一本の線となって空気を斬り裂き、ヘカーティアのところまで届いたのかは検討はつかなかった。まさか当たるなんて事は無いと思っている。僕の一撃がそこまで簡単に行きそうなものはない。
更に、威力をあげようと球状の大きな弾を作り上げて思い切り回転を加えてやった。直進的な軌道で少しだけ歪んだ軌道を描いているのだが、小さな弾が少しずつ漏れ出している。
それだけで僕は満足してしまった。
もう何も考えられないほどに謎の達成感があった。僕にはそれだけ満足だった。当たったのかどうかはあまり関係はなかった。周りは赤い弾が散りばめられた満点の星空に偶に僕に向かって降ってくる流星がある。その弾幕を掻い潜りながら撃ち放った僕の弾幕は少し目立つ色をしていた。
「そこそこ、及第点、かな?面白いよ。さぁ、もっと遊ぼうか?」
「どうしようかな?」
ヘカーティアは焦らすように言っていた。
「やるならやってくださいよ。」
僕はヘカーティアの誘いに乗ることにした。やっている事がどれだけ愚行であるのかは今の僕には頭の隅にも考えていなかった。
「じゃあ、行こう!」
ヘカーティアの声は急に高まり、僕に対する弾幕は濃くなったように感じる。
すぐに放った弾幕は歪んだ軌道を描いていて僕の後ろへと回り込んでいた。そして炎のようになっている。飛べないわけでもないがあまり使いたくはない。しかし、この熱気を後ろから感じ続けるのも大分身体に応えるものだと感じる。たらり、と額から水玉が現れる。
僕は前に飛んでみることにした。地面を蹴り、ヘカーティアの元へと飛び出した。僕の目の前には少し口角を上げているヘカーティアが見えて、上から押し付けられるように弾幕が現れてまともに受けた。避けるなんて選択肢もなく、炙り出しで出てきたところで相手から易々と狩られたという言葉が一番あっていると思う。それほど僕の行動は筒抜けであるらしく、ヘカーティアには簡単に倒された。
僕にはそう思えるほどに負荷がかかっている。物理的、と言うよりかは先ほどの弾幕を受けたから起こっているというわけでもなさそうな気がする。精神的な蝕んでいるように針のようなものがズキズキと体内を突き進んでいる。それが何になるのかはもう何も言わなくても良いのだろう。
僕はその場から立てなかった。立とうとするその意思を真っ向から否定されているかのように僕は地面に縫い付けられていた。まさか此処で終わるなんて思えなかったがヘカーティアの視線は僕の方を向いていなかった。それは明らかに興味を後ろへと逸らされているかのようであった。
僕に誰か連れがいたのだろうか、それはふと疑問に思ったのだがそこで止まる。誰もいなかった。僕が連れてきたのは居ないのでまた別の人が現れたのだろう。地獄もこうも荒らされてはやってられないだろう。
「息子が世話になったな。」
その声には聞き覚えがある。そして、よく知っている。彼は後ろに一つに結んだ黒髪と掻き上げただけの前髪で目の鋭いような気もしないのだが、あまりつり上がっていない。服装はいつも訓練の際に着ている身軽そうな灰色の衣服に身を包んだ腰に日本の刀を携えた男。父親であり、ブリタニア王国の一部、シソー国の王だ。
「まさかの展開だよ。父親が何か用かな?」
「いや、俺は適当に歩いていただけだ。そうしたら、息子がお世話になっているのを目撃して一言お礼でも言おうと思った。」
「随分と自由な人間だ。親子共々気に入ったよ。どうだい?ちょっと遊んでよ。」
「そうか。が、今日は帰る。」
「あら、それはつまらないね。」
「攻撃を仕掛けられたら此方もそれなりの相手はするだろう。」
お父さんは適当に言葉を残した。この後のことは何も考えていないのだろう。どれほど強いのかは言うほどもない。そして、僕ではとても勝てないほどの実力は持っている。だからと言って、愚行であろう、そう思った。
「ふーん、それは誘っているのかな?」
「地位も誇りも捨て去るのならば俺も相手をせざるを得ない。」
「生憎だが、私がどれほど力を見せようと遊びでしかない。でも、私を見て対等に話そうとするなんて、愚者か勇者かどちらだろうね。」
何かを試すようなその口ぶりにもお父さんは興味を示さなかった。本当に面倒だと思っているのだろう。
「そうか。おそらく前者だ。貴方を楽しませるほど実力は有していない。」
お父さんは平然と答えていた。ヘカーティアは僕に見せていた表情よりもずっと硬くなっていた。此処からではお父さんの表情は読み取れないのだがどのような表情をしているのか大体予想はつける。
ヘカーティアは赤い弾を一つ出していた。その速さは僕に見せたようなものではなかった。分裂、拡散、そして青白くなるほどの高熱。お父さんをそれを見てその場から動いているのかは視認出来なかった。
「興味が湧いた。面白そうだ。」
ヘカーティアはまるで子供だ、子供同士のごっこ遊びで済めばいいのだが。僕はそれを願うばかりだ。