二人はその眼で敵を見て静かに時間を過ごしていた。不気味にも思える。どちらも指一つ動かす気配のない不穏な空気に僕はその場から動くことが出来なかった。もしかしたらまだダメージが残っているだけなのかもしれない。
争いは突如として起こった。ヘカーティアの赤い弾がこの赤い地面に触れた。そこから出された拡散型の先の尖った殺傷性のありそうな弾が地面を這いつくばる。それにお父さんは反応を見せていなかった、否、反応はしていなかったが気にする様子はなかった。まるで見えていないかのようで僕には不思議に思えた。
お父さんはいとも簡単にヘカーティアの元へとたどり着いた。そして平行に空中で対峙している。お互いの眼を見て、お互いの出方を伺いながら、お互いに動きを読まれないように体の力を緩めていた。その途中で二人は何を対話していたのかは全くと言って伝わる気配はなかった。もう僕には二人が仲がいいような気しかしなかった。絶対にそんな事はあり得ないのだが、そんな風に僕の瞳には映っている。
その人たちは勝負をする気があるのかさえ思えた。
僕にはその気がないのでどちらかが降参するのを待っているだけ、そうだと思っていた。
しかし、そうなる事はなかった。
お互いに弾幕を展開、相殺するように撃ち合っていた。間合いは一刀足、人間一人も入れないような距離の中でお互いの弾をぶつけ合っている。それだけ見ていれば何でもないものであるはずだった。ヘカーティアは地獄の女神とされていて、あの時五人で対峙して逃げてきたと言うのに。お父さんは一人でほとんど互角に渡り合っている。その姿に僕は言い知れぬ悔しさを感じた。この気持ちをどうすれば良いのか?これまで勝つために此処まで戦ってきた。それなのにとんでもない距離を感じる。
勝てるのか?
僕は自分に質問を投げかけた。
そんな話ではないと思っている。しかし、どうしたら良いのかは全く見当がつかない。それ程に僕の心はざわついていた。
こんなのを見せられて僕はこれからどうしたら良いのか。
化け物ではないか、もう何が何だか分かったものではない。
僕の心のことなど露知らず、お父さんはヘカーティアとの近接弾幕勝負をしていた。お父さんの刀からは緑色の細かい弾が無数に飛び出し、ヘカーティアの赤い弾と相殺をしていた。微妙に押されているように感じるがほんの少しだけであり、僕には誤差に感じる。そう見えるからまだまだ未熟なのだろうか?この時の僕には何も答えは出てこなかった。
細かい振りから繰り出される弾幕を一旦終わらせて地上に足を付けたお父さんは軽い足取りで僕の元へと近づいた。
「お前は帰れ。足手まといだ。」
「そうですよね。僕には勝てる未来は感じ取れません。」
「そうか。して、そこで諦めるのか。見えないから、と言い訳を残してお前は逃げるのか。そうか。」
「じゃあ、帰りませんよ。」
「そうか。」
その目は確かに鋭かった。そうか、としか言葉は出していないのだが、弱いところを撃ち抜かれたような気がしている。もしかすると勝手に自分が考えていた妄想劇だったのかもしれない。
「もっと力を出しても構わないよね?」
「好きにしろ。息子の尻拭いは俺がやる。」
「それなら、ちょっと本気出してみようかな?」
少しだけ笑っていた。楽しそう、ではなく、狂しそうであった。地獄の女神として此処で逃すのには惜しいのでもっと真価を試したい、又は引き出したい。そんな欲求が芽生えていたのだと思う。それほどの実力ではあるのだろうか?
お父さんは両手に握った刀をゆっくりと立ち上がらせた。本気の印だ。
ヘカーティアも右手を上げて戦闘体制を作り上げていた。
お互いの動きはお互いが握っているとさえ思える。どちらが勝ってもどちからが負けても、引き分けでも何もおかしくなかった。
急遽、ヘカーティアから箱に満帆に詰められた石を投げ出すように弾幕を展開した。その密度はまるで壁であり、逃げ道が此処からでは見つからなかった。それか、あるのだろうが体一つをねじ込んで行けるかどうかと言う程度なのだろうか。
お父さんはそれに臆することなく、挑んだ。
此処からはそれ以上何が起こっているのかは全くと言ってわからないが音がある。その音は弾幕のぶつかり合う音、そして二人が出す声。どれだけ真剣に戦っているのか、その声から確認出来る。
「「ご主人様。」」
そこにはどこで話を聞きつけたのかある二人が来ていた。僕の事をご主人様と呼び続けている舞さんと里乃さんだ。時々お世話にはなっているがこれまで恩返しなんて考えてこなかった。それでも健気に僕に付き従う。折り曲がった烏帽子にサイドは長めの髪で後ろはショートにしている髪型はいつもと変わらない。
「何やら、事が大きくなっているだが。」
其処にもう一人現れた。どこで知り合ったのか、そしてどのような経緯なのか、そんな事は僕にはどうでもよかった。お父さんがいる時点でおおよそ予想はつく。
「ラーさんですか。」
「観光に来たはずなのだが、何がどうなってこうなってしまったのか?分からぬ。」
「お父さんにはよく振り回されますよね。」
「そう言うが、まだ諦めていないのか?」
「やらないと。超えたい存在を超えないなんてあの人の息子は名乗れませんよ。」
「勝てないと分かっていてもか。」
「無謀なんて人は言うでしょうが、だからこそ挑戦したいんですよ。」
「やはり遺伝子はあるようだ。何が何でもその牙で傷を負わせろ。相手の事情は考えないが良い。お前の誇りが傷つかないならな。」
「やりますよ。」
「その意気だ。」
白色の髪をしている男性は少しだけ優しい笑みをこぼしていた。こちらの方がよほどお父さんらしい。人の子だからこそ、見せられる表情なのだろうか。
「しかし、この弾幕でもこれだけの間を耐えるとは流石としか言いようがない。」
「状況はどうしても劣勢なんですか?」
「いつもそうだよ。彼奴は其処から全てをひっくり返してきた。だが、精々、引き分けに持ち込むのが精一杯だろう。」
「やはり、相手が悪かったですか?」
「誰かはわからないがそれほどの実力はあるように見える。」
「地獄の女神です。僕とある仲間が五人くらいでようやく逃げ切ることに成功した程度なのですが。お父さんにはそのようなことは超えてしまっているようです。」
「うん、そうか。」
茶色の布地に身を包んだブリタニア王国国王であるラーはお父さんとは昔からの仲であるらしい。付き合いとしては二十年とかそれぐらいであるはずだ。
其処で僕はふと上の方を向いてみることにした。
お父さんは壁のような弾幕の中で今も動き続けている。その速さはどれほどなのか、どれほどの隙間を通り抜けているのか。僕は検討はつかなかったがその中でも僕には分かっていた事がある。いつまでも続けられるはずがないだろう。それだけだった。
お父さんが赤い地面に足をつけたとき、お互いにそうなっていた。
単純に遊びだ。それだけなのだが、半分くらいは本気でやっていたと思う。それ程にムキになっていた。お互いの体はボロボロであった。
「かつて此処まで追い詰められた事があったかな?」
「遊び半分で来るものではないな。」
「楽しかったよ。また遊ぼう。」
「その機会があったらな。」
二人は固く握手をしていた。地獄の女神に認められたお父さんは僕にとっては明確な距離を取られたように感じる。
「帰ろうか。」
踵を返しながら刀を鞘に納めたお父さんは何も言わずに僕の横を通り抜けた。
その時に僕は思った。
勝てるか、そんなことはどうでも良い。
此処で勝てなければいつ勝てるのだろうか?